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終章

終章


「だから、知らんと言っているだろ!」


 次の日の雑居ビル。キッチンでコーヒーメーカーが良い香りを吐き出す中、幻不の怒鳴り声が響いた。


「そんな筈は無いんですよ。昨夜十時近くに商港付近で観測されたこの能力値! これはそこらの超能力者のものではありません! 貴女は昨日の昼からパレス


ニュータウンにいらっしゃったんでしょう? これは貴女のものなんじゃないんですか?!」


「知らん!」


 今朝早く、雑居ビルにエニが飛び込んできて、只管、その謎の能力値について語っていた。その能力値というのが、先程エニが述べた通り、極稀に誕生する超


能力者よりも強く、それこそ神に値するものだったらしい。


 丁度その日の昼間に力の波動が観測されたのがその近くだった事。そして幻不と塔画がそれを見るなり姿を消した事。以上の二点から、エニはその力を幻不が


放ったものだと断定した。


 半分正解である。測定された能力値の半分は李亨洲のもので、また半分は幻不のものだ。しかし、正解だと言えば、この男は幻不を柘榴の神子だと胸を張って


断定して拉致するだろう。それは御勘弁願いたい。


 しかし、そうむきになっている事が肯定しているのと同じだと、そんな単純な事に幻不は頭が廻らない。


「シア様!」


「あのな、」


 どうにも五月蠅いので、無理矢理、話の腰をへし折ってみる事にした。


「お前は私をシアと呼ぶが、お前は私の本名を知っているのか?」


「本名、ですか?」


 え〜っと、と、エニは(そら)に人差し指で何かを辿り始めた。多分、家系図でも描いているのだろう。そうでもしなければ分からない程、幻不とエニは遠すぎる親


戚なのだ。


「伯母さんが嫁いで行った家が古田(ふるた)で、伯父さんのお父さんの苗字が……?」


「分からんのだな?」


 幻不の無表情での問いに、ユニグマは返答に詰まる。図星だったらしい。


「まぁ、しょうがないか」


 幻不は一度席を立つと、部屋の隅のカラーボックスから一枚、紙を持って来た。


「何? それ」


 雷馬も初めて見るものだった。B四サイズのもので、真ん中で二つに折っても構わないのだろう。紙の中心に折り目が走っている。


「一昨日の夜、私が作成していた文書だ。昼過ぎたら、出しに行くのに付き合ってくれ。エニ。親戚なら容易い事だろ?」


 親戚という言葉に目を潤ませて、差し出された紙を受け取ると、更にエニの顔が明るくなった。


「シア様! コレは!」


「え? 何なのさ」


 雷馬が紙を覗き込む。その紙に書かれていた文字は、


「転入届?!」


「しかも国立大学付属の中学校なんですよ! レベルが高い、秀才学校です!」


「悪いか? そんなに驚く事でも無かろうに」


「悪いも何も、」


 キッチンから塔画が現れ、幻不に珈琲を手渡した。


