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騎士の里帰り

 丘から馬車で揺られること数十分、放牧されている牛や羊達がのんびりとしている横を通っていく。

 スライトは今、何を想っているのだろう。

 窓に身を寄せ、先頭にいるスライトを覗き見るが、後ろ姿からは何もわからないまま、馬車はゆっくりとスピードを緩めていった。



「あっ、スライトさんだー!」


「ホントだ! みんなー! スライトさんが来たよー! お客さまもいっしょだよー!」


「町長さん呼んで来ようぜ!」


「俺も行くー!」



 多分、今の私とそう変わらない年頃だろうか。

 町の入り口で馬車を降りる直前、様子を見に来ていたらしい子供達がスライトを見てはしゃぎだす。

 男の子が数人、客人が来た事を周りに知らせながら町の奥へ走って行き、しばらくすると男の子達に連れられて初老の男性が大急ぎで走って来る。

 どこも集団の長って走らされる物なのかなぁと、どこか既視感のある光景に乾いた笑いを零していると、男性はスライトを見て笑みを浮かべかけた後、クラヴィスさんに気付いてあわあわとし始めた。



「み、みんな落ち着きなさい!

 えぇと、クラヴィス様、御見苦しい所をお見せしまして……! えぇ、その、良くフォートへお越しくださいました!

 ささ、どうぞこちらへ! 急ぎ準備をして参りますので……!」


「いや、王都に行く途中寄らせてもらっただけだ。楽にしていてくれ」



 町の出身者が帰って来たと思ったら偉い人も来たんだもんね。それなのに子供達が大はしゃぎしてるもんね。そりゃ驚くし焦るわ。

 ぜぇはぁと息を切らせながらも、どうにか立ち振る舞おうとしている町長を落ち着かせようとゆっくり話しかけるクラヴィスさん。

 その横で、子供達が町長の心配を知ったことかとばかりにスライトへと駆け寄った。あーあ、町長さん顔真っ青になっちゃった。



「「スライトさーん!」」


「「こんにちはー!」」



 心から嬉しそうな満面の笑みを向けてスライトへ挨拶をする子供達。

 その内の数人はスライトの脚へとしがみ付いていて、スライトは穏やかな表情を浮かべてその場にしゃがみ込み、両手で子供達の頭を優しく撫でた。



「元気そうで良かった。ちゃんと食べているか?」


「うん! だいじょーぶ! 好き嫌いもしてないよ!」


「そうか、それは偉いな」


「あのねあのね! 学校でね、文字習ったの! だから今度、お手紙書いてみても良い?」


「あぁ、構わない。書けたら村長に預けてくれ。時間は掛かるが必ず返す」


「わーい!」



 何か深い事情がありそうで心配していたが、町の人達との仲は良好らしい。

 普段ノゲイラ軍団長として厳しく兵士達を鍛えているスライトからは想像もつかない光景に驚きはしたが、子供達の明るい表情にこちらも顔が緩んでいく。



「すっごい好かれてるねぇ」


「すっごい好かれてますねぇ」



 ホント、こんなにわかりやすく好かれているなんて思ってもみなかった。

 騎士だから子供達の憧れとか、そういった感じだろうか。

 フレンと二人で頷き合いつつ内心抱いた疑問に、アンナがそっと答えてくれた。



「私も人伝いに聞いただけですが……彼、給与のほとんどをこの町に送っているそうです。

 ここには家族の墓があるため、その管理をお願いしているとか」


「そうだったんだ……」



 そういえば城にあるスライトの部屋も一度見た事あるけれど、私物らしい私物はなく、必要最低限の家具しかなかったっけ。

 それに休みに何をしているとか何を買ったとか、あまり聞いたこと無かったなぁ。

 普段何をしているんだろうと思っていたが、自分に使わず故郷に仕送りしていたのか。


 だが、軍のトップとして結構な給料を出しているはずなのだが、そのほとんどがお墓の管理に消えるのだろうか。

 給料をどう使おうと本人の自由だが、この町へ送られたお金の行き先にちょっと心配になっていると、近くに居たおばあさんが溜息を吐いた。



「……ワシらは良いって言ってるんだけどねぇ」



 私達の話を聞いていたんだろう。

 眉を下げ、申し訳なさそうにしているおばあさんに、どういうことかとフレンと顔を見合わせ首を傾げていると、おばあさんははしゃぐ子供達の相手をするスライトへ視線を向ける。



