表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/192

内通者

 軍議が終わり、陛下が退出された室内に騒めきが満ちていく。

 懲りもせずちらほらと向けられる視線と声に呆れてくるが、残って相手にする暇などないため、すぐさま部屋を後にする。

 まずはスライトが確保しているだろうノゲイラの陣地を確認しようかと思ったが、少し離れた場所でこちらを見ていた騎士と目が合った。

 こちらが気付いたのを確認した騎士は、腰にある剣へ手の甲を二度当て、ひらりと外套を翻し歩き出す。



「主」


「構わん。お前も来い」



 どうやらグラキエース陛下が呼んでいるらしい。気を遣って下がろうとするシドを止め、共に騎士の後を追う。

 そうして辿り着いたのはあまり使われていない倉庫のようだ。

 案内を務めた騎士が物陰へと身を潜め見張りに付いたところで、シドに扉を開けられ中に入った。



「お、来たな」



 灯りが一つしかないのか暗い倉庫の中、一人箱に腰掛けこちらに軽く手を挙げるグラキエース陛下に思わずため息が漏れる。

 全くこの人は、王になった自覚があるのだろうか。

 王子だった頃と何ら変わらない気安い空気を晒す陛下に、どうせ言っても変わらないだろうが臣下として忠言する。



「いくら騎士を付けているとしても、ここは戦場です。

 このような場所で一人にならないでください。何かあればどうするのですか」


「お前程じゃないが自衛ぐらいはできるさ。それよりマークスは一緒じゃないのか?」


「……先ほど別れたままです。直に来るでしょう」



 横でお前が言うかとばかりに視線を向けてくるシドは無視し、軽く魔力を操り周囲を探れば、ほど近い距離にフォルテ卿の魔力を感じ取れた。

 近くに別の魔力もあるから、私と同じように案内されているのだろうと少し待っていれば、数分も経たぬうちに扉が開かれる。



「おや、どうやら自分が最後だったようですな。お待たせして申し訳ない」



 私と陛下の姿を見て、軽く頭を下げるフォルテ卿に陛下はゆるゆると手を振り返している。

 その後ろで扉の傍に控えていたシドが扉の前に立ちふさがるように立ったのを確認し、部屋に防音の結界を施す。


 これで会話が外に漏れる事は無い。

 ちらりとこちらに青の瞳が向けられたのに頷けば、グラキエース陛下は真剣な表情で口を開いた。



「さて……時間は少ない、さっさと済ませよう。クラヴィス、オネスト殿はどう動くと?」


「魔物を連れて中央付近を陣取るようです」



 紅緋の獣と呼ばれ恐れられるメイオーラ王国の魔導士オネスト・ファルム。

 特産品である魔石を用いた魔道具の開発だけでなく、弟子と共に多くの魔導士の育成を行っていた彼は、メイオーラにとって必要な存在だった。

 しかし彼は生まれ故郷であり守護していたメイオーラに裏切られ、彼もまた、裏切りを決意した。


 詳しくは聞いていない。ただ、弟子と教え子達を殺されたとだけ聞いている──我が子同然の者達を全て失ったのだ、と。

 メイオーラが戦争の準備を始めたのを報せ、民を犠牲に行われた狂気を密告した内通者がオネストだと知るのは、陛下とフォルテ卿、そして私と影達だけ。

 数か月前から潜入しているウィルを通して先ほど決めたばかりの段取りを話せば、グラキエース陛下が申し訳なさそうに眉を下げる。



「そうか……二人には無理をさせる」



 長年メイオーラを支え、守り、育んでいたオネストが内通者だとは誰も思わないのだろう。

 今回の戦争にも駆り出され、指揮権の一部を任されているのか、魔物をどこに向かわせるかある程度指示を出せるという。


 戦場に出た魔物と死兵を消し去り、例の魔導士の戦力を削り、この戦争を早く終わらせる。それが私の目的であり役目だ。

 オネストも魔物を全て始末するまでメイオーラを出ないと言っているため、お互い目的は同じ。

 そのため彼には私に対抗する態で魔物を使うよう指示を出してもらい、私とオネストの戦いに巻き込む形で排除することにしている。



 元々我々の戦い方は広範囲に及ぶことが多く、シドやスライトといった慣れた者でなければ近付くこともできない。

 魔物にされてしまった以上、彼らは人間よりも頑丈だ。加勢だけでなく壁にも使われるだろう。それを狙う。



「構いません。陛下はお気になさらず、ご自身の成すべきことをなさいませ」



 オネストが裏切っている事を悟られないよう、我々はいつも通り全力で戦わなければならない。

