表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/192

空白を知る

 何とも言えない空気が漂う中、全く気にならないのか、シルバーさんがふと思い至った様子でじっと私を見下ろす。

 新たな名前の由来にもなった銀の瞳は怪訝そうに細められていて、何だろうかと首を傾げる私にシルバーさんは爆弾を落とした。



「なるほどねぇ……嬢ちゃんも色々抱えてんだな。魔力を全て奪われるなんざ、聞いたことねぇぜ」


「……はい?」



 自分に魔力が無いのは知ってるけど奪われてるってどういうこと?

 そう疑問に抱いたのは私だけでなく、部屋に居た全員の視線が一気にシルバーさんへと向けられる。



「おい、それはどういうことだ」


「どういうことも何も、嬢ちゃんの魔力奪われちまったんだろ? 変な靄が掛かってて見えにくいが痕跡あるぞ」



 急に集まった視線に驚いた様子を見せたけれど、クラヴィスさんに低い声で問われ頬を掻きながら答えるシルバーさん。

 その答えを聞いた途端、今度は私に視線が集まって、何が何だかわからない私はただ困惑するしかなかった。


 何なんですの一体。私何もしてない、っていうかシルバーさんは何を見たの?

 説明を求めようにもクラヴィスさんもアースさんも難しい顔で私を見ていて、どこか重い空気に誰も口を開けない。

 何か重大な事実らしいけど、本人はさっぱりわかっていません。

 思わず「うぇえ……」と小さく鳴き声を零していた私を救ったのは、他ならぬ爆弾発言の主だった。



「俺の目は魔眼っていう特殊な目でな。色んなモンが見えるんだ。

 つってもそこまで便利なモンじゃなくってよ、わりぃが犯人は追えそうにねぇ。それは諦めて欲しい。

 で、魔力を奪われるってのは命を奪われると同じような事なんだよ。それなのに嬢ちゃんは生きてる。代わりに魔力を失っちまってるが、それでも奇跡みたいなもんなんだ」



 私が理解できていないのを知ってか、シルバーさんはしゃがんで視線を合わせ、自分の目を指し示しながら説明を始める。

 多分子供相手だからと色々端折ってわかるように説明してくれているんだろう。

 一言一言反応を窺っている様子が見て取れて、理解していることが伝わるようこくこくと頷く。



「他人の魔力を奪う方法は幾つか知ってるが……魔力は自分が生まれ持った力だ。そう簡単に奪えるモンじゃねぇ。

 それを根こそぎ奪うなんざ相手は相当実力があるやつだろうな。

 しかもこれは……魔力の根源から奪ってやがるのか? こんな一欠けらも無く綺麗に盗られてりゃ、魔盲だって勘違いするのも無理はねぇよ」



 魔眼だと言った銀の瞳でじぃっと私を見つめていたシルバーさんだったが、最後は私では無くクラヴィスさんへと向けてそう告げる。

 つられて頭上を見上げれば、クラヴィスさんがいつになく険しい顔で私を見つめていた。顔が整ってる分、圧がすげぇです。びっくりした。



「……その可能性を考えなかった事を悔いているだけだ」


「いや無理だろそんなん。魔力の根源奪うなんざ聞いたことねぇって」



 深いため息の後呟かれたのは滅多に聞かない後悔の言葉で、シルバーさんは仕方ないと軽く手を振り一蹴する。

 事情を知らない人はともかく、私とクラヴィスさんの間では、元々魔法の無い世界から来ているから魔力が無いのも仕方ないっていう認識だったんだ。

 それに色々知っているアースさんですら魔力が無いだけだと判断していた程だ。シルバーさんの言う通り、気付かないのも無理は無かったんだろう。


 クラヴィスさんに出会ったあの時にはもう私に魔力は無かった。

 知らないだけで生まれた時から持っていたとしても、元の世界からこの世界に来たあの時、意識を失っていた間に何かがあったという事。

 一体誰が魔力を奪ったのか──私を狙う存在が脳裏を過ぎり、クラヴィスさんの手を握る。



「……まさか……例の魔導士が……?」



 何故か私を狙う誰か。その理由が私が持っていたはずの魔力に関わる事だったのなら。

 ぞわぞわと心を蝕む何かにせっつかれるように、根拠も証拠も無いただの憶測を呟く。

 すぐさま握り返された温かな手に少し落ち着いたが、苦い顔を浮かべる手の主に嫌な予感がした。



「……もしかして、居たの?」



 確信めいた疑問を受け、僅かに揺らいだ黒の瞳は何を見て来たのか。

 短く息を吐いた後、はっきりと頷いたクラヴィスさんは私を抱える腕の力を少し強める。



「今回の戦争には死者でありながら動かされ続けている者達、死兵が動員されていた。

 私も実際に確認したが、以前ノゲイラに現れた者達と同じ魔力で操られていた。今回の戦争に例の魔導士が関与していたのは間違いない。

 そしてシルバー達がメイオーラ内を調査した結果、幾つかわかった事がある」



 大方共有しやすいように呼び名を付けたのだろう。死兵という初めて聞く呼び名を告げられ、あの日の事が蘇る。

 自ずと顔が強張ってしまうが、私にも何らかの関係があること。

