表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/192

何事もなく終わるはずもなく

 シャンデリアが照らす煌びやかな広場。

 中央では楽団の音楽に合わせて着飾った男女が優雅に踊っている。

 侯爵家三女と伯爵家次男という、貴族としては良くある婚姻の披露宴ではあるけれど、招待された人が多い分、積極的に交流を深めているんだろう。

 痛くなる程向けられている視線の数々に辟易としながら、広場の端に設けられた席に腰かけ、口元を扇で隠してため息を吐いた。



 今、私の傍にクラヴィスさんは居ない。

 公爵という地位に座す私には王族や同格である他の公爵家でもない限り、知人の紹介が無ければ誰も挨拶すらできない。

 今のところクラヴィスさんを除いて私自身と面識があるのは、シドとルーエ、マシェウス侯爵夫妻だけだ。

 シドとルーエは挨拶で忙しく、主催者であるマシェウス侯爵夫妻もわざわざ一人の令嬢の元へ来て誰かを紹介する余裕は無いだろう。


 しかし貴族の中にクラヴィスさんと面識がある人は多く、公爵という立場上、挨拶をしに来る人はひっきりなしだ。

 そんな状況で私が傍にいると、必然的に私とも面識を持ててしまう。

 だからこそ、必要な挨拶を済ませた今は、クラヴィスさんの傍に居ない事が最大の自衛というわけである。

 すっごい心細いけどね。さっきから視線やら話し声やら色々すごいんだぁ……。



 彼らが注目する気持ちもわからなくはない。

 出自不明の養女で、実子なのではなんて噂されている話題だらけの令嬢。

 同じ年頃であろうと無かろうと、未婚の男子が家系に居る者にとっては恰好の的で、女子からすれば交流を深めて利益を得たい獲物。

 ノゲイラやクラヴィスさんと強く繋がるには、これ以上無い程に丁度良い存在。それが私だ。


 何ならノゲイラでは最新技術を盗もうと日夜スパイが送り込まれては捕まえてを繰り返している。

 今この場にもどうにかして情報を聞き出したい人は大勢いるはず。

 クラヴィスさんやカイルは難しくとも子供ならどうにかできるかも、なんて思ってるんだろうね。迷惑だよ。


 純粋に仲良くしたいと思ってくれている人もいるかもしれないが、見た目は子供とあって接触さえできれば手玉に取れるのでは、と考える人の方が多いだろう。

 中身は大人ですけどネー。貴族社会は全く慣れていないから、隙を見せたらやられてしまいそうだし気をつけねば。くわばらくわばら。



 繋がりを持ちたくて、情報を聞き出したくて、利用したくて。

 人によってそれぞれ異なるとしても、全て欲から生まれた思惑が周りでひしめき合っていると思うと、マジで帰りたくなる。

 ウィルとアンナ、フレンの三人が傍に居なきゃ居辛さに打ち震えてたと思うよ。


 貴族として、こういった場に出る事でノゲイラのためにできる事があるのはわかっている。

 だからこそあのクラヴィスさんが私から離れて、次から次へとやってくる貴族達と言葉を交わしているのだ。

 本当なら私もクラヴィスさんのように社交界の中に入り、繋がりを作っていかなければならないのはわかっている。

 わかっているけれど、決してそこまでは求めて来ないクラヴィスさん達の優しさに甘えているわけだ。小心者にはキツイ戦場だよここは。



 最低限のすべき事として、招待された義務とノゲイラの宣伝はあるけれど、挨拶を終えて注目を浴びている時点で十分果たしていると言えるだろう。

 他にとなると、強いてあげるなら侯爵夫人と話していたから、お菓子のコーナーはちょっと見ておかなきゃいけないかなぁってぐらいか。


 ノゲイラが最近売り出した食用色素も使われているのか、ピンクや黄色といった可愛らしい色鮮やかなお菓子が並ぶテーブルへ視線を向ける。

 これだけ大規模な披露宴とあって、すごくお金かけてるんだろうなぁと一目でわかる程煌びやかなテーブルには、先ほどから女性陣が入れ替わり立ち代わり集まっている。

 もしかしたら夫人はこうなるのを見越してあんな事を言ったのかもしれない。あの中に行ったら絶対絡まれるじゃん。それが狙いでしょ。

 どうしたもんかなぁと考えていると、アンナが声をかけてくれた。



「お嬢様、何か取って参りましょうか?」


「そうね……緊張してあまり食べられそうに無いから、飲み物とお菓子を少しだけお願いできる?

