第四話 同居1
自宅につき、彼女と向き合った俺はひとまず考える。
……今俺、女性を自分の部屋に連れ込んでるんだな。
それにしても、ステータスのEXはなんだ? 今までに見たこともない数値だ。
「このステータスEXってわかるか?」
「私も知らないわね……でも、わるくはないんじゃない? ゲームとかだと強そうだし」
「だよな」
そろそろ、自分のステータスを見てニヤニヤするのはやめようか。色々と聞きたいこともあったし、竜胆さんに声をかけてみるか。
「竜胆さん――」
「私の名前は実紅、なんだけど?」
名前で呼べと言われていたな。
……どうしよう。俺はしばらく考えてから、咳払い。
「……み、実紅さんは」
「普段あなたって、誰かをさんとかくんとかつけて呼んでいるの?」
さらにダメ出しが来るとは思わなかった。
さっきの流れでわかる。さんを外せ、ということなんだろう。
「い、いや呼んでないけど……」
「じゃあ普段のように呼んで?」
もう笑顔が可愛いなぁっ!
その微笑みを向けられると、俺はもう何も言えなかった。
大きく息を吸って、俺は絞り出すようにいった。
「……実紅」
「ええ、健吾くん」
ちょっと待って。
満面の笑顔に俺はごまかされない。
向こうが一方的に呼べと要求するのはおかしいだろう。
「それじゃあ実紅も、呼び捨てにしてくれ」
「……わ、私は普段からこうやって呼ぶから」
表情を赤くして、ぶんぶんと首を振る。
……そんな反応で引き下がれるか。
「こっちばっかり色々お願い聞くのはずるくないか? それに、実紅に呼んでほしい」
「……ずるいわよ、その言い方」
実紅はむくれた顔で唇をもごもごと動かす。
それから彼女は、ぷるぷると震えるようにして、
「……健吾」
ぼそりとそういった。
彼女が顔を真っ赤にして、両手で覆い隠す。
俺は感動していた。好きな人に、こうして名前を呼ばれるだけで滅茶苦茶嬉しいんだと初めて理解した。
「こ、これでいいかしら?」
怒ったように彼女は声をあげ、腕を組んだ。
「あ、ああ。ありがとな、めっちゃ嬉しかった」
「い、いいわよ。別に感想なんて言わなくてって」
お互い照れ臭くなる。
しばらく沈黙して、見つめあっていた。
……といっても、悪い空気ではなかった。
共に深呼吸をするが、そのタイミングが同じで笑ってしまう。
「とりあえず、改めてよろしくな実紅」
「ええ、よろしく。そういえば、あなた……今の私についてあんまり詳しくないわよね?」
「……霊体の状態についてってことか?」
「ええ。だから、霊体の私ができることをいくつか説明しておくわね」
そういった彼女は近くにあった本を握って持ち上げる。
「まず私はこうやって触ることができる!」
「……お、おお!」
「ただし、知らない人からみたらポルターガイストよ!」
「本当に幽霊みたいなんだな」
人を驚かすのに大活躍しそうだな。
その後、彼女は近くにあったお菓子を掴んで口に運ぶ。
「基本食事もできます!」
「おお!」
おいしそうに彼女は頬に手を当てている。
「そして、何かを吸収することで、魔力の回復につながります」
「そうなんだな……つまり、きちんと食事をしないと魔法が使えないってことか」
「そうね。ただ、食事するとさっきいったみたいに食べている間はポルターガイストみたいになるわ」
「なるほどな」
俺に普通に彼女が見えるが、他の人からは見えてない。
……外で話をするときも注意が必要だな。
「お風呂もたぶん普通に入れると思うわね。一度だけどうしてもお風呂に入りたくて、銭湯に行ったことがあったけれど、問題なかったわ」
「……それは大丈夫なのか? なんか、こうポルターガイスト的な感じにはならないのか?」
「湯には普通に浸かれたわね。しばらく、その銭湯では幽霊騒ぎがあったみたいで……そこは申し訳なかったけれど」
それにしても霊体は誰にも見えないんだよな。
ってことは女湯とかに余裕で入れるのか。
「健吾ー? 何を考えているのかしら?」
「ち、違う! 変なことは別に考えてないからな!?」
「あら、そうなの? なにやらいやらしい顔をしていたのだけど」
「そ、そんな顔してたか?」
「考えてたの? わ、私の裸とか?」
そ、そこは……。彼女を見る。女性らしく成長している実紅を見て、俺はぼんっと顔が熱くなった。
彼女の勘ぐるような目から逃げるようにそっぽを向いた。
危ないところだった。からかうように笑っているが、彼女も頬が少し赤い。……卑怯め。
と、実紅は思いだしたように時計を見た。
「夕食はいつもどうしているの?」
「……この時間くらいから、スーパーで弁当が安くなるんだ」
近くのスーパーの閉店時間は午後9時。現在時刻は8時だ。この時間がねらい目となる。
「弁当、ね。ああいうのはあんまり体に良くないのよ? たまにくらいならいいと思うけど」
色々添加物使っているのは知っている。
「けど俺ほとんど料理できないしなぁ」
「それでどうして一人暮らしを始めたのよ」
「どうしても、冒険者やりたかったんだ。迷宮都市なら、たくさんの迷宮があるし」
自然発生した迷宮が、いくつもある。冒険者として過ごしていくのに、これほど立地で優れた場所はない。
一般人からすれば、危険も多くあるので移住したいという人もいるのだが。
「本当に、冒険者を目指していたのね」
「……まあ、一流の冒険者に憧れるってのは今時の子なら普通だしな。みんな才能とか現実とか知って夢を変えるんだ」
「あなたは、よかったの?」
「俺は最高だよ。好きな人のために、冒険者として迷宮攻略できるんだからな!」
「も、もう……!」
実紅は頬を朱色に染めて、そっぽを向いた。
……それに、実紅を助けられるくらい戦えたら、一時的とはいえ一流の冒険者を名乗っても問題ないだろう。
「それじゃあ、スーパーが閉まる前に食事を買いに行きましょうか」
「そうだな。実紅も何か食べたいのあるか?」
「それはむしろ私が聞きたいわ。何か好きな食べ物あるの?」
「……え? それってどういうことだ?」
「私が作ってあげるわよ?」
実紅の手料理が食べられる? そう思った俺はすぐさま、出かける準備を整えた。