114.出発前日の夜
アーレの判断で、鉄蜘蛛族の代替わりの話は、正式に集落中に広められた。
その上で、鉄蜘蛛族の集落へ行き、彼らを手助けする希望者を募った。
彼らの中に知り合いがいる者、付き合いがある者が手を上げ、まず数名が決定。
意外だったのが、女性戦士シキララが参加したいと言い出したことだ。
個人的に彼女とはあまり付き合いはないし、話したことも数える程度だ。
ただ、私の認識では「キノコの人」として有名である。
そしてその認識で間違いはないらしい。
シキララは、わざわざ家までやってきて鉄蜘蛛族の集落へ行きたいと希望を述べたのだ。
「鉄蜘蛛族の集落って森の中でしょ? つまりキノコ採り放題ってことでしょ?」と。
キノコ目的で行きたいというのであれば、「キノコの人」という認識でなんら間違いはないだろう。
採り放題かどうかはわからないが、彼らの集落は森の中にあるそうだ。
戦闘力が低い彼らは、森の中に居を構え、あらゆる罠を敷いて身を守っているのだ。
単純な部族同士のぶつかり合いでは勝ち目はないが――森の中なら圧倒的強者なんだとか。
魔獣にだって強い部族にだって一方的に負けることはない、と言われるくらいに。
彼らの生み出せる糸と森の組み合わせは、これ以上ないほど相性がいいということだ。
――ただその反面、代替わりによって加護が失われると、いつもなら平気だった森の環境が病という形になって出てくるそうだ。
代替わり=流行り病。
こんな方程式が当てはまるくらい、病がはびこる確率が高い。
そして、それで被害が出て困るのは、鉄蜘蛛族だけでは済まない。
特に食物連鎖に影響を及ぼし、今はよくても来年、再来年辺りに極端に獲物が減る可能性がある。
もし獲物が減ったら、最終的にはよその部族から奪うしかなくなる。
戦が起こる。
これだけは避けたい、というのが、まず各部族の長が考えることだ。
だから鉄蜘蛛族の手助けをする。
まあ、キノコ目的にせよ何にせよ、戦士が参加するのは悪いことではない。
「戦士はどうするかな」
出発前日の夜、アーレは悩んでいた。
明日にはもう旅立つという段階になっているが……だからこそ悩んでいるのか。
戦士の参加希望者が少ないからだ。
女性の参加者は、一応役割的に私も含めて、三人行くことが決まっている。
各部族からも参加するはずなので、あまり無駄に多くても却って邪魔になるそうだ。
だが、問題は戦士の参加希望者だ。
キノコのシキララ以外、誰も名乗りを上げなかった。
――時期が悪いそうだ。
冬に消耗した食料や燃料を回収するため、戦士の春先は少し忙しい。
守るべき家族がいるなら、猶の事今は集落を離れられない。
戦士は家族を飢えさせないのが仕事だ。
だから必死で獲物を狩り、食料を集めるのだ。
そんな理由で、誰も行きたがらない。
まあ戦士じゃなくても、代替わりが完了するのは二週間から一ヵ月くらいは掛かるそうなので、行きたがらないのもわからなくはない。
私だって家庭を離れたくない。子供も産まれたし。
「もう命令を出すしかないと思うけど」
ナナカナがサジライトの毛皮にブラシを通しながら言うと、アーレは「それを悩んでいる」と答えた。
「もう時間がないからな。族長として行くよう命令するつもりだ。ただ、誰を送るか決まらなくてな」
さすがに出発前日の夜だ。
もう希望者を待つとか言っていられないのだろう。
「シキララと、あと二人は欲しい。目ぼしい独り身に声を掛けてみたが、良い返事は貰えなかった。やはり時期が悪いな」
そうか……
「カラカロ様はどうですか? お義母様方はもう四人家を離れたと聞いていますが」
ケイラがそう言うと、アーレは「真っ先に声を掛けた」と答えた。
「おまえを口説くのに忙しいから無理と、遠回しに言われた」
「あ……そ、そうですか……」
「ついでに言うと、タタララも今は絶対に離れたくないと言っていた」
タタララはどうしても、ケイラとカラカロの仲が気になっているのだろう。
…………
ん? ということは……
「それってケイラが行けば戦士二人も付いてくるってことじゃない?」
ナナカナもそこに気づいたようだ。……私が言いたかったなぁ。私も気づいたんだよ?
「どういうことだ?」
「だから、ケイラが理由でカラカロは行きたくないんでしょ? ケイラが一緒ならカラカロはどこにでも行くんじゃない?」
「お? ……おお、そうか!」
「で、タタララは二人の仲をしっかり見たいだけでしょ?」
「え?」
ケイラはまだタタララのことをよく知らないようなので、ナナカナの言葉の意味はわからなかったようだ。
「なるほどな! これは盲点だったな!」
盲点……いや、すごくわかりやすい流れだったと……
うん、まあ、アーレには盲点だったんだろうな。
「……しかしケイラはここにきてまだ来て日が浅い。行かせるのは可哀想だ」
出会った当初は気に入らないと言っていたのに、まさか普通に気遣う台詞まで出るとは。いや、これもアーレらしいか。
「いえ、アーレ様。私はすでに白蛇族の一人ですので、どうぞ遠慮なく命じてください。一人で行くわけでもありませんし、大丈夫ですから」
「そうか? ……では行ってくれるか? タタララとカラカロがいれば身の危険はないはずだ」
あの二人は、白蛇族の中でも特に強いからな。私も安心だ。
「もちろんです。行ってまいります」
読み通り、ケイラの参加に伴いカラカロも同行する旨を了承。
そして二人の仲を見守りたいタタララも参加することを決めた。
白蛇族からは、七人。
戦士が三人と、私とケイラを含む女性四人が参加することとなった。まあ私は女性ではないが。