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託し、託され

 シドとルーエの準備がほとんど終わり、私の準備も目途が立った頃。

 第一陣の出発が近付く中、ディーア伝いにシルバーさんから呼び出しが来た。

 何でも用事があるそうだが、一体何の用だろね? ディーアも内容までは教えられなかったみたいだし、内密な感じだろうか。


 できれば今日中にって話だったので、ディーアに連れてきてもらって、アースさんも一緒に夜の魔導士学校に来ている。

 ノゲイラが安全といっても夜に出かけるのは避けたかったが、呼び出しを聞いたのは夕方で、仕事も色々あり会いに行ける時間が夜しか無かったんだよねぇ。



 一応経歴があれなので、シルバーさんはあくまでも外部の人間という扱いになっている。

 そのため城に作業や報告に来ることはあっても、シルバーさんの部屋は城には無い。

 聞いた話では城の近くに一軒家があるそうだが、そちらはあまり使っておらず、魔導士学校の部屋を私物化しているらしい。

 ほとんど魔導士学校で仕事してもらってるけども。城と距離そんなに離れてないけども。校長だからって色々やってんなぁ。構わんけど。



「ほーん、クラヴィスとはまた違った面白い魔法を施しておるのぉ」



 警備とかの魔法はシルバーさんが主導でしたんだったか。

 ふわふわと私の肩から飛び上がり、校舎を見に行こうとするアースさんの尻尾を掴む。

 一応私の護衛って事で来てもらっているんだ。ディーアが居るからって離れないでもらいたい。



「これって校長室に行けば良いのかな?」



 掴まれていても構わず校舎に目を凝らすアースさんを無視し、背筋震える怪談なんてなさそうな、それでいて眩しすぎない明るさを保った校舎を見上げる。

 夜の学校とあって多少ワクワクしていたのだが、警備関係で明かりを増やしてたからなぁ。

 報告では聞いていたが、実際に見ると随分明るくて、ちょっとだけがっかりしちゃった。



『話は通っているはずですから、門番の方に聞いてみましょう』


「そうだね……あ、門番さんこんばんはー!」



 ディーアに促されて門の方を見れば、丁度門番の人が顔を出したところだったようだ。

 目が合ったので子供らしく大きく手を振ってアピールすると、門番さんが顔を強張らせていく。

 あれ、と思った時には門番さんは警報機へと手を伸ばしていた。あれぇ!?



