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人はそれを断ち切り、繋ぎ、結ぶのです

 美容液の取引など、もろもろの打ち合わせはまた後日行うという事で、ルドルフさんと別れて部屋の外へ出る。

 人払いをしたというのは本当だったようで、廊下には待機していた皆以外誰一人いない。

 この様子なら近くの休憩室に誰かいるとかもないんだろうなぁと思いつつ、前を向いたまま呟いた。



「ディーア、貴方は先に休んでいなさい」



 皆揃っているんだから一人ぐらい先に帰っても良いだろう。

 そう思って姿の見えない私の従者へ命令を出せば、静かな廊下に私の声が小さく響き渡る。


 肉体的には平気でも、精神的には疲れているだろう。そう考えての命令なのだが、果たしてすんなり従ってくれるかどうか。

 陰に隠れての護衛だから返事が来る事は無く、この言葉が届いているのかも、従ってくれているかも私にはわからない。

 唯一の従者だからというのもあるからか、ディーアって私に対して随分過保護だからなぁ……下手したら黙って付いててもおかしくないんだよねぇ。


 いつものお願いでも指示でもなく、命令として告げたつもりだが、聞いてくれるかは彼次第という事だ。

 主従って言っても私達の間では命令が絶対ってわけじゃないので。そこら辺は緩めなのよね、私達。

 明日も明後日も気は抜けないんだから、今日は早く休んでほしいもんだが、後はディーア自身に任せるしかない。

 こちらは気にせず先に休んでくれていることを信じて、私達はその場を後にした。



 クラヴィスさんにエスコートしてもらって馬車に乗り込む。

 来る時はクラヴィスさんと二人で乗った馬車だが、今回はアンナもこっちに乗るらしい。

 アンナが乗り込んだ後、馬車は静かに動き出す。



「もう良いぞ」



 馬車が走り出してすぐ、クラヴィスさんが唐突にそう告げる。

 何がもう良いのだろうか。疲れのせいか頭が上手く働かず、首を傾げる私にクラヴィスさんは私の首元へと手を伸ばす。

 何事かと思う間もなく首の後ろでカチリと音が鳴り、胸元を飾っていた宝石が離れていったのを見て、ようやくその意図に理解が追い付いた。



「……帰るまででは?」


「帰るだけだから良いんだ」



 もう周りは身内だけだとしても、侯爵の屋敷が見えている間は気を抜けない。

 こちらから見えているという事は向こうからも見えているだろう。

 あれだけ私達を見てきた人達だ。ノゲイラの馬車を見て中の様子を窺おうとしてもおかしくない。そう思っていた。


 それなのに、もう良いの? まだそんなに離れてないのに?

 許可は出たのに思考と体が上手く噛み合わなくて、少しぎこちない動きをした私にクラヴィスさんは視線だけでアンナを示す。

 見ればその手にはいつの間にか櫛があり、もし身だしなみが崩れても整える準備は万端といった様子だ。



 ──そっか、もう良いのか。そっかぁ。

 もう良いんだと思った途端、自分の意思とは関係無く気が抜けて行って、衝動的にクラヴィスさんへと抱き着いた。



「つ、かれたぁ……!」


「お疲れ」


「ほんとですよもぉ!」



 自分で自覚していたより相当溜まっていたらしい。

 クラヴィスさんに抱き着きながらバタバタと暴れ出す。

 ぽんぽんと背中を撫でられているが、それで治まるわけがない。だってすっごいめんどくさかったんだもん!



「子供によってたかってぇ……! 何なんですかアレは貴族の中じゃ普通なんですか!?」


「今回は特殊だ」


「貴族めんどくさいー!!」


「君も一応貴族なんだがな」



 人を遠巻きに囲っておきながらひそひそ話したり嫌な視線を送ってきたりと、子供だろうが大人だろうがあんな状況に置かれて平気なもんか。

 色しか似てないとか拍子抜けとか言われてたの聞こえてたかんなー! そりゃ血の繋がり無いんだから似てないよ! 勝手に期待して勝手にがっかりすんな!

