序章2 恋とは何か
三投稿目となりました。
皆さんに目を通して頂けて本当に有り難いです。
ハッピーエンドを末永く見守ってください。
私の今の状態を誰が予見できただろう。内藤先輩と手を繋いで歩くなんて。
駅までの通学路はいつもと何も変わらない。駅前に出るまではコンビニやアパートが達並ぶなんの変哲もない町並みだ。もし変わって見えるとしたらそれは私が変わったということなのだろう。
すでに日は傾いていたが、実は夢だったと言われても別段驚くことはないだろう。おもむろに頬をつねってみる。
「ふふっ、何してるのよ」
内藤先輩は頬を摘んだ私の間抜けな顔を見て笑っている。慌てて手を引っ込めた。
「今日は色々ありまして。まるで現実感が無かったから確かめようと摘んで見たんです」
我ながらなんて馬鹿な事をしているのかと呆れてしまう。
「頬を摘んで確かめるなんて、漫画の中だけかと思ってたわ」
「先輩も漫画を読むんですね。少し意外です」
「あら、漫画も好きよ。妹から借りて読んだりするの」
私の知らない内藤先輩だった。よく考えれば私は先輩の事を何も知らなかった。漫画もだけど妹さんがいるなんて初耳だ。
「先輩、妹さんがいるんですか。そう言われてみるとお姉さんっぽいかもしれませんね」
「ありがと、褒めてもらってるって事よね?」
「当然ですよ。私は一人っ子ですから少し憧れますね」
「そんなものかしら、でも姉妹だったらこんなふうに歩けなかったかも知れないわ」
姉妹はこうやって歩いたりはしない、じゃあ私達はどんな関係に見られているんだろう。そこにいる行き交う人や道路を走る車からは、仲の良い友人同士に見えるのだろうか。それとも……、駄目だ顔から火が出そう。
「どうしたの? 考え込んで」
「いえ、別に何も!」
先輩は立ち止まりこちらを向くと両手を腰に当てる。夏服の制服からスラッと伸びた手足は同じ高校生とは思えない。見惚れてしまっていたが先輩は少し厳しい顔をする。
「渚さん、今は恋人同士って設定なんだから隠し事は禁止!」
『設定』という言葉が突き刺さる。その通りだからしょうがないか、本物の恋人同士の様に思える程に私は入り込んでいたので多少ショックはあった。
「すいません、隠すつもりはなかったんです」
隠したつもりは無かったが、そういう行為を先輩は嫌うようだ。素直に誤った。
「うん、分かればよろしい。」
にっこり笑うと先輩はくるっと反転しまた歩き出す。長い髪はシャンプーのCMの様にサラリと流れている。
「それで、何を考えてたの?」
「まわりから私達はどう見られてるかなと思ったんです。その、女同士だし。」
「それは恋人同士に見えるんじゃないかしら。今は女同士でもそんなに珍しくないから。ま、少し距離感があるから友人と恋人の間ぐらいかしらね」
先輩は女の子同士でも気にしない人なのかな。私が言うのも変だけど確かに昔ほど隠している人は減ったかもしれない。
それにしてもよく考えてみれば恋人って定義が曖昧だ。お互いを想い合っていても告白しなければ恋人にはならないのだろうか。
そうであれば友人から、お互いを想い合う間になにか大きな心の変化が伴うのだろうか。私の場合はどうなんだろう。内藤先輩は特別な人だと思ってる。内藤先輩の隣に居たい、ずっと見ていたい。この気持ちを双方が持っていれば恋人になれるんだろうか。うーん、いまいち釈然としないな。
「先輩はそこから恋人へ発展するまでに何が必要だと思います?」
「そうね、考えた事なかったわ。その人が恋しいと思って満たされない状態を恋愛と言うのなら独占欲かしらね。常にその人の一番で居たいという気持ち。ごめんなさい、私も経験がないからよく分からないわ」
「そんなことないですよ、独占欲ですか。なるほど」
真剣に考えてくれたことは、十分に伝わってきた。独占欲かぁ、確かに友人同士にはない感情なのかな。恋に落ちる瞬間を舞台上で丁寧に描ければ相当面白い舞台になりそうだった。
「脚本家らしい顔つきね。なにかいい案でも思いついた?」
「先輩のおかげですね、恋とはなにか、もう何万回と哲学者が考えていそうな題材ですが、上手く料理できたら面白そうだなと」
「恋とは何か……で、その答えは?」
「それは私にも分かりませんよ。」
「えー、そうなの。私も知りたかったなぁ」
驚いた、子供みたいにがっかりするところもあるんだ。自然と笑いが込み上げる。もっと完璧超人みたいな人だと思ってたんだけれどね。
