134.続・神の使いより
意外な事実と言っていいのか、それとも腑に落ちる話だと思えばいいのか。
聖女の力の正体は、神の使いの加護だった。
霊海の森を隔てた向こうとこちらで、別世界のように思っていたが、実際はそうでもなかったのか。
まあ、実際こちらの者なら、あの森を越えられるわけだしな。
アーレが森を越えて、そうして私と縁ができたのだから。
ということは、なんだ。
遠い祖、フロンサードを建国した聖女は、こちらの人間だった、ということか……?
…………
確か違ったはずだ。
いや、違わないのか?
別世界から来たという記録は残っていたはずだが。
……判断材料が少ない上に、今考えるべきはそれじゃないな。
可能性は高そうだが、今更それがわかったところで「だからどうした」って話でもあるし。
気にはなるが、一旦置いておこう。
「私には三つ加護があって、一つ目の加護は生まれつきなんだな? もう一つはカテナ様のだよな? あと一つは?」
加護は三つで、一つは聖女。
もう一つは、神蛇カテナ様の加護だ。
そして問題なのは、最後の一つだ。
これが、何くれと言われて気になっていた「怒りを鎮めよ」の対象となるものだ。
「次は何? ほうほう――オロダ様にも正確にはわからないけど、『なり損ね』が魂ごと入ってるって」
…………
聞いてもわからなかったな。
心当たりがなさすぎるにもほどがある。これは「怒りを鎮めよ」と言われても意味がわからないはずだ。
「なり損ね、とは?」
「先に言っとくけど、これはオロダ様の言葉じゃなくて、あたしたちの言葉だからね。昔誰かが言い出したのがそのまま残ってるだけだから」
なるほど。つまり俗称ってやつか。
「なり損ねって言うのは、神の使いになり損ねた生物のこと。魔獣に近いけど、根っこの部分は聖なる生き物らしいよ」
神の使いになり損ねた生物。
魂ごと入った加護。
……聖、なる、生き物……
…………
まさか……まさかあいつか!?
「空を飛ぶ蜥蜴か!?」
そこまで言われて、ようやく心当たりがあった。
あの白いドラゴンだ。
とてもじゃないが、ただの魔獣とは思えなかった神々しい姿は、今でも鮮明に思い出せる。どこを取っても普通の魔獣とは思えなかった。
あれが、神の使いのなり損ね。
――むしろ納得できる回答だ。逆にただの生物だと言われた方が違和感がある。
そう、ずっと引っかかっていた。
あれは本当に殺してよかったのか、食べてよかったのか、と。
結局見殺しにしたし食べてしまった。
鶏肉の味がしておいしかった。また機会があったら食べたいと思っていた。
……私の勘は当たっていたんだな。なり損ねとは言え、神の使い候補をどうこうするなんて、禁忌でしかないだろう。
それに、もう一つ思い出したことがある。
空を飛ぶ蜥蜴を解体している時、なんだかよくわからない霧のようなものがあった。
あれが私の中に入って……たぶん加護を受けたのはその時だろう。
それも魂ごとの加護だ。
……そりゃ自分を寄ってたかって殺して食べたような人間たちを、笑顔で許す生物はいないだろう。
私もその中の一人であることは間違いないわけだし。
化鼬のサジライトでさえ、親の仇としてルフルに怒りを覚えていたくらいだ。
怒りを覚えるのは当然だろう。
「オロダ様にも正確にはわからないみたい。でも心当たりがあるならきっとそれだと思うよ。加護を与えられる生物って早々いないし」
正確にはわからないのか。
いや、でも間違いないと思う。本当にそれ以外の心当たりがないから。
「怒りを鎮める方法か、もしくは加護を捨てる方法ってあるだろうか?」
「加護を捨てたいの?」
別に捨てたいわけではない。
が、空を飛ぶ蜥蜴の加護は心当たりがないまま受け、実感も効果も特に感じたことがないのに、勝手に怒っていて神の使いを拒絶しているという。
今のままだとデメリットしか感じないのだ。
神の使いに一々「怒りを鎮めよ」と気を遣われるのも悪いし。
ならばいっそ、捨ててしまった方が利は多いと思う。正式な神の使いってわけでもないみたいだし。
更に言うと、わけのわからないデメリットの多い加護より、絶対にオロダ様の加護の方が役に立つだろう。
仮に役に立たなくても正体不明の加護よりマシだ。
「――対象が本気で望めば、大抵の加護は捨てられるみたいよ。でもレインの捨てたがってる加護は無理みたい」
「え? なぜ?」
「加護が強くしがみついてるから。魂ごとの加護よ? 言うなれば捨て身みたいな加護よ? そう簡単には剥がせないよ」
えぇ……
あの時はまったく悪いものだと思わなかったのに、まさか悪いものだったのか。
聖女の力は悪しきものを遠ざける力もあるんだがな……
なんというか、加護という名の呪いみたいだな。
「え? ……へえ。そういう、ああ……え? そうなの? ほんとに? ふうん」
なんだか長いことオロダ様の言葉を聞いたトートンリートは、なるほどなるほどと頷きながら私を見た。
「怒りは少しずつ治まってるみたいよ。で、完全に怒りが治まったら……怒りが浄化されたら、加護はそのまま一つ目と一緒になるみたい。
どうも系統が似てるんだって。いや、一緒になるなら同じなのかもね」
……一つ目の加護と一緒?
