こちとら一般人なんです
丁度侯爵とのお話も終わっていたらしく、通路でクラヴィスさんと合流し、用意されていた控室でしばらく待つ事しばらく。
侯爵の使用人に案内され、クラヴィスさんにエスコートされて式が行われる礼拝堂に入ると、沢山の視線が向けられ顔が引き攣ってしまった。こっわ。
どうやら最後に案内されたらしく、既にすべての席が埋まっていて、どうにか表情を取り繕いクラヴィスさんに手を引かれて最前列へと歩いていく。
きっと二人の主だから最前列にしてくれたんだろうけど、そのせいで想像以上に注目されてしまうもんだから席に着く前に心臓が死にそうです。
なんで最後に案内されたの? 私大丈夫? 顔死んでない? 表情保ててる? 足震えてない?
式は座ってるだけだからまだ気楽だなんて思ってたお馬鹿はどこのどいつだ。私なんだわ。
「トウカ」
「あ……ありがとうございます、お父様」
あまりの注目度に完全に怯んでしまっていたが、クラヴィスさんが繋いでいる手に力を込めてくれて少しだけ落ち着く。
大丈夫、クラヴィスさんが傍にいるんだ。何かやらかしちゃってもどうにかなるよね、きっと。
そう信じてはいるけれど、そんな事にはならないようにすまし顔で着席すれば、右にはクラヴィスさんが、左にはカイルが座って壁になってくれた。た、助かるぅ……!
「しかし、随分参列者の多い事で……侯爵以下のほとんどの家の者が来ているのでは?」
「侯爵が言うに、夫人が相当張り切ったそうだが……確かに多いな」
「末の娘だから、というには少々張り切り過ぎのような気もしますね……やはり?」
「……まぁ、そうだろうよ」
隠れたと言っても向けられる関心が完全になくなったわけではない。
慣れている二人とは違い、緊張している今、無理に会話に参加してもボロを出してしまいかねない。
そのため頭上で交わされる会話は右から左に聞き流し、いつもの確認をしておこうと不自然にならない程度に周りを見渡した。
出入口は正面の他だと左右に一つずつ。スライト達は壁の方で控えていて、呼べば駆け寄れる距離にいてくれている。
いつの間にかウィルの姿が無いけれど、恐らく控室にいるか、ディーアやアースさんと一緒でどこかに隠れて護衛してくれているのか。
もうすっかり癖になってしまった避難経路の確認を済ませ、うるさい心臓を落ち着かせるべく深呼吸をしていると、後ろからこそこそと声が聞こえてきた。
「御覧になりました? あのドレス……」
「あんな生地、見たことありませんわ……一体どこの……」
背後だから見る事はできないけれど、タイミング的に私のドレスの事だろう。
宣伝できているようで嬉しいが、本命はこの後なので反応はせず、教会を彩る二つの星が降るステンドグラスを見上げる事に務める。
こちらに聞こえる声量で話している辺り、確信犯だろうなぁ。
普通こういった場ではそんな話をしないけれど、子供の私なら聞き出せるかもしれないと、気になってますアピールでもしているんだろうか。
でも残念、ドレスについて話すとしたら披露宴になります。時と場所はちゃんと考えないとねー。
その時、管楽器の静かな音色が響き、囁かれていた声が一斉に消える。
そして式の始まりを告げるソロの旋律が軽やかにワンフレーズ歌い上げ、低音の入りと共に礼拝堂の扉が重い音を立てて開いた。
一つ、一つと音が重なっていき、楽団による美しい祝福の演奏が奏でられる。
最後列の方から参列者達の声が小さく漏れ出たのが聞こえ、中央を進む人の気配と共に声が前列へと広がっていく。
そうして参列者の注目を一身に集めた二人は、あのガラスの花を手にゆっくりと司祭の前へと歩み出た。
「まぁ……!」
「すごい……」
周囲の様子は声でしか窺えないが、演奏に紛れて聞こえる声はどれも好感触といったところか。
製作に携わった身として周りの反応の良さに自然と頬が緩んでいく。
周りからの反応も良いし、何より二人が幸せそうに、嬉しそうに微笑み合っている。
