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もう一つの贈り物

 手入れの行き届いた通路を進みながら、令嬢の装いは忘れずに周りを見る。

 流石は千年以上の歴史がある教会。素人が見てわかるような歴史的価値のある調度品があちこちにあって、歩くのも怖いです。

 防護魔法をしてあるだろうし、仕切りをされているためその気が無い限り近寄らないだろうが、万が一壊れたりしたらと思うと無駄に緊張してしまう。

 というか普通に花を飾ってあるんだけど、ここの人達アレを平気で使ってるの? 正気か?


 売ったらいくらになるのかなぁ。うちにあんなのあったら仕舞って欲しいって泣きつかれそうだなぁ。

 なんて、令嬢らしからぬ事を考えても顔には出さず、粛々と案内の人に付いて行く事少し。

 先に連絡を入れていたのもあってか、マシェウス侯爵家の使用人達が行き交う中を引き止められる事も無く通っていき、とある一室へと辿り着く。



 恐らくアステラ教独自の紋様だろう。

 長い年月を感じさせる木材で出来た扉には、神話の一幕を描いているようで、二つの星が降る光景を細部に至るまで細やかな模様が施されている。

 施されている魔法か何かの効果か、不思議と温かみを感じさせる扉が開かれると、真っ先に目に入ったのは美しい花嫁の姿だった。



「──お嬢様!」



 薄い青の花々を咲かせた深緑の髪を揺らして立ち上がった花嫁が、満面の笑みを浮かべて一歩踏み出す。

 少し動くだけでも光沢を放つ銀花で出来たドレスは、レースの花が首から胸元を覆い、腰には宝石を用いた大きな花が咲いている。

 その少し下からはスリットが入っていて、ふんだんに使われたフリルからすらりとした脚が覗き、パールを使ったローヒールが足先を飾り立てていて、スタイルの良さを強調しているかのようだ。

 ノゲイラ最新の技術であるグラデーションが用いられたソフトマーメイドラインは、裾に近付くにつれ広がり、白から青へと色を深くしていき、見る人に華やかな印象を与える事だろう。



