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虹の残光

 あれからというもの、私は二人の準備と並行し、領内の仕事の引継ぎやら自分達の準備やらに追われていた。

 ハレの儀を王都で行うとなれば、私が王都に滞在しているのが知られるのは確実だ。

 それなのに式にも披露宴にも参加しないとなると、流石に、ねぇ……。


 ルーエの晴れ姿はこの目で見たかったし、それはそれで楽しむつもりです。

 衣装合わせの時にもう見たけどさ、やっぱり式当日に見るのとは違うじゃん? 何事も雰囲気が大事なのよ。



 といっても最近は忙しかったから、引継がなきゃいけない案件はそこまで多くない。

 一旦計画段階で止めたりしてるのが多かったからねぇ。

 品種改良もちょっと種類絞ってたし、急ぎの案件も今のとこ無いし、二週間か三週間程度なら空けても大丈夫だろう。


 何なら前に王都に行ったときの方が大変だったよ。

 あの時はノゲイラが軌道に乗ったばかりだったのもあったからなぁ。

 今よりもあれやこれやとにかく手を出しまくっていた時期だし、あの時カイルに引き継いでもらった量に比べれば可愛いもんである。



 必要なら手紙とかで指示も仰げるし、一度は主要メンバーがいない状況も経験してもらおう。

 カイルからも仕事を任されたヴェスパーの悲鳴が脳裏に蘇るが、これも良い経験になるだろうと自分に言い聞かせ、頼りない声を遠い彼方へと追いやった。




 今回もカイルに頼むつもりだったが、どうやら今回はカイルも王都へ行くらしい。

 何でも三年程前に王城で務めているお兄さんの所に息子が生まれていたようだ。

 その挨拶と、爵位の継承などの話もあるため、実家から一度帰って来て欲しいと言われていたらしく、どうせならそれも済ませてしまおうという魂胆である。


 爵位は元々お兄さんが継ぐ予定で、孫が生まれたから隠居するというだけで、自分が帰らなくとも済む話だと本人は言っていたが、そういう事ならいつでも帰ってあげれば良かったのに。

 シドに聞いた限りカイルとお兄さんの仲は良好らしいし、きっと甥っ子と弟を会わせたいんだと思う。

 うちは誰かが無理しなきゃ回らないような体制にはならないようにしてるつもりなんですけどぉ?

