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祈りはたっぷり込めました

 お嬢様がディーア達を連れて退出された後、カイルへと手渡した一通の文書。

 今朝方王都から届いたそれはカイルからスライト、スライトから私へと巡り戻り、炎に消えていく。



「お嬢様に伝えなくて良かったのですか? 例の魔導士が関与していると」



 『メイオーラ王国軍に死した兵がいる』

 内通者からの報せを受け、潜伏中のウィルが直々に確認したというそれは、確かに以前我らが遭遇したあの死した者達と同じ存在で、王都で行われた議会にてその存在を【死兵】と呼ぶことが定まったそうだ。

 禁忌の存在を大半の者は信じ切れていなかったようだが、陛下への報告の際にも用いた魔道具であの日の記憶を映し出し、現実であることを理解させたという。


 死兵の存在が確認されただけで、例の魔導士だと断定はできない。

 しかしあのような存在を操れる者が早々居るはずもなく、今回の戦争に関わっているのはほぼ間違いないだろう。


 ここしばらく影も形も見せなかったとはいえ、お嬢様を狙っていた者。

 その存在が見え始めたのだから、伝える事を考えたのは皆同じだったようだ。

 問うたカイルだけでなくスライトも同意を示していて、私は黙って主へ視線を向ける。



「トウカに詳細は伝えるな」


「どんな形であれ、耳にすると思いますが」


「……ただでさえ戦争を嫌っている。余計な負担はかけたくない」



 戦争と聞いた途端顔色が悪くなられたのに、健気にも明るく振舞いご自身ができる事へと走って行ったお嬢様。

 本来ならば幼い子供にできる事がある方がおかしいというのに、ただの子供ではないあの方は躊躇う事無く指示を仰ぎ、行動に移された。

 大人並みの精神を持たれるあの方ならば、知らされても静かに受け入れ、ご自身のできる事をなさるだろう。


 けれど、間近で触れておられた主だからこそ伝わった物があったのか。

 主の告げた気遣いを我らは黙って請け負った。



「わかりました。しばらく規制しておきますが、終わってからは難しいですよ」


「それで構わん」



 戦争中は時間が無いとしても、死兵について誰もが黙っているわけも無い。

 隠蔽か白を切るか。メイオーラがどう対処するつもりか知らないが、死者を操るのは禁忌であることに変わりはない。

 戦争の勝敗がどちらであれ、我が国を中心に周辺諸国から追及が行われ、メイオーラの立場は悪化するだろう。

 そうなればいくら情報の扱いを得意とするカイルでも、規制しきれない状況になっているはずだ。


 ただでさえ千年前の過ちを繰り返そうとするメイオーラに対し、協力する国など無いに等しいというのに、これ以上悪化させてどうするつもりなのだろうか。

 まるで自ら滅びへの道筋を立てているような愚行の数々に、最早哀れみすら抱いてしまう。



「こちらも人数を変えるか?」


「いや、面倒な仕事もある。そのままでいい」


「お嬢の警護が手薄になるが」


「アースだけでなくディーア達もいる。トウカだけ守るなら十分だ」



 今回課せられた仕事は厄介な物で、私もスライトも戦場へ赴かなければならない。

 西部で起こる戦いのため、ノゲイラの兵はほとんど連れて行かないとしても、彼等はまだまだ未熟。

 この隙を狙って魔導士がやって来ないとも限らないが、主の言う通りお嬢様だけを守るなら十分だろう。



 そうだ、此度は主を守り抜いた唯一の影が傍にいるのだから、問題無い。

 誰もが突き放され、逃がされたあの時に、唯一主の傍に居続けたディーアがいるのだから。


 懸念を挙げるとすれば、あの二人の距離だろうか。

 今は慣れて来たようだが、私達ですら驚く忠誠心を捧げられて戸惑っておられたお嬢様が脳裏を過ぎり、口元へ力が入る私に怪訝な顔をしたスライトに気にするなと緩く手を振った。






 クラヴィスさんに戦争が起こると知らされてからというもの、私はひたすら研究室と庭園に籠ってディーア達の作業を手伝う日々を過ごした。

 とにかく作れるだけ作る。ただそれだけを考え働き続けた一週間。

 王都からクラヴィスさんへ戦争と召集の通達が来た時には、回復薬を始めとする様々なポーションが大量に出来上がっていた。


 しかも材料を抑えられるようになったり調合時間を減らせたりと、色々と発見もあって想定より多くできてしまったらしい。

 成果を聞いたクラヴィスさんから国が用意する量はあると言われました。一つの領地で一国分とは、さてはやり過ぎちゃったな?



