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親しき仲にも礼儀あり

 シドに連れられて、とことこクラヴィスさんの執務室目指して廊下を駆け抜ける。

 体が成長したとはいえ、まだまだ短い脚では大人の早さには追い付けないよねぇ。とっとことーです。

 抱き上げてもらうのもアリだが、いざという時動けるように普段から自分の足で走っておきたいからなぁ。

 緊急の案件なら私が言わずともシドが提案するだろうし、そうじゃないなら走らないと、だ。


 執務室に着き、シドが扉を開けてくれている間にちょっぴり乱れた呼吸を整える。

 中にはクラヴィスさんとアースさん、そしてルーエの他にカイルとスライトまで居て、少々重苦しい空気が漂って来た。

 おっとこれは相当厄介な問題ですな?



「来たか」


「来ましたよぅ。で、どんな問題が?」


「これを読めばわかる」



 クラヴィスさんに近付きながら聞けば、いつものように膝の上に乗せられ、手紙を二通を渡される。

 触っただけでも高品質だとわかる封筒には、どちらにも同じ家紋の封蝋がされていて、一目でルーエの実家、マシェウス侯爵家からの手紙だとわかった。


 文字の癖からして、それぞれルーエのご両親からの手紙だろう。

 どっちから読み始めるかなんだけど、問題が起きたとなると色々聞いている人の方からで良いかなぁ……。

 まずはルーエの愚痴の主な原因となっている侯爵夫人の手紙を読もうと、香りの付いた便箋を取り出し読み進めていく。

 形式に乗っ取った長い挨拶を軽く読み飛ばし、本題を一通り読み終えたところで、どうしたもんかと頭を抱えたくなった。



「式場、勝手に決めちゃったの……」


「父からの手紙によると、躍起になった母が友人の勧めもあって決めてしまった、と……本当に申し訳ありません」


「ルーエは悪くないよー……お母さんも、そうしちゃう気持ちわからなくもないし……」



 心の底から申し訳なさそうに謝るルーエに苦笑いしながら首を振り、顔を顰めてしまいそうになるのをどうにか言葉を口にしながら誤魔化す。

 ご両親との意見の相違は前々から聞いてたからねぇ……でもまさかこんな強行手段に出るとは思ってなかったや。

 これはノゲイラで式を挙げるのは難しそうだなぁと思いつつ、貴婦人らしい文字に再び目を落とした。



 ルーエが良く愚痴を零していた両親との意見の相違。

 それは式をノゲイラで挙げるか、王都で挙げるか、という物だった。


 ルーエは移動や準備の手間を考えて、ノゲイラでの挙式を希望していた。

 お互い一言も言ってないけど、ノゲイラの外には出られない私が参列できるようにっていうのもあったと思う。優しいよねぇ。

 シドのご両親は息子の結婚は諦めていたそうで、結婚してくれるならどこでもどんな形でも好きにしなさいといったスタンスだったらしい。

 侯爵家の方が爵位が上というのもあって、基本花嫁であるルーエの希望で進んでいたのだが、式場だけは揉めに揉めたそうだ。



 侯爵家といっても三女で、家から離れてノゲイラに仕えている身だからとルーエは全く重要視していなかったそうだが、お家関係のアレソレが色々とあるらしい。

 マシェウス侯爵家には代々繋がりのある教会が王都にあり、侯爵夫人からすればどうしてもその教会で式を挙げて欲しかったようだ。

 母親としては自分の娘の晴れ姿を、自分も式を挙げた場所で見たいという気持ちもあっただろう。

 だけど勝手に決めるのはいかがなものかと思います。友人さんも一体何て事を勧めてんだ。下手したら縁を切るとかなりかねないぞ。


 手紙を読む限り、侯爵夫人は相当やってくれちゃっているらしい。

 もう一通の侯爵の手紙には、とてつもなく丁寧な謝罪の文章が連なっていて、主であるクラヴィスさんだけでなく娘の私にまで謝罪の言葉が綴られている。

 こういう謝罪って大体代表者だけだよねぇ……もしくは迷惑をかけちゃった人に書くよねぇ……まさかねぇ……?

