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慣れない猫は被りにくい

 カツン、とわざと大きく靴を鳴らし、似た朱を揺らす二人へ近付く。

 その足音にようやく気付いたようで、振り向いた女性が一瞬嫌な笑みを浮かべていたが、そんなのどうでも良い。

 アンナに向けて罪だの償いだのと喚き散らす声は聞こえていたし、殴ろうとしていたのもこの目で見た。

 二人がどういう関係かなんてどうでも良い。私にとって重要なのはあの人はアンナを殴ろうとした事だ。


 女性の手を軽く払いのけ、私の元へと戻ってくるアンナ。

 見た所服の乱れも無く、ケガもしていないようでホッとしたが、すぐに顔を引き締め朱い髪の女性を横目に問いかけた。



「アンナ、お知り合い?」


「──いいえ、関係ありません」


「そう」



 正直、うちのアンナに何してやがんだと怒りたいけれど、恐らくもめ事を起こせば相手の思う壺だろう。

 周囲の目を避けるようでいて完全には避けられない場所でこんな事をするぐらいだ。何か考えがあるはず。

 関係があるのは明確だが、アンナがそう言うならそういう風に片付けてしまえばいい。

 アンナからきっぱり切り捨てられて何か言いたげな女性から完全に目を背け、アンナに微笑みかける。



「お父様がお呼びなの。さ、行きましょうアンナ」


「はい、お嬢様」



 嘘です。本当は呼ばれてなんかいません。

 だけど公爵であるパパンに呼ばれてるからっていうのが一番使い勝手の良い言い訳なんだよね。


 あの女性がどこの誰かは知らないが、見た所公爵の邪魔ができるほどの力は無さそうだし、それでも遮るようならこちらも考えがある。

 アンナがこの嘘に気付いているかはわからないが、私の作った流れに乗ってくれるらしい。

 私の参戦でさっきから周りの視線も鬱陶しいし、クラヴィスさんを盾にしてさっさと離れようとしたが、案の定女性に呼び止められた。



「お、お待ちくださいトウカ・ユーティカ様!

 私、ベルノート子爵家のシェリル・ベルノートと申します。以後お見知りおきを……!」



 相当わかりやすい挑発だったと思うのだが、まさか本当に乗ってくるなんて。

 この人大丈夫なのかなぁと他人ながら心配になるが、私はそこまで優しい人じゃない。

 私に向けて頭を下げる女性を横目で見つめ、扇で口元を隠した。



「誰の紹介を得て言葉を発しているのかしら」


「──え」



 できる限り圧を出すために、クラヴィスさんの表情を思い出しながら温度の無い声で告げる。

 ルーエから誰かを威圧したい時はクラヴィスさんの表情を真似したら良いって言ってたからやってみたけど、上手くできているようだ。

 まさか子供に咎められるとは思っていなかったらしく、呆けた声と共にこちらを見た令嬢は、私と目が合うと小さく息を呑む。

 もしもの時にと皆と練習した甲斐あったや。先制は取れたので後は畳みかけるだけだと、扇に隠れていてもわかるよう微笑んだ。



「まぁ、お祝いの場ですものね。

 羽目を外してしまうお気持ちもわからなくはありませんが、少し気をつけた方がよろしいわ」



 冷静に、お淑やかに。けれど突き放すように。

 微笑みと共に優しい言葉で忠告しながら、一歩距離を取る。

 ここで手を緩めてはいけない。隙を見せてはいけない。

 そう自分に言い聞かせる私を、きらりと胸元で揺れる宝石が後押ししている気がして、声に力を込めた。



「祝い事に水を差したくありませんから、此度は無かった事に致しましょう。ね、見知らぬお嬢様」


「そんな、ひっ……!」



 何もかも無かった事にされていると気付いたのか、令嬢は反射的に足掻こうとするが、アンナ達が後ろで圧を出してくれたらしい。

 小さな悲鳴を上げた令嬢の顔が見る見るうちに真っ青になっていく。


 どうせ子供だと下に見ているから考えずに名乗ったんだろうけど、知ったことか。

 公爵令嬢を呼び止めただけでなく、誰の紹介もなく挨拶をするとかいう不作法をしたのはそちらだ。

 本当なら公爵家を侮辱したって事で大事にされてもおかしくないんだろうけど、無視されるだけで済むんだから感謝して欲しいぐらいだ。


 アンナより年上みたいだし、絶対私より社交界を知っているはずなのに、考えが甘いというかなんというか。

 傍から見ればまるで私達が悪者みたいだけど、ここで攻めを緩める気は無く、女性が震える口を開こうとするのに合わせ私も口を開いた。



「は──」


「あらいけない、わたくしったら独り言が過ぎましたわ。気を付けないと」



 アンナに絡んだ後でも平気で私に挨拶をしてくるあたり、ノゲイラと繋がりを持ちたいのだろう。

 だからこれは、私の独り言であってこの人には話しかけてすらいない。

 肯定だろうが否定だろうが、言葉を交わす事すら許さないし認めない。



「な、っ……!」



 私の意図を理解したのか、何かを言いたそうだが黙り込むしかないらしい。

 俯き、両手を握りしめている女性を無視し、私達は会釈もせずにその場を後にした。あー疲れた……こういうの苦手なんだよねぇ……。



 さて、これであの令嬢は良いとして、これからどうしたもんか。

 クラヴィスさんを理由にしたからには合流しなければいけないのだが、口裏を合わせてもらう必要もある。

 どこで誰が聞き耳を立てているかもわからないのに、本当は呼ばれてなかったなんてバレたら面倒だもの。

 先にウィルに行ってもらって説明しておいてもらおうかなぁと考えながら歩いていると、カイルが姿を現した。



「お嬢様」


「あらカイル、もしかして見ていたの?」


「えぇ、お上手でしたよ」



 どうやらさっきのやり取りをばっちり見られていたらしい。なんだか恥ずかしいネ。

 褒めてくれたという事は、カイルから見てあの対応で問題無かったのだろう。

 その証拠に、カイルは私へ向けてすっと手を差し出す。



「ご案内に参りました。主がお待ちです」


「……そう」



 一体どこから聞いていたんだか、クラヴィスさんはこちらの状況を把握しているようだ。

 ウィルはずっと一緒に居たし、アースさんかディーア経由かなぁ。

 どちらにせよ口裏を合わせる必要は無さそうで、心配事が一つ減った私はカイルに案内されるまま会場から離れた。ちょっと休憩できたりしないかなぁ。

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