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弔い

残酷描写注意です。

 慌ただしく陣形を作る兵士達の中、ノゲイラを表すドラゴンが抱く剣と盾の紋章と、ユーティカを表す月と五枚の花弁を咲かせる大輪の紋章を見つけそちらへと向かう。

 ユーティカと名乗るようになってから背負うようになったこの紋章は、他の紋章と違って随分簡素で描きやすいが、紋章が持つ意味故にこういった場面でもない限り使わない。

 自分の物となったというのに未だ慣れぬ旗の下、既に整列した兵士達と共に待機していたスライトがこちらに気付き駆け寄って来た。



「首尾は」


「抜かりなく。魔導士オネストと共に十五体の魔物、五十を超える兵士を確認している。

 今も偵察中だが、ここに投入される以上、死兵に間違いないだろう」


「……普通の兵士なら巻き込まれるだけだからな」



 手短に報告を済ませるスライトに頷き、遠くに見えるメイオーラの兵士達へと視線を向ける。

 この距離からでは死兵かどうかの判別が付かないが、貴重な兵士達を死ぬだけの戦地に送り込むほどあちらも狂いきってはいないだろう。

 オネストが引き連れて来てくれたのか、上が勝手に送り込んだのかは知らないが、こちらにとっては死兵を減らせる良い機会。

 ノゲイラの者には二年前から叩き込んでいるため、死兵への対処は心配しなくて良いだろう。だが、あの魔物だけは別だ。



 開戦から今まで二度起きている戦いで殺しきれたのはたった二体。

 その内一体は撤退するメイオーラ軍の壁として戦場に残された挙句、碌な抵抗もせずに数多の魔法を受けて死したという。


 アースのような強大な力を持った存在には至っていないようだが、捻じ曲げられた歪な命が持つ力は如何ほどか。

 オネストやウィルの報告を見る限り、血による契約で無理矢理支配されている彼等が突如暴走することも考えられる。

 人としての意思を殺され、生物としての本能すら奪われ、使い捨てられるしかない彼等が何をもたらすのか、何一つわかっていないのだ。



 魔物になった彼等への同情はあれど、私は私の責務を果たさなければならない。

 その一つを果たすためノゲイラの兵達の前へと立てば、全員の視線がこちらに向けられた。



「皆も知っているように、メイオーラ軍に死兵の存在が確認されている。例の魔導士が関与しているのは明らかだ」



 緊張感の満たす空気の中、周囲の兵達が鳴らす喧騒に掻き消えないよう、声を張り上げ兵達へ告げる。

 見慣れた顔触れに混じる新鋭の兵達が顔を強張らせたのが見え、目を細める。


 今回連れて来た者達のほとんどは昔から私と共に戦場を切り抜けた実力者ばかりだが、中には数名ノゲイラで見つけた者もいる。

 二年前のあの日以来、鍛えられた彼等はスライト達もその実力を認めているものの、実戦経験が少ないのは否めない。

 だからこそ連れて来たというのもあるが、異質なこの戦場で一つでも判断を誤れば、その命は容易く失われるだろう。


 ノゲイラを守るために強くなった彼等を、遠く離れた地で散らせるわけにはいかない。

 そのための楔を打つべく、一国の将としては間違いだと後ろ指を指されるだろう言葉を告げた。



「死兵は勿論のこと、あの魔物達も特異な存在。

 この戦いに常識は通用しないと思い、各自、自身と仲間の命を第一に動くように」



 戦争において勝利を得るには犠牲がつきものだと、口にせずとも誰もが理解している。

 しかし勝つ事ではなく生きる事を強いる命令が響くと同時、微かな騒めきが生まれて広まっていく。

 隣の者と視線を交わす者や声を潜めて困惑を共有する者もいるが、ここまで漂う異質な魔力に大半の者は悟っただろう。

 先ほどよりも重い緊張が肌を突き刺すのに構わず言葉を続ける。



「我等は生きて勝ち、あの地に帰る。それを心に刻み各々全力を尽くせ」



 私の帰りを待つ彼女がいるように、彼等にも帰る場所と帰りを待つ者がいる。

 勝利は元より彼等を連れて帰るのも私の責務。

 故にはっきりと命じれば、一拍の間を置いて兵達は揃って短く答える。



「彼等は頼む」


「御意」


「確と」



 オネスト曰く、魔物達はあまり命令を聞かず、聞いても簡単な物だけだという。

 更に敵味方の判別もできないのか、メイオーラ軍だろうと構わず攻撃するモノもいるようだ。


 全て屠るつもりだが、一体でも討ち漏らすなり別部隊を狙われるなりすれば、大惨事になるのは目に見えている。

 そのためシドとスライトがそれぞれ兵を率いて左右に展開し、各個撃破に動いてもらう。

 三十弱という数でもその意気は百にも勝るだろうノゲイラの兵達を二人へ託し、戦場の中心へと足を向けた。




 雲一つ無い青く澄んだ空の下、二つの軍勢が相対する。

 時折吹く風は涼しく平常時なら心地よく感じただろうが、今にも戦いが始まろうとしているこの場ではただの風でしかない。

 とはいえ魔物の動きが鈍いのは本当らしく、敵の動きを察知してからシェンゼ側の準備は大方整ったが、メイオーラ側はまだ魔物の配置が済んでいないのが見て取れる。


 既に二日戦いが起こっており、今更どちらから仕掛けようと構わないだろうが、あまり砦から離れると後方で待機してる魔導士達の援護が受けられない。

 それにいくら魔物の動きが鈍いとしても、頑丈な肉体を持ち魔法を使ってくる相手へ無暗に攻め込んでもこちらの分が悪いだけ。

 私やオネストのように、単身最前線で戦い抜ける魔導士の方が珍しいのだから仕方ないと、じっと戦場を見据えて開戦を待っていたのだが、しばらくして正面から大きく燃え盛る炎の塊が飛んで来た。