「待って!? 私トウカ・ユーティカです! 領主の娘の!」


「それならなおさらです!?」


「ちょ、アースさんあの人止めて!?」


「まったく人使いが荒いのぉ」


「魔物!? う、わぁああ!?」



 いくら黒髪だったり龍を連れてたりしても、夜中に幼い子供と顔を隠した大人となると警戒されてしまったのか。

 危うく警報を鳴らされてしまうところだったが、慌ててアースさんをけしかけ事なきを得た。あっぶねー。






「いやぁすみません、何かあったらすぐに鳴らせって決まりでして」


「正しい行動だと思いますよぅ」


「ワシが居るんじゃから察して欲しかったがのー」


「それは、ホントにすみません……急な事で頭が真っ白になってしまって……」


「そりゃあ仕方ない」



 申し訳なさそうに謝る門番さんに案内され、魔導士学校の中を歩く。

 まだ警報機を導入できて日が浅いのに、鳴らそうとしていたのは日頃の訓練の成果だろう。

 私が怯える様子もなく平然としていたから少し迷ってしまったそうだし、その迷いで助かったのでそれ以上は何も言わずにこーっと微笑んでおいた。


 アレ、鳴らしたら警備隊に緊急連絡が入るし、学校とか要所に設置してるのは連動して結界魔法が発動するようになってるんだよネ。

 もし鳴らされてたらと思うとぞっとする。絶対始末書書かされる奴じゃん。お説教もあるだろうし。

 クラヴィスさんはディーアとアースさんが居るなら許してくれるけど、カイルはもっと人を連れていけって言うんだ。やだやだノゲイラでぐらい身軽に動きたい。



 内心駄々をこねていたのが余計に子供らしく見えたのだろう。

 緊張しつつもどこか微笑まし気に見て来ていた門番さんが、ある一室の前で立ち止まる。

 中で何かしているのか、ガサゴソと外にまで物音が聞こえてくるけれど、門番さんはお構いなしにすぅっと大きく息を吸い込み、手を振り挙げた。



「シルバーせんせぇ! お客様ですよぉ!」


「へいへーい」


「……声遠くない?」


「いつもこんな感じでして」



 ゴンゴンと叩き割りそうなほど大きなノック音と、少々煩く感じるぐらいの声量で呼ばれても、返って来た声はうっすらとしか聞こえない。

 いつもの事らしいがそれってどうなんだろうか。

 怪訝な顔をしている私に、門番さんは苦笑いしながら扉を開けてくれた。



「来たよー」


「おーちょっと待ってな、今手が離せねぇんだ」



 ガタゴトと音が鳴っている方へと声を掛ければ、物陰からシルバーさんの手だけが現れゆらゆら揺れる。

 まるで大がかりな模様替えでもしているかのようだ。

 色んな物で溢れた箱を抱えて隣の部屋へと運び込むシルバーさんを他所に、静かに部屋を出て行く門番さんを会釈して見送る。


 それにしても、何でこんな時間に片付けをなんてしているんだか。

 不思議に思いつつ周りを見渡すと、机に地図が広げられているのに気付く。

 少し角度的に見えにくいけれど、あれは王都付近の地図だろうか。

 近くには荷物もまとめてあり、箱をどさっと床へ下ろしたシルバーさんの方へと近寄った。



「もしかしてシルバーさんも行くの?」


「クラヴィスと相談した結果なァ」



 もしやと思い聞いてみれば、私の予想は当たっていたらしい。

 シルバーさんが隣の部屋を覗き込めば、明らかに整理など考えてないとばかりに物が乱雑に押し込まれていた。

 多分、留守の間この部屋に入れておこうって考えなんだろうけど、すっごいごちゃごちゃしてるなぁ……。

 っていうかあの箱に入ってるの全部魔道具じゃない? バランス崩したら終わりな置き方してない? 大丈夫?


