忘却の魔王
季節は10月の末。
もう肌寒くなり、コートが手放せなくなってきていた。
炎天下のお盆に始まった日記も、長く続いていると思う。
そして……。
お互いに「大好き」と言葉を添えるのが、定着しつつあった。
「……それにしても……」
前と変わらないことがある。
なんだか、内容がカオスになっていること。
「リノンだから……なのかな?」
ちょっと天然なのか、勇者の自覚がほとんど無い様に、感じる。
そういえば……。
「シルビィ……」
全然話に出てこない、シルビィ。
彼女は、こんなリノンと上手くやっているのだろうか?
「……」
なんだか、振り回されてる……そんなことが容易に想像できる……。
「シルビィ……リノンをよろしく……」
一応彼氏として……交換日記に向かって、シルビィに懇願する。
僕の……こんな彼女ですが、どうか最後まで付き合ってください……。
そうしていると、交換日記が光りだす。
……僕は、嫌な予感しかしない。
恐る恐る、新しいページに目をやると……。
「うん。知ってた!」
若干あきれながら、予想を裏切らないリノンを、愛おしく感じた。
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魔王って、なんだっけ?
大好きなユウスケへ☆
そっかぁ……馬車は走らないんだ……。
バスと馬車って、なんか言葉似てるね♪
でも、「馬」が居ないのに、両方に「バ」が付くのおもしろ~い!(^_-)-☆
紙だったら、一番気になるのは火じゃない??
火を吐くモンスターたくさんいるから、お金が紙なんてそんなの信じられないわ!?
ふふふ……。
今日のリノンちゃんはもうレベル40じゃないのだ!!
47まで上がったのだ~☆
どお? すごいでしょ~♪
そういえば、魔王ってなんだったっけ?
じゃあ、またね~☆
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「……のんきすぎるよ!!」
……なんだろう……。シルビィへの申し訳なさと、魔王への同情。
そんな気持ちがぐるぐると回る。
魔王さん、あなたは忘れられてます……。
「バ」のくだりは、思わずふいてしまった……。
リノン……勇者で魔王を倒すんだよね? 僕と漫才してる場合なの?
紙幣の件は、なんとなく納得がいった。
きっと……リノンの世界では、狂暴なモンスターが多いんだろう。
……の、割には、のんきな事書いてるけど。
ツッコミどころ満載の交換日記に、僕はツッコミ疲れて眠ってしまった。
・・・・・・
「……」
すっごく、変な夢をみた……。
僕とリノンが、夫婦漫才をやるという……。
……リノンが変な返事を返すから……。僕はずっとツッコミ役だったよ……。
頼むから、まともに魔王のところ目指そうよ。
眠気眼で、朝食をとって学校に。
「……雄介、なんだか疲れてないか?」
大樹と合流後の、一発目の一言。
……うん、僕つかれたよ……。
なんか、今日は大きな犬と一緒に、教会で寝たい気分だ。
「ううん、ちょっと変な夢をみてね……」
「そっかぁ……顔色悪いけど、大丈夫か?」
「うん、寝ないように頑張る……」
大樹のねぎらいを受け、今日の学校生活をスタートさせる。
・・・・・・
さて……。
色々と、ツッコみたい……って、僕はいつからツッコミキャラに?
「リノンのボケが酷いからなぁ……」
うっすらと、顔に疲れをにじませてるだろう……。
僕は交換日記を広げて、返事を綴る。
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……勇者ってこと、忘れてるだろう……。
大好きなリノンへ。
……両方に「バ」が付くのは、偶然のような……。
まぁ、こっちじゃ火を吐くようなモンスターは居ないから、みんな火は意識してないよ。
……うん……。
レベルの感覚がわからない……。
魔王って……最初の目的忘れてない?
勇者で、魔王を倒す使命を受けったって聞いたような……。
……てか、最近、リノンって、自分が勇者なの忘れてない?
なんだか……攻略レベルの2倍ぐらいで、クエストをクリアしてくスタイルを思い出すけど……。
じゃあ、またね!
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……きっと……いろんなもの、オーバーキルしてるよね?
せめて、勇者の使命を忘れないように、注意を入れながら交換日記を閉じる。
その想いを伝えるのかどうか、優しい光で僕を癒してくれる。




