お宝を有効活用しまして
どういうこっちゃと呆ける私の頭を一撫でするクラヴィスさん。
その表情は先ほどまでとは違って確かな明るさが窺えて、本気で言っているのが伝わってくる。うん、どういうこっちゃ。
言葉にせず視線と態度だけで問えば、クラヴィスさんは黙って指を振る。
指先から広がった光は部屋の中央に留まり、くるりと回転したかと思えば魔力で描かれた世界地図が現れた。
といってもまともに測量が行われていないこの世界で正確な地図を描けるわけも無く、どの方向にどの国があるか、どの程度の規模かといった物が大まかに描かれただけの簡易な物ではあるけれど。
そういえば少し前にやり始めたノゲイラの測量もそろそろ終わる頃かなぁ、なんて思考が飛びかけるが、今考える事じゃないか。
真面目に聞かないと、と姿勢を正し地図を見つめれば、クラヴィスさんは地図に線を書き足していく。
「これが現在、交渉を行った形跡が確認されている国だ。
この様子だと恐らく隣接する全ての国は怪しいと思って構わん」
シェンゼの西にあるメイオーラから、幾つかの赤い線が伸びる。
まるで蜘蛛の巣のようにメイオーラを中心に広がっていく線に思わず顔を顰める。
最低でも同時に五カ国以上とやってるとか、元手が物であれ命であれ限りがあるというのに何を考えてるんだろうか。
仮に交渉が成功して取引が成立した場合、メイオーラには何も残らないんじゃないかな。もう手当たり次第やってるって言ってくれた方が理解できるよ。
しかもあれだけ取引を持ち込んでおきながら、戦争まで起こしているわけである。戦争なんて勝っても負けても消耗するのに、ホント何考えてんだろうね?
「今はまだ戦争が終結したばかりで静かだが、死兵や魔物の存在は死を弄ぶ禁忌の術。放っておいてもあの存在は世界に知れ渡り、問題視される。
しかしどのような力であれ、利益が大きいと判断すれば、民だけでなく各国からも反感を買ってでも魔導士と手を組みたいと望む国は出てくるはず。
そうなる前に、こちらと手を組む方が利益があると思わせ、味方に付けようと考えている」
多分、これが交渉が上手く行っていない要因の一つなんだろうなぁ。
いくら力を欲していても、それを得る際に生じるリスクの大きさがこうもはっきり見えると、早々手を出せる人もいないわけだ。
明らか商売下手じゃん。何だかどうにかなりそうな気がしてきた。
クラヴィスさんもそう考えての『周囲を味方に付ける』なんだろう。
考えはわかったし、勝ち目もありそうだなとは思うけれど、相手は禁忌と呼ばれる力の持ち主。
しかも一国を売ってまでいるわけだから、並大抵の利益だけではこちらに傾いてくれそうにないのは変わらない。
「具体的にどうするつもりなの?」
「基本的にはいつもと変わらない。領地を発展させ、暮らしを良くする。
違うのはその発展を他国との取引に用いるという事だ」
周りが欲しがる物となると何があるのか、首を傾げていたが、クラヴィスさんの一言を聞き納得する。
そうだよノゲイラの技術はこの世界じゃオーバーテクノロジーなんだった。
なんてったって畑に肥料を使う事すら常識ではない世界である。あまり知らないけど他の国も同じらしいし。自分の持ってる知識の価値が頭から抜けてたわ。
クラヴィスさんの庇護の元、こうも好き勝手にしてると認識がおかしくなっちゃうんだよねぇ。
ノゲイラでの当たり前は外野からすれば異端である。忘れているわけではないけれど、もう当たり前すぎて気を付けないと忘れちゃうぜ。
何なら魔法のおかげで元の世界の価値観で考えてもおかしな事してますし。通常何年もかかる品種改良が簡単にできるのは流石に頭おかしいんだわ。
以前宝だと言われた時の事を思い返し、改めて自分の持つ価値を認識する。
私は宝。持っている知識が、という前置きは付くけれど、クラヴィスさんがそう言っていたからそうなのです。
だから私が居るからできる事なんだなと理解が追い付いたところで、クラヴィスさんは今後について語り始めた。
「まずは今回の戦争に使われた死兵達について他国へ周知しメイオーラを糾弾。国として孤立させる。
メイオーラが全ての責を魔導士に押し付け差し出してくれればそれで片付くが、報告を聞く限りむしろ庇うだろう。
そうしてあちらが火消や取引に追われている間に、こちらから各国と取引を持ちかける」
初っ端から火力が高い気がするが、メイオーラがこの世界における禁忌を犯したのは事実。
ただでさえ国内の生産力が低いメイオーラだ。周りとの繋がりが危うくなればそれだけで致命傷になる。
それでも魔導士を庇うと断定されているとなると、それだけ狂いきっているのか。
捨てたとはいえ、故郷であるメイオーラの行く末に関わる事だ。
大丈夫だろうかとシルバーさんの様子を窺えば、彼は黙って地図を見つめていた。
もう、未練はないのだろうか。その表情はただひたすらに無で、心配になる。
出会って数時間にも満たない時間しか過ごしていないけど、子供に気を遣ってくれる優しい人なのは十分わかっている。
しかしその心境までわかるはずも無く、言葉一つ出て来ない口を意識して閉じた。
「ノゲイラをここまで豊かにした知識はどのような国も欲しくてたまらない宝。
本当に国を豊かにしたいなら、禁忌による一時の力ではなく未来ある知識を選ぶだろう。
それに元々友好関係を築いている国も多い。その繋がりも使えばこちらの手を切るどころか、より強固な繋がりを望むはずだ。
上手く行けば魔導士を追い詰めるだけでなく、将来戦争の抑止にもなるだろう」
無理してなければ良いんだけどなぁとシルバーさんを気に掛けつつ、クラヴィスさんの説明を自分なりにかみ砕いて理解する。
侵略する力を欲する国であってもこの知識は欲しい物。
そして知識に限りは無く、例え複数の国と同時に取引しても、同じものを同じだけ共有できる。
侵攻したくとも戦力差が少なければ無暗に攻め入る事も出来ないし、もし戦争が起きそうになれば周りも黙っていない。
支援、敵対、静観。どれにしろ各国は立場を示す必要があり、各国の持つ繋がりがそれぞれの立場を知らしめる。
例えば、シェンゼのもたらした知識によって発展すれば、その国はシェンゼに恩があるわけで。
シェンゼに手を出せばその国も出張ってくるわけで──敵が多いとわかっていながら戦争を起こす国がいるか、という事だろう。多分。
いくら領主の娘だっていっても開発メインで領地経営は大体パパン達任せだからな。
個人とか領地の間ならまだしも、国家のあれそれがそう簡単に理解できるかって話です。
要するにお互いが助け合いつつ見張り合う関係に持ち込もうって話で良いんだよね? ね?
