類は友を呼ぶらしい
例の魔導士の行動や思惑など、色々わかったけれど、私は変わらず領地の発展を頑張れば良いってわけだ。
国内に広める種の用意とか新たに考えなければいけない事も増えたものの、品種改良に手を付けた時に各地についても調べてたから、それを応用すればすぐに解決するはず。
何ならそれぞれの領地向けの開発を進めたって良いぐらいだ。ノゲイラと仲の良い領地を優先して何か考えておこうかしら。
そうクラヴィスさんの膝の上でふむふむ言いながら考えていたが、ついでと言わんばかりに告げられた事に目が輝いた。
「シルバーだが、今後はノゲイラで魔法関連の仕事をしながら、設立を予定している魔導士学校で教師としても働いてもらう。
ポーション精製も魔道具作成もこなせ、魔導士の育成に至ってはあちらでもしていた。申し分ないだろう」
「マジですか!? 助かるぅ……!」
まさかの人材供給に自然と口角が上がっていく。開校に向けて校舎の準備等は進んでいたものの、どうしても教師として働ける人が居なくて困ってたんだよねぇ……!
最悪ディーア達とか騎士とか、ある程度魔法を扱える人達でどうにかしようってなってたけどさぁ……これ以上仕事増やすわけにはいかない。ただでさえオーバーワーク気味なんだ。死人が出ちゃう。
問題だった教師が見つかったのなら、後はとんとん拍子で進むはず。春には無事に開校できそうで良かったわ。
「軽く聞いてはいたが、マジで嬢ちゃんも領地経営に関わってんだな……公営の、しかも魔導士の学校なんて聞いたことねぇぞ」
「これから魔道具の需要が増えていきますから、人手を増やさなきゃいけないんですよ」
例の魔導士や今後の話を堂々としていたから察していたけど、やっぱり私の事も含めて色々と話していたようだ。
シルバーさんが信じられないとばかりにこちらを見ているが、ノゲイラに来たなら慣れてもらわなければいけないので軽く流す。
この世界における魔法は、基本見様見真似で身に着けるもので、魔導士になるほど魔法を学ぶには魔導士に弟子入りするぐらいしかないそうだ。
何でも火を起こしたり水を作ったりといった簡単な魔法と違って、強力な事象を起こせる魔法陣などは人それぞれ相性があるため、他人の物を参考にする事はあっても大抵は自分で確立させていくものだそう。
むしろシルバーさんのように他者へ教えられる程知識がある人の方が少ないそうだ。あれ、もしかしてこの人有能? 良い人連れてきてくれたね。ラッキー。
本音を言えば読み書き計算といった普通の学校を優先したかったが、農業方面がもう少し安定しない限り、貴重な人手を割けないと民から反発されてしまう。
現状街には数十人規模の小さな塾を設けたり、村には定期的に文官を派遣して読み書き計算を教えるよう手配してるけど、どうしても間が空いてしまうので熱心な人でもない限り早々根付かない。
だから先に一定の魔道具を作れる魔導士を増やし、元の世界でいうコンバイン等を増産しないといけないのである。動力が魔力な分、製造にはどうしたって魔法の知識が必要なもんで。
「勧誘の方はどうなっている?」
「先日終わりました。来れる人は寮に入ってもらって、城下町で仕事をしてもらいつつ予習という形で皆に見てもらってます」
生徒を集めるといってもそもそもの話、魔力はあっても魔導士になろうという人自体そう多くない。
教育体制が整っていないのも大きいと思うが、生まれつき魔力の量に差がある分、限られた人間しか魔導士になれないという認識が強い。
その上貴族など裕福な家なら魔法を学ぶ余裕があるけれど、日々の暮らしのため働かなければならない民はそんな余裕もない。
そのため調査等で文官が各地へ赴く際、魔法の才がありそうな人を中心に生徒の勧誘をしてもらっていた。
そうして募ったのは十歳から三十歳までの男女十三名。農家の子供だったり商人だったりと色々な人が集まっている。
寮も用意して食と住の心配はしなくて良いようにしているけれど、開校までは期間があり、その間の生活もある。
そのため希望者には城下町で城関係の仕事を手伝ってもらいつつ、ポーションの調合や魔道具に触れる機会を設けておいた。
手伝いといっても立派な仕事なので、きちんと給料も出している。生徒の中でも特に成人している人達からは勉強しながらお金も貯められると好評ですのよ。
まだ試験的な物だから定員は少なく十人弱にしたけれど、住む場所と食事、仕事もあるとなれば入学したい人という人は山ほど居る。
