おでかけ日和
翌朝にはシルバーさんは居なくなっていて、シドとルーエもその一週間後ノゲイラを出発した。
急に式の日取りが決まったり、色々とアクシデントはあったものの、無事にシド達を送り出せた事にホッとしたのも束の間、次は私達の番である。
とっても、第一陣と違って私達は多少時間があり、自分達の荷物を持っていくだけなのでそこまで準備に苦もなく。
シド達が出発して三週間後、崩壊という心配はあるものの私達も何事もなくノゲイラを後にした。
クラヴィスさんに聞かされた予定によると、式前日の夕方以降に王都に到着し、翌日昼から行われる式に参列。
その後夕方からの披露宴に参加。翌日はハレの儀と帰路の準備を進め、来客者が来た場合は会わずに過ごす。
そして翌朝異世界の英雄を祀る大聖堂でハレの儀を行い、昼には出発するつもりらしい。見事に七十二時間以内ですネ。
改めて予定を確認すると、その忙しさに遠い目になってしまうのも仕方ないと思う。
私が普通の子供じゃなくて良かったね。普通の子供ならあまりの過密さに泣いてたぞ。
フレンとアンナもあまりの強行軍具合に言葉を失ってたし、同行する騎士達も顔を引き攣らせていたぐらいだ。
できなくはないけどかなり無理しないとヤバそうだなぁと思います。馬車の開発してて良かったぁ。
以前王都へ行った時の反省点を活かし、改善に改善を重ねた馬車は、ノゲイラ秘蔵の逸品となっている。
乗車時の負荷を計算した数値を元に乗客の負担を減らせるよう一から設計した内装、軽量と耐久を両立した外装。
更に空調や常時揺れを軽減する魔法を施し、防犯など安全面にも力を入れ、座席を広げる事もできるため車中泊も可能だ。めちゃくちゃ頑張った。
住めるほどではないが数日過ごすぐらいなら問題無く行えるこの馬車は、ノゲイラの中で一番馬車に乗っているだろうクラヴィスさんもお気に入りのようだし、恐らくこの世界でトップクラスの車両だろう。
噂じゃ王家の馬車にも似たような機能が付いた物が最近導入されたらしく、型落ちでも良いから高性能の馬車が欲しいと金持ちの人達が躍起になっているとかなんとか。大変だねぇ。
「いやぁ……晴れとるのぉ……」
「そうだねぇ……」
ノゲイラ以外でも徐々に道の整備が進められているらしく、走りやすくなった街道のおかげか、予定より早く着いた最後の休憩地点である王都が見える小高い丘でアースさんと二人空を見上げる。
晴れ渡った空に雨の前兆らしき変化は見当たらず、西側も、視界に映る限り雨雲らしい雲は見当たらない。
まだ正確な天気予報は難しく、自然現象等から予測する観天望気でしか天気を予測できないけれど、この様子なら明日の式も晴れているだろう。
夏が終わりに近付き過ごしやすくなってきたのもあってか、今のところ体調不良等も報告されていない。
このままだと昼には王都に着きそうだなぁと思いつつ、皆が思い思いに休憩しているのを横目にクラヴィスさんへと近寄れば、クラヴィスさんも同じ事を考えていたようだ。
さくさくと足音を立てて近付く私に視線は向けず、隣に立ったところでいつものようにぽんぽんと頭を撫でた。
「このままだと日が落ちる前に着きそうだな」
少し遠くに見える王都へ視線を向けたまま呟かれた苦い声に首を傾げる。
ぎゅうぎゅう詰めな予定を立てているし、どう工夫したって移動だけでも疲労が溜まる物だ。
今のように適度に休憩を挟んではいるけれど、皆、心の中では早く王都に着いてゆっくり休みたいと思っているだろう。
天気だって大丈夫そうといっても急変する可能性はあるのだから、王都に早く着くのはむしろ良い事のはずだが、クラヴィスさんからするとそういうわけでも無いらしい。
頭に乗るクラヴィスさんの手に自分の手を重ね、腕の中に潜り込むように覗き込めば、漆黒がこちらへ向けられる。
「何かまずい事でも?」
「あまり早く着くと、張り切ってしまう者もいるだろうよ」
誰かへ向けた呆れを少しだけ露わにし、肩をすくめるクラヴィスさん。
なるほど、私達の到着を聞いてお近付きになりたい人達が会いに来るって事か。
疲れてるところに面倒なお客様はやだなぁと、思わず同じような顔をしていると、クラヴィスさんは私の頬を弄びながら少し後ろを振り返った。ちょっとパパン?
「スライト、どうしたい」
ふにふにと頬を弄られまともに喋れない私を他所に、傍に控えていたスライトへ問いかける。
どうもこうも、行程を決めるのはクラヴィスさんだろうに、どうしてスライトに聞くのだろうか。
というかあの、ほっぺた弄るの止めてもらえます? 子供特有の柔らかさが癖になったのか? 痛くないけど止めれ?
「まさか……このために?」
「さてな。式に間に合うよう組んではいたが、それだけだ」
暴れてやろうかと思ったが、なんだかそんな空気では無さそうだ。
妙な空気にきょとんとしている間にも頬を弄る手が止まり、アースさんと顔を見合わせつつ黙って成り行きを見守る。
僅かに俯き影を作る銀の髪のその奥で、金の瞳が躊躇いに揺れて、揺れて。
「……では、構いませんか」
どこか悲し気に願ったスライトに、クラヴィスさんはすぐさま頷く。
それと同時、気配もなくカイルが現れて頭を下げた。
「カイル、休憩後フォートへ向かう。皆に伝えろ」
「御意」
そういえばシドの代わりをカイルが務めているんだったっか。
出された指示を迷わず受けたカイルが広場の方へと姿を消す。
筆頭家令の仕事だけでなく、従者の仕事までそつなくこなせる辺り、改めてカイルの有能さがわかるという物だ。
ねぇ知ってる? ノゲイラの従者って気配消せないとダメなんだよ。最近フレンもできるようになってて私は怖いです。
明らかに普通じゃない気がするが、異世界なのでそれが普通なのかもしれない従者事情はさておき。
聞き覚えのある名前に王都周辺の地図を思い描き、この丘から近い町の名前を順に思い出していく。
「フォートって……少し外れたとこにある町だっけ」
確か王都から近いけれど、寄り道でもしない限り通らない場所にある小さな町だったはず。
街道から脇道に入るため、王都の周辺にあるものの人の出入りはそこまで多くなく、放牧による畜産業を主とするのどかな町だと聞いている。
特にこれといった特産品などは無く、時間があるといってもわざわざ寄る必要は無い。
だから多分、スライトと何か関係があるんだろう。
先ほどのやり取りで薄っすら察してはいるけれど、聞いても良いのかわからず、そっとスライトを見る。
私の視線を感じたのか、顔を逸らして王都とは別の方向を見たスライトがぽつりと呟いた。
「……俺の、故郷だ」
故郷──そう呼ぶにしては酷く苦しげな声色に瞬きを繰り返す。
何か事情があるらしい。スライトはそれ以上何も言わず、ただ晴れ渡った空を見つめていた。




