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子供だって肩はこる

 庭園の近く、研究室の隣に設けた私専用の執務室でペンを走らせる。

 最後に一度目を通し、不備は無いか確認してから書類の山へと重ねた。



「フレンーこの山ヴェスパーのとこ持ってってくれるー?

 ついでにそろそろディーアに頼んでた作業が終わってると思うから、出来上がった分貰ってきてほしー」


「わかりましたー! いってきます!」



 一つ片付いた山をフレンに頼み、次の山へと取り掛かる。

 今度の山は北部の農業関連の報告のようだ。

 今ではすっかり特産品となったノゲイラ固有種のエディシアの栽培が上手く行っているらしい。

 これなら生産量を増やしても大丈夫そうだなぁと思いつつ、報告にある問題の解決策を書き連ねていく。


 このペースで行けば午後には屋敷の方に顔を出せるだろうか。

 机の端に積まれたデザイン案の山を横目に、子供にしては凝り固まった首を回した。




 あれからシドとルーエの結婚は、特に反対される事もなく少しずつ進んでいっているらしい。

 らしい、というのも私はその件に関してははほとんど関わっておらず、ちょくちょくルーエから愚痴という名の報告を聞いているだけなので、そうなんだーって感じである。

 聞いた話によれば、シドのお家問題は解決したようだが、ルーエとご両親の間で色々と意見の相違が起きているそうだ。

 最近ルーエの溜息が多いです。何かできる事があれば言って欲しいとは常々伝えているけど、大丈夫かなぁ。


 ただまぁ、ルーエのご両親の希望もあり、式や披露宴の衣装はノゲイラで手配する事になったので、私もちょっと忙しい。

 なんせ元の世界の知識をフル活用して、ありとあらゆる分野の研究と開発に手を出しているもんでして。そこに仕事が一個増えたわけである。忙しいのなんの。

 とはいえ、こんな良い機会を逃すわけにも行かないので、やるっきゃないんだが。肩こりが酷くなろうが泣き言なんて言ってらんないんだわ。



 今までも何度か他所の貴族からウエディングドレスの製作依頼はあったが、今回は特別だ。

 クラヴィスさんを広告塔に頑張って来た甲斐あって、今ではノゲイラというブランドは国外にも名を轟かせるほどになっている。

 その上二人の結婚式にはそれぞれの実家と繋がりのある貴族が招待されるだろう。


 つまりこれは、多くの貴族にノゲイラの技術を見せつける事ができ、新たな顧客を作れる絶好の機会というわけだ。

 それだけでなく、二人は世間から注目されているノゲイラ領主の従者でもある。

 そんな二人の衣装をノゲイラが用意するとなれば、衣装を見ればノゲイラの在り方がわかるという物。

 要するに、ノゲイラの威信も掛かっているって事です。そりゃあノゲイラ全力のバックアップでやってやりますとも。



 ま、一番はいつも支えてくれる大切な友人であるルーエに、最高の結婚式を迎えて欲しいってだけなんだけどネー。

 勿論、シドの衣装も最高の物を用意してみますとも。ただドレスの方が力入ってるってだけです。

 だってウエディングドレスって特別じゃん? それが大切な人達のための物となればそりゃあねぇ?