 でも材料まだあるしなぁと、とりあえず出立までの間、作れるだけ作ってもらっている。

 実はうちで採れた材料はとても質が良くてですね。普通のポーションより何倍も長持ちするから、使わなかったとしてもちょっとずつ売りに出したりすれば良いだけなんですよ。

 それに戦争が始まるって聞いて三馬鹿達も真面目に作業しているもんで……準備に忙しい今、下手な事されるよりポーションの在庫を抱える方が安心なんだぁ……。



「あと何かできるかなぁ……」



 研究所に採れたての薬草を届け、三人とは少し離れた場所でディーアが調合するのを眺めて呟く。

 聞けばノゲイラからはクラヴィスさんとシド、スライト達騎士数名に兵士が三十名弱という少数で赴くらしい。

 クラヴィスさんが数少ない従魔師なのと、西の国境付近が戦場になるため主戦力は西の領地から出されるからだそう。


 兵士を出さない分、物資の要請が来たけれど、飢饉の支援用に確保していた分を流用すれば良いだけのこと。

 ポーションも物資も十分となると、主に食糧と薬関係で動いていた私はもう何もすることが無い状況なわけである。

 武具の確認とか探せばやることはあるだろうけれど、皆が忙しく動いている中でわざわざ仕事を作ってもらうのも気が引けるし、できることも少ないからなぁ。暇です。



 念のためにとディーアがあのすごいポーションの調合をしてくれるというので、さっきまでその材料を用意していたがそれも終わったところだ。

 明日の早朝出発するそうだし、材料と時間的に今取り掛かっている分が限界だろう。

 元々作ってあった一本と、新しく作った二本。合計で三本とくればクラヴィスさん、シド、スライトの三人にそれぞれ渡すことになりそうだ。


 例え自分が調合できなくとも、ディーアの調合している姿を見ているのは勉強になるため良いのだが、戦争が始まるというのにこうしていて良いのかと焦燥感にも苛まれてしまう。

 多分ディーアも似たような心境なのだろう。丁寧に仕上げを行う背中を眺めながら、肩に掛かる髪をくるくると指で弄る。

 マジで何しよう。ルーエ達も準備の手伝いで居ないし、まだ昼回ったばっかだから後半日は手持ち無沙汰って事でしょ。せめて何かしていたい。

 何かないかなぁと首を捻った時、ひらりと視界に入った銀のリボンにふと思いついた。そうだ、髪紐ならお守りっぽいしクラヴィスさんも使えて良いのでは?



「ディーア、シュベルの糸をちょっと貰っても良い?」



 シュベルというのは元の世界でいう蚕のような虫で、シュベルの繭から作られた糸は魔力を帯び、質も良いためポーションの素材だけでなく服にも使われている。

 生産が難しくノゲイラでも貴重だが、確かまだ余裕があったはずだと区切りが着いたのを見計らって声を掛ければ、ディーアはすぐに頷き保管庫へと向かってくれた。

 そんなに急がなくても良いんだけどなぁと思いつつ、机の上でお菓子を食べているアースさんへと近寄る。



「ねぇねぇアースさん、髭一本ちょーだい」


「髭ぇ? そんなもんどうするんじゃ」


「安全祈願のお守りに髪紐でも作ろうと思ってさ。

 龍の髭って縁起が良さそうじゃん? ついでに組み込もうかと」


「……まぁ髭ぐらいまた生えるから構わんが……」



 突拍子も無いお願いに怪訝な顔をしたアースさんへ説明すれば、微妙な顔をしているが納得してくれたようだ。

 ぷつりと引き抜かれた金色の長い髭を受け取り、にっこりお礼を言って私の分のお菓子を差し出す。

 右側だけ髭が無くてちょっぴり不格好な龍がはぐはぐとお菓子を食べ始めると、ディーアが保管庫から戻って来た。

 先ほどの話が聞こえていたのか、着色用のポーションも持ってきてくれたディーアにお礼を言い、シュベルの糸を手に取る。



「黒髪だから、赤とかの方が映えて良いかなぁ。クラヴィスさんの好きな色とか知らない?」


『トウカ様の選ばれた色ならどれでも喜んでくださるかと』


「それはそれで困るんよ」



 娘が全部用意しても気にしないほど、自分の服や装飾品の類に興味の無い人だから、ディーアの言っていることはあながち間違いでは無い。

 喜ぶかどうかは別として、例えピンクのような可愛らしい色でもでも受け取ってくれるはず。

 でもどうせなら似合う色とか、この世界で意味のある色にしたいと思い、銀色に輝くポーションを手に取った。



「銀色って魔除けなんだよね」


『はい。魔除けの他にも幸運をもたらすとされています』



 銀の糸に金の髭とくれば私のリボンとお揃いの色合いになるけれど、仲良しっぽくてそれも良いだろう。

 ポーションに浸けた糸を乾かしている間、資材置き場に行って組紐を作るのに必要な組台も作ってもらい、記憶を頼りにちまちまとアースさんの髭を組み込みながら紐を作り続けること数時間。

 何とも微妙な仕上がりの組紐が出来上がった。あれぇ?



