第三話 出会い3
霊体――それは別の言い方では幽霊、お化けと言われている存在だ。
魔力を多く持った人は、死んだあともその魂が世界に残ることがあるらしい。
つまり竜胆さんは――。
俺の暮らしているアパート近くにある公園に移動する。
俺は公園のベンチに彼女と並んで腰かけていた。
「私は霊体だから、あなたと付き合うことはできないわ……ごめんなさいね」
「……そう、なんだ。そっか、もしかして俺以外には見えないのか?」
霊体を見ることができるのは、一部の人間らしい。
別に魔力が特別強いから、とかではなく、本当に見える人というのはランダムだそうだ。
ということは、運命のようなものでもある。
「そうね。今までそういう経験はなかったわ。たぶん、あのオークも私は見えていなかったと思うわ」
思い返せば、確かにオークも彼女は見ていないようだった。
ってことは――。
「俺、オークの前で一人で跳びついて倒れたりしていたってことか!」
「そうなるわね」
よ、よかった、これがオークで。
もしも一般人の前だったら、危ない冒険者がいる、と噂されていたかも。
だから、彼女は魔物あふれるあの街中を、一人でのんびり歩いていたのか。
俺に見られる心配もしていなかったんだろう。
「そう恥じることはないわ。……あのときの行動は男らしくて、立派だったわ」
わずかに頬を染めてそういうのだから、もうすべてどうでもよくなる。
うん、助けてよかった! いや、結局助けられたのは俺なんだけどね!
「……竜胆さんは、死んじゃったのか?」
「そう、なるのかしらね?」
「S級冒険者だった、っていうのも……昔のことなんだよな?」
「ええ」
「そう、なんだな」
俺はスマホを取り出して、操作する。
彼女の顔が興味深そうにこちらを見てきた。
「そ、それスマホよね?」
「あ、ああ」
竜胆さん。目を輝かせていらっしゃる。
初めてスマホを間近で見たかのように。
「……へ、へぇ。本当に凄い進化よね? 携帯電話が出た時も驚いたけれど、これはまた凄いわね。私、弄ったことないのよね」
……えーと、竜胆さんってどれだけ昔の人なんだ?
俺は『竜胆実紅 S級冒険者』と入力すると……出てきた。
ウォキペディアにまで名前がある人なのか……っ! そんな偉大な冒険者とこうして出会えたということに興奮していた。
そして、そんな人に無謀にも告白したのもまた恥ずかしかった。
彼女のページを読んでいく。
そして、ある一文に目を止めた。
2007年――竜胆実紅は発生したスタンピードを封印し、そして管理者となった。
その文字を見て、俺は固まってしまう。
隣にいる竜胆さんは笑顔のままスマホを見ていた。
「へぇ、そんなにあっさり調べられるのね……ていうか、私こんな風にまとめられているのね。ちょっと誇張されている部分もあって……恥ずかしいわね」
恥ずかしがっている彼女に、俺は訊ねた。
「竜胆さんは……世界を守るために、犠牲になったのか?」
「まあ、そうね」
各国で問題としてあがっている封印、管理者というシステム。
……スタンピードによって発生した魔物の強さが異常な時がある。
それこそ、今いる冒険者たちでは逆立ちしても勝てないとさえ言われるような強力な魔物たち――。
発生する魔物たちに、徐々に世界を侵される。それほど強力な敵が現れたとき、人類が取れる手段は一つしかない。
大量の魔力を持つ人たちにある魔法を使用してもらうのだ。
その魔法は、世界で初めて魔物が発見されたのとほぼ同時期に見つかった魔法――。
自らを犠牲にして、魔物たちを封印するという最強の魔法だ。
封印されたスタンピードは、迷宮となり……その封印者が迷宮の最奥にて管理者として眠る。
つまり、だ。
彼女は世界を守るための犠牲になったというわけだ。
「こういうわけで、私は死んでしまったわ。だから、ごめんなさいね? 告白されて嬉しかったけれど、さすがに霊体と付き合うわけにはいかないでしょう?」
からかうように笑った彼女に、俺は唇をぐっと噛んだ。
それからスマホを弄り、俺はあるページを開いた。
それは今から三十年前――ある迷宮が攻略されたときの記事だ。
「竜胆さん、知ってるか、これ!」
「……ええ、話題になったわね。世界で初めて迷宮を攻略した日本人がいるって。そして――封印されていた人も同時に救出したって」
そう、助けられるんだ。
管理者たちは、死んでいない。ただ、長く眠っていただけなんだ。
「ああ……だから――竜胆さん!」
俺は彼女の手を改めて握りしめる。
「俺が、竜胆さんの迷宮を攻略する!」
「……」
竜胆さんが目を見開き、それからくすくすと笑った。
「何を言っているの? あなた、オークにも勝てなかったじゃない」
「そ、それは……その」
説得力がないのはわかっている。
「私の迷宮……言っておくけど、第一階層に出現するゴブリンたちでさえ、あなたには厳しいわ」
「そ、そんなに、やばいのか? 竜胆さんの迷宮は……」
「時々、私の迷宮に冒険者が来ることがあるの。みんなあなたよりも強いわ――けど、みんなゴブリンにも勝てず、出ていくわ。本気を出せば倒せるかもしれないけれど……一階層でその強さの魔物がでる迷宮を、攻略していく理由がないもの」
竜胆さんの言葉に俺は何も言い返せない。
それでも――それでも。
竜胆さんは俺の手をぎゅっと握った。
「あなたはとても素敵な人だわ。……だから、もっと良い人と出会えるはずよ。告白は、断らせてもらうわ。ごめんなさいね」