「え?何かおかしいこと言った?」
「いえいえ、すいません。先輩って結構可愛いところもあるんですね」
先輩は心なしか頬を赤めて反論する。
「私の知らない事を、渚さんが答えてくれると思ったのよ。だから少しがっかりしたの」
「はいはい、分かりました。可愛いかったなぁ」
「もぅ、そんなに何回も言わなくてもいいのに」
知らないっとばかりに顔を逸らす。
少し怒らせてしまったかな、でも本当に可愛かったからしょうがないですよ。うん、先輩が悪い。
「でも先輩、私達は今は分からないけれど、脚本を作る時や演じる時、登場人物の気持ちを理解してその舞台の中で『演じる』のではなく、もう一つ上、その世界で『生きる』ことが出来れば自ずと答えが分かるかも知れないですね」
「舞台の中で『生きる』……」
「そうです、英雄として『生きる』。そんなことも可能なんですよ。そんな時に普段の自分では理解できない感情や想いを理解できる事があるんです。私が執筆に取り憑かれたのも、そんな事を経験してからなんです」
先輩は私の話を真剣に聞いてくれていた。
こんな話は部長にもした事がなかった。だけど先輩と私、二人で出せなかった答えも舞台で分かる。そんな予感を感じていた。
先輩とは帰宅方向が同じで、結局途中の電車までご一緒した。私の下車駅よりも一つ遠い駅らしい。
「今日は楽しかったわ。良かったら渚さん、私のアドレス登録して貰えないかしら」
ええ〜!まさかアドレス交換してもらえるなんて!これからは部長の方角に、毎日お祈りしないと。
「いいんですか!ぜひお願いします。」
先輩のブラックのiPhoneからQRコードを読み取る。便利な世の中になったものだ。
完了の音が鳴り先輩のアドレスを確認する。私の携帯には内藤彩と表示されている。
流石に浮足だってしまう。でもこれはしょうがない。今日一日で大前進してしまったのだから。
「では先輩、今日はありがとうございました」
電車は私の下車駅目前だ。終わりよければなんとやら。しっかり丁寧に挨拶をする。
「こちらこそ。とても楽しかったわ。また明日ね」
「は、はい!」
電車から降りてペコリと頭を下げた。先輩を乗せた電車を見えなくなるまで見送った。
一人になってからは少し寂しかったものの私はハイテンションで家に帰った。時間の都合で書店には寄れなかったが全く気にならなかった。
お風呂に入りながら脚本を考える。恋をした事がない二人が恋の意味を探す、こんなテーマにしてはどうだろうか。私と先輩も自己投影しやすいし、一度部長にも相談しよう。正確なキャストの人数を確認しプロットを起こさないといけない。
少しづつ私の脚本家魂に火がついていく。この感じ、久しぶりだな。
お風呂から上がって部屋に戻るとベッドの上にあったスマホのLedが点滅していることに気がついた。
飛びついて携帯のディスプレイに表示された名前を確認した。
今の私はどんな顔をしているんだろう、部長あたりに目撃されたら一生ネタにされるんだろう。
『もう眠っていたらごめんなさい。今日は本当に楽しかったわ。それで良かったらまた明日も一緒に帰らない?もちろん用事があれば仕方がないのだけれど』
部長様!ありがとうございました!明日しっかりお礼を致します。
『返信が遅くなってすみません。私もとても楽しかったです。明日も是非ご一緒させて下さい。脚本もおかげで少し前に進みそうです。おやすみなさい、先輩。また明日会いましょう』
送信ボタンを押す手は軽い。今日はこのまま寝てしまおう。ここ最近で一番いい夢が見れそうだ。
メールの着信音が聞こえる。先輩からの返信だ。
『おやすみなさい』
たった一文なのに心の底から暖かくなる。嬉しかった。
恋は人を変える、か。百文は一見に敷かず。身を持って知ってしまった。
ベッドに潜り込みスマホで返信を打つ。
『おやすみなさい、先輩』
色々な想いを込めた一文だった。先輩も同じ気持ちになってくれるのだろうか。
私は変わってしまった。昨日までの自分に戻れない気がする。
だってこの幸せな気分は、昨日までの世界と大きくかけ離れたものなのだから。
下手な文章をお読み頂き、本当に有り難いです。
至らぬ点が多々あります。
少しでも多くの人が楽しんで頂けるよう頑張ります。
読んで良かったな、と思ってもらえれば本当に嬉しいです