 嫌な予感がしてクラヴィスさんを見上げれば、溜息を吐きながら煌びやかな封筒を見せて来た。



「私と君への招待状だ。侯爵夫人は是非とも我々に来て欲しいらしい」


「私の母が大変申し訳ございません……!」



 もはや顔面蒼白な勢いで頭を下げるルーエ。

 皆、ノゲイラする前提で色々準備を進めてたからなぁ。

 それが身内の勝手な行動で徒労に終わってしまったようなもんだから、そうなっちゃうよねぇ。


 うちに招待状を送っていると言う事は、恐らく他にも送っている事だろう。

 この状況でルーエ達が拒否すれば、間違いなく侯爵家に泥を塗ることになる。

 下手したらノゲイラにも余波が来かねないからなぁ……二人には諦めて王都で式を挙げてもらうしかないか。



「まーこっちはどうにかなるから大丈夫。

 マシェウス侯爵も止められなかったみたいだし、遅かれ早かれこうなってたんじゃないかなぁ」



 奥さんの手綱はしっかり握っていて欲しいものだが、よっぽどご友人の勧めが強かったらしい。

 侯爵が気付いた時には既に周りを固められている状態だったらしく、止める暇も無かったそうだ。

 お友達やばくなぁい? 他所様のお家事情に首突っ込むって相当よ? 親戚か何かか?


