小さな宴に隠した思い
シルバーさんに使ってもらった染髪剤は、染色のポーションを応用した物で、まだ世には出回っていない代物だ。
この世界の人達は赤に青に緑にと派手な髪色が多いからか、おしゃれで髪を染めるという発想があまりなかったらしい。
三馬鹿の一人が白髪が多くなってきたんだよなーと休憩中に愚痴っていて、その時は染髪剤が無いと知らなかった私が染めないの? と言ったところ、その手があったかとポーションを改良。
ディーアも監修に入り、先日ようやく完成形が見えて来たところだった。
まだ試験段階ではあるものの、その効果はディーア達も満足する出来上がりらしい。
なんでも二、三ヶ月程度は新しく生えてくる髪も染まっているため、その間はプリン状態にならないそうだ。
ブリーチとかする必要も無いし、染めるために放置する時間なども必要無いため、とてもお手軽に髪色を変える事ができるんだってさ。ポーションってすごいねぇ。
そんな染髪剤で、一時間も経たないうちにシルバーさんの髪は緋色から茶色へと変わっていた。
私も確認したが根本までしっかり染まっていたので、髪色はこれで良いだろう。
元の髪色が出てこないよう定期的に染め直さないといけないけれど、その頃にはポーションの性能も上がってそうだからなぁ。半年に一回とかで済むようになってそう。
後は目の色を隠すため、これまた試作中のサングラスから一つ似合いそうな物をかけてもらえば完成である。
いやぁ……茶髪にサングラス、しかも体格が良いからその筋の人にしか見えないね!
「教師って感じがまるでしませんね」
「こういう借金取りの人見たことあります」
「サングラスが悪いのかなぁ……形と色を変えてみれば……」
「お嬢様、残念ですが元から変えねば同じかと」
「ひでぇ言い様だな」
サングラスを着けたり外したりを繰り返しているシルバーさんに、アンナを皮切りにそれぞれの所感が飛び交う。
ルーエに至ってはシルバーさんに対して容赦が無さすぎる。言われてる本人は気にも留めずケラケラと笑ってるし。自分の事だよ?
他の形や色も試してみたいが、これは完全に開発中の物だからほぼ出来上がっていた染髪剤と違って試作の数も少ない。
違う物を試すのはまた今度だなぁと思いつつ、色付きの視界に違和感があるらしくきょろきょろとしているシルバーさんへと声を掛けた。
「見た目はそれで良いとして、縛りの方はどうですか? だめそう?」
「いんや? このさんぐらすってやつを付けると視えねぇが、それ以外は大丈夫そうだ。
恐らくこいつに使ってる着色料の魔力が視界に重なるからだろうなぁ。外せばすぐ視えるようになる」
確かに、まだガラスに色を付ける技術が確立できていないので、このサングラスはガラスに着色用のポーションを塗る事で作った物だ。
元々こういった物が作りたいってわかりやすくするための見本で用意した物だからなぁ。
溶かしたガラスに着色剤を用いて色付きガラスを作れば、サングラスを付けても魔眼を使えるようになるのだろうか。
他を優先していて手を回せてなかった技術だが、どうにか早めに取り掛かるか。でも他にも色々手が回ってないんだよね。やる事一杯だぁ。
こうなってくるともう一人自分が欲しくなってくる。知識は減らないけど教えるのが大変なのです。
もし同郷の人がいるのなら歓迎はするが──私のように『何もかも覚えているか』が重要だしなぁ。
そうこうしているうちに、随分時間が経っていたらしい。
使用人の一人がパーティーの準備ができたことを報せに来てくれた。
元々クラヴィスさん達が帰ってくるのは知らされていたから準備はしていたから、残りは仕上げぐらいだったからね。
まだ日は暮れていないためパーティーというには早いけれど、遠出していた彼等にも家族が居て帰りを待っているはず。
そのため夕方ぐらいに始め、帰りたい人は早めに帰れるようにという私達なりの気遣いだ。帰っても一人っていう人は残って楽しめば良いからね。それぞれしたいようにしておくれ。
それじゃあクラヴィスさんの所に様子を見に行くかなーところで気付いたが、シルバーさんはどうするのだろう。