 上がそんな態度だと下が気を遣うんだよ。休みは取れ。家には帰れ。仕事は持って帰らなくていい。



 そんなわけで、当初の想定より少しばかり忙しくなっているのだが、泣き言を言っていられる時間はない。

 なんせシドとルーエは向こうでの準備もあるから先にノゲイラを出る予定だからなぁ。

 その時に必要になる物の大半を持って行ってもらうので、私の準備もあるが、どちらかというと今はそっちの準備が大詰めなのである。

 衣装とか装飾品とか、高価な物も多いから、それ用の準備がちょっと手が掛かっちゃうんだよねぇ。



 残念な事に、ノゲイラ製の物となるとそれだけで狙われやすいらしい。

 並大抵の相手にシドとルーエが後れを取るとは思わないけれど、できる事はしておくに限る。

 そのため衣装や装飾品を入れておくケースには、防護魔法の他に私が考案した防犯魔法が施されている。


 何よりせっかく作り上げた衣装に傷が入ったら嫌だもん。なのでそこは何よりも重点的にさせてもらった。

 私達の最高傑作に傷一つ付けさせてたまるかってネ。細心の注意を払わねばならんのです。


 ちなみにこの衣装ケース、クラヴィスさんとシルバーさんの合作で、世界に一点しかないオーダーメイドである。

 シド曰く、狙った人が可哀そうになるとの事。一体何が起こるんだろうね。知らないままでいられたらいいね。



 念には念を、と、衣装製作に携わったノゲイラの職人数名も同行してもらう事になっている。

 衣装を着る時の補助をしてもらうのは勿論だが、もしもの時のリカバリーも兼ねている。

 あんまり人を送り過ぎると侯爵側が人手をケチってるように見えちゃうらしく、これが限界なんだそう。

 ノゲイラじゃなくてあくまでもマシェウス侯爵家とエルフォン伯爵家の婚姻だからだって。貴族のあれそれって面倒だね。


 補助なんて本当は職人さんの仕事じゃないかもしれないけど、手塩にかけた作品の完成を見届けたいんだろう。

 希望者を募ったらほぼ全員が立候補してきたのは驚いた。勢いがすごすぎて怖かったぐらいだ。

 最終的に公平になるようくじ引きで決めさせて頂きました。ついでに王都で何かしら得て来てくれたら嬉しいなぁー。




 そんなわけで、どうにか要件をまとめた引継ぎ資料を手に、ディーアと一緒にクラヴィスさんの執務室へ向かうと、見慣れた茶髪が執務室のど真ん中に居座っていた。



「あらシルバーさん、こんにちはー」


「はい、コンニチハーっと」



 どうやらこちらでも引継ぎを行っていたらしい。

 サングラスを外し、手元の資料を見ながら難しい顔をしているシルバーさんから適当な挨拶が飛んで来る。


 クラヴィスさんと並べる魔導士はシルバーさんぐらいだもんなぁ。

 シド達の中でも魔法が得意なカイルが不在になるわけだし、そっち方面はシルバーさんに任せるつもりなんだろう。

 資料に描かれた複雑な魔法陣をチラ見しつつ、クラヴィスさんの元へ行き資料を手渡す。



「シルバーさんは留守番ですか」


「あぁ、王都であれば顔を知る者もいる。素性が知られては厄介な事になる」



 シルバーさん、もといメイオーラの魔導士オネスト・ファルムは二年前に死んだ事になっている。

 いくら髪の色を変えたりサングラスしたりと変装しても、顔までは変えられないからなぁ。

 良く似た人だなんて誤魔化したとしても、面倒なのには違いない。


 何よりシルバーさんなら、留守の間にノゲイラで何かあってもどうにかしてくれるはず。

 だからクラヴィスさんもシルバーさんに頼むんだろう。

 この人に頼れる人が増えた事を実感し、頬を少し緩めたまま、子供らしい表情を取り繕った。



「それなら私の分も引継ぎ頼んじゃおっかなー? 魔法が絡む案件が幾つかあるんですよねー」


「あ? 内容によっては無理だぞ。

 そいつ、ここぞとばかりに仕事押し付けてきやがった」


「全てやれとは言っていないだろう。一つか二つ片付けてくれれば十分だ」


「それでも十分厄介だっつーの!

 何度だって言ってやるが! こんな複雑且つ繊細な魔法陣を扱えんのはお前ぐらいだからな!? 読み解くのだけでもくっそめんどくせぇんだからな!?」



 ついでにおねだりしてみようと思ったが、思っていたより面倒な事を頼まれていたようだ。

 資料を放ってクラヴィスさんへと詰め寄るシルバーさん。

 机に散らばった資料を手に取ってみれば、それは私が教えた向こうの技術を魔法陣で再現した物のようで、束になった魔法陣の数々に目がちかちかした。



 詳しくは知らないが、クラヴィスさんの魔法陣は普通の魔導士からすると、とてつもなく特殊な作りになっているそうだ。

 単純に複雑だというのもあるけれど、他にも何かの要因があるのか、いくら精巧に模倣しても全く同じ物を再現することはできないらしい。

 そのため他の人が使うには魔法陣の構成を全て読み解き、他の魔導士でも扱えるように再構築しなければならないのだが、そもそも読み解くのが大変なんだって。


 他の人でも使えるような魔法陣を作れはするが、そうすると効果や効力が落ちてしまう。

 シルバーさん曰く、クラヴィスさんの魔力は特殊な波導をしているそうで、魔力に合った魔法陣でなければ最大限の力を発揮できないらしい。

 だからクラヴィスさんが一度魔法陣を作り上げた時は、他の人も使えるよう落とし込むのをシルバーさんに協力してもらっているそうなんだけど……これ、今まで話した技術全部再現してないかな。