 それにしても、アンナに外回りの仕事を任せていて良かった。

 詳しくは知らないが、アンナもややこしい家族に振り回された過去があるらしい。

 もしここでアンナが今回の事を聞いていたら、自分の事もあって怒りを露わにしてしまいそうだ。

 今のルーエの前で怒らせるのは二人のために良くないからねぇ。後でこっそり教えておこう。怒るならルーエの居ないところでお願いします。



 侯爵夫人がマナーまで忘れていなければ、式まで二、三ヶ月は猶予があるだろう。

 進捗を聞いている限りドレスは間に合うだろうし、ディーアの装飾品もほぼ完成だったから大丈夫。

 諸々の準備も、まぁ、間に合うというか間に合わせられるだろう。

 ルーエとシドを送り出す分には問題は無い。問題は私とクラヴィスさんか。



「私達はどうするつもりなんです?」


「エルフォン伯爵家は昔から付き合いがあるが、マシェウス侯爵家とは関わりが薄い。

 今後は良き関係を築くためにも私は参列し、トウカはノゲイラに残ってもらおうかと思ったが……別の問題が出て来た」



 招待されていると言っても断れないわけではない。

 クラヴィスさん一人でも十分だろうし、今回もお留守番かなぁと思っていたが、そうは問屋が卸さないようだ。

 厄介事の気配に顔を顰めれば、クラヴィスさんも顔を顰めて深いため息を吐いた。



「ハレの儀については話していたな?」



 あぁあの七五三的なやつ、と言いかけた口を閉じ、こくこくと頷く。

 『ハレの儀』とは、シェンゼ王国が建国された頃から行われている伝統行事の一つだ。

 子供の健やかな成長を願い、神官に祝福を授けてもらうという儀式で、三歳、五歳、七歳になる年行われる。

 特に七歳の年に行うハレの儀は重視されていて、三歳、五歳はしなくとも七歳の時だけは必ず行うのがお決まりらしい。


 そんな既視感溢れる行事だが、この世界では『ハレの儀』であって『七五三』ではない。

 七五三なんて言っても伝わらないのはクラヴィスさんで良くわかっているので黙っていると、クラヴィスさんはまた新しい手紙を机の真ん中に置く。

 またマシェウス侯爵家かと思ったが、今度は違うらしい。

 白地に金の細工が施された封筒と、封蝋にはっきりと刻まれた王家の刻印に顔が引き攣った。



「貴族は王都にある神殿で行うのが通例だが、千年以上続いている催事だ。自身の領地で行う者も少なからずいる。

 そのためトウカのハレの儀はノゲイラの神官を呼び、ゲーリグ城で執り行うつもりだったのだが、王太后の横槍が入った」


「なんでぇ?」



 手に取るのも嫌な手紙から目を逸らし、呆けた声で首を傾げる。

 いや、ホント、なんで王太后が出てくるの? 国王陛下の母親ですよね? 先王が退位した時に表舞台から降りたって聞いてたんですけど、なんで出てくんの?


 まださ、百歩譲って国王か王妃が言って来たのならわからなくもないんだよ。

 貴族となると婚姻を始めとして王家の了承が必要な儀式もあるし、公爵令嬢の行事に口出しするのはまだあり得る話だ。

 貴族が王都でハレの儀を行うのは国への恭順の意を示すためだとか何だとか言われてるし、今話題のノゲイラの正統な後継者に行動で忠誠を示してほしいってなるのもわかる。

 でも、出て来たのは表舞台から退いたはずの王太后だ。マジで何で出て来たん?



「『貴族として、王都にて儀式を行うように』だと。

 神殿に圧力も掛けているらしい。こちらの行動によっては神官達に害が及ぶやもしれん」


「うわぁ……めんどくさい……」


「本当にな」



 神殿にまで圧力をかけているとか、マジで何してんだ王太后。

 国王の母親という揺るがぬ地位があり、隠居したといっても大きな力を持っているだろう。

 だが、下手に権力を振りかざせばその地位も危うくなりかねない。

 特にうちは取引してる方が国内外問わず沢山いるんでね。今のノゲイラを敵に回しても良い事はあんまり無いと思うよ。



「何で王太后様が横槍入れてくるんですぅ?

 悪い事なんてしてない、ってかむしろ良い事しかしてないのにぃ」



 クラヴィスさんの指示の元、ノゲイラから広まった知識と技術は様々な地域に浸透していっている。

 特に王都は他国に見せつけるために最新鋭とは言わないが、他よりも多くを流している。

 要するに、王都にとってノゲイラはとても良い取引先のようなものである。それなのに邪魔するのか。えぇ……?



 技術を流していた主な理由である各国との関係は、もう同盟や不可侵条約が結べそうなほどだ。

 王都に栄えててもらわないと困るのは確かだが、何から何までノゲイラが手を貸さなければならない状態ではない。

 きっかけは作ってあるのだから、後は志がある人達に任せれば自然と発展していく事だろう。


 だから、言ってしまえば王都との取引を控えても良いわけで。それで損するのは王都側の方なわけで。

 王太后ともなれば権力争いも経験しているだろうに、そんなことすらわからないのだろうか。

 ノゲイラ以外も発展して欲しいからそんなことしないと思うけどさぁ、これで王都とノゲイラの間に亀裂が入ったら、色々取り持ってくれてる国王陛下が可哀そうだよ。

 どうにも納得できない王太后の行動に思わず不満を漏らしている私に、クラヴィスさんはただ淡々と、何でもないように答えた。



「ただ私を嫌っている。アレが出てくる理由なんてそれだけだ」


「……はぁ?」



 今、耳を疑うような、聞き捨てならないような、そんな理解ができない言葉が聞こえた気がする。

 誰が、何って? 王太后が、クラヴィスさんを? 

 信じがたい。理解できない。それでも──だからって、何をしても良い、とでも?