 できるだけ整理整頓を心掛けている身としてはすごく片付けたくなる光景だけど、シルバーさんは気にしない質なんだろう。

 私を下がらせ扉を閉めた後、鍵をかけて魔法陣も施したシルバーさんはふぅと一息吐き、私を見下ろす。



「この国で崩壊が起きたら一番被害が大きいのはどこだと思う?」



 突然問われ、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと同時、シルバーさんの行動に合点がいく。

 被害の大きさなんてあまり比べたいとは思わないけれど、挙げるとするならそこだろう。

 だから行くのかと、机の上に広げられた王都の地図へと視線を移して小さく呟いた。



「王都、ですね。この国で最も人口が多いですし、何より首都が落ちれば国全体が麻痺します」


「花丸な回答だな」



 先生らしい言葉で肯定し、机へ近付き地図を手に取るシルバーさん。

 そのまま折り目に沿って折りたたんで鞄へと押し込み、サングラスを外し胸元へと引っ掛ける。

 露わになっただろう銀の瞳は、こちらではなく窓の外に広がる夜の城下町へと向けられた。



「ノゲイラはさ、言っちゃあ何だが他と違って備えができちまってる。

 クラヴィスや俺が居なくともある程度は被害を抑えられるし、備蓄も、何なら他に分けてやっても有り余るぐれぇだ」


「まぁ、そうなるようにしてますんで」


「俺から見りゃあ、嬢ちゃんのした事は正に偉業だよ。誇っとけ」



 どこか羨ましげに告げられた称賛へ曖昧に笑っておく。

 シルバーさんが言っているのは災害対策や、長期保存ができる食糧の開発の事だろう。

 乾物やら缶詰やら色々作った時、シルバーさんすごく驚いてたからなぁ。兵糧がどうだか言ってたっけ。


 だが、それを偉業と言われても、元の世界の知識があるからできた事だ。

 何より魔法でどうにかしてもらった部分が沢山あったし、皆の協力なければ再現すらできなかっただろう。

 言うなればノゲイラ全体の功績だから、私だけが称賛されてもなぁって感じです。

 何ならシルバーさんが居なければ量産体制を整えるのは難しかった。ご自分が一番誇って欲しいもんである。



「んで、なんだ。

 お前さん達が居ない間、俺が代わりに指揮を執るのもアリっちゃアリだが、それは他の奴でもできる。

 だったら動きやすい場所に居た方が被害を減らせるってな」


「それで王都に……」



 私やシルバーさんの功績はさておき、シルバーさんの言った通り、ノゲイラは被害を抑える準備を進めている。

 完全に、とは決して言えないけれど、それでも他の地域に比べれば被害は少なく済むはずだ。


 それでも、崩壊と表現された何かが起きてノゲイラがどうなるかなんて誰もわからない。

 私としては、その時のためにシルバーさんに残っていてもらいたかった。

 けれど彼等はより多くを救える選択をしたのだろう。

 自分勝手な事を言えなくて黙り込んだ私に、シルバーさんは明るい笑みを見せた。



「学校の方は卒業生達に声掛けてっから、一ヶ月ぐらい留守にしても問題無しだ。

 ちゃーんとクラヴィスにも許可取ってるぜ」



 うん、そっちの心配はあんまりしてなかったかなぁ。

 私が呑み込んだ言葉に気付いている上での発言なのか判断が付かないが、その流れに乗せてもらおう。

 それなら良いですと、呆れていると取れるように溜息交じりに答え、余計な事を言わないように別の話題へ持っていく。



「シド達と一緒に行くならまだ馬車に余裕あったと思いますよ。乗ります?」


「うんにゃ、俺は一人で行く。もしもバレちまったら面倒だからな。

 明朝には発つから、わざわざ嬢ちゃんに来てもらったってわけだ」



 何となく察してはいたが、やはり一人で行くつもりらしい。

 手招きされて近付けば、机の引き出しから取り出した小さな箱を手渡される。

 何だろうと首を傾げながら箱を開けると、そこには紅のブレスレットが収められていた。



「嬢ちゃんが開発中の電話ってやつを元に作った魔道具だ。

 そいつを切れば嬢ちゃんと周りの声が三分程度俺に伝わってくる。

 留め具の両端を押し込めば切れるようになってっから、手首にでも巻いといてくれや」


「あぁ、ワシが手伝ったやつか」


「そうそう、おかげで間に合ったぜ。ありがとな」



 最近良く出かけてるなぁと思ったらシルバーさんの所に居たのか。

 箱に収まるブレスレットを取り出し、まじまじと見つめる。

 電話については確かに開発中で、シルバーさんにも協力してもらっている開発の一つだ。

 でも、まだまだ音声を届けられないって聞いてたんだけどなー? 十分な物が手元にあるんだけど、おかしいなー?



「報告聞いてないんですけど」


「あ、いや、今朝やっとこさできたんだよ。まだ一方通行だし、なぁ?」


「そうそう、大急ぎで仕上げたんじゃよ。のぉ?」



 じとーっと視線を向ければ、二人は示し合わせたかのように目くばせをし始める。

 こーれ報告忘れてたやつですね。よくやるんだよこの二人。だから仲良いのか?


 重要な報告はしっかりしてくれるし、完全にすっぽかしたわけではないから良いとすべきか。

 注意する程では無いと判断して黙認しようとしたが、よっぽど子供のジト目が効いたらしい。

 シルバーさんはあははと乾いた笑いで誤魔化し、話題を逸らすように焦りながら口を開いた。



「クラヴィスは理論上行けるっつぅけど、無理無理。

 せめて高品質の魔石使えりゃなんとかなるかもしれねぇけどよォ」


「それだと量産がねぇ」


「だよなぁ」



 現状、遠くの誰かと連絡を取り合うのは手紙だったり、魔法で合図などを送るといった方法が一般的だ。

 それだと細やかなやり取りは難しく、やるとしても時間が掛かってしまうので、通信機器は早く普及させたいんだけど、中々ねぇ。

 量産はできなくとも要所に置いておくのも良さそうだが、それでもそれなりの数が必要になるからなぁ。

 後で試算してみるかと脳内のメモに書き足しつつ、今はこの魔道具だと話を戻すべく、シルバーさんに向けて首を傾げた。



「でもなんで私に?

 クラヴィスさんに持ってもらってた方が、お互い動きやすくないですか?」



 出会って二年な私より、長い付き合いがあるクラヴィスさんの方が的確な指示を出せるだろう。

 正直シルバーさんが何できるのかあんまりわかってないんだよね。

 得意な魔法が炎ってのと、魔導士として強いってぐらいだもん。実際どんな風に強いのかは一般人な私にはさっぱりだしさぁ。


 果たして有事の際、冷静に情報を伝えられるのか。

 不安しかないのだが、シルバーさんは違う視点で見ていたらしい。

 乱暴な手付きで頭を撫でられ、くしゃっとなった髪を押さえながらシルバーさんを見上げる。



「嬢ちゃんは戦えない分、状況を把握しやすい場所にいるはずだからな。

 クラヴィスのやつも忙しいだろうし、余裕作れるなら作っとかねぇと」



 ただの子供ではないと理解しているからの信頼か。

 幼い子供を一人の戦力として見ていそうな答えが返され、納得したような、していないような、なんとも言えない感情のままブレスレットを見つめる。


 確かに私は基本安全な場所で誰かに守られているし、周りを見渡す余裕もあるだろう。

 クラヴィスさんの負担を減らせるっていうのもわかるけど、シルバーさんが動きやすい報告をできる気がしない。大丈夫かなぁ。

 未だ釈然としていない私を他所に、シルバーさんは私の前にしゃがみ、視線を合わせた。



「良いか、あくまでも一方通行だ。俺の声は嬢ちゃんに届かねぇ。

 だから状況と要求を伝えてくれりゃ、俺は俺で嬢ちゃんを助けられるよう動く」



 この人は本気で私に託すつもりなのだろう。

 真っすぐ向けられる銀は真剣そのもので、断る事のできない雰囲気に一度溜息を吐き、こくりと頷く。


 一緒に行動できない代わりに、離れていても私達を助けられるよう最大限の準備をしてくれたんだ。

 変わらず不安はあるが、シルバーさんがどうにかしてくれる。そう信じて私も請け負おう。

 神妙な面持ちでブレスレットを握る私に、シルバーさんは表情を和らげ、今度は優しく丁寧な手付きで頭を撫でてくる。



「使いどころを誤るな、とは言わねぇ。そいつは大抵結果論だからな。

 ただし、使わずに終わるのは一番駄目だ。使える時は迷わず使ってくれ」


「……使わずに済むのが一番良いんだけどね」


「何事も無けりゃなァ」



 そういうのフラグって言うんですよ、という言葉は呑み込んで、不穏な未来を吹き飛ばすように笑うシルバーさんと同じように笑ってみせた。その時はその時頑張ろう。

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