 一歩間違えれば互いが死にかねない舞台だが、私にとってそのような役はいつものこと。

 どうせならできる限り死兵も多く巻き込みたいが、容易く対処できる私ではなく他の兵の足止めに使われるだろう。

 恐らく魔物とオネストの相手でそちらまで気が回せなくなる。死兵の対処はグラキエース陛下達に任せる他無い。


 王になられたグラキエース陛下には、誰が死のうと生きて帰ってもらわねばならない。

 戦う力があるからと、以前と変わらず戦場に立つ気でいる主君に釘を刺すが、本人は不機嫌そうに口を歪ませていた。



「……なぁクラヴィス。ここにいるのは知ってる者だけなんだが」


「何のことやら」



 どうやら未だ私の臣下としての態度が気にくわないらしい。以前の在り方を求められ、緩く首を振る。

 殿下であられた頃ならばまだしも、王位に就かれた以上、主と臣下としての距離を保たなければならない。

 共に過ごした幼い頃とは違うのだと、わざとらしく距離を取れば、残念そうに肩をすくめられた。



「それより、魔堕ちの件は伝えていないのですか」


「あぁ……母上に知られれば面倒だからな。兵の士気にも関わってくる。広めない方が良いと判断した」


「魔物だと思っていた相手が実は人だったモノなど……どんな者でも剣に迷いが生じましょう。

 特に此度の戦が初陣の者も多数おります故、脆いのです。我々は知らなかった、それで通そうかと」


「……ならば、我等も知らなかった事にしておきましょう」


「そうしてくれ」



 これ以上追求されても困るため、気になっていた事を訊ねれば、想定していた答えとほぼ変わらない答えが返って来た。

 あの魔物達が人為的に魔堕ちさせられた者達だと知っていれば、先ほどの軍議で真っ先に議題に挙げられていたはず。

 それが無かった時点でおかしいと思ったが、やはり皇太后の存在が大きいか。


 魔堕ちの件を皇太后派の者が知れば、多かれ少なかれ私に食って掛かる者が出てくるだろう。

 何よりフォルテ卿の言う通り、兵士達に掛かる負担は計り知れない。

 ノゲイラから連れて来た者達の一部には伝えてあるため、口止めしなければならないなと思いながら頷く。



 さて、他に共有しておかねばならない事はあっただろうか。

 オネストからの報せは私にのみ入るため、何か必要な報せを伝え漏らしていないか記憶を確認していると、グラキエース陛下が徐に立ち上がる。

 こちらに近付いたかと思えば、私の髪を結っている銀の髪紐へと指を伸ばしていた。



「ところで、この髪紐は何なんだ? 畏ろしいほど清らかな魔力を感じるんだが……」



 そういえばグラキエース陛下がアースの魔力を見たのはこれが初めてか。

 パレードの際に遠目でトウカの姿は見たと言っていたが、距離があったためアースの存在まではわからなかったと言っていたから、驚くのも無理は無いだろうと見やすいように首を傾ける。

 先ほどまでの重苦しい空気はどこへ行ったのか。見ればグラキエース陛下だけでなくフォルテ卿も興味津々といった様子でこちらを見ていた。



「娘が魔除けにと作った物です」


「娘? 確か魔力は無いんじゃなかったか?」


「契約獣の髭を用いたそうで、特殊な編み方をした結果、偶然魔道具になったと」


「そのような事があるのですか?」


「私も初めて聞いた」



 魔道具を作るには魔石などの核となる物と魔法や魔法陣が必要になる。

 今回の場合アースの髭が核となり、魔力を宿しているシュベルの糸が魔法陣の役割を担っているのだろうが、意図せず魔法陣を作ってしまう事など聞いたことが無い。

 彼女の世界での編み方だからなのかもしれないが、所々間違えていると言っていたから、まさに偶然の物なのだろう。


 本人は急ぎで作った物だから出来が悪いと言っていたが、国王に間近で見られていると知ったらどんな反応をするだろうか。

 彼女の呆けた顔が脳裏を過ぎるが、突如鳴り響いた鐘の音に全員が顔を見合わせた。



「あちらに動きがあったようですな」


「では陛下」


「あぁ、また後でな」



 二回、三回と間を開けて繰り返し鳴る鐘の音は、敵に動きがあった時の鳴らし方だ。

 室内からではどのような動きがあったかは不明だが、攻めてくる可能性は大いにあるだろう。

 グラキエース陛下にいつも通り明るく見送られ、すぐさま自分の配置へ向かうべく、シドと共に倉庫を後にした。

よろしければ評価・感想のほどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