世界で唯一の
慌ただしい日々はあっという間に過ぎ、二人の結婚宣言から二ヶ月。
フレンと一緒にディーアの作業室へと入れば、真剣な表情で作業台に向かうディーアと、それを見守るシルバーさんがいた。
ディーアに用事があって来たんだけど、今声掛けるのは止めた方が良いかなー。
と、思ったけれど、私の気配を察したのか、二人揃ってこちらへと顔を向ける。そうなるよねぇ。
「ちょっと良いー?」
「おう、丁度良いとこに来たな嬢ちゃん」
どうやら区切りが良い所ではあったらしい。
ディーアが疲れた様子で深く息を吐いている横で、シルバーさんが何かを手にしてこちらへと見せる。
「ほい、これがあのおっかねぇ姉ちゃんの分だ」
恐らく『おっかねぇ姉ちゃん』とはルーエの事だろう。
本人が聞いたら周囲の温度が下がってしまいそうな呼び方に苦笑いしつつ近寄れば、ごつい手には似合わない華奢な花の髪飾りに目を瞬かせた。
「わぁ……すっごい綺麗……」
銀色の土台に咲いた、小さな花達がきらきらと輝く。
薄い青色の魔石でできたそれは魔力で輝いているのだろう。
光を反射しているわけではない、不規則な煌めきは人の心を惹くようで、フレンと二人、小さく感嘆の声が漏れる。
「これ、本当にディーアさんとシルバーさんが作ったんですか?
職人が作ったって言われても納得しちゃいます」
「俺は魔法陣の手伝いをしただけだっての。
意匠はデザイナーから渡されたやつだが、ほとんどディーアが作ったようなモンだよ」
シルバーさんの周りをぐるぐるしながら、様々な角度から髪飾りを見ていたフレンが呆然と呟いていたが、そう思うのも無理は無い。
領主の娘って事で、それこそ有名な職人が作った装飾品とかも見るようになったが、正直職人が作った物と比べても遜色ない気がするもの。
研磨とかカットとか、ノゲイラの技術をフル活用しているっていうのもあるんだろうけどさ。
ポーション精製だけでなくアクセサリー作りも出来ちゃうディーアがおかしいんだ。むしろ何ができないんだこの人。
何でも出来てしまうといっても、疲労は溜まっているらしい。
椅子に背を預け、会話には参加せずぼーっとしていたディーアは、近くの棚からポーションを一つ手に取る。
顔が見えないように背中を向ける従者から、作業台に転がる試作品の数々へと視線を向けた。
──二人の装飾品を自分に作らせて欲しい。
シドから結婚の話を聞いたディーアは、真っ先に私へ頼んできた。
聞けばディーアの育った地域には、親しい友人の結婚祝いに装飾品を贈る風習があるそうだ。
大切な友人の未来が明るく咲き続けるように、幸福であり続けるように、花を模した一点物を贈る。
当初の予定では式に使う装飾品の類は専門の職人さんに頼むつもりだったのだが、大切な友人へ贈り物をしたいという願いを却下できるはずが無かった。
というか、ディーアに頼まれた瞬間に「じゃあそれで」ってなったよね。
二人が仲良しなのは知っているし、ディーアがそういった作業が得意なのもよく知っている。
一緒に聞いてたクラヴィスさんも「そうした方が良い」って言ってたし、即決でしたわ。
「要望通り、非常時は短剣になるよう魔法陣を仕込んでる。
見た目じゃわからねぇが探知魔法には引っかかるから、王城とか警備が厳しいとこに行く時は外しといた方が無難だな」
「……その機能必要なのかなぁ……?」
「本人の希望だからなァ」
そうしてディーアが作る事になったのだが、シドとルーエ達には知らせていない。
なんでも贈りたいけど自分が作った事はできるだけ秘密にしたいそうだ。複雑なお年頃なのかしらね。
その弊害というか何というか、希望を聞いたら、いざという時に武器になる魔道具をご所望されました。ルーエさぁ……。
誰が作る事になろうとも、本人の希望が第一なのは変わらない。