 今まで再現はしたけど表に出さず溜め込んでいたのか、それともこの短時間で仕上げたのかはわからないが、相当な数がある魔法陣にちょっと顔が引き攣る。



 シルバーさん、クラヴィスさんの魔法陣を渡される度にげんなりしてたからなぁ。

 魔法陣一つに人生掛ける魔導士もいるらしいし、研究を丸ごと渡されるようなものなのかもしれない。

 たまにブチギレしてるもんね。執務室に突撃してるの良く見かけるもん。だから留守の間に押し付けようってか? 鬼じゃん。


 私のは特に急ぎじゃないし、今回は止めておくかぁ。

 流石のシルバーさんもいっぱいいっぱいみたいだし、これで更に頼むのは流石に酷だろう。

 まずはこちらに意識を向けてもらうべく、議論がヒートアップしている二人の方へと近付き、クラヴィスさんの膝をちょいちょいと突く。

 こちらに視線を向けず、議論は続けたまま私を抱えて膝に乗せてもらったところで、私に気付いたシルバーさんの銀の瞳とばっちり合う。



 ──その瞬間、銀に光が瞬いて、虹が見えた。



「っ、う!?」


「トウカ!」



 ガタンという大きな物音と共に、腹部に回されていた腕に力が込められ、浮遊感に包まれる。

 黒い髪が視界を遮り、ディーアが庇い立つその先で、シルバーさんが机に手を突き目元を手で覆っていた。



「シルバーさん!?」


「離れてろ! っんだこれ、くそ……っ!」



 きっと、常人とは違う世界を映す魔眼に何かが映ったのだろう。

 ふらつきながら私達から距離を取るシルバーさんが、テーブルや椅子に脚をぶつけながらソファへと倒れるように座り込む。

 どうすることもできず、ただ見ている事しかできないまま、クラヴィスさんの胸にしがみ付いてシルバーさんを見守る事少し。

 ソファに身を任せて深く息を吐き出し、脱力しきったシルバーさんが疲れた様子で目元を覆っていた手を外した。



「だ、大丈夫ですか?」


「はー……わけわからん……なんだ今の……」


「それはこちらが聞きたい」



 瞬きを繰り返し呆然としているシルバーさんに、クラヴィスさんがゆっくりと近付きながら呆れたように呟く。

 魔眼が映す光景を視る事ができるのも、理解できるのもシルバーさんだけだ。私達からしたら何が起きたのかさっぱりです。


 シルバーさんの反応から察するに、今までにない特別な何かが視えたのだろう。

 私を抱え、ディーアを伴いシルバーさんを見下ろしたクラヴィスさんが、警戒は解かないまま静かに問う。



「一体何を視た」



 その問いに、シルバーさんは虹が微かに残る銀をこちらに向けた。



「──崩壊、それ以外に表現のしようがねェ」



 この人は何を視たのか。視てしまったのか。

 いつになく真剣な表情でそう告げられ、クラヴィスさんの服を握りしめる。



「まさか、未来か?」



 シルバーさんの魔眼は先祖の物に比べれば衰えていて、未来を視るほどの力は無いと聞いていた。

 しかし何かがきっかけで、先祖と同じように未来を視たのなら。


 間違いであってほしいと願い、シルバーさんの答えを待つ。

 けれどシルバーさんは虹を失った銀を閉じ、首を横に振った。



「……わからねぇ。俺もわけがわからねぇんだ、こんなん視たのは初めてだ。俺の視界じゃねぇような……くそ、なんだなんだ……!」



 自分でも何を視たのか理解しきれていないのだろう。

 シルバーさんはそう言って、自分の膝に肘をつき、視界を塞ぐように顔を覆う。

 それでも、微かに手の間から見える銀の瞳は何かを視ようと輝き続けていた。



「わからねぇが、とにかく何処かで何かが起こる。それだけは確かだ」