 後は三人で好きにしてちょうだい」


「畏まりました」



 正直に言えばお腹は空いているので、お菓子でも肉でもなんでもどんと来い状態だが、この視線の中で食べる気にはなれない。

 そんな私の思いも察してくれたようで、二人に目配せしたかと思えばアンナは静かに離れていく。

 私の傍を離れた途端、男女問わず囲まれそうになっていたけれど、声を掛けられる間すら作らず綺麗に躱して行く姿は流石です。



「あれってどうやってるのかしら……」


「コツさえ掴めば簡単らしいです」


「え、無理ですよあんなの……!」


「フレンは私と一緒に居ましょうねー」



 優雅な所作は崩さずに、すれ違う誰かを利用して引き留めようとする誰かを置いていく朱。

 目で追っていたのにふと見失い、時折現れてはまた消えるその色に、扇の下で小さく笑った。

 いやぁ社交界でも忍者は忍者だなぁ。どういう技術なのそれ。瞬間移動でもしてる?


 ルーエの教えでは、誘いを断るのは言葉や仕草であって、ああいった方法ではなかったはずなんだよなぁ。

 明らかに淑女の歩き方では無さそうだが、あれなら余程の事が無い限り心配いらないだろう。

 ──なんて呑気に考えていたからか、一曲終わっても、二曲終わっても、アンナは戻って来なかった。



「アンナさん、遅いですね……」


「……お祝いの席だもの、どこもアルコールばかりなのかもしれないわね」



 祝いの席だからか、周りを見た限りほとんどの人がお酒を嗜んでいるらしい。

 明らか未成年の参加者は私ぐらいだ。子供が楽しめるのはお菓子ぐらいと、侯爵夫人も言ってた。

 お酒を飲めない人もいるから普通の飲み物も用意してあるはずだが、数が少ないのかもしれない。


 そろそろクラヴィスさんも一段落ついて戻ってくる頃合いだ。

 挨拶さえ落ち着けば後は帰っても問題ないのだが、誰か一人でも欠けていたら帰るに帰れない。

 アンナもそれをわかっているはずだ。それなのに、朱が見当たらない。


 一体どこに行ってしまったのだろうか。それとも何かに巻き込まれたのか。

 そう思っていたら、どこかから微かに女性の怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

 音楽に掻き消えてしまうような声だが、確かに聞こえたその声の方を見れば、遠く離れたバルコニーの辺りに小規模の人だかりができている。



「……トウカ様、悪い知らせがあります」



 嫌な予感に襲われる中、ウィルがそう告げて、その赤い瞳を人だかりの方へ向ける。

 歪んでしまいそうな顔を扇で隠し、確信すら抱いている問を投げかけた。



「アンナはあそこにいるの?」


「お察しの通りで」



 こくりと頷かれ、何とも言えない感情にため息を吐く。

 まじかぁ……ウィルも一緒に行ってもらうべきだったかな。


 騒ぎの様子を遠目に窺うが、人が集まっているせいで誰がどうなっているか、何もわからない。

 楽団も気付いているらしく、先ほどよりも少し音が大きくなった音楽に消えて騒ぎに気付いている人はそこまで多く無いようだが、それも時間の問題だろう。

 なんで祝いの席でもめ事を起こすかなぁ。しかもよりによってうちのアンナが巻き込まれるとか、そんな偶然ある?



 酒が入っている席だ。多少の騒ぎは大目に見てもらえるが、噂になるのは避けられない。

 アンナがそんなわかりきった事をやらかすはずが無いし、恐らく一人になったところを狙われたんだろう。

 かといって放置すればするほど騒ぎは広がってしまう。そうなればルーエ達の評判にも関わってくる。

 騒ぎを早く治めるにはどうすべきか──そんな私の考えはお見通しだったようで、席を立とうとした私にウィルが釘を刺した。



「彼女の事です。放っておいても上手くやるかと」


「……そうね、アンナだもの。信じているわ」



 わかっている。本人から聞いたわけではないけれど、恐らくアンナは貴族の出身だ。

 私のような場慣れしていない人間が助けなくとも、自分で切り抜ける術を持っているだろう。だけど。



「それでも、行きましょう」


「……仰せのままに」



 だけど、騒ぎに巻き込まれたアンナも、放っておけば巻き込まれてしまうルーエも、私の大切な人達だ。

 いつも守ってくれている彼女達を、私だって守りたい。それが私にできる事ならなおさらだ。


 ぱしん、と扇を閉じ、ウィルの手を借りて立ち上がる。

 そして私は二人を連れ、迷う事無く喧噪の中心へと足を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