そのため、見た目はただの装飾品、実際には武器という、夢があるんだか無いんだかわからない要望に応えるため、急遽シルバーさんを招集したというわけだ。
流石のディーアも魔道具はあまり作った事が無く、ちゃんと要望通り作れるか自信が無かったらしいからネー。むしろ作った事あったんかいという話だが。
「しっかしあの姉ちゃんが結婚とはねぇ……時間ってのは早いもんだ」
「ルーエの事昔から知ってたの?」
「おぅ、戦争で何度かかち合った事があンだ。
凄腕の槍使いってだけじゃなく、魔法まで飛んでくんだ。マジで厄介だったわ」
髪飾りをケースに入れ、感慨深そうに呟くシルバーさん。
そういえばルーエって騎士として何度か戦争にも参加してたんだっけか。
当時の事を思い出してか心底面倒臭そうに顔を顰めているあたり、本当に敵として厄介だったんだろう。
普段でもちょっと怖い時あるし、そりゃあ『おっかない姉ちゃん』なんて呼び方にもなるかぁ。
独特な呼び方にも納得してしまってはは、と力なく笑っていると、シルバーさんが私に向けて首を傾げた。
「んで? 進捗を見に来たってわけじゃなさそうだったが、何か用か?」
「あ、そうそう。ディーアにお知らせがあって」
少し離れて休憩していても会話は聞いていてくれたんだろう。
名前を呼ばれ、すぐにこちらへと近付いて来てくれるディーアに持っていた資料を手渡す。
「さっきね、商人さんから荷物が届いて、頼まれていた薬草手に入ったよ。
アースさんが三日もあれば花を咲かせられるって」
ディーアにとってシドは本当に大切な友人らしい。
装飾品だけでなく、他にも何か用意しているようで、ポーションの材料になる薬草の栽培を頼まれていた。
残念ながら外国の珍しい薬草で、まだノゲイラでは栽培していなかった種類だったので、馴染みの商人さんを通じて手配していたのだが、それが今日届いたんだよね。
手渡したのもその薬草の資料で、すぐに察したのだろう。
資料からパッと顔を上げたかと思えば、農作業用のグローブを手に部屋を出ようとするディーアを慌てて呼び止めた。
「もう植えてあるから、ディーアはこっちに集中しててだいじょーぶ。あとちょっとで完成なんでしょ?」
呼び止められ、躓きそうになりながら止まったディーアが少し気まずそうに苦笑いして頷く。
やる気が溢れているのは良い事だが、なんでもかんでもやろうとするんじゃないよ。まったく。
しばらく良いって言ってるのに研究室にも頻繁に顔出してるみたいだし、ホント、そろそろ強制的に休ませる事も考えちゃうぞ。
新しい調合師も増えて気になるのはわかるけどさぁ、先輩として頑張ろうとしてる三馬鹿達に任せて良いと思うの。
あの人達も今や王都でも名が知られる調合師なわけだし、多少は任せないと三馬鹿達も成長できないからねぇ。
本人の希望次第だけど、いずれ魔導士学校でポーション精製の教師としても働いてもらうかもしれないし、教える技術は培えそうなら培ってほしい所です。
三人とも研究の方が好きみたいだから、変わらずうちの研究室にいそうだけどさ。物は試しだ。
そんな事を考えていると、ディーアが作業台の方へと向かう。
そして鍵の付いた引き出しから小さな箱を取り出し、そっと私の前へ差し出す。
「……なるほど、土台はできたんだねぇ」
手のひらサイズの箱の中には、花を模した細やかな細工が施されたパーツが収まっていて、部屋の光を受けてキラリと輝く。
確かシドは普段使いもできそうなカフスにするんだっけ。
後は魔石に魔法陣を施して、このパーツに嵌めれば完成なんだろう。
作業台に転がった試作品である魔石を手に、シルバーさんが満足げに頷いていた。
「試作っつっても、どれも素人とは思えねぇ仕上がりだ。下手したらうちの生徒よりうめぇんじゃねぇか?