ノゲイラだけでなくシェンゼや色んな国が豊かになり、戦争も起こりにくくなるなら私は大歓迎だ。
しかし世界は善意だけで成り立っているわけではない。
「皆が生きやすくなるのは大賛成ですけど……知識も力も、両方得ようとする人も出てくるんじゃないですか?」
「居たとしても、シェンゼが表立って糾弾している相手と繋がりを持っているのが知られれば、シェンゼだけでなく周囲の国からも不義理を働いたと反発を食らう。
その危険を抱えてでも両方手に入れようとする愚者は居ないと思いたいが……最終的には契約と信頼に頼るしかないだろうな」
どこにも欲深い人はいるものだ。それに利用されないかだけが懸念だが、やはりある程度は呑み込むしかないか。
クラヴィスさんでもそう言うなら仕方ないと思う反面、なんだかなぁと微妙な顔をしていたら、緩く頬を撫でられた。
「それに取引をするといっても、技術を売り過ぎれば将来こちらの首を絞めることになりかねん。
まずは土台強化を優先しシェンゼ全域の発展を、魔導士が片付くまでは他国へ売る技術は限定し、あくまでもシェンゼが優位になるよう調整する予定だ」
「……まぁ、肥料なんかも知ったところで上手く行くとは限りませんしねぇ」
技術提供によって攻め入る隙を作ってしまったら本末転倒だが、この技術は様々な試行錯誤を重ねた上で今に至っている。
アースさんが魔流を弄ってくれたおかげでノゲイラ全体の作物の育ちが良くなっているとはいえ、その土地によっては育て方も変わってくるからね。
多少技術を渡したところでそう簡単に追い抜かれはしないと思うが、調整の仕方によっては技術の価値を高め、より一層惹き付ける事もできるだろう。
いっその事今のノゲイラを見せちゃえば、末永いお付き合いを望む人も出てくるんじゃないかしら。
なんてったって全体的に近代辺りには近付いたと思うんで。一部はもう現代だろうけど。頑張った。
とはいえ、私達はノゲイラという領地であってシェンゼという国ではない。
いくらシェンゼにも広めるとしても、他国に技術を売るのって問題にならないんだろうか。
「でもそれ、売国とか内通を疑われたりしませんか? 大丈夫なの?」
「他国との取引は陛下の政策として行われる。ノゲイラはただ新たな技術を広めただけだ」
「なるほど実行犯は別と」
下手に立ち回れば技術を漏洩させたと言われて国王の評価が下がりかねないが、そこは上手くやる自信があるんだろう。
自国だけでなく他国への慈愛をも忘れぬ善き王と呼ばれるか、国を売った悪しき王と呼ばれるか。
シェンゼと各国の発展にどれだけ差があるかも重要になりそうだなこりゃ。国内が混乱するとノゲイラも困るので、ここは一肌脱ぐとしよう。
「シェンゼの発展優先ってことなら、国内には品種改良した種も広めちゃいましょうか。
色々品種作ってるので、その地域の気候に合った種を用意できますよ」
「構わないが、良いのか? 随分手間を掛けていただろう」
「育てたくとも土地にも限りがありますからねー。しかも色々作ったは良いけどノゲイラじゃ向いてないのも結構ありまして。
あ、ついでにうちじゃ育てにくい作物とか教えて育ててもらいましょうよ! 胡椒とか!」
クラヴィスさんの魔法とアースさんの力でどうにか育てられない事も無いけどさぁ……ノゲイラの気候で育てるの正直無茶なのよ。環境整備するとなったら滅茶苦茶お金かかるのよ。
南西の地域なら行けるはず。育てやすいよう苗は私の庭園でどうにか用意するからさ。胡椒育ててもらおうよ絶対売れる。
そんな私の熱意が伝わったのか、シェンゼ全域には技術だけでなく、品種改良したアムイの種とその土地に合いそうな作物も提供されることとなった。これはまた忙しくなるぞぉ……!
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