私にできる最大限の贈り物は、二人の思い出に彩りを添える事ができたかなぁ。
滞りなく進んでいく式と二人の姿を記憶に焼き付けて、双星の神に誓いを立てた新たな夫婦に心からの祝福を贈った。
新郎新婦が退場し、演奏も終わり開放的な空気が流れだしたのもあるのだろう。
案内に促されて席を立ち、退出すべく礼拝堂の外へ進んでいく途中、色んな声が聞こえて来る。
「足をあんな風に出すなんて……」
「あら、あれぐらいなら私は良いと思いますわ」
「そうなのか? 時代も変わるものだな……」
「あんな風に色が変わる意匠なんて、初めて見たな」
「全てノゲイラの物なのでしょう? 流石だわ……」
「ねぇあの生地、輝いていませんでした?」
「貴女もそう思いました? 宝石かと思いましたが、生地自体が輝いていましたわよね?」
全て聞き取れたわけではないけれど、大体似たような感じだろうか。
いくらドレスに決まりが無いと言っても、女性が足を出すのははしたないと批判的な声がもっと出てくると思っていたが、案外受け入れられているようだ。
後半の方はうちのドレスを着てくれてるし、お得意様っぽいね。いつもありがとうございます。今後とも御贔屓にー。
目論見通りドレスへの注目は集まってるみたいだし、式としても宣伝としても大成功ですな。うへへ。
もっとドレスの反応に聞き耳を立てたい気持ちもあるが、この後は侯爵の屋敷での披露宴も控えている。
私の着替えもあるが、何よりアンナとフレンの準備をしなきゃだから早く領館に戻らないと。
時間が空いているといっても結構ギリギリの予定を組んじゃったからなぁ。パパンの事言えないや。
優雅ではありつつも急いで領館に戻り、残された時間は約二時間。
ノゲイラから一緒に来ていた数少ない侍女さん達にも総出で取り掛かってもらい、大急ぎで準備を進める。
元々着替えと髪型を変えるだけだった私はすぐに終わり、二人の様子を見に行けば、ウィルが黄緑のドレスを纏ったフレンに化粧を施しているところだった。
「ほい目線はこっちなー」
「うぅぅ……まだですか師匠……!」
「早くすっから我慢しろー」
鏡台の前でメイク道具を広げ、フレンの目元にアイライナーを走らせるウィル。
その筆先には迷いはなく、相変わらず美しい線を引いているようだ。器用だなぁ。
既にウィルのメイクを受け終えていたらしいアンナの方へと近付けば、アンナはレースで飾られた深い青のドレスを揺らし私を迎え入れてくれた。
「すっごい綺麗だよ、アンナ」
「ありがとうございますお嬢様……でも、なんだか悔しいです」
「いやぁ……まさかウィルが一番メイク上手になるとは思ってなかったよねぇ」
今は完全身内だけだしと、淑女の面は脱ぎ捨ててアンナに話しかけると、アンナは複雑そうな表情で頷く。
普段から釣り目がちではっきりとしているけれど、メイクによって更に華やかになったアンナの青の瞳はウィル達に向けられていて、それ以上は何も言えず苦笑いを浮かべるしかなかった。
男性でもする人はするけれど、この世界でも化粧は主に女性がするものとして広まっている。
といってもアイライナーやアイシャドウ等、アイメイク用品はほとんど無く、最近ノゲイラから売り出したばかりだ。
フレンとアンナも頑張ってたんだけどね。やっぱり目元のメイクは慣れない上に難しいらしいく、苦手なところはウィルがカバーする事になったというわけだ。
何回か見たけどアイラインが太かったりガタガタだったり、お世辞にも上手とは言えなかったからなぁ。流石にそれで披露宴に出てもらうのは、ネ。
「変装とか色々と使えますからねぇ。今じゃすっかり必須技能っすよ」
私達の声が聞こえていたのか、フレンのメイクを終えたウィルが苦笑いしながら肩をすくめる。
ノゲイラのメイク用品は女性陣からだけでなく、ウィル達影の人達からも大好評だ。
なんでも今言っていた通り、持ち運びしやすくメイク落としですぐに落とせるとなると変装にとても便利なんだそう。