「貴女に教育機関に通おうとする意思があるとは思わなかったわ」


 そう言う塔画の顔が、何処までも呆れているものだから、少々嫌になる。


「心外だな。これでも、地元の公立小学校に籍はあったんだぞ? 今だって、この近くの中学校の学生名簿に名前はあるんだ」


 塔画は訝しげに柳眉を寄せた。


「通ってるの?」


「小学校の入学式にすら出てない」


「何て早い登校拒否なのかしら」


 入学式くらい出ておきなさいよ、と塔画はジャスミンティーを啜る。


 そこで、転入届を凝視しているエニが目に入った。


「どうかされました? エニさん」


「いえ、」


 エニは転入届から目を離さずに言った。


「シア様、十三歳だったんですね」


「「は?」」


 この声は塔画と雷馬のものである。


「それがどうした? 私は正真正銘の十三歳だぞ。そこの二人と同い年だ。まあ、雷馬は一月生まれだから同学年と言った方が正確かもしれんな」


「そうなんですか? いやぁ、皆さん言葉遣いが大人びているものですから、つい、年齢を忘れてしまう」


 そこで二人が動いた。


「そぉだねー。幻不ちゃん、大人っぽいもーん」


「子供のわたし達には真似出来な〜い」


 間延びした、それこそ中学生の喋り方に切り替えた。どちらも現役の中学生であるだけに、発音まで正確に出来ている。聞く、真似る、使う。これがネイティブ

手順。国立であれ何であれ、中学校に通うにあたって自分もそうなるのかと思うと、幻不は頭痛を覚えてしまう。


「演技を始めるな、お前等」


 一喝すると、ぷい、と顔を背ける。他人の話を真面目に聞かない現代の中学生そのままだ。


――まったく、余計な事を覚えて来おって!


 これだから最近の若い者は、と今にも言い出しそうな表情で二人を軽く睨む。


「あの、シア様」


「何だ?」


 エニが、転入届の本名の欄を指差す。


「コレは、『みこと』と読むんですか?」


 本名の上に記入するべき、振り仮名を忘れていたらしい。


「いや、これは『たける』だ。シミズ・タケル」


清水(しみず) (たける)?」


「それが、貴女の今度の名前?」


 雷馬がひょい、と顔を上げた。塔画も幻不の顔を見る。


「ああ。養父母の苗字は栗花落(つゆり)なんだが、矢張り両親の苗字を名乗りたくてな」


「いい名前じゃない。わたしなんて鍋よ」


 鼎は確かに物を似る器である。しかし、塔画の両親はそんな意味を取って名付けたのではないと思うのだが。


「でも、三度目の人生飾るには、良い名前だと思ってるわ」


「そうだな。私も気に入っているんだ。清水の姓も、尊の名も」


「じゃあ、あたしだけ平凡だなぁ。かっこ悪い」


 雷馬は、ストローでグラスの中の氷を突き回しながら頬を膨らませた。


竹之内(たけのうち)だよ? 苗字」


「特殊なのが良いってのはおかしいぞ。私の清水だってそれ程珍しい苗字ではじゃない」


「でもさ、名前は不思議なんだよ。(はる)()