「……綺麗」



 デザイン選びも、素材選びも、全て手伝ったし関わって来た。

 試着だって何度か見ていたのに、本当に、心から思った言葉が零れ出る。



「わざわざお越しくださりありがとうございます」



 今にも駆け寄りそうなルーエに手を差し出し、一緒に並んで立つシドが胸に手を当て頭を下げる。

 花嫁と合わせた白と青を基調とした衣装に身を包んだ花婿の手首には、青の花を模したカフスが咲いていて。

 あぁ、ディーアも喜んでいるだろうなぁと、自然と緩み過ぎてしまいそうになる頬に力を入れた。



「……他でもない二人の結婚式だもの。改めて、結婚おめでとう」



 ちょっと怪しい所があったけれど、ルーエからはお目こぼしをもらえたらしい。

 意味ありげな視線を淑女の微笑みで躱し、改めて二人の様子を見る。


 ルーエに付いてもらった侍女さん達に一生懸命メイクの練習してもらった甲斐があったようだ。

 丁寧に施された化粧によって元から綺麗だったルーエが更に綺麗になっているし、シドも目立たない程度にしているのか顔色がいつもより明るく見える。

 うーんこれはまさに最高傑作。準備をしていた侯爵家の侍女さんもちょくちょく見惚れてるし、話題沸騰待ったなしですな。



「主はご一緒ではないのですか?」


「侯爵とお話があるそうよ。スライトが付いているわ」


「そうでしたか」



 ルーエ達とにこやかに微笑み合いながら情報を共有していたところで、ふと同行してもらったノゲイラの職人と目が合う。

 職人さんとしては大満足のようで、心底満足そうな笑みを見せられ、表情を崩さず僅かに頷き返しておいた。


 いつもなら思いっきり頷いたり何かしら反応を示すところだが、今は侯爵家の人が大勢いるからねぇ。

 いつもと違う反応に不思議がっている職人さんには、隣で事情を察してくれたらしい侍女さんが後でフォローを入れてくれると信じておこう。

 ちらりと侍女さんとアイコンタクトだけしておいて、私はフレンに持っていてもらった箱を手にする。



「さ、これを受け取って」


「お嬢様、これは……?」


「ディーアからのお祝いよ、開けてみて」



 保護魔法の掛かった箱に銀のリボンで封をしているそれは、子供の私でも持てるほど軽い物だ。

 これに関しては全く伝えていなかったから、寝耳に水といったところか。

 顔を見合わせる二人に対して送り主の名前を出せば、シドが驚きに目を丸くしながら受け取った。


 封が解かれ、開かれた箱の中身がルーエによって取り出される。

 カシャリ、と硬い物が擦れるようなか細い音と共に露わになったのは、ガラスのような花束だった。



「これは……」



 驚きすぎて二の句が継げないのか、箱から取り出された花束から目を離さず呆然と呟くシド。

 二人が使う花の飾りと同じ青い花に、白や薄紫といった淡い色が寄り添い支える花束は、その瞳にどう映っているのだろうか。

 中央には抜いて欲しいとばかりに主張する小さな花束が咲いていて、揺れる度にキラキラと煌めいていて。

 変質しながらも咲き誇る花の出所に気付いたルーエがパッとこちらへ向いた。



「お嬢様、この花は……!」


「参列できない代わりにこれを、と預かって来たの」



 どこか焦りすら感じさせるルーエの様子に、これ以上追求させないよう花束に込められた想いを伝える。

 ルーエが焦っているのは、花束に使われている花が軒並み希少な花だからだろう。

 やっぱり普段私の傍にいるからわかっちゃうんだろうねぇ。詳しい人じゃなきゃ気付かないだろうし、うちじゃ結構ある物だからそんな焦らなくて良いよー。

 なんて、伝わるわけも無いだろうけれど、微笑みを崩さず花束に視線を戻した。



 以前ディーアに頼まれ手配した薬草から作ったポーションは、植物をガラスのように変質させる物だったそうだ。

 私の庭園に咲く花の中からディーアが一つ一つ真剣に選び抜き、そのポーションによって加工された花束は、生花には無い輝きと鮮やかさを保っている。

 強度はそれほど無く、強い衝撃を与えると割れてしまうそうだが、保護魔法のおかげで今のところ欠片一つ落ちていないだろう。

 無事に届けられた事にホッとしながら、言葉も出せず花束に見入っている二人へ、最後の仕上げをしてもらうべく声を掛けた。



「ルーエ、中心の花を」


「──わかりました」



 必要以上の言葉は無粋かと思い、最低限の言葉で花束の意図を告げる。

 伝わるか少し不安だったけれど、察しの良い私の侍女には伝わったらしい。

 壊さないように、崩さないように、レースのウエディンググローブに覆われた手が中央の小さな花束を引き抜く。

 小さな花束には花に紛れるように留め具が付いていて、ルーエは迷う事無くシドの胸元へと飾り付けた。



「……良き友人を持たれましたね」


「……本当に」



 そう微笑み合う二人は、ある日突然結婚を決めたとは思えないほど仲睦まじく見えて、少し揺らぎかけた表情をどうにか保ち続ける。

 いやぁ……今日この日のために奔走してきたけれど、二人が結婚する事に頭が追い付いて無かったのかもしれない。今ものすごく衝撃を受けてる。

 本当にこの二人結婚するんだぁ……わかってたはずなのに実感が今更来ちゃって。どうしよう、ちょっと泣きそう。


 涙一つぐらいなら淑女らしく振舞えるけれど、多分これ、一つでも流したら涙腺崩壊するやつだわ。

 新郎新婦の控室とはいえ人前でボロ泣きするわけにはいかないし、お化粧だって崩れてしまう。

 瞬きを繰り返し必死に涙を誤魔化そうとするが、溢れてくる涙が徐々に視界を揺らしていく。やっべぇマジでピンチだわ!?



 内心大慌てしながらも、せめてもの抵抗をとハンカチで涙を拭っていたら、色々察してくれたらしい。

 涙腺が完全に崩壊してしまう前に、シドから助け船が出された。



「ノゲイラに戻ったら、二人でお礼を言わないといけませんね」


「……えぇ、そうしてあげて」



 その言葉と同時に、背後へ合図を出してくれたのか。

 抑えきれず僅かに震える声で答えた私に、後ろで控えていたカイルが近付きそっと耳打ちをする。



「お嬢様、退出を切り出してください」



 恐らく周りには私の判断ではなく、付き添いから言われての行動と見せるためだろう。

 身長の低い私の耳元へわざわざ跪いて伝えてくれたカイルに小さく頷く。

 少し耐えれば後はどうとでもなる。二人からの助け舟に全力で乗るべく、腹部に力を入れて淑女の顔を被り直した。



「それじゃあ、そろそろお暇させてもらうわね」


「はい、お嬢様……くれぐれも」


「大丈夫よ。二人は自分達の事を優先しなさい」



 傍に居られない分、余計に心配なんだろうけれど、本日の主役が自分の事以外に気を逸らすのはよろしくない。

 きっとクラヴィスさんもそういうだろうと、貴族令嬢を装ったまま、主として命じる。

 そうして無事に顔を崩壊させることも無く切り抜けた私達は、クラヴィスさんと合流すべく、使用人さんの案内の元、来た道を戻って行ったのだった。式本番に泣かないよう気分転換して来ますねー。

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