152.一日前のこと
――「族長に会いたいんでしょ? だったら族長の客でしょ? 迎えない理由はないと思うけど」
そんな私と同じ意見がナナカナから出たので、アーレが帰ってくるまでトートンリートを客人として受け入れることにした。
そして、一日が経った。
「え? また寝ていたのか?」
客人が来ていても、日常にはあまり変化はない。
朝食を食べて、私とケイラとナナカナは仕事をする。
その間、食べてすぐごろりと横たわったトートンリートに、子供たちを見ているように頼んだ。
産まれてからまだ一度も泣いていないし、声を発することも滅多にない。
寝るにしても何にしても、ハクとレアが傍にいても邪魔になることはないだろう。
――で、昼。
朝、家の中に残していった体勢のままのトートンリートと子供たちに、私は驚いた。
もうすぐ昼なのに。
ここだけ時間が経っていないかのような変化のなさだ。
「龍族は基本なまけ者なんだよ。やることがなければ寝てたいし、寿命も長いし、あんまり感情も動かないんだって」
うっすら瞳を開けたトートンリートが、そんなことを言った。
習性、というやつだろうか。
……鉄蜘蛛族の集落で見ていた時は、そんなイメージなかったけどな。
「そうでもないけど? 朝飯食って休んで、魔獣が来たら出張るだけ。それ以外は寝てたよ。病人より寝てた自信もあるし」
あ、私が見てないところでちゃんと寝ていたと。
「代償なんだよ」
「代償?」
「そう。強い力と長い寿命を与えられた代わりに、面倒臭がりになるの。生きる意欲が薄いっていうかね。飯も食わずに水も飲まずに一ヵ月くらいなら寝てられるし。
だから龍族は戦いに傾倒する奴が多いんだよ。それくらいしか生き甲斐だの楽しみだの見いだせないからさ」
ふうん……
「あたしの経験上、神の使いが与える加護の力が弱いほど、人間は人間らしい気がするね。旅をしてきていろんな部族を見てきたけど、我ながら龍族はだいぶ変わってると思う。
鉄蜘蛛族なんかは随分人間らしいなーって思ってたよ。
仲間を助けたい、集落を守りたい、そのためなら他部族の力を借りるのも躊躇わない。大切なものを守るために必死でさ。
龍族はそういう感情さえ、あまり湧かないわけよ。
家族が死んでも特に何も思わないし、たとえばあたしが故郷に帰った時に黒龍族の集落が滅んでいたとしても、あんまり気にしないんじゃないかな。
もはや龍族は人間じゃなくて、加護の力で生まれ変わった別の生き物って言った方が近いかも」
その龍族に馴染みがないし、逸話も知らないので、なんとも言えないが。
「私はトートンリートは人らしく見えるが」
「旅をしてきたからだと思うよ。結構楽しいし、乏しい感情が多少は豊かになった気はするし。旅先で食ったことない飯食うのもいいし、それでうまいものに当たった時は感動もするようになった。
やっぱ人間、寝てるばっかじゃダメだね。面倒でも無駄でもいろんなことをやった方がいいんじゃないかな」
……日々、毎日、今日も明日も明後日も、家事という永遠に終わらない仕事をしていくだろう私には、なんとも同調できない理屈だな。
「カテナ様連れてきた」
眠そうなトートンリートとだらだら話しながら昼食の支度をしていると、ナナカナがカテナ様を抱えて帰ってきた。
子供に巻き付く白い大蛇。
絵面は非常によろしくない。
「トートンリートは初めてこの集落に来たから、カテナ様に挨拶しないと」
あ、そういう決まり事もあるのか。知らなかった。
「あ、神の使い帰ってきたの? 昨日いなかったよね?」
「うん。きっと大狩猟の宴に参加してたんだと思う」
「ああ、なるほど。神の使いは儀式関係には参加するもんね」
どっこいしょ、とトートンリートが起き上がる。
「――しばらく厄介になるよ。よろしくね」
ノリも言葉も軽いが、カテナ様はじっとトートンリートを見詰めると、そのまま家から去っていった。
たぶん受け入れられたのだろう。
「あとレイン」
「ん?」
「サジが帰りたそうにこっち見てるんだけど」
「あ、昨日ケイラに叱られたから」
可愛い可愛いと育ててしまった弊害だろうか。
どうもサジライトは、強めに叱られたら家に帰って来なくなる。いじけているのか軽い家出のつもりなのか。
そういうわけで、昨日は家に帰ってこなかった。
まあもう温かくなってきているし、家の近くにはいるのであまり気にしないが……
ただ、私かアーレが迎えに行かないと、家まで入ってこない。
こうなると普段仲がいいナナカナでも、呼ばれても近づくことなく逃げるんだよな。
どういう感情の行動なのかはわからないが、サジライトはやはり頭はいいのだと思う。
この家で誰が一番強いのか、誰に従うべきなのか、よくわかっている。
……まあ、私に対してはアーレの番という解釈をされているせいだと思うが。
「わかった。鍋見ててくれ」
台所をナナカナに頼み、私はサジライトを迎えに行くことにした。
きゅーきゅーと、まるでケイラに理不尽に怒られたことを訴えてくるかのように甘えてくるサジライトを抱いて、家に戻る。
私としては、ケイラを怒らせないで欲しいんだが。
あと私の畑を荒らしていることを、正当な権利のように思われているのも癪だが。
……でも、可愛いんだよなぁ。
「お、なんだそれ」
黒くて長い毛玉を連れ帰ると、トートンリートが興味を示した。
「うちの家族だ。昨日はちょっと叱られたせいで帰ってこなかったけど」
「へえ。……見たところ、化鼬の子供?」
「ああ」
家の中に離すと、サジライトは知らない人がいることを少し警戒し、しかし歩み寄っていった。
「よしよし、可愛いな。――いい非常食だな」
「非常食って言うな」
食べないぞ。家族だって言っただろうが。
「化鼬って食べたことある?」
ナナカナ、なぜそんなことを聞く? 家族だぞ? よく一緒に寝ているだろう? もう大事な家族じゃないのか?
「あるよ。あんまりうまくなかった」
うちでは食べないからな。食べる予定もないからな。
「でもレインの腕があればうまいこと料理するんじゃないか? あの土みたいな魚をあんなにうまいものに変えることができるんだから」
食べないし料理もしない。しない!
「そういう話を本人?……の前でしないでくれ!」
きゅーきゅー言いながらトートンリートに甘えているサジライトが不憫で仕方ない。
撫でられている手の上で、なんの話をしているか理解していないサジライトが、悲しすぎる。
「わかったわかった。食べない食べない」
あたりまえだ! 家族だぞ!
「で、こいつの名前は? 名前つけてないの?」
「サジライトだよ」
ナナカナが答えると、ほうほうと彼女は頷く。
「佐次雷人か。そうか、おまえは西の彼方に旅立った英雄か。立派な名前を付けられたもんだ」
アーレと戦士たちが帰ってきたのは、翌日だった。