 困惑の中でもはっきりと確信をもって告げられた言葉。

 何処かで崩落と表現されるほどの何かが起こる。

 それが分かったのなら、ここで立ち止まってはいられない。



「何を視たか、どんな些細な事でも良い。全て教えろ。トウカ、君は」


「私は備蓄の確認してきます。知りうる限りの対策も手配しますね」



 声を掛けられる前にクラヴィスさんへとしがみ付いていた手を離し、緩んだ拘束に従って床へと降りる。

 本人が気付いているかはわからないが、シルバーさんは私の前では言葉を選ぶ傾向がある。

 いくら普通の子供ではないとわかっていても、この見た目では引っ張られてしまうんだろう。


 もしくは、彼からすれば私は覚悟を持たない一般人だからか。

 何にせよ彼が言葉を選ばずにいられる方が話しやすいはずだ。

 特に異常事態で混乱している状態なんだ。うっかり何か言っちゃってまた落ち込まれても困るしネ。



「頼めるか」


「任せてください。

 備え自体は以前からしていましたし、王都に行くまでにできる限り準備はしておきます」



 地震に台風、大雨、大雪、洪水、土砂、津波、噴火等々。

 生まれも育ちも災害大国なもので、そういった備えに関しては領地開発と同時進行で進めていた。

 開発に伴って災害に弱い状態にはしないよう注意したり、災害対策専門の部署を作ったりと、土台は作ってあるんだ。

 普段は有り難い事に存在感があまり無い部署だが、こういった時こそ活用せねば。


 クラヴィスさんと頷き合い、ディーアを連れて出ようとすると、何時の間に呼んだのか、シドとカイルが息を切らして執務室へと入ってくる。

 窓からはお菓子を片手にアースさんも入って来て、緊迫感があったはずなのにちょっと間抜けな光景に小さく笑いが零れた。

 最近街でも色んなお菓子が作られるようになったもんねぇ。うん、一段落したら何かお勧めのお菓子を貰いに行こうかな。



「お呼びですか」


「全く、一体何事じゃ?」


「……近く、何かが起こる可能性が高い。緊急会議を行う。人を集めろ。

 アースは魔流に異変が無いか確認して来てくれ」



 クラヴィスさんから指示が飛び、忙しなく動き始めた執務室を邪魔にならないよう後にする。

 まずは倉庫の確認をして、それから災害対策課の所に行って各地に人を派遣するよう指示を出して、それから──


 やらなければならない事、やれる事が頭の中に沸いて溢れるその前に、ディーアへと手を伸ばす。

 すぐに意を汲み私を抱き上げて廊下を早足で進むディーアの肩へ、そっと手を置いた。



「ごめんね、ちょっとは休ませてあげたかったんだけど」



 ディーアは二人への贈り物を仕上げた後も準備に追われていて、ほとんど休めていなかったはずだ。

 だから仕事に目途がついたら休んでもらおうと思っていたのだが、この状況では難しい。


 備えはしていると言ってもノゲイラの全域となると、動ける人全員に動いてもらわないと間に合わない。

 災害に対する備えなんて完璧にはできないとしても、それでもできる限りをしなければ。

 この世界には無い知識を持っているからこそ、できる事をしなければ。

 そんな私の逸る気持ちを落ち着かせるように、器用に片手で魔道具を手にしたディーアがいつも通り微笑んだ。



『自分はお嬢様の手足です。存分にお使いください』


「……ありがと」



 どこかいつもより柔らかめの文体で綴られた言葉に小さくお礼を言う。

 相変わらず、私にはもったいないくらいの従者だよ。ホント。

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