108.と同時に
「――何だと!? カラカロはケイラに気があるのか!?」
ケイラのことが嫌いだと誤解し憤慨するアーレが「カラカロには絶対にやれんな」と言い出したところで、さすがにこれはまずいと思った。
結婚を左右する重要人物の心象が悪い。
これではカラカロが可哀想だ。
口説くのに失敗したとか、ほかの男に負けたとか、理由があってケイラとうまくいなかったというのはまだ納得できるだろうけど。
でも、最初からアーレの胸三寸で勝負もできないのでは、フェアじゃない。
「族長、逆だよ。逆」
「あっ」
ケイラの手前、カラカロがケイラをどう思っているかをいうのは憚られた――その一瞬躊躇した私の脇を、ナナカナが直球で駆け抜けた。
「カラカロはケイラが好きになったんだよ」
「ああっ」
そこまで言うんだ! カラカロは帰ったけどケイラはいるのに! すぐ隣に!
これが白蛇族流の恋愛なのだろうか……
いや、私も経験あったな。
婚前は毎晩のようにアーレに夜を誘われていた。
恋愛と呼ぶには冗談みたいな雑さだったが、アーレとしてはあれで精一杯の恋愛だったのかもしれない。
……私はそこまでアレなのも嫌いじゃないけど、
アーレに落とされた身でもあるし。
でも、もう少し、もうちょっとだけ、奥ゆかしくてもいいと思う。
「カラカロは親の女関係で苦労したから、女自体を敬遠してるところがあるよ。それのせいで番を持ちたいって意識がまったくなかったんだよ。
でも、ケイラは気に入ったみたい。――カラカロの知ってる女とはかなり違うからだろうね」
ナナカナすごいな。十歳の子供ってここまで見抜けるものなのか。……いや、カラカロがわかりやすいだけっていうのもあるのかな。
「ケイラはどう? カラカロ。狩りの上手いいい男だよ」
それにしてもナナカナが止まらないな。
膝の上にサジライトを乗せて撫でながら大人の色恋沙汰に口を出す。この貫禄はなんだろう。
「……どうでしょうね。急に言われても……としか言いようがありません」
そして、そんな話を聞いても冷静なケイラ。
メイド時代と同じ顔だ。
ケイラは本心を隠すからなかなか読めない。
「おまえはカラカロが嫌じゃないのか?」
アーレがまた包み隠すことなく言葉の槍を突きつけると、ケイラは素直に「はい」と答えた。
「でも私は二十七歳です。カラカロ様はお若いのでは?」
「――歳は関係ないよ。番なんてね、本人たちが好きならいいんだよ。二人で決めることなんだから」
ナナカナ。貫禄。どういうこと。
言っていることが完全に子供じゃなくない?
……私も何か言いたいけど、私が言えそうなことはナナカナが全部言っている気がする。サジライトの信頼もナナカナに取られている気がする。
これが、アーレを含む白蛇族の大人が信頼を寄せるナナカナの真の実力なのだろうか……恐ろしい子だ。
「カラカロはケイラが好き、か……しかしそれはそれ、これはこれだ」
アーレは厳しい顔をする。
「好きな女を口説けない、好きとも告げない腰抜けに、うちの女をやる気にはなれんな。ケイラは我が受け入れることを決めたのだ、絶対にいい男と番にさせる」
まだ集落に来て日は浅いが、アーレはとっくにケイラをこの家の一員として認識しているようだ。
ちょっと早い気もするが、まあ、それもアーレのいいところだろう。
「ありがとうございます、アーレ様」
「だが勘違いするなよ」
「は、はい?」
「レイン以上の男はいない。惚気ではなく割と本気で我はそう思っている」
え、急に何? のろけ?