聖女の加護と、か?
あのドラゴンの加護は、聖女と同じ加護?
…………
わからないな。
ただ、もし聖女の力が強くなるなら、残しておいてもいいかもしれない。
それに、浄化と言えば、去年どこかで聞いた覚えがあるからな。
怒りを鎮める方法は、わかるかもしれない。
……とりあえず、空を飛ぶ蜥蜴の加護は外せないようなので、どうしても気になってきたらまた神の使いに相談してみよう。
話が一区切りついたところで、オロダ様が指二本分の力を返してくれた。
見た目では全然わからないが、まあ、この方が嘘を言う理由はないので、ちゃんと帰ってきたのだろう。
指は黒いままだが。
「あの、色はこのままですか?」
まだ誰にも指摘されていないが、大雑把な戦士たちはともかく、ケイラは絶対に気づくし何か言うだろう。
アーレ辺りが見たら、どうしてこうなったのかさえ、しつこく聞いてくるだろう。
正直に言うのは怖いが、言わないのも怖い。悩みどころである。
「――切り離したものとは言え、それは神の使いの一部でもあるから、いずれほんの少しだけ特殊な力が使えるようになるかも、だってさ。色を変えるのももっと馴染めば自分でできるってさ」
お、そうか。
「――あと、今回集落に尽くしてくれたお礼に強めの加護を与えたいけど、今のレインには入らないから今はちょっと無理だってさ」
ああ、うん。
知らない間に三つも加護があったって話の、大元の話だな。
「では、いずれまたお願いします」
空を飛ぶ蜥蜴の加護がどうにかなったら、その時はお願いしたい。
なんか聖女の力と合体するみたいだし。
そんなことができるのか、という気もするが、聖女の力が空を飛ぶ蜥蜴を拒否しなかったのは確かだ。
だからたぶん大丈夫だろう。
「お? あ、そう。あたしも実は……――オロダ様がこの集落に残らないかって」
ああ……
「気持ちはありがたいのですが、私は新婚で、嫁と子供が集落で待っていますので……」
ハールを始め、今日の祭りでたくさんの人にそう言われた。
望まれる気持ちは嬉しいが、絶対に不可能だ。
「あ、はい。――だろうな、だってさ。あたしも故郷に連れて帰りたいくらいなんだけど」
「連れて帰りたいってどういう意味だ?」
「あたしの婿に欲しいって意味だけど。飯もうまいし真面目だし働き者だし顔も好きだし。怖がりで痛がりだけど度胸もそれなりにあるし。
白蛇の族長が、レインを気に入った理由はよくわかるよ」
……えぇ……
「はっはっはっ。そんな嫌そうな顔するなよ」
嫌そうっていうか、面倒事になりそうなことを軽はずみに言ってほしくないだけなんだが。
――ああ嫌だ嫌だ。アーレとトートンリートが殴り合いをして私を取り合うところまですっと想像できてしまった。
私の自惚れでも何でもいいから、絶対に来てほしくない未来である。
私のために争わないで、なんて絶対言いたくないし。