118.白鱗の話
詳しい話は明日ということで、ひとまず私たちは空き家に案内されて休むことになった。
私や女性たちは荷車に乗っていたので疲れはない、……というわけでもなく、補装されていない道なき道を走っただけに、とにかく振動がすごかった。
それに、荷車の上で振り落とされないよう、ずっと力が入っていた。
要するに、荷物扱いでも疲れるは疲れるというわけだ。ヤギの背中が恋しくなるくらいには。
案内されたツリーハウスは、鉄蜘蛛族の集落に滞在する間の拠点となる。
家は一間で、例の光る百合が灯り代わりに置いてあるのみ。
家具などもなく、「必要な物があれば言え」と言われているので、まあ必要な物があったら注文しようと思う。
「レイン。話はおまえに任せるから、おまえが聞いておけ。判断もおまえがしろ」
それと、一応ここは男部屋である。
空き家に限りがあるので、ここに滞在する間はカラカロと一緒に住むことになる。
「いいのか?」
「おまえが代表だからな。――まあ、おまえなら小さな失敗はしても大きな失敗はしないだろ」
まあ、そうだといいんだが。
まだ白蛇族の集落に来て一年だ。
カラカロのような産まれた時から白蛇族、みたいな者からしたら、私は頼りなく見えると思うんだが。
でも、それでも私の顔を立ててくれようしているんだよな。
族長の代理、族長の婿として。
――期待しているかどうかはわからないが、できることなら彼らを裏切るような真似も、したくないな。
「ある意味では、俺はアーレよりも安心しているぞ。おまえは揉めない」
…………
まあ……まあ、ね。私の嫁さん、ちょっと横暴でちょっとケンカっ早いところもあるからね。ちょっとだけね。アーレとよその戦士たちがいざこざを起こしたと言われても納得できちゃうからね。
……だが、万が一にもアーレの耳に入ると文句を言われそうなので、ここは何も言わない方が穏便に済みそうだ。
なんとも答えづらくなった私は、荷物から野営用の寝具を出して敷く。
「そういえばレイン、おまえの白鱗はどこにある?」
カラカロも荷物から毛皮の敷物を出しつつ、そんなことを聞いてきた。
白鱗。
白蛇族の特徴で、身体のどこかの皮膚が白い鱗になっている、というものだ。
人それぞれ白鱗の場所が違い、アーレは首だし、カラカロは背中だし、タタララは右手だ。ナナカナは肩だ。
そして人それぞれ場所が違うので、一見して見えない場所にあったりもする。
そういえば、キノコの人シキララはどこにあるのかな。
……まあ、それはともかく。
「知っているだろう? 私は入り婿だからないぞ」
「あ?」
敷物に寝転がったカラカロが、訝しげな顔を向けてくる。
「カテナ様から祝福は受けただろう?」
「ああ」
「なのにないのか?」
「……ああ。うん。……え? 祝福されたら生えるものなのか?」
「生えるぞ。よそから来た部族の者とか、加護が上書きされるんだ。その際、元の部族の加護を多少引き継ぎつつ、白蛇族の加護を得るんだ。その時に鱗が出るぞ。
だから白蛇族にいるよその連中に見える奴らも、ちゃんと白鱗はある」
…………
えっ!?
「初耳だぞ! ケイラは!? ケイラはあるのか!?」
「お、俺は知らん! まだ脱が……何でもない!」
脱が……あ、そうか。
ケイラはいつも露出の少ないワンピースだもんな。
そういう意味では、私も露出の少ない格好をしているから、確かに一見して白蛇族とは判別できないだろう。白鱗が服の下に隠れているから。
カラカロの疑問も、そういうところだ。
まあ、隠れているどころか、私にはないんだが。
……たぶん、ないと、思うんだが……
…………
ちょっと待ってくれ。
これ何気に重要なことなんじゃないか?
「カラカロ! ちょっと確認してくれ!」
「あ?」
私は急いで服を脱いだ。
背中は自分では見えない。
私が知らないだけで、見えないところに白鱗が……白蛇族の証が、カテナ様の祝福の証があるかもしれない。
「……ないな。背中にはないぞ」
嘘だろ。
なんだ。なんだこれ。
「私はやはり、カテナ様に嫌われているのか……?」
私は、カテナ様に祝福されていなかったのか?
でも結構友好的な言葉を賜ることも、最近は結構あるっていうか。決して嫌われている感じはしないんだが。
……だが、お優しいカテナ様が、私に気を遣っていたとしたら?
……内心嫌っているけどそんなことを伝えると私が傷つくから、気を遣ってくれているのだとしたら?
…………
ダメだ。
これ以上考えたら白蛇族の集落に帰れなくなりそうだ。
疲れた身体と頭と慣れない環境で考えても、ろくな結論も出せないだろう。
今日のところは、もう寝てしまおう。
無視できないほど大きな疑問を抱えているが、今は全力で無視しよう。
「まあカテナ様の好き嫌いはわからんが、番の儀式で、カテナ様はおまえに祝福を与えていたのは、俺も見ていた。だから気にするな」
ちょっとした慰めの言葉が、じんわりと心に沁みる。
――彼にならケイラを任せてもいいかもしれないと思いながら、その日は眠りに着いた。