今回のお祝いはクラヴィスさん達の帰還とシェンゼの勝利を祝っての物。
捨てたといってもシルバーさんにとって母国の敗戦を祝うような物だ。
私やクラヴィスさんのように参加しなければならない人もいるが、ゲーリグ城内だけのパーティーだから参加するもしないも自由だ。
日本には蔓延していた暗黙の了解もこの世界では無いため、実際参加せず帰る人もいるだろう。
強いて言うならそういう人にはお土産を用意してあるから持って帰ってねってぐらいだし。
シルバーさんもそういった人達のようにパーティーに参加せず、部屋にでも案内して休んでもらった方が良いだろうか。
様子を窺うとサングラスから覗く銀と目が合う。
私の思考もその魔眼に映ったのか、何でもないようにカラッとした笑みを向けられた。
「そっちが構わなきゃ俺も行かせてくれ。その方が他の奴らも安心するだろうしな」
「……クラヴィスさんが連れて来たってだけで十分だと思いますよ」
だってカイル達が来た時だってそうだったんだもの。
そのカイル達も私みたいな降って湧いた養子を受け入れてくれているし、シルバーさんもきっと時間の問題だろう。
まずはこの姿を見てもらうため、仕事をしていないか確認するため、再び執務室へと向かった。いやぁ反応が楽しみだなぁ。別人になるという点では自信作です。
案の定仕事をしていたクラヴィスさん達の元へ突撃すれば、シルバーさんの変わりようにカイルが思わず吹き出したりしていたが、構わずパーティー会場である食堂へと全員引き連れていく。
ゆるゆるとしたパーティーなので先に始めてて良いよーと言っていた甲斐あって、集まった人達は思うままに過ごしてくれていたようだ。
笑い声や話し声で賑やかだった会場は領主であるクラヴィスさんの登場に一旦静かになったけれど、クラヴィスさんがすぐさま短く労わりの言葉を送った事で徐々に賑やかさが戻って行った。
まだ夕方で規模も小さく、仕事中でもあるため、用意したのは手軽に摘まめる料理ばかりでお酒の類はあまり並んでいない。
参加しても後で仕事に戻るって人も多いからねー。お酒を飲むのはそれこそしばらく休暇が与えられる武官達ぐらいだ。
その代わりと言ってはなんだが、開発中の飲み物を沢山用意しておいた。
今後栽培予定の果物を使った物とか、炭酸を使った物とか、多種揃えておりますわよ。是非飲んでみてください。
試飲だとわかっていたり直接感想を聞いたりすると緊張しちゃう人もいるかもしれないし、素の反応を見たいのでこっそり様子を見つつ反応を記憶しておく。
ディック達料理人の皆に協力してもらっただけあって中々好評らしくて良かった。炭酸の飲み物って無かったから受け入れてもらえるか心配だったんだよね。
クラヴィスさんから離れ、新しい飲み物や料理の売れ行きをそれとなく確認しつつ、戦争に参加していた武官達を中心に声を掛けたりして周りの様子を見て回る。
執務室から連れ出したといっても、こういった事も領主としての仕事だ。
今日は堅苦しい物じゃないから私が代わりにやっても問題無いだろうという算段です。全部は無理でも娘なら多少の責務は背負えるんでね。パパンにも楽にしてもらいたいし。
付き合わせてしまうディーア達には悪いが、四人には交代で休憩とでも言って順番に楽しんでもらうしかないか。
とりあえずフレンから行っておいでーと告げれば、ちょっと戸惑った様子を見せてから多種多様のデザートが並べられた一角へと早足で向かっていった。
遠目から見ても女性陣に人気だよねあのコーナー。料理人達がとても気合入れてたからまだ無くならないとは思うけど、アンナ達も早めに送り出さないとなー。
気になるだろうにいつもと変わらない澄ました顔で私の傍に控えてくれる二人を見つつ、ふと隅の方にいるシルバーさんを見つけそちらへと向かった。
「楽しめてますか? 何でしたらあっちにお酒もありますよー」
「……今禁酒中でな。それにこんな面白い飲みモン初めて飲んだわ。こいつも嬢ちゃんが開発したのか?」
「まぁ、そんなとこです」