 当たれば即死は免れないだろう巨大な炎に別部隊から悲鳴が響いたが、たかが挨拶程度の魔法に何を騒ぐのか。

 オネストが相手ならばこれぐらい普通だろうに、やはり初陣の者が多いのだなと納得しながら、魔力を込めた腕を振るう。


 腕から放たれた魔力が炎にぶつかり、程遠くない距離で大きな火柱が立つ。

 込められた魔力の少なさから、ただ敵であることを示すための軽い応酬のつもりだったようだが、開戦には十分過ぎる敵意と取られたらしい。

 シェンゼ王国軍とメイオーラ王国軍、どちらともなく雄叫びが上がり、両軍の兵達が駆けていく。



 魔物がまだ前線に出きっていないためもう少し待ちたかったのだが、始まってしまったものは仕方がない。

 標的が前線に出ていないのなら、標的の居る場所を前線にすれば良いだけのこと。


 すぐさま脚を魔力で強化し、一気に戦場を駆け抜る。

 兵よりも、馬よりも速く駆け、魔物達を従え待ち構えるオネストへと剣を振り下ろす。


 常人であれば近付いた事も、振り下ろされた事も気付けないだろう一振り。

 それをオネストは赤褐色の剣で軽々と受け止めた。



「よぉークラヴィス、元気そうじゃねぇか」


「お前も、随分と派手な挨拶だったなオネスト」


「何事も挨拶が基本だぜ? なぁ!」



 こうして実際に顔を突き合わせるのは何年ぶりか。

 耳を劈く剣撃をものともせず、友人に声をかけるような軽い口調で話しかけて来たオネストは手を止めることなく剣を振るい、背後で炎を生み出す。

 首を狙って振られた剣を受け流し、私が逸らす事を前提に放たれたであろう炎を風で逸らし、近くの魔物へと差し向ければ、人に近い大きさの魔物は業火に包まれた。


 しかし魔物を焼き切るには片手間の炎では足りなかったようだ。

 炎の中で呻くこともせず動き続ける魔物を視界の端に入れ、近寄る魔物達へ複数の魔法を放つ。


 炎に焼かれ、水に貫かれ、風に切り裂かれ、土に潰され、雷に打たれ、氷に固まる魔物達。

 それでも構わず動き続ける彼等は、どれだけ体を弄ばれたのだろうか。

 魔物に堕とされただけでなく、何らかの方法で強化されているだろう肉体の頑丈さに顔を顰めると、目の前のオネストが緩く剣を振るった。



 監視の目は無さそうだが念のためらしい。

 殺意の無い一撃を受け止めると鍔迫り合いに持ち込まれる。

 より一層近寄った距離で合わさった銀の瞳は苦悩と怒りに満ちていた。



「彼は」


「奥だ。隠されてやがる」



 ここにいる魔物達が知っている魔力と違ったためそうだろうと思っていたが、奥の手として残されているのか。

 連れ出せなかったオネストの苛立ちが魔力となって溢れ出し、剣を弾いて距離を取る。



 多く受け入れた教え子達の中で、唯一オネストが弟子として迎え入れた者。

 それぞれの得意な魔法を見つけ伸ばしてやるだけだった教え子達とは違い、自分の持ちうる全てを継承し、更なる高みへと教え導いていたというたった一人の弟子。

 一度しか会った事は無いが、純粋で穏やかな魔力を持ったその少年の事は良く覚えている。


 いつか自分も師のように多くの子供達を教え導くのだと、数日前まで敵として戦っていた私に宣言した未来ある少年。

 良い魔導士になるだろうと思っていた。良き指導者となるだろうと思っていた。

 師であるオネストを父のように慕い、片時も離れなかった彼がどうなったかなど、オネストの様子を見れば嫌でもわかる。



 ──全て魔物にされたのだろう。弟子も、教え子達も、全て。



「さっさと終わらせるぞ」


「……わりぃな」



 奴らが彼を温存するのなら、その余裕を全て消し去ってやれば良い。

 手始めに、特に念入りに手を加えられただろう巨大な魔物から終わらせようか。

 少しでも早くオネストと彼を再会させるために、私は魔力を練り上げた。


 急速に練り上げられる魔力に周囲が歪み、風が吹き荒れる。

 普通の生物なら脅威を感じ距離を取るなりするだろう状況でも、魔物にされた彼等は何も感じないのだろう。

 オネストが距離を取る横で、他の魔物より三倍は大きな巨躯を持つ魔物がこちらに向けて炎と雷と水という三つの魔法を同時に放って来た。



 感じ取れた魔力は三つ。つまりあの魔物は三人の命を使っている。

 悍ましい行いに舌打ちしてしまうが、それを行った元凶はここに居ない。