そういった需要は想定外だったけど、貴重な意見ももらえるので助かってます。
変装に使うとあって、整形メイクとか顔を変えるメイク技術を話してみたらすごく食いつかれたりもしたなぁ。
元の世界じゃ普通のメイクしかしなかったからあんまり詳しくないんだけど、それでも良い刺激にはなったそうで、影の人達の中で日夜特訓と研究がされているらしい。
いっその事特殊メイクにも手を出してみようか、なんて思ったり。やるとしたらもう少し余裕が出来てからだけどねぇ。
さて、これで二人の準備も終わったし、後は侯爵の屋敷に向かうだけか。
時計を見れば時間もいい具合で、無事に間に合った事にホッとしつつ、早速クラヴィスさんのところへ行こうとすると、部屋にノックの音が響く。
もしかして、と思ったらやっぱり部屋に来たのはクラヴィスさん達で、部屋の様子を見て小さく頷いた。
「二人の支度は終わったようだな」
「いつでも行けますよ」
「……後は君か」
仮面を被り直そうとした時、呟くように告げられた言葉に首を傾げる。
後はって、支度は全部済んでいるのに何を言っているんだろうか。
何か変なところでもあるのかと自分の姿を見下ろすが、特におかしい所なんて無くて、更に首を傾げている私にクラヴィスさんは一つの箱を差し出した。
「これを」
「……へ?」
金の装飾が施された銀の箱に瞬きを繰り返す。
明らかに高価な物が収まっていそうな箱に呆然としていたけれど、そんな私に構わずクラヴィスさんは銀の箱を開く。
「……宝石、ですか?」
透き通った青みがかった緑が光を反射して複雑に輝く。
角度によって深みの変わる色彩はどこか神秘的で、見る人の目を惹きつけてやまないだろう、そんな宝石を使った首飾り。
柔らかなクッションに収められたそれが、自分に差し出されている意味なんて考えなくてもわかる事で。
理解しても信じられず、思考停止しかけたままクラヴィスさんを見上げれば、困ったように微笑まれた。
「後ろを向きなさい」
「え、あ、はい……!」
箱をカイルに預け、中身を取り出したクラヴィスさんにそう言われ、反射的に頷き後ろを向く。
すぐに首元に宝石が添えられ、後ろで慣れ親しんだ手が動き、カチリと金属の触れ合う音が耳に届く。
動いていた手が止まって離れていくと、首にそれなりの重さがかかり、胸元であの神秘的な輝きが揺れ動いた。
「指輪はしていないのか?」
「ふ、服の中に下げてますけど……あの、これって」
「耳飾りはまだ幼い体には負担が大きいかと思い首飾りにしたんだが、どうだ?」
どうだ、と聞かれても、この宝石ってあれだよね? 採掘量が少なく希少って言われてるルコルディアだよね?
研磨技術とか開発する際に、この世界の宝石も多少勉強したからわかる。これ、ものすごぉくお高いやつだ。
首にかかる重たさに目線を下げれば、すぐに透き通る輝きが目に入ってきて、思わずひぇぇと小さな悲鳴がこぼれ出る。
だ、誰か助けて。無理。こんな高い物身に着けてるとか、怖くて無理。傷つけちゃったらどうしようってなる質なんです。無理。
「こ、こんなのどうしたんですか……!? なんで私に……!?」
「君は……いや、社交界に出るなら宝石の一つは身に着けておいた方が良いだろう?
これぐらい買える財力があるのは君もわかっていると思うが」
最初に言いかけた言葉は呑み込んで、そう語るクラヴィスさん。
いや、まぁ、わかっているけども。色々携わっているから色々把握してるけども。
だからっていきなり宝石を贈られても驚かないとはならないんですよ。
権威を示すためだとか、舐められないためだとか、理由は様々あるんだろうけれど、幼い子供にこんな希少な宝石の首飾りってやり過ぎじゃなかろうか。
慌てて周りに助けを求めるが、誰一人止めようとはせず、むしろ納得した様子で頷いている。良いのかこれ……そっかぁ……貴族って大変だなぁ……。




