128.鉄蜘蛛族の集落で 祭りの後 前編
わかり切っていたことだった。
「どうしてなんだ!?」
誰かが叫んでいた。
どうしてって。
体調が悪い時に祭りなんかやったからに決まっているじゃないか。
「か、身体が動かぬ……!」
誰かが嘆いていた。
まともに立ち上がれないくらいの高熱状態で踊り狂えば、そりゃ倒れもするだろう。
「おえぇぇっ! おぇぇっ! チッ……虫に中ったか」
誰かが嘔吐していた。
加護のない状態で虫料理を食べたせいだ。族長ハールが、虫は食べられないと言っていた。毒素があるのか、食べたものが消化できないせいかはわからないが。
なんというか、……なんだろう。
控えめに言って、地獄のような光景だった。
祭りは予定通り行われた。
健常な者は準備に回り、祭りに参加したのは病人たちとよその部族の者たちだ。
やる前から地獄になりそうだと思ったが。
実際、なってしまった。
なぜ誰もこれを予想しなかったのか本当に理解できない。
受け付けない酒や料理を呑んで嘔吐する者。
身体も悪ければ消化機能も弱っているのだろう。しばらくはまともな食事を取っていない者もいるし。
病人食は伊達でも冗談でもないんだぞ。
踊りに出てそのまま倒れる者。
狂ったように打ち鳴らされる太鼓に対する、倒れている人たち。
静と動の対比が、趣味の悪い芸術作品のようだ。
力比べなどと言って出てきた、ふらふらの鉄蜘蛛族の戦士たちはぶつかったあと、何事もなかったように二人とも倒れた。
それが何組も続いた。
何をしたいがために無理をしているのかよくわからなかった。
女性たちはいつもの仕事をしようとして、その最中に動けなくなった。
子供たちはすぐに回収された。
言ってしまえば、病人ががんばって寝床から離れてやっぱり体調を悪くしただけ、という身も蓋もない話だ。
むしろ病人を回収する手間が掛かるだけ、体調をより悪化させただけという、誰にとっても何一ついいことはなかった祭りだった。
よその戦士たちが呑んだり食べたり踊ったりと、特にうちの白蛇族が喜んで酒を呑んだだけだった。
せっかく作った料理も吐くし。
必死になって準備したのはなんのためだったのか。
動けなくなった者たちを寝床に戻す作業だけで、深夜まで掛かった。
うちの白蛇族も含めて、よその戦士たちは無責任に呑み食いするばかりだし。
本当に女性の仕事も大変だ。
白蛇族の集落で、男女が割れた原因の一つも、女性の地位向上が原因の一つだったという。
そのためにアーレを初の女族長に、という気勢が高まったのだ。
……私も男だからあまり言いたくないが、家庭を手伝わない男はダメだな。せめてやってくれている女性に最低限の気遣いくらいはしないとダメだ。
惨状が片付いたのは、深夜だった。
病人たちを運ぶついでに診察もしたので、結構な時間が掛かってしまった。
いつの間にか狂ったように打たれていた太鼓の音も止み、広場で派手に呑み食いしていた戦士たちが高いびきで眠っている。
久しぶりの酒精が回ったらしく、よその戦士たちとうちの白蛇族三人も、地面に倒れるように寝ている。
彼らは放っておいても大丈夫だろう。加護もあるし頑丈だし。
強めの魔獣避けを使ったので、今夜くらいは襲撃を遠ざけてくれるはずだ。
普段使いはとてもできない、かなり貴重な物らしいが……
……戦士たちのあの様子を見ると、もしかしたら、このとち狂ったとしか思えない祭りは、必要だったのかもしれないと少しだけ思えた。
彼らも彼らで大変で、どこかで息抜きが必要だったのだろう、と。
もう二十日も戦い続けているのだ、一日くらい……いや、半日でも休みがあって好きな酒を楽しむ時間は、なければならなかったのかもしれない。
それに、患者たちもだ。
この祭りで、ほぼ全員の病状が悪化した。
だが、誰も文句は言わないし、どこか楽しそうだった。
後悔なんて誰一人していなかった。
死ぬかもしれないほどの重篤の年寄りなんて、逆に生きる気力が湧いてきたと言い出した。
絶対に、死ぬ前にまた、若い女が踊りおっぱいが揺れるところを見たいそうだ。
身体はともかく、精神を奮い立たせた生命力を感じずにはいられない。エロは強い。
面倒を見ている方はいい迷惑だったが、誰も後悔していないというのは、どこか救いがあった。
準備が大変だったし後始末も大変だったが、それでも無駄ではなかったのだな、と。
――そう、きっと、この祭りは無駄ではなかったのだ。
患者は全員回収した。
戦士たちは放置でいいだろう。気持ちよさそうに寝ているし、起きたら適当に帰るだろうから。
そんな相談をして、女性たちと私で余り物を食べて、解散となった。
洗い物なんかは、さすがに今日はもういいだろう。
明日の朝にでも片付けてしまおう。
――借りている家に戻ろうとした、その時だった。
「……?」
呼ばれた、な。
言葉にはならない、ただの意思のようなものが、私に語り掛けてきている。
来い、と。
来てくれと。
風の報せか虫の囁きのような、ともすれば気づかないようなか細い意思。
視線を巡らせて、緑色の光る胞子が舞う鉄蜘蛛族の集落を見回し……視線が定まった。
向こうか?
あ、そうか。
こっちには、確か、オロダ様の繭が安置されている家がある。
私は一度も行ったことはないが、この集落の祈祷師が毎日繭に「早く代替わりをしてくれ」と祈りを捧げているそうだ。
私を呼ぶのは、きっとあの方だ。