「……思ってたより難しかった……なんでここだけ凹んでるんだろ?」


『自分からすればどこもおかしいとは思いませんよ』



 健気なフォローに軽く笑い、出来上がったばかりの組紐へと視線を落とす。

 ディーアの言う通り、日本の伝統的な作り方だからおかしいかどうかわかるのは私だけだ。

 しかも作り方を知っているだけで作るのは初めてだったんだ。むしろ良くここまで形になったもんである。

 銀の発色も時間が無く短時間で染めたためそれほど良くは無いけれど、ノゲイラ以外ならそこそこ高値で売れる仕上がりにはなっている。お守り兼髪紐としては十分だろう。


 けれどこれから戦場に行く人に微妙な出来の物を渡すというのはなんだか癪である。心は込めてますけどね。出来上がりが不服なんだよ。

 頑張れば間に合うし、もう一度組み直そうかと考えていたら、黙ってみていたアースさんが顔を近付けて来た。どしたの?



「……クラヴィスじゃし、込めた祈りも安全となれば変な事にはならんか」


「やっぱりおかしい?」


「なに、ワシの髭を使ったじゃろ? 糸の組み方も合わさって、ちょっとした魔道具になっとるようでのぉ。

 見たところ持ち主の補助と……危険が迫った時に結界が発動するようじゃな」



 どうやら私まで偶然の産物を作り上げていたらしい。

 お守りとしてはぴったりだと笑うアースさんを見て、私は組み直すのを諦めた。このまま渡しまーす。




 翌朝、起きて城門前に行った時には既に多くの馬車が並んでいて、軍備の最終確認が行われていた。

 誰も必要以上に喋ろうとしていないのか、物音しか聞こえてこない静かな緊張感が漂っていて、思わずたじろぐ。


 緊張するのは必要な事だから良い。しかしこんな殺伐とした空気はもう二度と味わいたくないものだ。

 大人達の重苦しい空気の中、せめて子供は子供らしくいようと意識を切り替え、目立つ黒髪に向けて歩き出した。



「パパー」



 人目があるため幼さ全開で近寄り声を掛ければ、ひょいと抱き上げられて定位置に落ち着く。

 帰って来たばかりなのにまた会えなくなると思うと寂しさが溢れてくるけれど、渡す物は渡そうと小さな手を差し出す。



「髪紐作ったのー。良かったら使ってください」


「……アースの髭か?」


「ちゃんと洗ったよ!」


「そういう事では無い」



 龍の髭とはいえ清潔かどうか気になるよなぁと思い、きっぱり答えたのだが、違ったらしい。

 私の手に収まる歪な髪紐を興味深げに見ているクラヴィスさんに、どこか居心地の悪さを感じて、とりあえず間を持たせるために口を開く。



「ま、お守りみたいな物です。無事に、早く帰ってきてくださいね」



 偶然魔道具になったとはいえ、なんとも言えない微妙な出来の物をまじまじと見られ続けるのは精神的に来るんだよ。

 気恥ずかしさを誤魔化すためにも願いと一緒に押し付ければ、クラヴィスさんは私の手ごと髪紐を包み込んだ。



「ありがとう、大事にする」



 至近距離で私の目をしっかり見て告げられた言葉にどうにか頷き返す。

 養女相手にモテテクを披露なさらない方がよろしいかと存じますわよ。慣れてる私でも被害が尋常じゃねぇですの。


 相変わらず破壊力の高い顔に動きが鈍る私を置いて、大きな手が離れて行くのと同時、髪紐がするりと抜けていく。

 私を抱えているため今結ぶことは無いだろうと、艶やかな黒髪に隠れるように首元へと顔を押し当てれば、私を抱く腕の力が強まった。



 もう何度もこうして見送っているけれど、これだけは慣れないなぁ。

 トクトクと伝わる脈と包む温もりを記憶に刻み、膨れる心細さを抑え込む。

 次に顔を上げた時は笑顔で居られるよう準備をする私の傍ら、小さくアースさんの声が響いた。



「主よ」


「その時は遠慮なく」



 きっと戦場に呼ぶよう言ってるんだろう。従魔師と契約獣という私には無い二人の繋がりを聞きながら、ゆっくりと顔を上げる。

 名残惜しさはいつまで経ってもあるけれど、ずっとこうしているわけには行かないのだから。

 今も準備という名の気遣いをしてくれている皆に心の中でお礼を言い、今できる最大限の笑顔をクラヴィスさんへ向ければ、髪紐を持った手の甲で頬を撫でられた。



「行ってくる」


「ご武運を」



 いつもとは違う撫で方に、いつもとは違う言葉を返す。

 その違和感が余計に戦争の存在を浮き彫りにするけれど、何事も無いように、ただ私は笑顔でクラヴィスさん達を見送る。

 ──そして二週間後、国境にてメイオーラ王国との戦争が始まった。

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