11.説得を試みる
もしかしたら、そうじゃないかもしれない。
だが、もしそうであるなら、あまりにも失うものが多すぎる。
白蛇族の寿命問題。
もしこれが、塩分や酒精の過多が原因であるなら。
食事……とりわけ塩分摂取量と酒量は、すぐにでも対処するべき問題だと私は思う。
頭の良いナナカナも同じ考えらしく、私に割り振る仕事は、とりあえず食事回りが最優先となった。
双方が同じ結論に至ったことを確認した上で、私が貰う予定となった家を掃除しつつ、ナナカナにたくさん質問した。
ちなみに家は小さな一間で、料理場や囲炉裏などというものもなく、夏はともかく冬は厳しそうだ。なお冬は火鉢を置いたり他部族から仕入れる魔石で暖を取るそうだ。
魔石の文化はあるのか。
魔石とは、簡単に言えば生活魔法を代用してくれる魔道具だ。魔法は使える者が少ないので、魔法の使えない一般人が簡単な魔法を使用するための物である。
そういえば昨日は気にする余裕がなかったが、家の明かりも魔石の照明なのだとか。
よその部族ではあるが、魔石の加工技術があるらしい。
現に肉や野菜は、氷の魔石で冷やして保存するのが、白蛇族でも一般的であるとか。
なら、本当に色々なことができそうだ。
――なんて少しばかり話が脱線したが、ナナカナは私の質問に答えてくれた。
まず、ここでは一般的な煮たものに使う、塩分の量。
割と安価で他部族から仕入れることができるようで、塩にはまったく困っていないそうだ。困っていないがゆえに困ったことになっている、というのが現状だ。少なくとも私には塩分が多すぎる。
アーレ・エ・ラジャの好物は、基本的に肉。
とにかく肉を食わせればだいたいなんでもいいそうだ。もちろん味付けが濃くないと文句を言う、と。
神蛇カテナ様の好物についても聞いてみた。
よくわからないらしい。食べることもあるけど食べなくても生きていけるようだ。
そもそも、記録によると白蛇族がこの地に根を下ろして約二百年、カテナ様はずっと変わらず存在しているのだとか。寿命がないのかなんのか、とにかくずっと生きているらしい。
まあ、神の使いなら、それも不思議じゃないのかもしれない。
「ナナカナは何が好きだ?」
「塩辛くないもの」
重傷だ。
それは好きなものじゃなくて身体が受け付けられるものだろう。
家の掃除を手早く終わらせ、私の荷物も運びこみ、今日の夜から世話になる寝床の準備はできた。
照明用の小さな魔石と、敷き毛布代わりの毛皮も借りたので、少なくとも寝る分には不足はないだろう。
その次は、料理場に立つ。
昼時には少々遅れているが、まあいいだろう。ちなみに腹は減っている。
「おお、見事な赤身肉……!」
魔石で冷やしている小さな木箱には、ぎっしりと食材が詰まっている。その中の一つ、ナナカナは大きな葉に包んだそれを取り出した。
中身は、鮮やかな色をした赤身肉だ。
例の、私の知らない光る牛の肉だろう。この足の一部であろう肉塊からして、大元はかなり大きい生き物なのではなかろうか。
「嫌いじゃないけど、固い」
ああ、まあ、野生の牛ならそうだろう。これだけ脂身が少ないなら尚更だ。
「ハンバーグでもするか?」
「はんばーぐ?」
「この肉をぐちゃぐちゃにして固めて焼くんだ。柔らかいぞ」
「なぜわざわざぐちゃぐちゃにするの?」
ミンチにする文化はないのか。
「あー……素材の段階で噛み砕いておく、みたいな?」
「……素材の段階で、噛み砕く……」
どうやら想像もつかないようだ。
「昼食がてら作ってみよう。簡単だから」
「うん」
入り婿の先輩である王宮料理人の下、基礎と簡単にできるおいしい料理はしっかり学んできた。
――彼曰く、「いいですか殿下。俺は嫁の胃袋を掴んだんですよ。だから今ここにいるんです」だそうだ。
そんな彼が言うには、とにかく嫁に気に入られるために、うまい物は鉄板だと言われた。
特に甘味は強いと。
でも甘味はここぞという時に出すのが一番だと言われた。
ナナカナの話では、砂糖はなく甘味は果物くらいだそうなので、彼の秘伝のレシピを披露する日は遠そうだ。
「肉を切ります。叩きます。もっと叩きます。しつこく叩きます。小さく刻みます。野菜も刻んで肉と一緒に捏ねます。塩と……これ香辛料? 少し入れます。卵やパン粉があればいいけどないのでこうしてぎゅっと固めます。焼きます」
ナナカナが火とフライパンを用意してくれていたので、スムーズに肉を滑り込ませる。シャーと肉が焼ける音は王宮の調理場で聞いたものと同じだ。そしてすぐに肉の焼ける香ばしい匂いが立ち込める。
