147.黒鳥族の大狩猟 4
「――狩りは明日だ」
最後にやってきた彩鳥族が到着するのとほぼ同時に、飢栗鼠族の族長キキがやってきた。
去年同様、今年も飢栗鼠族が獲物を引っ張ってくる役割を負っている。
そのキキの報告を聞いた黒鳥族の族長リトリは、いよいよ大掛かりな狩りの機が訪れたことを通達する。
白蛇族の族長アーレ。
戦牛族の族長ルスリス。
赤熊族の族長ベイトマ。
青猫族の族長ロララ。
金狼族の次期族長キシン。
そして、遅れてやってきた鉄蜘蛛族の族長ハール。
黄蜘蛛の族長ベリー。
彩鳥族の族長クーン。
リトリの家には、東の地の強者たちが勢ぞろいしていた。
これほどの戦士が集うのは近年珍しいことで、はっきり言って過剰戦力でさえあると思う。
「場所は去年の荒野だ。全員知っている場所だと思う」
新族長はいるが、ちゃんと下積みを重ねてきた者ばかりだ。
族長として不慣れだったり、知らないこともあるとは思うが、これは知っていて当然のことである。戦士なら、大狩猟に参加したことがない者はいないから。
そもそも、全員が顔見知りだ。
そして実力を認めている者たちだ。
どこの戦場であっても、昼であっても夜であっても問題なく戦える、常に強い白蛇族と金狼族。
恵まれた体格から只々単純に強い、戦牛族と赤熊族。
夜行性の気が強い青猫族と、障害物……あるいは足場がない荒野が舞台となるため若干飛行能力が落ちる黒鳥族は、攪乱の動きが主になる。
同じように、鉄蜘蛛族と黄蜘蛛も矢面に立つのではなく、少し引いた位置から補助のような役割を担うことになるだろう。
最前線に立つ戦士はたくさんいる。
彼らの邪魔をせず、むしろ活かすように動くこと。
狩りとは、ただ強いだけでは一流の戦士とは言えないのだ。
過剰戦力であり、バランスも良い構成だと思う。
そして彩鳥族は歌と踊りが得意なのである。
「今更、あえて俺から族長たちに言うこともないだろう。各自、盃を」
リトリが盃を取り掲げると、各部族の代表全員が、用意された盃を同じように手にして掲げる。
控えていた女たちが、そこに酒を注いでいく。
全員に回ったことを確認し、リトリは口を開いた。
「――明日の狩猟に」
「「明日の狩猟に」」
全員で応え、酒を呑み干した。
いよいよ大狩猟の日取りが決まり、戦士たちの士気が上がった。
だが、本番のために休まなければならない。
狩りで全力を出せるよう、前日は大人しく過ごすのが鉄則だ。
熟練の戦士ほど些細な失敗やほころびで、大怪我をすることをよくわかっている。
だからこそ、大人しく過ごすのだ。
――が、それはさておき。
「おいロララ」
リトリの家を出たところで、アーレは立ち尽くしていた。
いや、アーレだけではない。
今リトリの家を出てきた各部族の代表全員が、出てきたところで留まっていた。
「おまえのところの神の使い、いつ見ても可愛いな」
陰影がないせいで絵に描かれたように見える、青み掛かった毛並みを持つ青猫族の神の使い、神猫エィラ。
「だろう? おまえのところの使いは、いつ見ても蛇っぽいな」
蛇っぽいというか、蛇そのものというか。
「失礼なことを言うな。神々しいだろうが」
「……まあ、神の使い感は強いよな。なんだかんだ言っても白い蛇なんてなかなかいないしな」
――大狩猟の日取りが決まった直後、まるで示し合わせたかように、各部族の神の使いが黒鳥族の集落にやってきた。
いつの間にか広場にいた神の使いたちは、動きも言葉もないまま、向かい合っている。
あれで意思の疎通を図っているらしいが――いや、考えても仕方ないのだろう。もはや人智の及ぶ領域の方々ではないのだから。
そもそも、あの方々はいつここに来たのか。
瞬間移動をしてきている、と言われているが……それこそ確かなことはあの方々にしかわからないことである。
白蛇族の白蛇型、カテナ。
戦牛族の小さな牛型、イータン。
赤熊族の小熊型、セキセキ。
青猫族の猫型エィラ。
金狼族の狼型キララン。
鉄蜘蛛族の神の使いは、ついこの前代替わりしたので、小さな黒い蜘蛛型だ。先代の名を継いでいるならオロダだ。
黄蜘蛛族の黄色い腹を持った大きな蜘蛛型ジュジは、威圧感と違和感がすごい。
黒鳥族と彩鳥族の神の使いが、ただの鳥にしか見えない辺りからしても、威圧感がすごい。
「あれだけの神の使いが一堂に介するのは珍しいな」
長い人生経験がある赤熊族のベイトマでも、見たことがない数である。
「俺たちの事情が重なったからだ」
言ったのは、鉄蜘蛛族のハールだ。
「アーレ、この前はありがとう。おまえのよこした戦士と女たちはよく働いてくれた。特におまえの旦那にはものすごく世話になった。――俺はこれを言うために参加したんだ」
代替わりの影響で、まだまだ消耗が激しいはずの鉄蜘蛛族が参加した理由は、直接アーレに礼を言うため。
「俺からも礼を言わせてくれ。おまえの仲間と旦那がいなかったら、何人死人が出たかわからない。本当にありがとう」
ハールの言葉から続けたのは、黄蜘蛛族のベリーだ。――ハールとベリーは兄弟で、属する集落が違う今でも仲が良いのだ。
「フッ」
アーレはニヤリと笑って、顔を横に向けた。
「どうだキシン。我の男は最高だと言っているぞ」
「あ? そうは言ってないだろ」
「では聞いてみるか? おいハール、我の婿殿は最高だったか?」
「……ああ、まあ、そうだな。最高かそうじゃないかで言えば最高だったな」
聞き方というか、立場というか。
世話になった側からすれば、なかなか「いやそうでもなかった」とか「そこまで言うほどじゃなかった」とも言いづらい。
……というか、最高だったと言ってもいいくらい感謝もしているのは事実だ。
「キシン」
「なんだようっせえな! 旦那と子供の話はもう聞いただろ!」
「おまえにも最高の番が見つかるといいな」
「あ? おまえ私をバカにしてるだろ」
「バカにっていうか……絶対に無理だと思ってるだけだ! おまえみたいな奴にいい男が捕まえられるわけがないからな!」
「あ、なーんだ。おまえケンカ売ってんだな? 大狩猟の前日だからってやらない理由はないけどいいんだな!?」
「こっちの台詞だ! 我だって決着が着かなくてイライラしてるんだ! 来い、おまえのところの神の使いの見ている前で足腰立たなくなるまで殴ってやる! すっきりしてから大狩猟だ!」
「やってやるよぉ! おまえのところの神の使いにおまえが負けるとこ見せつけてやるからよぉ!!」
――あーあ、また始めた。
各部族の代表たちは、もう誰も止めないのだった。
若い戦士なんてあんなものだし、自分たちも若い頃はあんな感じだったから。
白蛇のアーレと金狼のキシンは、神の使いを見届け人に頼んで殴り合いを始めた。
が、やはり決着が着かなかった。
なぜか二人して血まみれの泥まみれの怪我だらけになりながら、どさくさに紛れて神の使い(主に猫)を触りまくって嫌そうな顔をされるという無礼を働いたりしたらしいが、どさくさにまぎれていたせいでうやむやになったとか。
神の使いをも恐れない蛮勇を示した戦士アーレと金狼キシンに、新たな伝説がまた一つ増えたのだった。