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飾り立てた冷たさ

 一歩、隣立つ養父の手に引かれ、深紫に隠れる小さな足を踏み入れる。

 ただそれだけ。たったそれだけだというのに、数えきれないほどの視線が向けられた。


 好奇心や興味ならまだ良いけれど、入り混じる視線の中にどれだけ害意を孕んだ物があるのか。

 知らなくて済むならそうしたいと思いながら、向けられる視線とその表情を全て記憶し、会場の奥へと足を進める。

 それに伴い私の胸元で揺れる宝石に気付いたらしく、会場に一気にどよめきが広がった。



 そうだよねー。こんな高いの身に着けてたら驚くよねー。本人が一番驚いてる。

 ドレスと同じく、表舞台に立つために必要な武装の一つだとはわかっているけれど、どうしても尻込みしてしまうのも仕方ないと思う。

 だってたっかいんだよこの宝石。顔面国宝級のクラヴィスさんならまだしも、平凡な顔立ちの私には浮いてそうでさぁ……良いのかなぁ……。



「結婚おめでとう。二人の未来が幸福に満ち溢れている事を祈っている」


「わたくしも、心から二人の幸せを祈っているわ」


「ありがとうございます。クラヴィス様、トウカ様」



 先ほどよりも強烈に感じる周囲の視線はなるべく気にせず、披露宴の主役であるシドとルーエの元へ向かい、改めてクラヴィスさんと二人で祝いの言葉を贈る。

 ルーエの着ている朱色の生地に白金色の飾りが映えるドレスはとても華やかで、ウエディングドレス同様、会場の視線を集める事だろう。

 ちなみにこのドレス、色はルーエの希望です。無意識みたいだったから何も言わなかったけど、アンナとフレンの髪色なんだよねぇ。今も気付いてなさそうだなぁ。



「結婚おめでとうございます! とっても素敵でした!」


「ありがとうフレン。アンナも、参加してくれてありがとう」


「……貴女のお祝いだもの。本当におめでとう」


「ありがとう」



 私達の挨拶の後に続き、フレンが失礼にならない程度に踏み出し、アンナが寄り添い、ルーエが勢いの良さに微笑む。

 式前に会いに行った控室では侯爵家の使用人が居たし、何より私の侍女として控えていたからなぁ。

 正式にルーエの友人として招待されたとあって、普段通りのいつもの三人の雰囲気に、ノゲイラの雰囲気を感じて少し緊張が和らいでいく。


 できればずっとここに居たいぐらいだが、二人の披露宴とあって、参加者は皆二人と挨拶しなければならない。

 あまり長居していると披露宴もその分伸びてしまうため、差しさわりのない程度で切り上げ二人の傍を離れる。

 そうして私達と入れ替わるようにすぐさま別の貴族が挨拶をしに行く横で、マシェウス侯爵が夫人を連れて現れた。



「ユーティカ公爵、トウカお嬢様もよくお越しくださいました」


「これはマシェウス侯爵。本日はとても素晴らしい式でした。招待して頂き感謝しております」


「いえいえ、感謝するのはこちらです。

 あれほど美しい衣装を用意して頂いて、我が娘ながら羨ましいと皆で話しておりましたよ」



 マシェウス侯爵の挨拶に、クラヴィスさんが庇うように前に出て言葉を交わす。

 ほんの僅かな変化だが、侯爵の傍で微動だにせず控えている夫人の姿にそれが意味する事が何か悟り、自分の表情が崩れないよう再度意識を傾ける。

 敵意が剥き出し、ではないんだけど、あまりにも綺麗な微笑みなのがむしろ怪しいです。感情を消しているのか機械みたいだもの。やだぁこわぁい。



「お嬢様にはまだ紹介できておりませんでしたな。こちら、私の妻のモイラです」



 侯爵に紹介され、メロリアの花を模った薄紅色のドレスで着飾った夫人が前に出る。

 慣れた様子で行われる礼と、付け入る隙など無い所作は長年社交界に出ているだけあってとても自然だ。



