006.顔だけはいい男
二年生に進級してから一週間。
なぜか、いや明らかな理由が一つあることはわかっているのだが、クラス内では俺の噂で持ち切りになっていた。
「おはよう、しゅーへー」
いま目の前にいる転校生の水無瀬姫香こそが、噂の発端となっている張本人であった。
姫香は先週のやり取りのあと、脅すようにお願いしてきた。
「私が歌っていることやあがり症だってこと、学校では絶対喋らないでね」
「絶対だよ!」「喋ったら本当に怒るから」「針千本だからね!」と念押ししてきたあたり、心底知られたくないみたいだ。そこまで言われたらさすがに言いふらそうとは思わない。
そういう約束事をしたわけなので、てっきり校内ではお互い関わらない方針なのかと思っていたのだが……予想に反してとても友好的に接してくる。
一度顔を合わせればいまのように「おはよう」と声をかけてくる。まさか姫香の方から気軽に話してくるとは思わなかった。
それだけなら別に噂されるほどでもない、ただの女友達という扱いで済んだのだが、いかんせん勘違いされる要素が二つあった。
一つは名前。
同性ならともかく、級友の異性から名前で呼ばれることがほとんどない俺にとって、これは大きく誤解される原因に。
そしてそれを自覚しつつも、俺もついつい名前で呼んでしまっているので余計にだ。
もう一つは姫香が転校生であるということだ。転校生がいきなり異性を名前で呼ぶだなんて、こりゃなにかあるに違いないと思われているようだ。いさ実際なにかはあるけども。
そんな噂話を俺が知っているんだから、当然姫香にも伝わっているはずだがあまり気にしていない様子。俺が気にしすぎなのだろうか?
つつがなく授業も終え下校の時間に。ここで姫香と帰らないのは決して噂が肥大化するからという理由ではない。
先手を打った島吹達によって俺が入る余地はないからだ。姫香を独り占めするつもりなどないのに、なんか申し訳ないな。
そんなわけでいつものように幸也と帰ることにしよう。
しかし両手を広げていつでもウェルカム状態な奴の姿が目ざわり。
「しゅうへえ、今日は部活ないしかーえろっ」
ぶっとばすぞ。
俺と姫香は一週間に一度、あの会場にて演奏会を開くことにした。
開場時間は午後九時。初演のときよりも早めだ。
「私はそんな気にしてないよ。時間が経てば消えると思うし」
ここ一週間の噂について聞いてみると、見た目の割に大人の意見を返してきた。
姫香が気にしていないのなら、俺も気にする必要はないな。放っておこう。
「それじゃ、そろそろ始めるか」
俺と姫香は立ち上がり、お互いに礼をした。
「しゅーへー、よろしくお願いしますっ」
「ああ、こちらこそよろしくな、姫香」
演奏に入る前に、まず俺から言いたいことがあった。
「早速考えてきたというか、緊張をほぐす方法を聞いてきたんだ」
「本当? ありがとう。……嬉しいな」
「合唱部の奴に聞いたからきっと役に立つと思うんだ」
「そうなの? でも、その……」
続きがなにを言いたいのか大体わかるので、安心させるためにも答えておこう。
「安心してくれ。姫香のことは言ってない」
「そっか、ありがと。気を遣わせてごめんね」
気を遣った覚えはないけども。と、ここで姫香はなにか気付いたようだ。
「合唱部って……もしかして、綿原?」
「そうだけど、よく知ってるな」
露骨に眉をひそめてきた姫香。
なにをされたもとい、なにをしたあいつ。
「変人で有名だから顔で騙されるなって、琴音ちゃん達が言ってたから」
まあ有名だよなあ。外面と内面の差があれでは女子もがっかりするだろう。
「あいつ、すれ違いざまに小学生って聞こえるように言ってきたんだよ。失礼しちゃうよね。そのあと思いきり蹴りとばしたけど」
「それは……蹴るしかないな」
「でしょ。なんなのあいつ、凄く腹立つ」
「ああいう奴なんだよ。言いたいことは本人に直接言わないと気が済まないんだ」
姫香が絶句している。こりゃ一生幸也とは仲良くなれそうもない。姫香の機嫌が悪くなる前に話題を戻そう。
「人間性はともかく、歌は上手いし度胸もあるからきっと参考になるさ。聞いてくれるか?」
姫香は表情を緩ませ、快諾してくれた。
「うん! 是非お願いしますっ」
ということで幸也の意見を俺なりに要約してみようと思うが……
「緊張すんな」
「え?」
要約しすぎた。端折りすぎるのは悪い癖だな。
「悪い。上手くまとめられないから、幸也が言ったことをそのまま言うな」
先日の出来事を思い出しながら、俺は丁寧に話すことにした。