これなら本命に取り掛かっても心配ねぇだろ」
二人への贈り物に使う魔石は特別な物らしい。
魔物の討伐に探索など、スライトにも手伝ってもらって素材を集め、選びに選び抜いた魔石だと聞いている。
確か売りに出せば王都で家一つは買えるとかなんとか言ってたっけなぁ。
貴重な物をいきなり使うのは不安と言う事で、手に入りやすい安価の魔石を使って練習していたようだが、シルバーさんがそこまでなら心配無いだろう。
『恐縮です』
「お世辞なんかじゃねぇ。いっちょ真剣に魔道具師目指そうぜ!」
「私の従者を口説かないでくれますぅ?」
冗談のようで冗談じゃなさそうな誘い方に思わず口を挟む。
そりゃあ魔導士の、特に魔道具作りに特化した魔道具師はまだまだ必要だけど、だからといってうちのディーアを引き込もうとしないで頂きたい。
ディーアをそっちに引き込まれたらマジで困るから。立ち行かないとまでは言わないけどマジで困るから。
私とシルバーさんの間でちょっとしたバチバチが起こったけれど、ディーアはそんなの気にせずすぐさま私の傍らに立った。
『自分はトウカ様の従者ですので』
「ま、お前はそうだよなァ。残念だが仕方ねェ。
趣味でもいいさ、いつでも教えてやるから気が向いたら声掛けてくれや」
声は無く、ただ魔道具に綴られた文字だけの意思でも、その強固さははっきりと伝わってくるようだ。
そうだよねー、ディーアは私の従者だもんねー、そう答えてくれるって信じてた。
分かっていたけれど、迷わず傍に居てくれる事が少し照れ臭くて、シルバーさん達からそろっと視線を逸らす。
そんな私の変化には気付いているのかいないのか、シルバーさんは魔石の加工についてディーアと話し出した。
お互い研究者気質だから気が合うのか、ディーアとシルバーさんは仲が良いらしい。
知識として知ってはいるけど難しい言葉が飛ぶ中、二人の間にある気安い空気を感じ、自然と頬が緩んでいく。
シルバーさんもなぁ、初めはノゲイラに馴染むのが大変そうだったけど、今は随分落ち着いたみたいで良かったや。
シルバーさんがノゲイラに来て、早くも二年。
クラヴィスさんが連れて来ただけあって、シルバーさんはたった二年で十人近くの魔導士を育ててくれた。
本人曰く、育ったと言ってもまだまだひよっこで一人前とは言えないけれど、それでも魔法陣や作業工程が決まっている魔道具なら問題無く作れるとの事だ。
勿論生徒さん達の努力の賜物なのだが、まさか二年でそこまで持って行ってくれるとは思っていなくて、聞いた時はびっくりしたよねぇ。
生徒達との仲も良いようで、シルバーさんにとって教職は天職だったようだ。
だからこそ、弟子を一切取らない事を惜しまれているんだろうなぁ。
先日見てしまった告白染みた弟子入り希望と、それを困ったように断るシルバーさんを思い出し、小さく溜息を吐いた。
教師になるにあたって、シルバーさんは弟子だけは取らないと宣言していた。
聞いた話では、新しい生徒が来たら必ずその事だけは伝えているそうだ。
教師として生徒には教えられる事は全て教える。
だが、どんなに才能があろうとも、どれだけ熱意があろうとも、弟子だけは絶対に受け入れない、と。
どんな理由なのか、どんな思いで告げているのか深くは知らない。
けれど私のように、ある程度シルバーさんと関わりを持った人は察しているだろう。
どれだけ明るく見えても、どれだけ揺るがずにいても、深く、深くに刻まれた傷はそう簡単に癒える事は無いのだ。
要件は伝えたし、何だか議論もヒートアップしてきたようだし、そろそろお暇しようか。
フレンに目くばせし、会話の邪魔にならないよう扉の方へと一歩踏み出そうとした時、ノックも無しに扉が開かれた。
「失礼します」
「シ、ドじゃん、どしたのー?」
扉から現れた姿に一瞬息が詰まりそうになったが、どうにか取り繕い、フレンと二人、にっこり笑みを張り付けシドの前を遮る。
なんでそんな事をしているかって? この部屋にはシドへのサプライズがあるからだよ! 今バレたらディーアが報われない!!
私達のファインプレーにディーアも上手く誤魔化してくれたらしい。
合図だろうシルバーさんの咳払いが聞こえ、内心ホッとしつつシドを見上げれば、シドは気付いていないのか眉を下げて申し訳なさそうに頭を下げた。
おや? これはどっかで問題でも発覚したやつか?
「お嬢様、執務室へおいでください。主がお呼びです」
「何かあった感じ?」
「……そう、ですね。自分達の件にも関わる問題が起きまして」
自分達、というとルーエとの結婚の事だろう。
そりゃ大問題だとシドの手を取り、開いたままの扉へと急ぎ足で向かう。
「じゃあ二人共、後はよろしくー!」
「おー、またなー」
ディーアは静かに頭を下げ、シルバーさんはゆるゆると手を振る。
そう、お互い何事も無かったかのように振舞いつつ、そそくさと扉を閉めた。バレなくて良かったぁ……!




