14.向こう側の女たち
「レイン、もうすぐ大狩猟があることは聞いているか?」
夕食の席でアーレが言った。ちなみに今日はタタララも来ている。
「聞いているよ。よその部族と一緒に大掛かりな狩りをやるんだろう?」
夏の始めに、毎年行われる大きな狩りだそうだ。
例の光る牛の多くを追い立て、とにかく狩りまくって狩果を競い合うのだとか。
己の力を誇示し、他部族に見せつける、戦士たちがもっとも大事にしている年間行事の一つ、らしい。
そして周辺の他部族と共同で行うだけに参加人数も多く、狩りもその後の宴も大騒ぎになる。
要するに、祭りである。
「今年は白蛇族でよその連中をもてなす番だ、というのも聞いているか?」
「聞いている。ついでに言うとたくさんの女性に『人手が足りないから手伝ってね』と言われている」
男たちと他部族は呑んで食って歌って踊って大いに楽しむだけのものだが、女たちにとっても戦場となる。
料理も酒も、大人数分を用意する必要がある。
もちろん宴用の特別な料理も出される。
何日も前から食材の確保や下ごしらえなどの準備をしておいて、当日は目が回る忙しさになるそうだ。
「ならば話は早いな。手伝ってくれ」
「そのつもりだよ」
私は族長の婿候補だからな。イベントに参加しないわけにはいかない。
「ただ、向こうの集落との兼ね合いはどうなる? 一時的に共同で?」
「いや。去年も別々に動いていたから、今年もそうだ。向こうは向こうで勝手にやるだろうから、気にしなくていい」
……そうか。
「相変わらず、和解の糸口はないのか?」
「ない。というより話し合いさえしていない」
ううむ、思った以上にこじれているんだな。いや、それはそうか。一年以上も動かなかった問題であることも、私がここにいる理由の一つだしな。
「弟の話では」
珍しくタタララが口を開いた。
「向こうも向こうでまとまりつつあるらしい。むしろゆるやかに関係は悪化しているのかもな」
ふうん……
……色々言いたいことはあるが、私が口を挟める問題ではないので、これ以上は言うまい。
少なくとも、まだ正式に婿入りもしていない。
今の私は、まだ白蛇族の一員ではないのだから。
私がここにいる理由。
それは、白蛇族が抱える問題が原因である。
その問題とは、男性と女性で部族が真っ二つに別れていることだ。
ざっと聞いた話では、族長の後継者争いである。
前族長が亡くなり、次の族長を決めることになった。
決める方法は単純明快に、一対一の勝負である。
戦士として最も強い者が族長になる、というしきたりの下、戦士たちは族長の椅子を賭けて勝負をしたのだ。
そして勝ち抜いたのがアーレだった。
唯一、部族の名であるエ・ラジャの名を継ぐこととなった。
だが、これまで女性が族長になることなどなかったせいで、男の戦士たちがその結果に納得しなかった。
それが原因で真っ二つだ。
一年以上前に、白蛇族の男女は別々になった。
男の集落と、女の集落に別れたのだ。
向こうの集落でも男の族長を立て、まあ、二つになった部族を二人の族長がまとめ、男性と女性で真っ向対立という形になっている。
そのせいでいろんな問題が浮上しているが――何より問題なのは、夫婦が増えることがないことだ。
女性たちの多くは、アーレを族長にすることを望んだ。
これまで男社会が続いていたので、もう少しだけ女性の立場を高く、そして強くしたいという意志の下に対立を選んだ。
もちろん男性たちは、現状維持の白蛇族を望んでいる。
私は元来の白蛇族を知らないのでなんとも言えないが、昔の祖国フロンサードを考えると、少し理解ができた気がした。
重要なことはすべて男性が決め、女性はそれに従うしかないという、男社会はフロンサードの歴史にもあったのだ。
要するに、男性に都合がいいことが多いわけだ。
――今なら私もよくわかる。女の仕事も大変だということを。決して軽んじてはいけない存在だということを。
そんな話をして数日後、大狩猟の準備が始まった。
「これは酒の実だよ」
女性たちとともに近くの森に来た私は、採取作業を手伝っていた。
「酒の実……?」
緑が多い茂る低木にびっしり生る、どんぐりにしか見えない小さな木の実を取りながら、ナナカナが教えてくれた。
酒の実。
これがあの酒の原料となるらしい。水と一緒に入れて酒蔵に放置すると、あの酒ができるのだとか。
「食べられるか?」
「うん。硬いけどおいしいよ」
物は試しと、少しだけかじってみた。クルミのような硬度の実を、歯が欠けないだろうかと不安になりつつ噛み締めてみる。
ガリッと割れた。
あ。
やたら硬い殻は味がしないけど、中の実はほのかに甘いな。
「二、三日水に浸けると柔らかくなる。でも甘みがなくなるよ。水に浸けた状態で蓋をしてずっと温めると酒になるよ」
へえ。それだけであんなに強い酒になるのか。……酒になりやすい成分でも入っているのだろうか? 私にはよくわからないが。
そんなこんなで採取作業をしていると、
「――あんたが噂の族長の男!?」
「――集落の男たちと全然違う!」
「――け、結構いい男……」
見た目は白蛇族らしい特徴があるが、しかし見覚えのない女性たちに声を掛けられた。
私が集落にやってきて一ヵ月が経とうとしている今、見覚えのない女性など……あ、そういえばいるのか。
極端な話、私はまだ白蛇族の半分しか会っていないじゃないか。
「もしかして男性の方の集落の?」
「そうそう! あたしらは戦士の嫁だよ!」
アーレ・エ・ラジャの集落には、独身の女性ばかり集まっている。例外と言えば私と子供くらいだ。
そして、男の集落には男性ばかりがいるが、そこには男の嫁も含まれている。
形としては男女で対立ということになっているおかげで、あまり交流ができない状態だ。
何せ、私はまだ男性の白蛇族を見たことがないくらいである。離れてはいるが同じ集落に住んでいるはずなのに、遠目で見たことさえない。
どうにもお互い敬遠し合っているようだ。
だがしかし、形はそうでも女性たちの意識では、特に対立はしていないらしい。
普段は夫を立てて疎遠になっているが、こういう共同作業が必要な場合は、躊躇なく溶け込める。
そんな戦士の嫁である彼女たちにも、私の噂くらいは聞こえているようだ。