生徒を増やすなら教師も増やす必要があるのが一番のネックだが、これ以上教師は見つかりそうにないから、そちらも人材育成していくしかないだろう。
教師の育成、しかも魔導士のってなると何年かかるやら。短く見積もっても五年は無理だろう。一期生の生徒さん達に期待かなぁ。
急いでいても長期間かかるだろう魔導士育成計画をぼんやりと考えていた中、不意に聞こえた声に意識が向いた。
「いい加減片付けねばな……」
頭上から零れ落ちたその呟きは口元を手に覆われていたのもあり、間近に居た私以外誰も拾えなかったらしい。
何を、と見上げた先に灯っていたのは体が竦むほど冷たい煌めきで、いつか見た遠い誰かへ向けていた昏い業火と同じだと気付いたのはすぐだった。
「……じゃあ、私はここで失礼しますね」
今後の方針は十分理解したし、留守の間の報告はカイルがいれば問題無いだろう。
ちらっとアースさんを見れば、クラヴィスさんの肩から動かずゆるゆると尻尾を振られる。
作物について聞きたい事があったのだが、後でも良いかと思い直し、私を支えていた緩い拘束を解いて、ぴょこんとクラヴィスさんの膝から飛び降りた。
あの時、アースさんと契約を結んだ時、私には関わらせないとはっきり言い切っていた誰かがまた関わっている。
それが誰なのか。気にはなるけれど、私への気遣いだとわかっているから何も言わないし何も聞かない。
知らない事で守られているのだと知っているから、私は無知な子供らしく笑ってみせるだけだ。
「今夜はおかえりパーティーだからねー。今日はお仕事もほどほどにしててくださいねー」
何はともあれ、皆無事に帰ってきたんだもの。
問題は山積みだとしても、お祝い事はしっかりお祝いしないとね。城の皆も張り切ってたし。
放っておいたら仕事ばかりしそうな面々に釘を刺せば、一拍の間を置いて頷かれる。
おやおや、今の間は怪しいですねぇ? パーティーの準備が終わる頃に呼びに来ないとだな。
頭の端にメモしておき、準備でも手伝いに行こうとディーア達も一緒に部屋を出ようとすると、クラヴィスさんがディーアを呼び止めた。
次いでシルバーさんへディーアに付いて行くよう指示を出す。
「ノゲイラでもその髪色は目立つ。別の色に変えておけ」
もう話は良いのかと事の成り行きを見ていたが、そう言われて自然とシルバーさんの頭へと視線が集まる。
夕焼けを思わせるような緋色の髪はとても色鮮やかで、確かに周囲の目を惹き付ける。
そういえばオネスト・ファルムと言えばシェンゼでは紅緋の獣と呼ばれてたんだっけ。メイオーラだと紅緋の英雄だったっけ。
時折聞いていた呼び名はきっとその派手な緋色の髪から名付けられたのだろう。わかりやすいです。
しかしオネスト・ファルムは死んだ事になっている今、彼と同じ特徴があるのはいささかまずいだろう。
わざわざ儀装までしたって事は隠したいんだろうし。隠せる気は一切してないが。
幸いポーションで染髪剤も作ってあるから綺麗に染められるはず。
とりあえずシルバーさんには再びフードを被ってもらい、私達は一緒に執務室を後にする。
安全性をクリアできたばかりでまだ試薬段階のポーションなんだけどね。ついでに意見聞かせてもらおっと。
執務室を出て、シルバーさんに軽く案内しながら研究室の方へと向かっていると、ディーアがそっと魔道具を差し出す。
そこにはクラヴィスさんが居ない間の私を見ていたからこその言葉が綴られていて、苦笑いを返した。
『よろしいのですか? ずっと待っておられたのに』
「いつでも会えるからいーの。
それよりシルバーさんの髪色どうしよっか。目立たないようにするなら茶色とか?」
本音を言えばもう少し一緒に居たかった気持ちはあるけれど、ノゲイラに居るならいつでも会えるとわかっている。
だから大丈夫なのだと、まだ少し不安の残る心を誤魔化しわざと明るく先の事だけ見ていれば、ディーアも同じような苦笑いを浮かべて魔道具を操った。
『目元も隠した方が良いかと。彼の銀は有名です』
「じゃあサングラスも着けてもらってー、髪型も変えちゃう? シルバーさんは何か希望とか」
ありますか、と問おうと振り返ったが、何とも言えない微妙な顔をしているシルバーさんが視界に入る。
やるなら徹底的にした方が良いだろうし、いい機会だから試作品を試してもらおうと思っていたのだが、何か問題でもあるんだろうか。
「……あ、もしかして縛りに引っかかっちゃいますか?」
クラヴィスさんの指示があったからそのつもりでいたけど、そういえば魔法の縛りで偽名も考えるの大変だったねこの人。変装するのもアウトなのか?
