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123.鉄蜘蛛族の集落で 一日目





鉄蜘蛛族の集落にて 記録1日目


 昨夜、鉄蜘蛛族の加護がなくなった。

 正確に言うと、この上なく弱くなったのだという。


 身体能力、免疫機能、抵抗力の極端な低下と、この地を守り魔獣を遠ざけていた力も失われた。


 まずやってきたのは、魔獣たちの襲撃だった。

 多少端に寄ってはいるが、それでも鉄蜘蛛族の集落は、森の中にあるので、確率の偏りはあるが全方向から襲撃はやってくるのである。


 魔獣にとっては、人は餌である。

 襲ってくるのは当然のことで、むしろ自然なことだと思われる。


 そして、一日目から早速病に倒れる者が出てきた。

 元から体力がなく、抵抗力が低い、子供たちである。


 聞いていた流行り病の兆候はなし。

 ただし、加護を失っている上に病に罹って、更に体力が落ちているところに流行り病まで蔓延し、合併症となる恐れもあるので、油断なく治癒を試みる。


 たとえ快癒は望めないまでも、体力の低下速度を著しく落とすだけでも、生存能力が上がるだろう。


 この時のために備え、薬草は充分なストックがある。

 食料も問題ない。

 まだ一日目なので、今のところ予想外の問題は起きていないはずだ。


 心配なのは、大人たちも倒れた場合だ。

 特に戦士の指揮を執る族長ハールが動けなくなると、外敵に対する対処が、特に初動が遅れると危険である。


1日目

 黒猪  9頭

 守斬虫 5匹

 爆頭虫 2頭   

 霧烏  3羽


病にて隔離した者

 男  0人

 女  0人

 子  7人

 幼  5人


※子は5歳以上12歳未満 幼は0歳以上5歳未満









「……はぁ」


 そろそろ、代替わりが始まってほぼ丸一日が過ぎただろうか。


 疲れた。

 本当に疲れた。

 長い一日だったような気もするし、気が付けばもうこの時間になっていた気もする。


 休憩も兼ねて仮眠を取るよう言われて借りている家に戻ってきたが、寝る前に、今日の記録を残しておくことにした。


 幸か不幸かはさておき、代替わりに立ち会うだなんて、貴重な体験であることは間違いない。

 だから、もしかしたらこの記録も、今後何かの役に立つかもしれない。


 ……あまり気持ちのいい記録にはならないかもしれないが、だからこそ残しておくことに意義がある、気がする。


 もし次があるなら、もっと上手く立ち回り、死亡する者を一人でも減らすことができるかもしれないから。


 ――ざっと葉に書き込むと、私は木炭のペンを置いた。


 これで今日の仕事は終わりだ。

 今日もあまり眠れないかもしれないが、寝ておかないと疲れのせいで明日に響く。無理にでも寝ておかないと。


 昨夜、オロダ様が繭になってから、少し仮眠は取ったが……断続的にやってくる魔獣の襲撃のせいで、ほとんど眠れなかった。


 どうせ眠れないならと朝早くから起き出して、夜の集落防衛を担当した白蛇(エ・ラジャ)族と青猫(カレ・ネ)族が眠りに着くと同時に、入れ替わるようにして私は活動を開始した。


 まず、夜ずっと戦い続けた白蛇(エ・ラジャ)族と青猫(カレ・ネ)族の戦士の怪我を診て、それから夜の間に仕留めた魔獣たちの処理の手伝い。

 朝食を食べ、鉄蜘蛛(オル・クーム)族の薬師リセンの指示で調合を手伝い、――昼を過ぎた頃からだ。


 予想し、また危惧していた通り、鉄蜘蛛(オル・クーム)族の人たちが体調を崩し始めた。


 まず調子が悪くなったのは、子供たちだった。

 一人、また一人と体調不良を訴え、発熱や頭痛、嘔吐、身体の節々の痛みという症状を訴え出した。


 予想はしていた。

 そのために備えてきた。


 でも、子供が倒れる姿は、ただただ痛ましかった。

 特に小さい子……赤子ともなると、白蛇(エ・ラジャ)族の集落に残して来たハクとレアと重なって見えてしまう。


 どうにか治したいが、加護を失った現状では、まず完全回復することはないらしい。

 病魔は振り払えず、どんどん身体を蝕んでいく。

 今はとにかく、体力を奪われないように注意するしかないのだとか。


 全ては、代替わりが完了するまで、一人でも多く生き永らえること。

 そして私の仕事は、一人でも多く生かすことだ。


 横になり、目を瞑ると、苦しそうな顔で寝かされている子供たちの姿が頭に浮かぶ。

 痛ましい光景だったから、網膜に宇焼き付いてしまっているのだ。


 ……どうか早く、一日でも早く、代替わりが終わりますように。





「――レイン、レイン」


 ん……んっ!?


 揺らされてハッと目を開く。


「あなた、自分の家で寝なかったの?」


 すぐそこに、ハールの嫁リージがいた。


「自分の? ……あ、そうか」


 まだ眠く重い頭を振って、ようやく状況が把握できた。


 そうだ。

 一度は借りた家で寝たが、どうしても子供たちが気になって起きてしまい……寝惚けた状態で、子供たちを寝かせている家まで来てしまったのだ。


 明け方とか、苦しそうにしていた子供に針を打った気がする。

 ……ほとんど意識がなかったはずだ。こんな状態で……我ながらよくやるものだ。


「子供たちの様子が気になってな」


 そしていつの間にか、壁に寄り掛かって寝ていたようだ。


「手伝ってもらっている立場で言うのもなんだけど――ちゃんと寝なさい」


 厳しい顔で怒られた。


「レインが優秀なのは、昨日だけでよくわかったから。だからこそ休みなさい。まだ始まったばかりなの。あなたが万全なら、私たちの多くが助かるの。

 本当に子供たちを助けたいなら、お願いだから休む時は休んで」


 …………


 医者の不養生、だなんて驕る気はないが、確かにそうだな。

 まだ一日しか経っていないのだ。長丁場を戦い抜くには、ちゃんと休養を取らないとな。


「わかった。今から少し寝るよ」


 眠れないから何かする、じゃない。


 寝るんだ。無理にでも。

 本当に大事な時に、ちゃんと動けるように。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 〉眠れないから何かする 日本のサラリーマン? 〉本当に大事な時に、ちゃんと動けるように。 な [一言] ドキドキします。
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