 せめて早く終わらせてやるべく、魔法陣を展開しこちらに迫る三つの魔法を全て跳ね返し、次いで風の刃を放つ。


 肉と肉を無理矢理繋ぎ止められているせいで動くことも儘ならないのか。

 避ける素振りすら見せなかった巨躯は自身の魔法を正面から受け止めてしまい、動きが止まったところで風が真っ二つに切り裂いた。



 人と獣が入り交じったような呻き声をあげ、地に崩れ落ちる人だった魔物。

 その声は痛みからのものかと思ったが、最早痛みすらわからなくなっているのだろう。

 上半身は腕だったろう肉塊で、下半身は脚だったろう肉塊で地を押し、夥しい量の血を溢れさせながらこちらへと這い寄ってくる。


 もう死しかないというのに、楽に死ぬことも許されないのか。

 もう一度風を放ち、完全に殺しきってから次の魔物へと魔法を放った。




 時にはオネストの魔法を利用して威力を上げ、時にはオネストが放った魔法を避けて背後に居た魔物に当てて。

 魔物と意思疎通がまともにできないのを言い訳に、そうやってオネストと戦いを演じながら、魔物を一体一体確実に殺していく。

 ノゲイラの兵達も成果を上げ、死兵は全て燃やしきり、残り魔物が一体になったところでメイオーラ側から鐘の音が鳴り響いた。



「……撤退みてぇだな」



 戦場に出した魔物をほとんど失い、一度引き上げる判断を下したのだろう。

 各地でメイオーラ兵が撤退を始め、オネストも剣を収めて下がろうとしたところで、突如魔物が狂ったように叫び声上げた。

 何事かと思えばその身に宿る魔力が腹に集中し始め、それと呼応するように腹部が盛り上がり始める。

 それが自爆するつもりだと悟るのに、そう時間はかからなかった。



「お、おい! 何だこれ……!? リオン! 止めろ、止めるんだ!!」



 契約によって命じられた自爆に対し、契約主でもないオネストの静止が届くはずもない。

 魔力を集めるのを止めず、段々掠れて消えていく叫び声にオネストが駆け寄ろうとする。


 例え人としての全てを失っても、恩師を巻き込むのは本意ではないだろう。

 焦りから気付いていないオネストを結界で遮り、抵抗する前に風を操りメイオーラの陣営へと吹き飛ばす。



「クラヴィス!? っぅ……くそがぁ!!!」



 遠ざかる怒声を背にし、今にも破裂しそうな腹でこちらを見つめる魔物へと向き直る。

 いざとなればこの魔物でこの一帯を吹き飛ばすつもりだったのだろう。

 戦力であるオネストが離れ、敵である私しか傍に居ないのに、爆発を押さえ込む魔物と目を合わせた。



「良く、頑張ったな」



 契約主がどのような状況かまではわからないが、今この魔物の契約は破棄されている。

 そのおかげで死ぬ寸前で自我を取り戻したのか。

 もう何も言えず、ただ涙を流して私を見つめる瞳には人としての意思が宿っている。



「……良い夢を」



 助けてやることはできない。止めてやることもできない。

 だから、せめて誰も傷付けないように強固な結界で覆ってやり、せめて最期は良い夢を見られるように本人が一番幸せだった日々の幻影を施す。

 変質して顔もわからなくなっている誰かが、どこか安らかな表情を見せたと同時、結界の中で爆発が起きた。



「……後味の悪い……」



 真っ赤に染まった結界を解けば、飛び散り張り付いていた肉片が音を立てて地面に落ちる。

 ふと辺りを見渡せば大地は血に濡れていて、転がる肉体は人ではなく、生臭い血の臭いを風が運んでいた。



 今まで何度か戦場に立っているが、これほど凄惨な光景は初めてだ。

 主に精神的な疲労で溜息を吐きたくなるが、このままにはしておけない。



 魔物の皮や骨は素材として使われる事がある。

 彼等を人だったと伝えないのなら、彼等の肉体を素材として持ち帰る者も出てくるだろう。

 もう人として扱われる事も無い彼等が、これ以上魔物として使い捨てられないように。

 骨も灰も残さず、全て消し去ってやらねばならない。



 髪紐の力も使い、私が今出せる最大限の炎を作り出す。

 アースの力の影響か、紫色に輝く炎を大地に落とせば、清らかな炎が魔物達の肉体へと燃え広がって行った。

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