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衝突

 夕闇広がる空のように、終わりをもたらす紫の炎が人だった者達を包み込む。

 歪められた命をあるべき形で、あるべき場所へと誘う導きの光は、大地を染める紅をも救い上げていく。

 何もかも取り零す事無く燃やし、空へと消えていく炎を見送ること暫く、シドが傍に現れた。



「兵達は無事か?」


「負傷者はあれど全て軽傷です。本部から撤退命令もあり、スライトと共に撤退を始めています」



 どうやら他の場所には魔物を送り込まなかったらしい。

 魔力を操り戦場全体に感知を広げて確認するが、打ち捨てられた者も逃げ遅れた者もいない。


 ここですべき事が終わったのなら、次へと向かうだけ。

 念のため軽く幻影を施し、袖を軽く裂いてからシドに持たせていた赤黒い液体を自分に振りかけ、ゆっくりと時間を掛けて陣地へと向かった。




 全身を赤黒く染め、従者の手を借りながら自身の天幕へと入っていく私を見て、シェンゼ王国の陣地は俄かに騒がしくなっていく。

 先に戻っていたノゲイラの兵士達も驚かせてしまったが、こればかりは仕方がない。

 血相を変えてポーションを持ち寄る兵士達から一つ受け取り、特に意味は無いが飲み干して見せ、人払いを言いつけてから奥へと進む。


 少々予想より兵士達に動揺が生まれていたが、彼等への対応は予定通りスライトがしてくれるだろう。

 垂れ幕を降ろして周りの視線を遮ったところで水を操り、ディーア特製の血を再現した特殊な着色料を全て洗い流す。



「……臭いまで再現しなくて良かったんだがな」


「腕が良すぎるのも考え物ですね」



 洗い流せる物は全て取り除いたが、すっかり服に染み付いているらしい。

 本当に血のように生臭い服を脱ぎ、受け取ったシドが苦笑い交じりに処分する。

 その間に専用の薬品を使って臭いを消し、手近な椅子に腰かけた。



「腕と、どこか他にもしておきますか」


「そうだな。見える位置ならどこでも構わん」



 着色料を少し染み込ませた包帯を手早く巻いていくシドに任せ、風を操り周囲の音を拾い集める。

 既に話が広まっているのか、陣地内は主に魔物についての話題で程良く騒がしくなっているようだ。

 ちらほらと聞こえる私の呼び名を幾つか拾ったところで風を散らす。


 流石にメイオーラの声までは拾えないが、あちらにはウィルが適当に情報を流してくれる手筈になっている。

 腕と首に包帯を巻き終え、新しい服を羽織っていると、シドがじっとこちらを見つめて来た。



「……怪我は無いようですが、本当にこの策で行くのですか?」



 相変わらず戦場という不確定要素の多い場所で私が囮になるのは納得できないのだろう。

 従者という立場にありながら、はっきりと顔を顰めて不服そうに問うシド。

 不敬だと咎められても仕方のない態度だが、前科のある私にそれができないと判り切っている腹心にこちらもはっきりと頷いて見せた。



「これほど忌々しい戦争はさっさと終わらせねばならんからな」



 魔導士が魔法に長けていても、詠唱破棄や魔法陣を魔力のみで描ける者は極僅かしかいない。

 そのため精々後方にて複数人で固まり、魔法陣を用いて強力な魔法を放ち前線の支援をするか、要人や砦を守るための結界等の防衛に専念するのが常だ。

 だからこそ私やオネストのように、たった一人で前線に赴き、戦況を変える事ができる異質な魔導士は特に注視される。



 シェンゼがオネストを野放しにできないのと同じく、メイオーラも私を野放しにはできない。

 特に作物の取れにくいメイオーラは軍備に不安があり、一刻も早く私を始末して戦況を優位に変えたいはず。

 オネストだけでなく魔物も使う事によって私が消耗していると思わせれば、メイオーラはより多くの魔物を送り込んで来るだろう。


 人間なら死ぬような傷を負っても死なず、ある程度の魔法も物ともしない魔物達。

 その上普通の魔導士なら必要な詠唱も無く放たれる魔法は、命を削っているらしく異様な威力を孕んでいる。

 兵士は勿論、騎士や魔導士でも手を焼く相手。常人であれば脅威になりうる魔物だが、私にとってはそれほど脅威ではない。


 肥大化した肉体で動きが鈍いため接近する事も距離を取る事も容易く、威力がある分魔力の動きも分かりやすいため防ぐ事も避ける事も容易い。

 しかも髪紐の効果で魔法の威力が上がっており、いつもより魔力の消耗が少なく済んでいる。これなら三倍近い量が来ても軽くあしらえるだろう。



 どうやら他にも効果があるようだが、はてさてどのような効果なのか。

 嬉しい誤算に少し頬が緩むが、今は味方を騙しきることに専念しなければ。

 偽りの負傷を見せつけるため、赤く滲む包帯が良く見えるよう首元を緩め、陛下達がいる砦へと向かった。




 こちらの思惑通り、翌日の戦いでメイオーラは二十五体もの魔物を送り込んできた。

 ウィルの報告によれば作られた魔物の数は七十体程度のため、これで半数弱は終わった事になる。

 この分なら一週間も掛からず終結するか、そう思っていた矢先、メイオーラは切り札まで切ってきた。