髪を染めるのに特に何も言ってなかったからそこはセーフなんだろうけど、だとしたらどこまでセーフなんだろう。
首を傾げながらじっとシルバーさんを見上げれば、困ったように頬を掻いていた。あれ? もしかして本人でも把握してない?
「そーだなぁ……引っかかりそうではあるが、それほど厳しい縛りじゃねぇからなぁ。
捉え方によっちゃすり抜けられるし、破っちまってもしばらく魔眼が使えなくなるってだけで大した問題じゃねぇよ」
「それって結構困るのでは?」
「嬢ちゃんと同じ視界になるだけだ。縛りさえ守ってりゃその内勝手に戻るし……そもそも俺のコレは劣化品でなぁ。
ご先祖サマが持ってたっつー魔眼に比べりゃ大した事ねぇ分、縛りとしても弱いんだわ」
実際何度か破った事あるし、と笑うシルバーさんを見る限り、縛りがどこまで及ぶのか本人も明確にはわかっていないようだ。良いのかそれで。
本人がわかっていないなら色々試してみるしかなさそうだが……魔物との契約みたいに命に危険が無ければそこまで気にしなくても良いのかなぁ。魔法って不思議だね。
それにしても、クラヴィスさん達ですら見抜けなかった事実を見通した魔眼が劣化品とは。
先祖代々の物のようだが魔眼自体先ほど初めて聞いたため、あまり理解できていない私を見抜いたらしい。
シルバーさんは知っておけと言って私を覗き込んだ。
「この魔眼はシェンナード王国時代の貴族の一族が持ってたモンなんだよ。
千年前にこの国がシェンゼになった時、その貴族の分家がメイオーラの監視役として移住しててな。
で、その血を薄ーく継いでた俺が魔眼を発現させたってわけだ。つってもここ数百年で俺だけらしいが」
背の低い私に合わせてしゃがみ込み、指で目の下を押さえて大きく見開くシルバーさん。
促されるままよく見てみれば、銀の瞳には魔法陣らしきものが微かに輝いている。
「伝承だとありとあらゆるものを見通せたとされていて、未来すら視えてたんだとよ。
それに比べりゃ俺の魔眼なんて残りカスみてぇなモンでしかねぇんだが、本家の奴らからすりゃこんなのでも欲し、あー……な?」
「シェンゼには本家の血筋があるのに誰も魔眼を持っていないから、シルバーさんは狙われているってわけですねー」
「わかっちまうよなぁそうだよなぁ……!」
思わずと言った様子で頭を抱えるシルバーさんに、私達は揃って微妙な顔をして顔を見合わせた。
多分、教えようとしたのは伝承のところまでで、後半の本家云々は黙ってるつもりだったんだろうね。ものの見事に零れちゃってたけど。
とはいえ戦死したよう偽装して、身分も姿も変える必要があって、魔眼という特別な力を持っている。
子供に対してそういった話はしないよう気遣ってくれているのはわかるので言わないけれど、正直そこまでわかってたら何となく予想できちゃうと思うよ。言わないけど。
王都に比べて人が少なく、情報の流出も限られているノゲイラなら、多少ボロが出ても誤魔化せるだろう。
だから連れて来たっていうのもありそうだなぁと思いつつ、似たような事情を抱える者同士、できる事はしてあげようと未だ項垂れているシルバーさんに立つよう促した。まずはイメチェンしましょうねー。
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