「すげぇな……あのクラヴィスが大事にしてるだけある」
手に持っているのが炭酸のジュースだったため声を掛けたのだが、まさかの禁酒中だった。
見た目が厳ついから勝手にお酒とか好きそうだと思ってたや。こりゃ失敬。
開発といっても先人達の真似をしているだけだからちょっと返しに困るのだが、この世界に合うよう私なりに試行錯誤はしているので贈られた賛辞は素直に受け取っておく。私だって頑張ってるからね。えへん。
シルバーさんの口に合うのなら、外国に売り出しても問題無いだろう。お酒も色々開発中だしジュース類共々早く売り出したいもんだわ。
ついでに長持ちするおつまみも売り出してー、グラスとかも売り出せば一緒に買ってくれそうだよね。それこそ色付きガラスが猛威を振るいそう。
となると冷蔵庫の製造も進めたいなぁ……作れる魔導士の数が足りないんだけどさ。シルバーさんの育成にノゲイラの未来が掛かってるね。
炭酸について興味深そうにしていたので、これも魔道具で作っているのだと軽く説明すれば驚かれる。
これも実は私の話を聞いたクラヴィスさんが魔道具で再現してくれたんだよねー。魔法ってやっぱり便利。
シルバーさんにはこういった物の製作に関わってもらうんですよーと他愛のない話を始めれば、周囲の視線がちらほらこちらに向いているのを感じてより一層自然な笑顔を心掛けた。
私の傍に見知らぬ人物がいてもクラヴィスさんが気にしていないのを見ていれば、この人物は安全なのだとゲーリグ城の人達はすぐ理解してくれるだろう。
今後の事を考えれば、一刻も早くシルバーさんを受け入れてもらえると私も楽だからなぁ。こういう時にパパンの過保護が役立つわけです。
シルバーさんにも私の意図が伝わっているのか、積極的に質問してくれたおかげで話しやすくて助かった。魔法は詳しくないからそっち方面はパスさせてもらうけど。
そんな風に過ごしていたら、不意に背後から影が射し込む。
誰だろうかと振り向けば、小さな瓶を持ったクラヴィスさんが居て、目が合った途端優しく頭を撫でられた。
「気遣わせてすまないな」
「どうせ言うならお礼言ってくれる方が嬉しいですよぅ」
「……そうだな。ありがとうトウカ」
皆への対応とかシルバーさんとの事だろうが、こちとら謝罪も感謝も欲しいとは思ってないんでね。
撫でる手を受け入れつつちょっとした催促をすれば、すんなりとお礼の言葉が降って来た。うんうん、どうせ貰うならこっちの方が良いわ。
お礼のお礼として、子供らしくにへーと笑って見せれば、クラヴィスさんも口元を少し緩めて返した。
しっかしクラヴィスさんも随分自然と笑ってくれるようになったもんだ。その分被弾率が上がるんだが。今回はわかってたから耐えれた。
だがそれは私だけだったようで、間近で見ていたシルバーさんがぎょっとした顔をしていた。シド達ほどじゃないけど長い付き合いっぽいもんなー。
「お前……笑えたんだな……」
「私にも感情ぐらいあるが?」
「あっても笑ったとこなんざ見た事無かったっつーの。しかもそんな、なぁ?」
最後に疑問が提示されたのはわかったが、それは誰に聞いた物だったのか。
そんなって、何が? と首を傾げる私をクラヴィスさんは一撫でし、手に持っていた小さな瓶をシルバーさんへと渡した。
「……度数が低く、慣れていない者でも飲みやすい物だ。持っていけ」
その言葉に改めて見てみれば、それは最近できたばかりの新商品で、元の世界でいうチューハイのような物だった。
度数が高いお酒が好きな人からはただのジュースと言われる類の物だが、お酒はお酒だ。
禁酒中だと言っていたシルバーさんに渡すのはいかがな物かと、小さな瓶を差し出しているクラヴィスさんの袖を引っ張る。
「クラヴィスさん、シルバーさんはさっき禁酒中って……」
「……シルバーへの物ではないから、良いんだ」
じゃあ誰に、と見上げた先にある顔は、先ほどまでとは違ってどこか物憂げで。
静かに受け取ったシルバーさんへと視線を移せば、彼もまた、寂しそうに瓶を見つめていた。
よろしければ評価・感想のほどよろしくお願いします。