 戦争が始まって五日目、私にとっては三度目の戦い。

 メイオーラは二十体の魔物を私に充てがい、五体の魔物を全体に分けて配置。

 そして陣地付近には何処に隠していたのか、小山のような大きさを持つ魔物が現れた。


 巨大すぎる肉体は動く事すら儘ならないだろうに、無理にでも這いずる度に至る所が張り裂け黒い体液をまき散らす。

 軽く十は越えるだろう魔力が内部で荒れ狂いながらも、一つの魔力によって押さえつけられ、繋ぎ止められている。

 その魔力は歪んでいるけれど間違いなくオネストの弟子の物だというのに、記憶に在る少年の姿は見る影も無く、ただただ異形がそこに居る。



 一体どれほど命を弄べば気が済むのか。

 怒りに揺れる魔力を抑えている間にも、遠くからでもはっきりと確認できる新たな魔物の登場に混乱が広がっていく。

 それでも構わず進軍を始めたメイオーラに対し、私は黙って魔力を練り上げた。


 あちらが終わらせるつもりなら、こちらもそのつもりでやらせてもらおう。

 魔力を操り道筋を作り、散らばる五体の魔物へ狙いを定め雷を落とす。

 壁として使うつもりもあっただろうが、既に彼等の耐久は把握している。

 突如雷が落ち、頼りにしていた魔物が燃やし尽くされる光景を目の当たりにしたメイオーラ軍から悲鳴が上がったが、構わず戦場を駆け抜けオネストの元へと向かう。



「オネスト……!」


「……来たか……悪ぃが最後まで付き合ってくれや……!」



 駆け抜けた先で待ち構えていたオネストは最早偽る事すらせず、魔物へ放つ魔法の数々に追従するよう魔法を上乗せする。

 これで全て出揃ったのだろう。辺りに魔物の断末魔が響く中、告げられた最後という言葉に頷き返す。

 まずは周りの魔物達を、と思ったその時、人の声が入り交じった獣の咆哮が戦場に響き渡った。



 耳を劈く咆哮に何事かと思う間も無く、響き続ける叫びと共に空を埋め尽くす魔法の数々が降り注ぐ。

 形振り構って居られないのか、敵味方等関係ないとばかりに襲い掛かる魔法に思わず舌打ちが出る。

 結界を張るには時間が無く、戦場全体を覆える物では防ぎきれない。

 せめて幾つか撃ち落とすべく百を超える魔法を空へと放てば、上空で数多の爆発が起こった。


 撃ち漏らした物が戦場に落ちるが、それでも被害は抑えられたか。

 咄嗟だったため魔力の使い過ぎで熱を持ち始めた体に顔を顰めつつ、魔法の出どころだろうメイオーラの陣地を見れば、あの魔物が歪んだ魔力を練り上げているのが見て取れた。


 またあの攻撃をしてくるつもりなのだろう。

 未だ降り注ぐ魔法に傷付きながら襲い掛かる魔物達を捌きつつ、契約を伝って彼の名を呼ぶ。

 次の波には間に合うか。遥かノゲイラから飛び立つ龍の気配を感じながら伸びて来た魔物の腕を切り払えば、横から魔法が飛び魔物が炎に包まれた。



「……あいつに、こんな事させやがって……!」


「お前ですら知らされてなかったか」


「知ってたらお前に伝えてるっての! どうせ一部の奴しか知らねぇんだろ……!」



 オネストの裏切りが知られたのか、それともオネストすらも捨てたのか。

 どちらにせよメイオーラはオネスト諸共私を葬るつもりらしい。

 空から落ちた魔法にその身を削られても魔物達は止まらず、私達の周囲を取り囲むべく動いている。


 弟子だった者、教え子だった者達の未来を奪われ捨て駒にされるだけでなく、殺し合わされている彼の胸中は如何ほどか。

 忌々し気に吐き棄て怒りを露わにしても、それでも魔物達に放つ魔法に怒りは乗せず、一体一体丁寧に終わらせていくオネストに背中を預けた。



「私の契約獣が来る。それまでに近くの魔物を片付けるぞ」


「あの魔法はどうすんだ? メイオーラはもうどうでもいいが、お前はそうもいかねぇだろ」


「問題無い」



 足元に魔法陣を展開させ、迫る魔物達を氷漬けにして大地に縛り付ける。

 動きを止められ呻く魔物達をオネストに任せ、私は空へと七つの魔法陣を描いた。



「次は落とす」



 円を成す七つの魔法陣が巨大な一つの魔法陣となって頭上に浮かび上がる。

 そこに込めた魔力は先ほどの魔法など軽々と凌駕する物で、魔力によって浮かび上がった髪の中で銀と金が煌めく。



「あぁ……なるほど、その髪紐か。それで魔力を高めてんのなら納得だわ」



 その銀の瞳に何か視えたのだろう。

 あれほどの数の魔法を防ぐなら百を超える魔導士が必要だというのに、たった一人で行おうとしている私をオネストは止めずただ剣を振るう。



「お前の魔力を更に高めるなんざ、末恐ろしい魔道具もあるもんだなぁ……!!」



 これが偶然作り出された物だと知れば、この男はどのような反応を見せるだろうか。

 魔物達の相手を一手に引き受けたオネストの背中を横目に、再び放たれた数多の魔法を今度は全て撃ち落とすべく、魔法陣へと魔力を送り込んだ。

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まさに「鬼に金棒」か
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