「竜胆さん以上の人に、俺は出会えないっ!」
彼女の手を握り、俺は叫ぶ。
その言葉に竜胆さんは顔を真っ赤にした。
「……あ、あなたねっ」
俺だって恥ずかしいのは同じだ。けど、伝えないと。
「よく、言うだろ? 運命の人とかさ。俺はあのとき、竜胆さんを見た時、それを感じたんだよ。……たぶん、この人は俺の運命の人なんだって」
「……」
「だから、俺が竜胆さんの迷宮を攻略して、竜胆さんを助け出すっ」
「……でも、どうやってよ。あなた、弱いじゃない」
ズバッと言ってくる。それが、彼女の優しさだとわかった。
俺は竜胆さんに首を振る。
「まだ俺は、ステータスカードと正式に契約をしていないんだ」
「……そういえば、そうだったわね」
俺のカードにあった、『未契約』という文字を思い出しているようだ。
「将来、自分の能力が成長したとき、それに合わせて契約を結ぼうと思っていたからな」
まったく開花しなかったが。
俺は改めて、ステータスカードを取り出す。
契約――それはステータスカードを手っ取り早く強化するためのものだ。
だが、この契約は気軽に結ばない方がよいとされていた。
契約は一度しか行えない。一度決めた契約の変更も不可能だ。
そして、契約は条件をつけることによって何倍にも能力を引き上げることができる。
自分のやりたいこと、やれるようになりたいことを見つけるまでは、未契約にしておいたほうがいいとされていた。
……例えば、だ。
『迷宮内でのみ、力を使う』、というような契約を結ぶとしよう。
迷宮の外では力を使えないが、迷宮内ではステータス以上の力を使えるようになる。
それは、生まれ持っての才能を覆すことだってあった。
冒険者学園では、高等部にあがった段階で契約することを勧めていた。多くの人が、そこから将来を見据えて本格的に冒険者活動を行うからだ。
……俺がなかなか契約しなかったのは、可能性を残しておきたかったからだ。契約に失敗したら、本当にどうしようもなくなるから。保険を残しておきたかった。
「俺がこの契約で、竜胆さんを助ける力を手に入れる」
「……契約がうまくいけば、でしょう?」
「絶対、いい契約にしてやる」
限定的であればあるほど、契約による強化は強くなる。
だから俺は、叫ぶ。
「ステータスカードと正式に契約する。俺はこの力を『竜胆実紅の敵にのみ使う』」
「あなたっ! それをしたら」
実紅が制止するより先に、契約を終わらせる。
『契約は終了しました。これより、正式なマスターとして鏑木健吾を認めます』。
その声が響くと同時、俺のステータスカードが強い光を放った。
鏑木健吾 『竜胆実紅の敵にのみ使う』
レベル0
物攻D(55)物防E(47)魔攻E(40)魔防D(50)敏捷D(50)技術D(57)
スキル
『吸収:EX』(魔物の魔石、素材を吸収することで 、己の限界を超え、ステータスを強化できる。また、その強化は永続的なものとなる。魔物が持つ力を100パーセント使用することができる。ただし、これらの効果は『竜胆実紅の迷宮』の魔物からしか得られない)
……想像、以上だった。
ステータスが、跳ね上がった。
同時に、スキルまで強化された。見たことのないランクまで跳ね上がり、能力も大幅に強化された。
……だが、これで。俺は限定的にしかこのステータスを使えない。
「あなた、ねっ! そんな限定的な契約を行えば、冒険者としてやっていくことだって難しくなるわよ!」
「だとしてもだ。助けたい人のために力を使いたいんだ」
みんなのヒーローには……正直いってなれないだろう。
けど、竜胆さんを助けられるヒーローになれるのなら、俺はそれでもよかった。
「……鏑木くん。あなた、バカよ」
「好きになった人を助けられるなら、バカでもなんでもなるよ」
「……何が、好きな人よ。……バカ」
竜胆さんの表情がくしゃっと歪んだ。
涙をぽろぽろとこぼす竜胆さんをそっと抱きしめる。
「……あなたには、あなたの人生があるのよ? 死者のために、時間を割くなんて――」
「竜胆さんは、生きてる。ただ迷宮の中でちょっと長く眠ってるだけだ」
「……」
ぐす、ぐすと何度もなく竜胆さんの背中を撫でる。
少しして、竜胆さんが顔をあげる。
「……あなた、本気なの?」
「ああ、本気だ。必ず竜胆さんの迷宮を攻略して、助け出す!」
「……」
「っていってもあれだぜ? 別に俺は助けたいから助けるだけだからな?」
竜胆さんは目をぎゅっと何度も腕でこすった後、こちらを見て……そして微笑んだ。
「……私、浮気は許さないわよ、健吾くん?」
「え、えと竜胆さん? どういうことだ?」
「私の名前は実紅よ、健吾くん? 結婚するのに、苗字で呼び合うなんてよそよそしいでしょう?」
俺は反射的に手を握る。そうすると、彼女も負けじとばかりに手を握り返してきた。
お互いに見つめあう。
「……え、えっと俺その、彼女いない歴=年齢なんでちょ、ちょっとこれからどうしたらいいのかわからないんだけど」
「……私も似たようなものだけど。お姉さんなんだし、引っ張っていかないとかしらね」
ぎゅっと彼女が手を握ってきた。
「あなたの家に、泊めてもらってもいいかしら?」
「お、おう……って、俺の家!?」
「ええ。結婚するのだし、一緒に暮らすのも別におかしくはないでしょう? よろしくね、あなた」
「……うっ」
……ちょ、ちょっと待ってくれっての!
嬉しすぎてニヤニヤしそうになる顔を必死に抑えつけ、手を繋いで家に向かった。