133.神の使いより
「レインはちょっと特殊らしいよ」
小さくなったオロダ様に挨拶した後、グイグイ酒を呑みながらトートンリートが言った。
らしいよ、か。
どうやらこの集まりは、聖女の力を返すだけの用事ではなさそうだ。
恐らく、オロダ様が何か話したいのだろう。
そしてその話を通訳してくれるために、彼女も呼ばれたのだ。
「特殊?」
それは指先の力のことだろうか。
指先か。
正直もう戻ってこないと思っていたが……
オロダ様は、持って行った指二本分の聖女の力を、最初から返してくれるつもりだったのか。
「なんかね、加護がすでに三つあるから、新しいのが入る余裕がないんだって」
……は?
「あ、おまえも呑む?」
「いや、昨日も昼も呑んだから。もういい」
というか、話の内容が気になり過ぎて、それどころではない。
これ、きっと、私の今後の生活が掛かっているくらい、大事な話だと思う。
「そう? 元々神の使いと人は根本的に違うというか、生命の格が違うというか、とにかく大きな差があるわけよ。そのせいで言語も伝わらないわけ。
神の使いは、言葉を使わず、意志や意識で通じるから。
だからまず、加護を与えて繋がりを作ってから、人と意思を交換し合うわけ。それが神の使いと人の意思疎通のやり方なわけ、らしいよ」
うん……
とりあえず話を覚えておいて、後から考えよう。
今は話を聞くべきだ。
「繋がりと言うと、この指か?」
黒い左薬指と小指を見せるが、違うそうだ。
「それはオロダ様の一部だったけど、もう切り離したものだからね。それはもうレインのものだよ」
そうか。
まあ返せと言われても完全に一体化しているから、返せないんだが。これほど元の皮膚と色が違うのに、継ぎ目さえないからな。ぶつけたら痛いし。
「さっき言った通り、加護だよ。加護が強ければより意思は伝わるし、伝えやすい。どこの集落にも一人くらいいるから、白蛇の集落にもいるんじゃない? 祈りとか神事とか取り仕切る奴」
祈りと神事を取り仕切る。
つまり祈祷師のことだな。
白蛇族で言えば、恐らく婆様だろう。
「でもおまえはすでに三つある。ただでさえ新たな加護が入る余裕がない上に、しかもその中の一つがめちゃくちゃ怒ってて、神の使いの接触自体を拒絶してるんだって。
だからとんでもなく意思が伝えづらいみたいよ」
…………
そうか。
だから「怒りを鎮めよ」か。
……でも、ちょっと待ってほしい。
「私は加護を受けた記憶がないんだが」
「そうなの? 真面目な顔して実は気が多くて浮気者でこいつ嫌いだなーって思ってたんだけど」
やめろよ……にこやかに嫌いとか言うなよ。
表立って嫌われるならまだいいが、秘められた嫌いは結構つらいぞ。こっちが友好的な関係だと思っていれば尚更だ。
「もしかして、知らない内に加護を受けていた感じなの? 珍しいね。普通は神の使いから加護を受けるものだから、知らない内にってのはほぼないと思うんだけど」
そう言われてもな……
「私が加護を受けたと記憶しているのは、白蛇族のカテナ様だけだ。今は見えないけど、ここに番の印もある」
左手の甲には、確かにそれがある。
アーレと触れることで現れる印だから今は見えないが、ここにある。
「じゃあ他の二つは?」
「記憶にない。そもそも白蛇族以外の神の使いに会ったことがない」
大狩猟の時に見かけたことはあるが、意思を交わすほど近くには寄っていない。
だから、カテナ様以外にこれほど近くにいるのは、オロダ様が初めてだ。
そう考えると、加護を受けるタイミングさえなかったと思うんだが。
……しかも、一つは怒っているんだろう?
何が理由で怒っているかはわからないが、怒っている神の使いの加護ならば、心当たりの一つや二つあっても不思議はないと思う。
でも、ないんだよな。心当たり。
「というか……ほかの方の加護を受けるのって、浮気になるのか?」
「二つくらいは珍しくないけど、三つは多いよ」
そういうものなのか。
「しかもおまえの場合、これからオロダ様の加護も入ると思うよ」
え? そうなの?
「四つ目よ? 四つよ? 神の使いに気に入られて四つ目よ? 四つも加護を受けてる奴がいるって聞いてどう思う?」
…………
「神の使いに好かれやすい体質の人?」
「どこにでも気の好い顔を見せる浮気者って感じしない?」
「そんなの言い方次第だろ。人聞きの悪い。神の使いの前でそういうこと言うのやめてくれないかな」
「ふーん? オロダ様はどう思う? こいつ浮気者だと思わない?」
「オロダ様に聞くなよ。返事一つで私が立ち直れなくなるぞ」
「――ほら、さすがに四つはちょっと多いかなって言ってるよ」
「私には聞こえない! そもそもまだ三つだ!」
「それってオロダ様の加護は受け入れないって意味? あーあ。オロダ様いじけちゃった」
「そんなこと言ってないだろ! 違いますよオロダ様!? 違いますからね!?」
「生まれ変わってまだ一日二日しか経ってないのにいじけちゃった」
「言ってないだろ!」
――というかちょっと待て!
「これなんの話だ!」
大事な話してなかった!? 話の主旨が違うだろう!
「今これ私のとても大事な話をしているから、個人的な好き嫌いを持ち込まないで欲しい」
ぐだぐだになってきたので仕切り直しである。
そして、その前にちゃんと言っておいた。
トートンリートはずっと笑っているから、完全に面白がっているとは思うが。
どこまで本音だか知らないが、こっちは全部笑い事じゃないからな。
「もっと詳しく聞かせてくれ。本当に大事な話なんだ」
何せ神の使いに「怒りを鎮めよ」と言われるくらい、私の中で私の知らない何かが怒っているのだ。
これ、何かの拍子で悪影響が出そうで怖い。
自覚のないところで病魔が身体を蝕んでいて、いつか表面化した頃にはすでに手遅れ、みたいなことになったら困る。
「はい、はいはい、おおそういう――えっとね、一つは生まれつきくらい古いものみたいよ。祖先から受け継いできたもの、だって」
え?
それって、もしかして聖女の力のことか?