「あの子が必死に働いて稼いだ大事なお金をさ、わざわざここに送らなくたって墓の管理ぐらいするさ。

 誰もが行きつく先なんだ。眠るのが誰であろうとみんなで大事にするとも。

 ましてやあの子の家族にはみんな世話になったんだから……それなのに、あの子は子供の頃世話になったからって、何度言っても送ってくるんだよ」


「でもねぇ、有り難いのも事実でねぇ……。

 あの子が送ってくれたお金は、この町の経営や子供達に使わせてもらっているんだ。

 スライトのおかげで子供達を学校に通わせてあげられて、最近じゃお医者様も居てくださるようになった。すっかり賑やかになったもんだよ」



 私達が知らない事情を語ってくれたおばあさんの隣で、もう一人のおばあさんがしみじみと呟く。

 どうやらスライトはノゲイラだけでなく、遠く離れたこの町も守っていたようだ。

 それなりに関わって来たのに何も知らなかったなぁと、子供達と戯れるスライトを見つめた。




 そうこうしている間にも、町長と話していたクラヴィスさんが戻って来た。

 どうやらここでも仕事をするつもりらしい。

 町長を後ろに連れ、クラヴィスさんはノゲイラ一行の前に立つ。



「私は結界の様子を見て来る。

 一時間後には出発する。それまで各自自由にしていてくれ」



 自由にして良いと許可が出たのは良いが、ここはあまり知らない小さな町だ。

 カイルも連れてクラヴィスさんが町の奥へと向かっていくのを見送り、残された皆でどうしたもんかと顔を見合わせる。



「自由行動なぁ……どうする?」


「とりあえず交代で休憩でもすっか?」


「どうしましょう、お嬢様」


「まぁ交代で休憩、で良いと思うよ。一時間だし、二班に分かれて三十分交代って事で、どう?」



 一時間という微妙な自由時間に、予定に無かった突発的な寄り道なのもあるだろう。

 明らか判断に困っている騎士達に聞かれ、とりあえず妥当な提案をしておく。


 私なら牧場や畑を見せてもらえたら時間が足りないぐらいだけど、彼等にとっては暇でしかないだろうしなー。

 通りには商店が幾つか並んでいるようだし、そこを見てもらうぐらいしか思いつかないです。

 皆もここに来た目的が王都へ着く時間の調整だと知っているのだろう。

 特に反対も無く頷かれ、すんなり二班に分かれていく中で、子供達にじゃれつかれたままスライトが通りの奥を指さす。



「あちらに客人向けの店が並んでいる。この時間なら王都の商人も来ているはずだ」



 その言葉に一番に反応したのは、スライトにじゃれついていた子供達だった。



「わたし達が案内しまーす!」


「みんなこっちこっち! スライトさんのお客さまだよー!」



 はいはーいと元気良く手を上げ、声を上げた子供達に、町の人達がおもむろに近付いてくる。

 老若男女様々な人達は、皆それぞれ笑顔を浮かべていて、歓迎してくれているのが見て取れた。



「スライトのお客様とくれば、精一杯おもてなししないとねぇ」


「よろしければどうぞ、うちの果樹園で採れたリンゴです。最近色んな品種が増えまして、食べ比べもできますよ!」



 近くの商店から大きな籠を抱えたお姉さんが、つやつやと輝くリンゴを差し出してくる。

 そういえばノゲイラで品種改良した種をここにも提供してるんだっけ。

 王都経由で報告は聞いているけれど、土地によってどんな風に育つか実際に見てみたかったし、食べ比べもさせてもらおうかな。

 そう思い、お姉さんの方へ近付こうとしたが、スライトに呼び止められた。



「お嬢」


「ん、なぁに?」


「……一緒に、来てくれないだろうか」



 先ほどまでの明るい空気はどこへ行ったのか。

 子供達から離れ、どこか神妙な面持ちで私に跪き、僅かに震えた声で願うスライト。

 これは大事な話があるんだろうなぁと思いつつ、少しでも緊張を解せるよう普段と変わらない表情ですぐ頷いてみせた。

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