序章 恋愛未経験
二話投稿前に一話少し修正しています。
書き溜めなどもない為、不定期に更新していますが、稚拙な文章を読んで頂いている方々に心から感謝致します。
二人の幸せを一人でも多くの人が見て頂けるよう頑張ります。
通り過ぎる生徒の視線を感じながら、校門の横に立ってどの位過ぎただろうか。太陽は西へ傾き、生徒達も続々と下校している。
どうしてこんな事になったのか。本当だったら書店に寄って楽しみにしていた文庫本を購入。帰宅後シャワーを浴び、クーラーの効いた自室で読書に勤しむ予定だったのに。
話はプールで内藤先輩に舞台へ立ってもらえる確約を取ったあとに遡る。
「良かったね、沙耶。これで舞台は成功だよ」
意気揚々と部室に帰還した部長は上機嫌だ。
水蘭高校の部室は部室棟という別棟に文系、体育系全て入っている。
演劇部は大道具の管理もあり一階の一番西側、倉庫に隣接した部屋が使われている。
「そりゃあ部長はいいですよ、私の身にもなってください」
私は脚本と準主役を演じるというとんでもない事態になっているというのに。
「はは、まあ私も部員も精一杯サポートするからさ」
部長は私の背中をポンポンと叩く。
サポートと言っても基本的には私が何とかするしかないからなぁ。取り敢えずは脚本を完成させないと。
「じゃあ部長は脚本、どんな感じがいいと思います?」
サポートしてくれるなら使わない手はない。早速役に立って頂こう。
「うーん」
唸りながら腕を組む部長。実際の所頼りにはなるのだ。内藤先輩の承諾を得ることができたのも部長の力が大きい事は明らかだ。
正直これでサクッと方向だけでも決めてしまいたい、という希望はある。
期待しながら三分ほど待っただろうか。部室内をウロウロしていた部長はピタリと足を止める。
「ラブロマンス……かな」
虚空を眺めながらつぶやく部長。ラブロマンス、つまり恋愛を主題にした舞台。
えーっとこの場合、主役は内藤先輩でしょ。そして準主役は私……。
一瞬で顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。ダメダメ、そんなの絶対駄目に決まってる。
「部長、それは無理ですって、絶対!」
「うん? どうして?」
どうしてって……どうしてだろ?
「どうしてって、そりゃあ私と先輩じゃ提灯に釣り鐘ですよ」
そうだ、容姿端麗な先輩と私では舞台としてバランスが悪い。
「本気で言ってると思うけど、沙耶は十分可愛いわよ」
しれっと可愛いと言われてドキッとする。そんな事言われ慣れていないから、素直に嬉しかったし、少し恥ずかしい。
「えーっと、その、ありがとうございます……」
恥ずかしさに少し下を向いてお礼を言う。
「いや、そんな照れられると私が恥ずかしいでしょうが」
部長はそっぽを向くとそのまま続ける。照れているのだろうか? 部長も案外可愛いところあるものだ。
「それに女子校の文化祭はやっぱり恋愛物の方が盛り上がるのよね。そういうネタに飢えた女子が多いから」
確かに。女子高生はとにかく恋愛話が好きなのだ。そういう話を聞いていつか自分も、と夢を馳せるのだろうか。
「恋愛物か、私書いたことないんですよね」
書いたことがない、正確には書けそうにないから避けていたと言ったほうが正しい。好きになる気持ちは分かっても、好きになられる方はさっぽり分からないのだ。
部長はピンときたように私の方を振り返る。
「沙耶ってさ、誰かとお付き合いした事あるの? 」
ここで『ありますよ、部長は無いんですか?』という切り返しで反応を見たいのだが私の答えは当然、
「いえ、人生で一度も無いですね。今後も見込みは無いですし」
「やっぱりね」
部長は顎に手を当て考え込んでしまった。その反応は失礼じゃなかろうか。
けれど恋愛未経験の私に果たして書けるのだろうか。人を殺したことが無くてもサスペンスは書けるし、そこは脚本家としての資質問われるところなんだろう。
沈黙していた部長は急に興奮して声を上げた。
「よし、やっぱりリアリティあったほうが作品としてはいい!」
はぁ? 恋愛経験無いって言ったばかりなんですけど。
「沙耶、帰り支度して校門で待ってて。ちょっと用事ができたから」
そのまま部室のドアを開けるとあっという間に去っていった。
それからこうして校門で待っているわけだが、部長は今だに来ていない。せめて時間だけでも決めてくれれば良かったのになぁ。後で文句でも言ってやろう、どうせそんなに堪えないだろうけど。
「いやー、待たせたね。ごめんごめん」
「部長!いくら何でも待たせすぎですよ。一体何して……た」
文句は消え入り同時に私の怒りも掻き消えていった。変わりに湧いているのは疑問と驚きだ。
腰の辺りまで伸びた髪は歩く度にサラサラと靡き、私に小さく手を振る女生徒が瞳に映る。
「ふふ、待た会ったわね、渚さん。」
部長の横を一緒に歩くのは、間違いなく内藤先輩だ。
「な、内藤先輩。今お帰りですか、部活お疲れ様です」
私にしては上出来な切り返しだ。心の中で拍手を送る。
「ありがと、渚さんもずいぶん待ったみたいね」
「そうなんです、部長はいっつもなんですよ。ね、部長」
部長は何故かニカッと笑うと、
「じゃあ、沙耶。脚本執筆、頑張りな」
私の肩をポン、と叩くと部長は駆け足で去っていった。
え? 何で? 私あなたを待ってたんですけど? すでに部長は視界から消え、私は内藤先輩と取り残されてしまった。
「じゃあ渚さん、私達も行きましょうか」
『私達』と言ったのだろうか、相当疲れてるのかな。
「ごめんなさい、ちょっと疲れてて聞き取れなかったんです。今なんて言われたんですか?」
「一緒に帰りましょって言ったのよ。脚本にリアリティが必要だから、恋人っぽくして欲しいって亜香里に言われたの」
「えーーーー!! 」
何なんですか! 全くそんな話聞いてないんですけど!
「ああ、なるほどね。亜香里ってば渚さんには何も話してなかったのね」
腰に手を当てため息をつく先輩。まーたあの部長のせいで話がややこしくなっているじゃないか。
「まあいいわ、そういうことだから。一緒に帰りましょ」
私の右手を先輩の白い左手がそっと握る。先輩の体温が私に伝わる。それは私をパニックにするには十分すぎた。
「ええっ! 先輩、そんな無理しなくても」
「いいのよ、私も渚さんと話がしたかったの。亜香里には二つ返事で引き受けたから」
引き受けたんかーい!パニックのあまり心でツッコミを入れてしまった。
「渚さんは嫌だったかしら」
小柄な私の表情を見るために、先輩は私の顔を覗き込む。
「そんな、先輩にはどんな役がやってみたいかとか聞きたいと思っていましたから」
心の声をそのまま表に出す。普段そんな話し方をしない私には新鮮な行為だった。
先輩は繋いだ手をきゅっと握り直すとそのまま歩き出す。
「良かったわ、少し緊張したから」
楽しそうに話す先輩。とてもそんなふうには見えなかった。役者の才能、ほんとに持っているのかも知れない。
歩き出した先輩の横を行く私の心は、文句を言いそびれた部長に間違いなく感謝していた。
読了ありがとうございました。
仕事の合間に書いています。更新は不定期ですが次回も読んで頂けたらこんなに幸せな事はありません。
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