「その何処が不思議だって言うんだ? 良い名前じゃないか」


「そうじゃなくてさ、」


 雷馬が言うには、春とは目覚めたばかりの生命を暖かく包み込み、母胎の優しい温もりのある季節なのだという。


「春に豪華な華は不似合いなんだって」


「貴女らしからぬ、詩的な見解ね」


 雷馬らしからぬ、どころか、エニにしてみれば『十三歳らしからぬ』である。


――今時の十三歳は皆、これ程までに詩人なのだろうか。これでは詩仙も詩仏も泣いて逃げるぞ。


 呆気にとられているユニグマの前では、知的で詩的な言葉の決闘が続けられる。


「前に『世界に一つだけの花』って歌が流行ったが、そのタイトル通り、全ての者が『世界に一つだけの花』なんだ。でもな、自分の娘にはその花達の中でも最も美


しい、世界の華になって貰いたいと願うのは女児の親としては普通なんじゃないか?」


「でも、春は?」


「不景気だろうと温暖化だろうと、人の世なんか万年春真っ盛りなのさ。花が咲かない季節があるか?」


 饒舌で、武人らしからぬ詩的な言葉を吐く。まるで気障な男の口説き文句のようだ。


「冬?」


「冬は雪が花だろう? あそこまで白い花が、どの季節に咲くと言うんだ? 星も花になるぞ? 見事な漆黒の闇はそれだけで美しいじゃないか」


「ううむ。成程」


 詩の無い歌合わせは刃の長が勝利したらしく、完敗です! と雷馬は両手を掲げた。


「そう考えてみると、結構欲深い名前かも。ねぇ、エニさんの本名は?」


「へ?!」


 突然話を振られて、エニは驚いて跳び上がった。


「いえ、皆さんのような、立派な名前ではありませんよ」


「それは御両親に失礼だぞ? 若しくは、名付け親の方に。その名前を上げるが落とすかはお前の行い次第なんだから。お前が立派であれば名前も評価される

し、お前がその程度であれば名前の評価もその程度だ」


 エニは、さてどうしたものかと鼻の頭を掻いた。しかし意を決し、本名を口にしてみる。


小久保(こくぼ)、ケイシロウです」


「下の名前は? どんな字を書くんですか?」


 塔画の問いに、エニは自分の掌に書きながら説明した。


「ケイは、蛍。シは志しで、ロウは朗らかです」


 普通は、浦島太郎の郎なんでしょうけれど。


「それもご両親の意図だ。いいじゃないか。素晴らしいと思うぞ。志しを持つ蛍の如く輝く朗らかな者」


 そんな良い名前なんだからさ、


「エニなんて片仮名名前なんか名乗るなよ。勿体無い。私も、シアとは名乗ろうと思わないからな。私には清水尊って名前がある」


 それはある一種の引導であった。私はお前の元には行かない、と。


「私にはやるべき事があるからな」


 幻不はそう言い残して、キッチンの奥に姿を消した。


 その背中を呆然と見送るエニに、塔画が声を掛ける。


「仕方無いんですよ。これから、あの人もわたし達も危険な橋を渡る。あの人は極力、巻き込みたくないんです。特に、親しい人は」


 両親が殺された今は、たとえ血の繋がりが皆無であったとしても、親戚と呼べる者は失いたくはない。


「ふられた、のですか? わたしは」


「そうかもね」


 氷が解けて味が薄くなってしまったアイスティーを、雷馬はグラスに直接口をつけて飲み干す。氷もそのまま飲み込んだ。


「そろそろ支度して頂戴。春華」


「うん」


 人間の本名で呼ばれた雷馬は席を立ち、衝立で仕切った隣の部屋から白い猫のキャラクターが描かれたビニールシートを持って来た。


「これから、お時間あります? 蛍志朗さん」


「ええ。今日一日、オフですが」


 それが何か? そう尋ねようとしたとき、キッチンから幻不が現れた。胸に、巨大なバスケットケースを抱えている。


「行くぞ、蛍志朗」


 一度テーブルにバスケットを置くと、幻不は上着を羽織った。同じ物を何着も所有しているのだろう。昨日着ていた、裾の長いワイシャツと同じデザインである。


「どちらに?」


「花見。西に城跡があるだろ? あそこの藤棚が見事でな。鼎が言うには、今が丁度見頃なんだとさ」


 ほら、行くぞ。幻不は上着の裾を翻す。左耳の深紅の雫が、窓からの光で輝いた。


 エニ――蛍志朗は立ち上がると、三人の背中を追いかけた。



           了


この話は自分が幼少の頃に行っていた『ごっこ遊び』から誕生した話です。

 当時好きだったものや感銘を受けた作品の影響を大きく受けながら、自分なりに進化をさせました。

 赤青緑の色の配分は多分『レイアース』から。天空は、『天空の城ラピュタ』だと思います。前世云々は『セーラームーン』。

 雷馬と塔画にはモデルになった人物が居まして、自分の友人です。

 あの二人と遊んでいる間の自分のポジションが幻不でした。

 幻不は、自分の理想の姿です。ただし、こんなに酷い人にはなりたく無いですね。何故だろう。何故こんな人になってしまったんだろう……。

 

 幻不・雷馬・塔画、そして天馬達の物語はいつか完全な形にしたいと思っておりまして、無数に枝分かれした話を纏めようとしております。

 きっと壮大な物語になるだろうと思います。

 この物語に『現代地上神話』と名前を付けたのは自分がこいつ等と同じ年齢の頃。最初は『新世界』と名付けるつもりだったのですが――そして話もタイトルに沿った内容にする予定でした――しかし当時親しくしていた知人にパクられてしまい、断念。


 いつの日かもっと進化した『現代地上神話』を御披露目出来るように頑張ります。

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