「どんな男もレインと比べると見劣りするぞ。それは最初から自覚しろ。――そしてできることなら、レインよりいい男だと思える男を探してほしい。それが色恋だからな」
…………
どうしよう。久しぶりに嫁に触れ溺れたくなってきた。
「――レイン」
ん? あ、タタララだ。
ナマズの養殖池に野菜くずを持ってきた私に、近づいてきたのはタタララだ。槍と鉈剣を持っているので、これから狩りに行くようだ。
「これから狩りか? アーレはもう少しで復帰できそうだって」
「ああ、昨日走っているアーレに会って話した。なぜかヤギに追いかけられていたが」
「いや、追いかけられているんじゃなくて一緒に走っているそうだよ。なぜか付いてくるって」
私もアーレに話を聞いた時はとても驚いたが。やれヤギが本性を現したかと。
でも、特に何もないらしい。
ただ後ろを付いてくるだけで。
「ほう。……なぜ?」
「さあ、なぜだろうね」
見た目は完全に邪悪なヤギで、そんなヤギのやることだから気にはなるが……何もしていない内からどうこうするわけにもいかないしな。
「まあいいか。なあ、土塊魚はどうだ? 増えてるか? そろそろ食わないか?」
あ、食べたいのか。まあ養殖池を自作するくらいだからな。
「増えているかどうかはわからないが、秋に放した土塊魚が生きているのは確かだ。ほら、見えるだろう?」
野菜くずを池に入れると、水の底の方で蠢く魚影が見えるのだ。上までは来ないが。
「おぉ……すばらしいな」
うん。養殖が成功すれば食料も増えるからな。そういう意味でも素晴らしいと私は思う。
「――そうだ。昨日、前族長の嫁たちの後添えの話をしたんだよな? どうなった?」
ああ、そういえばタタララは見た目によらず色恋沙汰の話が好きって聞いたな。やはり男女の話は気になるのかな。
「ミタがうまくいきそうって言っていたから、大丈夫なんじゃないかな。ミタが話を通して、無理そうならアーレが話に行くってさ」
「そうか。うまくいくといいな」
……タタララはきっと、前族長がどういう人だったのかも知っているんだろうな。知っているなら、きっと私の「うまくいくといい」より言葉が重いはずだ。
「それで?」
「ん?」
「カラカロの番の話はしなかったのか?」
あ。
これはもう完全にだ。完全にアレだ。
「もしかして気づいた?」
「そりゃ気づくだろう。あそこまでわかりやすい男は珍しいからな」
わかる。
もしかしたら、昨夜のあの場でカラカロの気持ちに気づかなかったのは、アーレだけかもしれない。
それくらいカラカロはわかりやすい反応をしていた。
「いいか? 進展があったら絶対に教えろよ。この手の話はアーレに頼んでも無駄なんだ」
「私はいいけど……ナナカナの方がよく見ているんじゃないか?」
「ナナカナにも聞く」
あ、なるほど。抜けがなさそうでいいね。
頼むぞ、と言い残して行こうとするタタララが――ふと振り返った。
「そういえばレイン。フレートゲルトという男はおまえの何なんだ?」
え? フレートゲルト?
急に祖国の友人の名前を出されて、少し驚く。
「私の友人だよ。国では一番仲がよかった。タタララとアーレみたいに……かな」
タタララとアーレは肩を並べて命懸けの狩りをする仲なので、それよりは劣るかもしれない、とは思ったが。
でも単純な仲の良さは負けていないと思う。たぶん。
「あいつは変な男だな」
「え?」
変?
少々粗雑で少々粗忽だが、生真面目でカラッとした男だと認識しているが。……彼と一緒だと、私の方が変に見えていたくらいなのに。
「フレートゲルトと何かあったのか?」
ケイラを迎えに行った時に会ったのはわかるが、それ以上はあまり聞いていない。
フレートゲルトが何かやったのか?
「私を呼びつけて、顔と名前を覚えておいてくれ、と言ったぞ。理由は知らんが」
…………
えっ?
まさか、カラカロと同時にフレートゲルトも!?