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赦しは無く、在るのは祈り

 お付きの人達も是非と勧められ、皆してそこそこ気を遣いながらもぐもぐとお菓子を楽しむ。

 会場に入ってから飲み物すら飲んでいなかったのもあって、すっごい助かったや。水分補給大事。

 アンナ達はルドルフさんの事を知っているのかすぐに慣れていたけれど、フレンはガチガチに緊張していてちょっと可哀そうだったが、それはどうしようもないので諦めてもらう他無いねぇ。



 クラヴィスさん達曰く、この会場には侯爵夫人やその周りの人達によって色々と仕組まれていたそうだ。

 何でも式の前にマシェウス侯爵が『妻が何か企んでいるらしい』と知らせてくれていたらしい。

 マシェウス侯爵も娘の結婚式に泥を塗りたくないと、奥さんの企みをできる限り妨害してくれたそうだが、それでも防ぎきれなかった例の一つがあの令嬢だったと。


 招待客に関してはルーエとシドもある程度口を出せたため、私達誰かの害になりそうな人は招待しないようにしてくれていたそうだが、あの令嬢に関しては招待客が無断で連れてきていたようだ。

 他にもそういった人がちらほら居たため、あまり長居していても面倒しかないとクラヴィスさんは必要な挨拶回りを済ませてさっさと帰ろうとしたが、その前にアンナが絡まれ私が突撃していたみたいです。

 回収ともみ消しにとカイルを送ってくれていたが、私が対処し切れそうだったので迎えに行く形にシフトチェンジしたんだと。いやーその節はご心配をおかけしまして? になるのか?



 ルドルフさんとはその時に合流したそうで、こっそり私の護衛も付けていてくれたらしい。

 多分シドみたいに影の人達を率いているんだろうなぁ。やっぱりシドって忍者の一族なんだよ。絶対そう。


 それから私がここに来るまでの間、あのノリでしつこく私を紹介してもらえるように頼み、休憩も兼ねてこの場を設けたんだそう。

 おかげであの令嬢の事がどんどん薄れていくよ。よっぽど私に興味津々だったのか、ずっとノリに乗ってるんだよこの人。お喋りが止まらねぇんだ。

 気付いたらなぜか会った事も無いどこかのご令嬢の好みのお話とかしてたよ。商売に活かせそうなのでしっかり記憶しますが。なんで他家のご令嬢の趣味とか知ってんだろうね。こっわ。