「モイラ・マシェウスと申します。以後お見知りおきを」


「ユーティカ公爵家、トウカ・ユーティカと申します。ルーエにはいつも助けられていて、とても感謝しております」


「まぁ……娘がお役に立てているようで何よりですわ」



 私が警戒してしまっているから余計にそう感じてしまうのだろうか。

 向けられる視線も言葉も、どこか探りを入れられているように感じ、変な緊張が襲い掛かってくる。

 相手は子供なんだから手加減してほしいもんです。すっごい帰りたくなっちゃうでしょ。


 粗探しでもされているのか、軽く言葉を交わしながら扇で軽く口元を隠した夫人の目がすっと細められる。

 一瞬、その視線が宝石の輝きに惹きつけられていたが、それも数秒にも満たない事で、ふと今気付いたように口を開いた。



「あらそのドレス、娘が着ていた物と同じ意匠ではありませんか?」


「えぇ、ノゲイラで最近できたばかりの技術を用いておりますの。私もルーエも気に入っていて、今回お揃いで仕立てたのです」


「それはそれは。色が変わる意匠にはとても驚きましたが、流石は今をときめくノゲイラ。素晴らしいですわ」


「ありがとうございます」



 例え私を好ましく思っていなくとも、新しいドレスには興味津々らしい。

 ノゲイラの宣伝をしつつ、ルーエとの仲良しアピールもしておく。

 その辺りはルーエも話してくれているだろうけど、花嫁衣裳と被せたんだとか誤解されても面倒だからなぁ。

 お揃いといっても色が違うし、デザインも違うから大丈夫だとは思うけど念のためだ。宣伝するつもりしかないです。それ以外の他意はありません。



「ではお二人共、どうぞごゆっくりお楽しみください」



 侯爵への挨拶待ちの人も増えて来ていると察したようで、会話の途切れに侯爵がそう別れを切り出す。

 どうにか無事に切り抜けられたようでほっとしかけたその時、侯爵夫人がにこやかに毒を吐いた。



「でも残念ね。トウカ様が楽しめそうな事となると……あちらにあるお菓子などかしら。

 ノゲイラのお菓子を良く知る貴女には少し物足りないかもしれませんが、我が屋敷の料理人が腕によりをかけて作った物です。たまには趣向の違った物も楽しんでみてはいかがかしら」


「お気遣いありがとうございます。わたくしなりに楽しませていただきますわ」



 侯爵夫人の言葉に横で侯爵が顔を引きつらせていたが、そっちまでフォローする気にはなれないので無視し、微笑みと言葉で流し去る。

 子供だから甘く見られてるだろうなぁとは思ってたけど、そう来るかぁ。

 表面上はにこやかに、けれど内面は冷え切っているやり取りに、貴族らしいやり取りだなぁとむしろ感心してしまう。


 言葉だけ見れば純粋な好意からの発言として受け取る事もできるが、侯爵夫人の態度は私を見下しているようにも取れる物だ。

 嫌味として受け取るなら『まだ幼すぎるためダンスを踊る事もお酒を楽しむ事もできないし、大人の会話にも入れないだろうからお菓子でも食べて大人しくしてろ』ってとこかなぁ。

 しかも軽く引きこもってる事に対しても言われてるのかこれ。祝いの席なんだからそういうの止めた方が良いと思いますよぉ。



 侯爵は私に対してもずっと友好的な態度だったし、一連の行動は夫人独断だろう。

 確か夫人は生粋の貴族のはずだから、出自がわからないのに自分より上の地位にある私が疎ましいのかもしれない。

 ルーエという繋がりがある侯爵夫人ですらこうだと、他の貴族達の私への評価が窺えるというものだ。嫌な予感しかしないや。

 ルーエ達からは離れてて聞こえてなさそうなのが幸いかな。後でアンナ達に口止めしとこう。お母さんが嫌味言ってたとか知りたくないでしょ。フレンは……気付いてなさそうだねぇ。その方が良いよ多分。

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