 しっかり聞かなければと、説明するよう促されているシルバーさんを見れば、困ったように私を見ていた。



「良いのか? 機密だし、何より子供にゃ酷な話だぞ」


「構いません。教えてください」



 魔眼とやらでも私の中身までは見通せないのか。幼い子供の心を守ろうとするのは大人として正しい事だろうけれど、私は見た目通りの子供ではない。

 だからこそ、クラヴィスさんではなく私からもう一度促せば、嫌になればすぐに言うようにと、配慮を忘れずに語り始めた。



「二年ぐらい前か、ある魔導士がメイオーラの国王や重鎮に取り入ってたらしくてな。気付いた頃にゃ王宮はあいつのモンになってた。

 丁度そいつが現れた頃から行方不明者が出始めてて……俺達が調べたところ、そいつはある程度力のある魔導士は魔堕ちさせて魔物にし、他の奴は何かの贄にした挙句死兵として利用していた。

 確証はねぇが天気を操ったなんて話もある。実際妙な魔力が動いたと思ったら雨が降ったりしててな……そいつがやけに担がれるようになったのもその辺りだった」



 以前アースさんは天候を操るなんて普通の存在ではできないと言っていた。そんな事をすれば肉体が持たないと。

 死者を操り、人を魔物に変えることができるのなら、天候を操るのも容易い事なのだろうか。

 謎が明るみになっていくと同時、得体の知れない存在への恐怖が深まっていくのを感じ、繋いだ手に力が入る。


 そんな私を見て止めるべきかと気遣わし気な視線が向けられるけれど、黙って待つ姿勢を示せば、向けられていた銀が微かに揺れ、まるで眩しい物を見るかのように細められる。

 どうかしたのだろうかとシルバーさんを見るが、彼は胸中を明かすつもりは無いようで、ただ静かに事実を続けた。



「俺の魔眼を恐れていたのか、どうにも避けられてたみたいでな。ふらっと現れては消えやがるし、近付こうにも近付けやしねぇ。

 貴族共ですらそいつの素顔を見た奴が居なくてよ。どうにか二十かそこらの女って事は聞き出せたが、それだけだ。

 ……で、だな。面倒なことにそいつは自分の手駒を増やしてただけでなく、メイオーラを利用して他の国と取引を進めてやがった。

 メイオーラの魔石に鉱石、何だったら土地まで売りつけてるみてぇでな。何なら相当な数の出向記録が消されてたから……人を売った可能性も大いにあるわけだ」



 一度区切った後、忌々し気に吐きだされた言葉に目を見開いたのは私だけでなく、カイル達も黙って驚きを露わにする。

 それはつまり、魔導士がメイオーラを売っていたという事で。その上でシェンゼに戦争を仕掛けたという事で。

 メイオーラの王族や貴族達は、正体のわからない者を担ぎ上げるだけでなく、自国が売り捌かれるのを許していたというのか。

 正気とは思えない事実に言葉を失くしていると、今度はクラヴィスさんが口を開いた。



「今も引き続き調べさせているが、少なくとも複数の国と接触した形跡が見つかっている。

 今回の戦争でメイオーラの国力は削れているが、他の国を味方に付けられたら厄介だ」



 隣国の狂気は気にかかるけれど、何はともあれ今後の対策が必要だ。

 例の魔導士がメイオーラに巣食っている以上、メイオーラに味方が増えれば敵が増えるだけ。

 再び戦争だって起こるかもしれないんだ。それも二ヶ国間の争いではなく、複数の国を相手取る破目になるかもしれない。


 それだけは避けなければ、とは思うけど、一体どうしたら良いんだろうか。

 そもそも私ができる事ってあるんだろうか。一領地の問題じゃなく、国家間の問題だぞ。スケールが違い過ぎてわかんないよ。

 事の大きさに頭を抱える私と違い、クラヴィスさん達には何か考えがあるらしい。ぽんぽんと頭を撫でられ思考から意識を引き戻される。



「幸い交渉は上手く行っていないらしく多少猶予はある。

 その間に我々の土台の強化だけでなく、周辺諸国をこちらの味方に付けようと考えている」


「味方にって……同盟でも組むんですか? 例の魔導士が取引している国が相手だったらそう簡単に頷いてくれないんじゃ……」



 限度があるかはわからないけれど、もし例の魔導士の味方になれば、死兵や魔物といったほぼ無尽蔵に近い戦力が後ろに着くわけだ。

 例え禁忌の術だとしても、虎視眈々と他国へ攻め入る機会を窺っている国なら、人々の反発を抑えてでも手にしたいと思うだろう。

 交渉する時点である程度取引が成立する見込みもあるはず。そんな相手を味方に付けるには、それ相応の対価が必要だ。


 土台強化はいつも通り頑張れば良さそうだけど、そちらはできる事なんて無さそうだ。

 何か手伝えればいいけどなぁなんて思っていたら、再び爆弾が落とされた。



「君がいるからできる事だ」


「はい?」



 ただの一般人に何言ってくれちゃってるのこの人。まさか戦争で過保護に加え親馬鹿にまでなりました?

よろしければ評価・感想のほどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