 人それぞれ好き嫌いがあるのはわかっている。

 誰かが好きな物は誰かが嫌いな物で、どんな聖人であろうと全ての人に好かれているわけではない。

 そう頭ではわかっているけれど、自分にとって大切な誰かを嫌いだからと害する事を許容できるほど、私は人ができていない。

 ふつふつと湧いてくる苛立ちにむくれていると、頬に手を添えられ、優しく押し揉まれた。



「むぁん?」


「……すまないな」



 何すんだと顔を上げるが、それと同時に一言、謝罪の言葉が降ってくる。

 見上げた先の漆黒には複雑な色が入り交じっていて──いつか見た昏い業火が重なって、喉まで出かけていた言葉を呑み込んだ。


 出会った時から、出会う前からクラヴィスさんが抱いていただろうその業火。

 それを向ける先は、きっと王太后なのだろう。

 だとしたら、これ以上は聞けないし、何も言えない。



 本当は関わらせたくなかったみたいだが、あちらから突っ込んできた以上仕方ない。

 もうちょっとで出そうだった王太后への文句の言葉は、胸に仕舞っておくしかないだろう。


 本音を言えば何があったのかとかすごく気になりますけどネ。

 必要なら言ってくれるだろうし、何かあってもクラヴィスさんが守ってくれるだろう。

 だから私はただ頬に触れる手へ自身の手を添えて、いつものようにへらっと笑ってみせれば、同じように苦笑いが返された。



「とはいえ、退位した人間一人の意見ではここまでの圧は掛けられん。

 大方ノゲイラと繋がりを持ちたい貴族達が、君を王都へ引っ張りだそうとしているのだろうよ」


「商売したけりゃてめぇが来いですわ」


「お嬢様?」


「ですわ!」



 言葉遣いを指摘されても訂正せず、むん、と怒りを露わに主張する私にルーエが困った顔で見てくる。

 だが、これはこれ、それはそれである。


 だって王太后については黙ってるけど、擦り寄ろうとしてくる貴族達は違う。

 そんなことしてくる貴族はどうせ近しい関係になってタダで技術を手に入れたいとか、ノゲイラまで行くのが面倒とか、そんなとこだろう。

 だが残念! 商売は商売ですので! 例えお友達になろうともお代はしっかり取らせてもらうとも! 親しき仲にも礼儀あり! だ!



 そもそも、うちは害を与えて来ないなら誰でも商売するスタンスだしなぁ。

 だというのに商売ができていないって事は、クラヴィスさんが敵認定してるって事だ。そんなの自業自得じゃん? てめぇで十分ですわよ。

 王都の貴族達の思惑に対し、ぷんすこと怒っている私の何が面白かったのか。

 頭上で小さく笑いが零れたと思ったら、ぽんぽんと宥めるように頭を撫でられた。



「笑わないでもらえますぅ?」


「ん……すまない。君の怒りはもっともだが、落ち着いてくれ」



 微妙な間があったが、クラヴィスさんの表情が柔らかくなったので許してやろう。

 膝の上で暴れるのを止めれば、クラヴィスさんは一度わざとらしく咳払いをして、緩くなっていた空気を切り替えた。



「ノゲイラは今、国内でも有数の領地となっている。

 そのためもうほとんど力の無い王太后の命令など無理に従わなくとも良いのだが……面倒も多いからな。

 どうせ行かねばならないのなら、全て一気に片付けてしまおうと考えている」


「……うん?」



 一気に片付けるって、話の流れからして二人の結婚式と私のハレの儀の事だよね。つまり、だから、まさか、ねぇ?

 何となくクラヴィスさんの考えに予想がついて、ひくりとまた頬が引き攣る。

 そんな私を知ってか知らずか、クラヴィスさんは淡々と告げた。



「王都に滞在するのは三日間。その間に全てを終わらせノゲイラへ帰還する」


「わー……強行軍だぁー……」



 現状二人の結婚式とハレの儀だけでも二日間の予定は決まっているし、披露宴やら挨拶やらと、色んな予定がぎゅうぎゅう詰めになるのは目に見えている。

 これは大変な事になりそうだなぁと、乾いた笑いが零れた。やるっきゃないかぁ。

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