ポイントは、木蓋をしてじっくり中まで熱を通すことだ。野菜の持つ水分が蒸発して肉の中に熱が通るのだ。あと焦がさないように注意だ。
ちゃんとフライパンもあるんだよな。
王宮ほど道具も設備もないけど、最低限のことはできそうな調理場だ。
……どうにかパンみたいなものは焼けないかな? というか、小麦がないみたいなんだよな……
白蛇族の主食は、光る牛の肉と、庭先の黒いニンジン擬きが多いそうだ。他にも作っている野菜はあるそうなので、この辺も早めに調べておきたい。
――と、そんなことを考えている間に、蓋の隙間から色の付いた湯気が上がり出した。まずい焦げる。
「ひっくり返してもう少し焼きます」
同じことを繰り返し、完成だ。少し焦げ目の付いたハンバーグの完成だ。念のために中を割って火が通っていることを確認する。よし、いい感じ。
「これだけだとちょっと寂しいけど、今日のところはこれを昼食にしよう。どうぞ」
ハンバーグ一品という昼食となってしまうが、さすがに見たことがない食材が多いので、まだ手を付けられない。
聞けばナナカナは、昼食は夜作ったり朝作ったりした煮たものの残りを食べたり食べなかったりするだけらしいので、一品だけの料理でも充分だそうだ。私のプライドは許さないが。絶対にこの子に「食事が待ち遠しい」と言わせて見せる。そのうち。
もちろん、アーレ・エ・ラジャにもだ。
掴むぞ。
彼女の胃袋は私が掴む。鷲掴みだ。掴み過ぎて逆に困るくらい掴んでやる。
「うん、うん……うん」
直に持つには熱いので、葉っぱで挟んで躊躇なく一口かじったナナカナは、「うんうん」と頷きながら続けてがぶがぶ食べる。
私が作る姿も、使った素材も、ついでに言うと使用した塩の量も隣で見ていたので、食べるのに躊躇する料理には見えなかったのだろう。
「おいしかった。塩もちょうどいい」
お、よかった。
まあ、はずれようがない素材しか使ってないから当然か。
「なるほど。料理する前に噛み砕く。料理する前に柔らかくするんだね。面白いやり方。確かに食べやすかった」
そうだろう、そうだろう。
野生の牛の肉は硬いからな。
「これならもう一つ食べられる」
「残念。これは私の分だ」
私とて腹が減っているのだ。いくらナナカナが物欲しそうな顔で催促してきても断じて渡せない。
同じように葉っぱ越しに掴んで食べてみた――あ、おいしいこれ! 肉自体がかなりおいしいな。脂身は少ないが、ほのかな脂の甘みはちゃんと感じる。塩加減もいい。これは薄切りのステーキなんかも美味だな。
「これを出して、アーレ嬢を説得できるだろうか?」
「できるかどうかはわからないけど、どうしても説得はしてほしい。私も協力するから」
…………
そうだな。何せ寿命が掛かってるかもしれない話だからな。
「説得できなかった」じゃ済まない、どうやってでも説得しなければならない話だ。
さて、どう口説いたものか……
「――家のことは任せる」
しかし、いざ話をしてみたところ、アーレ・エ・ラジャは第一声で結論に至った。
「家の外のことは我に任せろ、だから家の中のことはおまえに任せる。
レインには我を支えてほしいと頼んだ。そしてレインは了承した。我はおまえを信じるから、おまえはおまえが正しいと思うことをすればいい」
おまえがそうした方がいいと言うなら従おう、と、アーレ・エ・ラジャは赤身肉のハンバーグを掴んで口に運ぶ。
「うむ……確かに味が薄いな。だがこれがいいのだな?」
私とナナカナが同時に頷くと、彼女は「味は薄いが悪くないから構わない」と言い、がつがつと食べきった。
「酒も少し控えろと? わかった。……ここだけの話、我はこの酒があまり好きじゃないのだ」
なんと。
昨日あれだけ、まるで水のようにガパガパ呑んでいたのに、まさかの言葉だった。
「戦士は酒を呑むもので、酒に弱い戦士はいない。そういう決まり事でな……少々無理をして呑んでいた。――が、夫が控えろと言うなら従うまでだ。
はっきり言って、向こう側で呑んだ酒の方がはるかにうまかった。あれなら呑みたいが、これはちょっとな……」
確かに野性味の強い酒なので、かなり好みが割れそうだ。
いずれその辺にも手を入れたいが、まだまだ先の話になりそうだ。
とにかく今は、ここでの生活に慣れることが第一だろう。
幸いというか器が大きいというか、アーレ・エ・ラジャは家の中のことは任せると言ってくれた。
早くこの集落に馴染めるよう、しっかりがんばろう。