 というわけで、二人に最高の衣装を用意すべくノゲイラのデザイナー達に声を掛けた結果、城近くに設けた会議場という名の屋敷では昼夜を問わず討論が行われている。

 聞けばこの世界でも式典用の衣装は白が基本ではあるが、厳格な決まりではないらしい。

 前の王妃──現シェンゼ王国国王の母親である王太后の結婚式では、白をベースに明るめの金色と深い青を差し色にしたドレスを着ていたそうだ。


 一般的にパートナーの色を選ぶ事が多いようだが、好きな色を選ぶ人もいて、だからこそ自由が利きすぎるのである。

 差し色を入れるかそれとも白を差し色にして色鮮やかな物にするか。どんな生地を使うかどんな加工をするか。

 マーメイドラインだのプリンセスラインだの、私の知識も合わさって、デザイナー達のアイデアが止まらない止まらない。



 製作費用も生地の手配も何もかも全部ノゲイラ領主持ちとなれば、リミッターが外れたデザイナーさん達の創作意欲は止まる事を知らないんだろうね。

 しかも有名だろうが無名だろうが私が良いなと思った人全員に声をかけたからか、お互い刺激を与えまくってどんどん才能開花しちゃってるみたいでして。

 式だけでなく今後も楽しみだなーと思う反面、デザイナーさん達の勢いに少々恐怖を覚えています。

 意見とか案とか私も出させてもらってるけど、流石にあの勢いには付いて行けねぇです。


 本当は着る本人であるルーエの意見が一番なのだが、ルーエはこれといって希望はないらしい。

 できれば動きやすい物を、というのが彼女が唯一出した要望である。

 いざという時に動けるようにだってさ。こういう時ぐらい仕事は忘れて良いと思うんだけどなぁ。



 ──ルーエだけだなく誰も彼も、いつ何が起きてもおかしくないと思っている。

 ノゲイラは安全だと思っていても、常にどこかで息を潜めている危険に溜息が出る。

 顔を顰めたウィルが執務室に入って来て、持っていた資料から顔を上げた。



「戻りましたっと」


「何かわかった?」


「いんや、残念ながら何も。

 ただメイオーラはほぼ調べ終わったんで、やっぱ国内にはいないんだろうなって感じっす」


「そっかぁ……」



 肩をすくめて緩く首を振るウィルに、また小さく溜息が零れる。

 メイオーラとの戦争から二年が経ったけれど、依然として例の魔導士の正体は掴めていない。

 少し前まで密偵として潜入していたというウィルの話では、戦争の騒動に乗じてメイオーラの王宮から姿を消していたようだ。

 見つけた魔法の痕跡を頼りに他の密偵が調査を進めているが、進展らしい進展は無いという。


 私を狙っているらしい例の魔導士は一体どこへ消えたのやら。

 この二年で大きく変わった世界情勢を思い返し、それでも見つからない得体の知れなさに寒気がした。




 あの時クラヴィスさんが決めた通り、シェンゼ王国はノゲイラの発展を利用して各国との繋がりを強化し、メイオーラを除く周囲の国とは不可侵条約の話も出ている程良好な関係を築けている。

 国内の発展も大きく進んでいて、二年前に比べて国力が倍以上増えたとも言われるほどだそうだ。

 その一方で、メイオーラの孤立は進んでおり、亡命を図るメイオーラ国民が後を絶たないと聞いている。


 例の魔導士の行方が分かってさえいれば規制緩和や外交回復等できただろうけれど、協力者がいる可能性を考えると下手に国力を回復させるわけにもいかない。

 あの国に対しては各国でも意見が割れているそうで、いっその事周辺諸国で領土を分け合い支配するか、それともメイオーラとしてどうにか維持させるか等々、様々な意見が飛び交っているらしい。

 シェンゼ王国としては維持派が多いようだが、正統な後継者が残っているかも怪しいとかでクラヴィスさんも頭を悩ませている。



 しばらくは戦争も起きそうに無いからホッとしているが、いつ何が起こるかわからないって結構ストレスなんだよなぁ。

 おかげ様で私は相変わらずノゲイラに引きこもってます。この二年は王都にすら行ってないよ。


 ノゲイラと繋がりを持ちたいとか、公爵家の令嬢とかで色々お誘いは来てるんだけどネー。

 どこで魔導士に繋がるかわかないから、お誘いの類は全て断っているし、ノゲイラに直接訪ねて来られても会わないようにしている。

 それでも、諦めない人は諦めてくれないから困っちゃうんだよなぁ。



「そういやまた届いてたみたいっすよ、縁談のお話」


「懲りないねぇ……繋がりなんて商売で十分じゃんねぇ……?」


「主とおんなじ事言ってら」



 どうせ影の報告をした際に執務室で見かけたんだろう。

 茶化すように言われてげんなりしつつ呟けば、ウィルはケラケラと笑う。

 他人事だからって笑ってんじゃないよ。ルーエに見つかってゲンコツ落としてもらえ。



 貴族なんて柄ではないけれど、クラヴィスさんの養女になっている以上、私も戸籍上は貴族という事になっている。

 貴族にとって婚姻はとても重要な事柄で、早い人は生まれた時から婚約が決まっている事もあるほどだ。

 血の繋がりが無く出自の知れない養女な私でもそれは例外ではないようで、私にもそういった話が来ており、クラヴィスさんが全部断ってくれている。


 全く表に出ず、縁談も全て断っている謎の公爵令嬢。

 単純に、いつかいなくなる私が婚約なんてできないって話なのだが、それを知らない周りからすれば恰好のネタなんだろう。

 溺愛はまだしも、禁断の愛とか噂されてるなんて聞いた時は流石に噴いたわ。あのパパンがロリコン疑われてんだもん。笑うしかないじゃん。



 そりゃあクラヴィスさんは今年で二十九歳になるらしいから、中身は同世代なんだけどさぁ。

 恐らくクラヴィスさんが結婚しようとしないのもあって、噂が一人で走り回ってるんだろう。噂ってすごいね。

 実際はノゲイラの発展を私が担っているなんて知られたらどうなるんだろうねぇ。知られるつもりは一切ないけどさぁ。



 ホント、平穏なんだか不穏なんだか。

 気の抜けない忙しい日々に、こんな形で終わりが訪れるなんてその時は思ってもみなかった。

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