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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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10.ほかにもできそうなこと





 神蛇カテナ様に挨拶をしたまでは覚えている。

 だが、その後はよく覚えていない。


 十日以上の慣れない長旅に心身ともに疲れ切っていた私は当然として、護衛としてずっと気を張っていたアーレ・エ・ラジャとナナカナも、疲れていたのだろう。


 気が付けば囲炉裏の傍で寝ていたようで、目が覚めたらアーレ・エ・ラジャとナナカナもカテナ様もおらず、一人ぽつんとしていた。


 かなり寝た気はする。

 森の中ではどうしても熟睡できなかった分、まとめて深い眠りに落ちていたのだと思う。


 それでもまだ眠いのだが……さすがに入り婿が寝てばかりというわけにもいかない。


 とりあえず顔を洗うために外に出ると、すでに陽は高かった。昼頃だろうか。昨日の夜は早かったはずだから、半日以上がっつり寝てしまったことになる。


「おはよう、レイン」


 家の傍で、ナナカナが洗濯をしていた。


「おはよう。すっかり寝過ごしたみたいだ」


「ひどく疲れていたから仕方ないと思う」


 そう言ってもらえると助かるが。


「アーレ嬢は?」


「タタララと狩りに行った。でも族長もまだ疲れてるみたいだから、早く戻るって」


 そうか。そうかそうか。よし。


「ナナカナの仕事を分けてくれ。早くできることを覚えたいから、教えてほしい」


「わかった」


 よし。

 午前中分は寝坊で遅れたが、ここからはしっかりしなければ。





 まず、道を作って分流で集落まで引いているという、小さな川に連れて来られた。

 少し離れた川から引いているそうで、飛び越えられそうなほど小規模だが、常に透き通った綺麗な水が流れ続けている。


 井戸のようなものはないそうで、生活用の水は全部この川で賄われているとか。


「あら、族長の男だわ」


 川辺には集落の女性たち……少々年かさの行ったお姉さま方が集まり、話をしながら洗い物をしたり水を汲んだり仕事そっちのけで立ち話をしたりと、背景や状況は違えどシチュエーションはフロンサードで見たことがある光景である。