 ルドルフさんのノリにも慣れて来て、ある程度気兼ねなく話せるようにはなったかなぁといった頃合い。

 会話にも一段落つき、紅茶を手にホッと一息吐いていたら、ふとルドルフさんが顔を上げた。



「おや、もう時間ですか」



 部屋に置かれた時計ではなく窓の方を見て呟くルドルフさん。

 何か予定でもあるのかと思ったけど、それなら時計見て言うよね。明らか別の何かを見てるよね。

 誰か人でも居るのかなぁと私も窓の方を見るけれど誰も見当たらなくて、首を傾げる私の横でクラヴィスさんが立ち上がった。



「馬車が来たらしい。帰ろう」



 なるほど? 休憩と紹介だけでなく、馬車待ちの時間も兼ねてたって感じですか。

 随分目立ってしまっただろうから、もう会場に戻りたくないと思ってたのでとてもありがたいです。やっと帰れるぅ。

 そうと決まればさっさと退散だと、クラヴィスさんの手を取り席を立つ。

 挨拶をしようとルドルフさんの方を向き直ると、ルドルフさんは少し迷った様子を見せた後、どこか苦しげに口を開いた。



「──行かれる前に、彼に会わせていただけませんか」


「……今の主はトウカだ」


「……なんと、まぁ、それは……そうでしたか」



 彼って誰だろうと思うとほぼ同時、私の名前を告げられて瞬きを繰り返す。

 クラヴィスさんではなく私に仕えてくれているのはただ一人だけ。

 どうして彼に会いたいのか。会いたいと願うのにどうしてそんなに苦しげなのか。

 わからずに戸惑う私に、誰かと重なるこげ茶色の瞳が向いて、縋るように願った。



「トウカ様、彼に……ディーアに会わせていただくことはできませんか」



 これは、どう答えれば良いのだろうか。

 クラヴィスさんが止めないのなら、二人が会っても深刻な問題は無いはずだけど、訳アリなのは目に見えている。

 それなのに、主従とはいえほぼ部外者の私が勝手に決めるのは違うと思う。

 ここは当人同士で決めてもらった方が良いと、ルドルフさんの願いに頷く事はせず、ぎりぎりまで言葉を選びながら答えた。



「彼も、それを望むのならば」


「……ありがとうございます。では少し失礼して」



 深々と頭を下げたルドルフさんは席を立ち、窓の方へと近付く。

 勝手に面会許可を出しちゃったみたいな感じだけど、良かったのかなぁ……ディーア、大丈夫かなぁ……。

 とりあえず席を外した方が良いかと他の皆に退室を促そうとしたが、いつの間にか誰もいなくなっていて、部屋には私とクラヴィスさん、ルドルフさんの三人だけになっていた。


 多分クラヴィスさんが指示を出したんだろうけど、私達は居ても良いのかな。

 視線だけでクラヴィスさんに問うと、これからの出来事は彼の主として知っておくべき事なんだろう。

 小さく頷かれて覚悟を決めた私とクラヴィスさんが見守る中、ルドルフさんは緊張した面持ちで窓の外へと声をかけた。



「君が私に会いたくない気持ちはわかる。けれど、少しだけで良い、会ってくれないだろうか」



 人影も気配も何もない窓の外へルドルフさんの願いが響く。

 けれどディーアは姿を現さず、時計の針が進む音だけが刻まれていく。

 姿を隠していても私の傍に居てくれているのだから、さっきのやり取りも聞いていたはずだ。

 それなのに姿を見せないのはそういう事だろうと、気まずさを感じ始めたその時、そっと人影が現れた。


 どこか不安げなディーアはルドルフさんを一瞬見た後、気まずそうに視線を背ける。

 多分、困っているんだろう。迷い子のように揺れるこげ茶色の瞳がこちらを向く。

 ──似ている、とその時ようやく既視感の正体に気付いたけれど、もはや私には何もできず、ただ二人が向き合うのを見守るしかなかった。



「……すまないね、嫌だったろうに」



 会えた事への喜びよりも、相手を気遣う謝罪の言葉が先に出る。

 それに対してゆっくりと首を振るディーアの表情はとても複雑そうだ。

 迷って悩んで、それでも目の前に現れてくれたからだろう。

 強張ってはいるものの多少和らいだ表情でルドルフさんは言葉を続けた。



「シドに素敵な贈り物をありがとう。一目見てわかったよ……覚えていてくれたんだね」



 ゆっくり、優しく、丁寧に。

 一言一言噛みしめながら語り掛けるルドルフさんに、ディーアはじっと耳を傾けている。



「妻も、きっと喜んでいるだろう。

 最近は随分落ち着いていてね、君の事は……覚えていないようだった」



 奥さんの話が出た瞬間、ディーアの体が大きく跳ねる。

 研究室で爆発が起きようと動じないのに、あんな風に反応するなんて、ディーアにとって伯爵夫人は特別な存在なのだろう。

 それなのに忘れられている事への悲しみは無いのか、覚えていないと言われてもディーアはただ小さく安堵の吐息を漏らすだけだった。



「それで良いと、君は言うのだろうね……そう言わせてしまって申し訳ない」



 恐らくルドルフさんにとってもその方が都合が良いんだろう。

 忘却を良しとするディーアに、ルドルフさんはただ謝罪する。


 罪悪感に満ちたその謝罪は、詳細を知らないまま聞いているだけの私でも苦しく感じる。

 冷たさは無く互いへの気遣いすら感じるのに、暗く重い空気が漂う中、ルドルフさんは強張った微笑みを浮かべた。



「……私はもうすぐ引退するつもりだ。

 役目は終えたからね。後は次の世代に任せて、私は領地で妻と一緒に過ごそうと思っている。

 だからその、もし……君が良ければだが…………会いに、来るかい?」



 無理に作ったのなんて一目見てわかってしまう微笑みだ。

 けれど、それでも、ディーアへの気遣いと、ルドルフさんの覚悟が見て取れる微笑みだ。

 私には計り知れないほどの苦悩の末に出したのだと、部外者でもわかってしまうその提案に、ディーアは数秒固まって──泣きそうに、ルドルフさんに似た微笑みを浮かべて首を振った。



「……そうか、そうだね……気を遣わせてすまないね」



 断られて残念なのか、安心したのか。申し訳なさそうなのにどこか晴れやかなルドルフさんがもう一度謝る。

 そしてゆっくりと息を吐き、肩の力を抜いて、自然な微笑みをディーアへ送った。



「私は、君の幸せも祈っているよ。君さえよければこれからもシドと仲良くしてやっておくれ」



 謝罪も提案も、首を横に振るだけだったディーアだが、その願いにだけは頷き返す。

 そして胸に手を当ててゆっくりと頭を下げ、数秒ルドルフさんを見つめた後、影へと姿を消した。



 もう良いのだろうか。これで良いのだろうか。

 二人の独特な空気はまだ残っているけれど、ルドルフさんはもう切り替えができたらしい。

 大げさな動きで体の向きを変え、さっきまでのようにカラカラと笑って見せた。



「いやぁ妙な空気にしてしまって申し訳ない。しかしこれで心置きなく役職を返せるというものです」


「……退くのか」


「えぇ、いつまでも老いぼれが居座っていては、次世代が進めませんから。

 それに流石の私も色々疲れちゃってぇ、ちょっと休みたいなってぇ」


「そうは見えんな」


「なんと! こう見えてボロボロですぞ!? 見てくださいこの皺! また増えてしまってもう大変!」



 宰相の引退という結構重要な事も話していたというのに、それよりも重要だとばかりに皺を指差してクラヴィスさんに詰め寄っているルドルフさん。

 空気を変えたいのもあるんだろうけれど、今の今までと雰囲気の差が凄すぎて、思わず乾いた笑いが出てしまう。何だろう、幻でも見てたのかな。



「聞いてくださいよトウカ様! 陛下もクラヴィス様も、こんな老いぼれを酷使してくるんですよ……! 私あんまり老けたくないのにぃ……」



 聞けばルドルフさん、今年で御年五十八歳になるそうだ。

 クラヴィスさんより年上なのはわかってたけど、見た目からはそんな年だとは想像できない。どう見たって四十代が最大だよ。

 若々しさの秘訣が気になるね。最近ノゲイラはアンチエイジングの化粧品とか開発中でして。どんな化粧水使ってます?



「今度うちの商品を贈ってやろうか。皺改善が見込めるそうだぞ」


「それは真ですか? 詐欺ではなく?」


「肌に良い成分を多く含んだ美容液ですね。肌の相性もありますが、ほとんどの方が効果を実感しておられますよ」


「是非! 他にも老化に良さげな物があれば言い値で買わせて頂きます!」


「適正価格でお売りしますねー」



 いや、ほんと、さっきまでの雰囲気はどこに行ったんだろうね。ルドルフさんがそうしたいならそうするけどさぁ。

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