 一応貴族と言われても、私が貴族になったのなんて事故みたいなもんですしぃ? 根っこはずっと庶民ですぅ。

 わかってはいたけど、社交界の空気は私には合いそうにないですね。ずっと帰りてぇとしか思ってなかったもん。


 そんな風にクラヴィスさんをクッションにしてひとしきり暴れ回りちょっと落ち着いた頃。

 ぜぇはぁと息切れしながらアンナの傍に座り、乱れた髪を整えてもらう。

 やっと普段通りに戻れた気がするわぁ。適度な運動は大事だね。暴れてただけだけど。



「あ、そうだアンナ。あの人はあれで良かったの? 一応知り合いではあるんでしょ?」



 色々と落ち着いてようやく気が周り、ちらりとアンナを見ながら問いかける。

 ここも訳アリそうだけど、対応がアレだったから気になってたんだよね。

 関係は無いって言い切ってたから遠慮無くさせてもらったけど、アンナからすれば迷惑だったかもしれない。

 内心怒っていないか反応を窺うが、特に何も思っていないのか、アンナは私の髪を梳く手を止めずに淡々と頷いた。



「えぇ、まぁ……随分前にあちらが縁を切ると言い、私も了承しただけの間柄です。

 今後一切関わるなと言っておきながら今回私に声をかけて来たわけですし、お嬢様が来なければ警備に連れていかれていたと思うので、むしろ優しい対応だったと思いますよ」


「そっかぁ」



 関係は無いってそういう事かぁ。髪や瞳の色が似てたから、恐らく親類か何かだったのかな。

 元親類だったとしても、うちのアンナに手を上げようとしてたのだから、それ相応の罰は与えられて欲しいが、未遂に終わって全て無かった事にした以上、その方面は期待できない。

 だが、あの後どうしたかは知らないが、結構目立っていたから会場に戻るにしても家に帰るにしても大変だろうね。同情なんてしないが。あの視線に晒されたら良いんだぃ。


 面と向かってはできない分、罰が当たれと念じていると、不意にアンナの手が止まる。

 もしや私の不届きな念を感じ取ってしまったのだろうかと、後ろを見上げれば澄んだ青の瞳が揺れていた。



「あの、お嬢様……」



 いつもなら揺らぎすら見せないほど、強く輝く青が左右に泳ぐ。

 言葉を探して口を開いては閉じる様子に、私はアンナの手を取り笑って見せた。



「苦しいなら言わなくて良いよ。私も皆に話せない事いっぱいあるからさ」



 流石にあの流れなら、アンナが話したい事がどんな内容なのかは薄々わかっている。

 でも別に、何でも全て話してほしいとは思わない。

 確かに気にならないと言えば嘘になるけれど、私はアンナが大切だし、アンナも私を大切にしてくれる。

 どんな過去があろうとも、どんな罪があろうとも、私達はそれだけで十分だ。


 それに私が異世界の人間なのはクラヴィスさんとアースさん以外には秘密にしてるからなぁ。

 自分は隠してるのに他人には明かせ、なんて言えるわけがないし言いたくもないや。



 女性らしく細いけれど、力強くしなやかな手を子供の小さな手で持ち上げる。

 触れ合う熱が溶けていくように、私が貴方を大切だと想う気持ちが伝わって欲しい。

 私は知らない沢山の苦労をした手を労わりたくて、ゆっくり、優しく撫でていると、そっともう片方の手が重なった。



「……いつかは話さなければと思っていたんです。

 いつか誰かから聞かされる前に、アタシから話したいと思っていたんです」



 今日の一件で決心がついたのだろう。

 伏し目がちに微笑むアンナには先ほどまでの苦しさは無く、静かな決意だけが在る。



「ノゲイラに帰ったら、話を聞いてくれますか?」


「アンナが話したいのなら、どんな話でも聞くよ」


「……ありがとうございます」



 話したいなら話したら良い。話したくないなら話さなくて良い。

 秘密がいくつあろうとも、罪をどれほど背負っていようとも、アンナはアンナだ。

 何を聞いても、何を知っても変わらないだろうけど、そうだね。その時はとっておきのお茶とお菓子を用意しようか。

 新しく結んだ約束を違えないようにしっかり記憶に刻み付けて、私はアンナの手を握り返した。

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