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113.準備をする





  グルルルル


 突然、獣の唸り声のようなものが聞こえた。


「なんだ?」


 アーレは手許も見せない速さで近くにある鉈剣を取り、立ち上がる。私も視線を巡らせ――えっ!?


「狼!? あ、いや……違う!?」


 すーっと器用にドアを開けたらしいそこには、黒毛の狼がいた。

 いや、狼型の魔獣だろうか。


 何せ、頭に硬質な輪っかが……


「……なんだサジか。どうした」


 えっ!?


 耳を疑うことを言いながら座り直したアーレの言葉に驚き、二度三度と狼?を見る。


 あの狼、サジライトか?

 今朝まで、というかついさっきまで、胴が長い鼬だったのに?

 頭の上に輪っかなんてなかったのに?


「ああ、あれがあの時の卵だね? ――いやぁやっぱり嫌われてるなぁ」


 はっはっはっ、と軽薄に笑うルフル。


 確かに、狼は威嚇している。

 普段見ないルフルを、知らない人として警戒している……というわけでもない、のか?


「サジ。こっちに来い」


 アーレが呼ぶと、狼はルフルを警戒しながら彼女の下へ行った。従順である。それこそ犬のように。


「落ち着け」


 狼の青い目をじっと見詰めて、アーレが命令を下した。

 すると、……サジライトは彼女の傍らに伏せた。視線はルフルを見据えたままだが。


「怒っているように見えるな」


 私にもそう見える。


「ルフル、これはどういうことだ?」


「いやあ……その子の親、僕らで食べちゃったから」


 あ。

 そりゃ嫌われて当然だ。親の仇じゃないか。


 ……そういえば、昨夜の夕食は早めに済ませて、ルフル団の先触れで来たゾゾンは白蛇(エ・ラジャ)族の友人の家にに呑みに行ったんだよな。


 そしてサジライトは、どこで遊んできたのか、帰りが遅かった。


 全然意識していなかったが、サジライトとゾゾンは会っていなかったのだ。

 まさかルフル団に本当の恨みを抱いているとは思わなかった。


「本当はその卵も食べるつもりだったんだけど、どうにももう食べるには遅かった。結構育っていたから。

 たぶん卵の中で、僕らのやったことを、おぼろげに聞いていたんじゃないかな」


 僕らの手で卵を孵していたらまた違ってたと思うけどね、とルフルは肩をすくめる。……ある種の胎教みたいなものだろうか。


「そうか。まあ、なら仕方ないな」


 そう、だな……


 かわいそうな話だとは思うが、私たちも生き物を殺して食べて生きている以上、ルフルの行動を責めることはできない。

 安っぽい感情論を振りかざせるほど子供でもないしな。


 もちろん、サジライトが恨むのも当然だと思う。


 しかし、まあ……この問題はどうしようもないだろう。むしろ無駄に殺さず食べたのであれば、まだ救いがある気がする。

 生きるって綺麗事じゃないから。


「賭けはおまえの勝ちでいい。こいつは我が引き取るぞ」


「よろしく」


 アーレはサジライトを飼うことに、少しだけ難色を示していた。

 犬は役に立つけど、と。

 どうするのか、という多少の懸念はあったが、彼女もすっかり情が移ってしまったようだ。


 こうしてサジライトが正式にうちの一員になった。


 ――なお、頭の輪っかは魔獣が「警戒」や「魔法を使用できる・使用している」状態で発生するものなのだそうだ。


 化鼬(ウィ・ジマ)という魔獣であるサジライトは、ルフルを敵と見なして「警戒」し、擬態するという「魔法」を使って狼になった、というわけだ。

 

 今までそんな姿を見たことがなかっただけに、かなり驚いた。


 本当に擬態するんだな。

 面白い生態である。


 そして何より可愛い。





 話を済ませてから、ルフル団との取引をする。


 アーレは前回と同じように豪快に物々交換をし、それが終わると彼らは昼食を食べて、またすぐに出発していった。


 今回は「鉄蜘蛛(オル・クーム)族の代替わり」の情報をできるだけ早く、そして広く伝えるために、少々急ぎの旅をしているらしい。


 彼らに取っても他人事じゃないから、彼らなりに鉄蜘蛛(オル・クーム)族存続に協力しているのだろう。





「――おう、代替わりか」


 弟子入りしたつもりはあまりないが、いつの間にか私の薬師の師になっていた婆様に、鉄蜘蛛(オル・クーム)族の事情を話してみた。


 もちろんアーレからの許可は得ている。


 自分の家の前で、取引して手に入れたものを確認していた婆様を捕まえ、私がこれから鉄蜘蛛(オル・クーム)族の集落へ行くことを告げる。


「それで、婆様ならもう少し詳しくわかるかと思って」


 蜘蛛(クーム)族の代替わりは、三十年から五十年。

 それがいくつかの集落で起こっている。


 集落で一番の長寿を誇る婆様なら、一回や二回は実際に経験したことがあると思うのだが。


「部族によっては多少バラつきがあるがの、鉄蜘蛛(オル・クーム)族なら一ヵ月前後で代替わりが完了する」


 つまり、一ヵ月くらい様子を見れば、加護が復活するんだな。


「もう代替わりは始まっているのかな?」


「いや、まだじゃな。兆候が見られたからルフル団に伝言を頼んだんじゃろ。もし始まっておるならもっと急いで報せを飛ばしておるじゃろ」


 なるほど。

 ルフル団は急いで次に向かったけど、本当に緊急なら商隊に頼むより方々に人を走らせた方が早いか。


「多少の時間はある。ちゃんと準備して行け」


「ああ。……あれ? 婆様は行かないのか?」


「日帰りやら一日二日の不在ならまだしも、十日を越えるような長丁場となるとな。薬師がおらんと皆不安じゃろう。

 それに、おまえが行くならわしはいらんじゃろ。旅も疲れるしの。老骨は留守番じゃ」


 そ、そうか……婆様は行かないのか……


「薬草の目利きや調合には、あまり自信がないんだが」


 何しろ冬の間だけ学んだ付け焼刃である。


 知識量も経験もまるで足りない。

 しかも、そんな浅学な者が流行り病に対処しろというのも、なかなか無茶だ。


「別におまえだけに任されるわけではあるまい。鉄蜘蛛オル・クーム族にも薬師はおるし、よその集落から来る者もおるじゃろう。

 気楽に行け、気楽に。

 鉄蜘蛛オル・クーム族とて、代替わりなんぞ何度も経験してきておるんじゃ。それに備えて準備くらいするじゃろ」


 ……まあ、確かに。


 加護が失われる時が来るとわかっているなら、それなりに備えるか。


「必要なことは全部教えてやるが、少々時間が掛かるぞ。今日の夜にでもまた来るとええ。わしも薬草やらなんやら準備しておく」


「わかった。夜また来る」


 そうして二日ほど、鉄蜘蛛オル・クーム族の集落へ行く準備が進められた。





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