 ここの女性たちも、やはりおしゃべりや噂話が好きだったりするのだろう。


「どうもー」


 軽く挨拶して、川の水で顔を洗ったり口をゆすいだり水を飲んだりして、最後に手早く髪型を整える。


「あんたどこから来たの?」


「――ごめん。これから仕事を教えるから、今度にして」


 早速噂話を仕入れるために囲まれそうになったが、連れてきてくれたナナカナが止める。


「レインは戦士じゃないから。皆と同じように家のことをするから、何かあったら教えてあげて」


「えっ」


「家のことって……女の仕事をするの?」


「族長はそのつもりで連れてきた。レインも納得してる」


「へえ~! 変わった男だねぇ!」


 変わった男。

 きっとこれからも何度も言われる言葉になるんだろうな。


 曖昧に笑って「がんばりまーす」と軽く答えると、目の前で私の噂をしながら女性たちは離れていった。「変わってるねぇ」と言いながら。

 この狭いコミュニティ内では、私のような存在はよほど珍しいようだ。


「まず水汲みから。一日で使う分を、家の壷に貯めるの」


 本来の目的を果たそうと、ナナカナが一日が始まる一番最初の仕事を教えてくれる。


「このたらいで四回くらいかな」


 と、持ってきた大きな金たらいを渡された。


「子供には大変じゃないか?」


 この金だらいだけでも結構な重さだと思うが。水を満たせば当然もっと重くなるだろう。


「もう慣れた」


 働き者だな。


「今日はもう私がやったけど。汲んでくれる?」


 そうだな、明日からは私がやることになるかもしれないし、試しにやってみようか。使い道もきっとあるだろう。

 とりあえず一回分の水を汲んで、ナナカナと一緒に家に引き上げる。




 私は結構な重さのたらいを抱え、歩きながらナナカナと話をする。


「昨日はあのまま寝たけど、本当は一人一つ家が与えらえるの。あの家は族長の家で、私やレインは違う家に住むんだよ」


 ああ、あの母屋だか離れみたいな小さな小屋だな。そうそう、そんな説明も聞いたな。


「私の家も貰えるのか?」


「うん。これから二人で掃除して住めるようにするから、今夜からそっちで寝て」


「……ちなみに新婚になると?」


 どういう部屋割りになるんだろう。それとも夫婦になったらそれ用の住居でもあるのだろうか。


「それは族長と話し合って決めればいいんじゃない?」


 あ、その辺は特に決まっていることはなくて、自由にやっていいのか。


 ――家と区切ると距離が遠くなる気がするが、要は寝室を別にするか否か程度の話だと考えると、確かに二人で話し合って決めるべきなのだろう。


「ほかの細々したことはその都度教えるけど。気になることはある?」


 気になることか。

 そうだなぁ……ああ、ある。あるな。


「気を悪くしないで聞いてほしいんだが」


 あのことについては、確かめないわけにはいかない。


「昨日食べた煮たアレは……その、ちょっと、塩が多すぎないか……?」


 なんとか遠回しに柔らかく言いたかったが、どうも違う言い方が思いつかず、割とストレートに訊いてしまった。


「……!」


 いつになく素早い動きで、ナナカナがバッと振り返り私を見上げる。険しい顔である。


「塩辛かった?」


「……すまないが」


「ほんとに?」


「ああ、うん、ちょっとだけ、塩が多いかなって……」


「…………はあぁぁ」


 ナナカナが、深い深い溜息を漏らした。


「よかった……やっぱり辛いよね。私も辛いと思う」


 え。あ、そう?

 つまりは、ナナカナも私と同じ意見ってことか。


「てっきり白蛇(エ・ラジャ)族の味覚はそうなのかと思ったが、違うのだな?」


「違う。……いや、違わないのかも」


 どういうことだ。


「塩辛い方が酒に合うんだって。集落の男や戦士たちはいつもあれくらいの料理を食べてる。それに合わせて女たちも同じ物を食べてる」


 …………


 嘘だろ? 本当に?


「ちなみに聞きたいんだが、この部族って何歳くらいまで生きれば長生きって言われる?」


「四十歳くらい。だいたい三十代くらいで死んでる」


 よ、四十!? 三十代で!?


 昨日ちょっと絡んできたシャーマンは、四十代くらいで「婆様」と呼ばれていた。ナナカナの話を加味すると、確かに婆様ということになるのかもしれない。


「何かの病気なのかはわからないけど。体調を崩してそのまま死ぬ」


 ……まさか、そんな。


 違うよな?

 まさかそんな、違うよな?


「ナナカナ。私が住んでいた国では、六十歳くらいまでは割と普通に生きられる。七十代まで生きたら長生きだと言われるんだ」


「すごい。長老ばかりだね」


「まあ、ここの部族からすると、そうかもしれない。……でね、私たちの国では、塩分の取り過ぎはあまり身体によくないとされている」


 もちろん塩分だけではない。糖分も、油分も、酒精もだ。


 ……昨日のアーレ・エ・ラジャの食べっぷりと呑みっぷりを見ると、……怖い想像しかできないんだが……


「つまり……」


 ナナカナの表情が、私と同じように曇り出す。


「……私の作る食事で、族長が、早く死ぬの?」


「アーレ嬢は若いし、まだ間に合うさ。それに、私の知識が白蛇(エ・ラジャ)族に適応するかどうかもわからないし」


「いや。きっと合ってると思う。あの塩辛さは身体にいいとは思えない」


 そ、そうか……ナナカナが言い切るくらいだから、その可能性は高いのかもな。


 …………


 どうにも、私にできそうなことは、まだまだ色々ありそうだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 高血圧… でも労働階級の人間が塩分を欲するのは分かるんよな
[一言] 部族の者は皆、実は「これ塩辛すぎるよな?」と思ってる可能性もあるかな?
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