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理想と現実

 もう思い出したくも無いあの騒動で、せめてもの救いは謎の生命体が全て取り込んだためまとめて処分できたことか。

 クラヴィスさんにも勿論報告してもらったが、アースさん曰く面白そうにしていたそうだ。現場に居ないから笑っていられるんだ。


 ポーションの調合は未知との戦いでもあるため、爆発も謎の物体ができた事も研究上仕方のない事ではあるし、ある程度は容認している。

 とはいえ一歩間違えれば研究所が無くなっていたかもしれないという事実に、研究馬鹿達は深く反省したようだ。

 三人共禁酒する事を誓い、ディーアと魔法の契約を結んでいた。ようやく完成した新しいポーションが被害に遭いかけていたんだから、ディーアも怒るわなぁ。



 ディーアが新たに作り出したのは肉体を治癒する回復薬だ。

 回復薬は昔から研究されているが、そのほとんどは怪我の治りを早くする程度で、大きな怪我などを治すほどの力は持たない物だった。

 しかし、今回ディーアが作ったのは大怪我でも治療できるという代物である。とんでもない物ができたわけです。


 特性として魔力に強く作用するようで、強い魔力を持つ人ほどその効果が跳ね上がるようだ。

 ディーアと試薬に協力してくれたスライトの予測では、強い魔力を持つ人なら腕や足が切り落とされても治せるかもしれないとのこと。ポーションってすげぇ。


 まだ私の庭園でしか育てられない貴重な薬草も多く使うため量産は難しいけれど、これがあれば多くの人を救える。

 一刻も早く栽培方法を確立させようと、今日も庭園へと向かう途中、シドに呼び止められた。



「お嬢様、主がお呼びです」


「……パパが?」


「はい。執務室までお越しください」



 彼が主と呼ぶのはただ一人。もしやと思い三音に意味を乗せて問えば、すんなりと答えが返された。

 そっか、と零れた呟きが聞こえたのはアースさんぐらいだろうか。

 庭園へと向かっていた足を翻し、逸る気持ちをどうにか抑えてなるべく普段通りに、だけど少しだけ早足で廊下を抜ける。

 数歩先を歩くシドが執務室の扉を開いてくれて、立ち止まることなく中へと入れば、黒がこちらに向けられた。



「おはよう、トウカ」


「……おはようございます、クラヴィスさん」



 部屋にはシドやディーア、カイルといった知っている人間だけでなく、スライトやルーエ達も居るから明確な答え合わせはできない。

 けれど【ただいま】と【おかえり】を乗せた挨拶を交わし、すぐさま近寄って来た私をクラヴィスさんは軽々と抱き上げ膝に乗せる。

 そのまま頭を撫でられて、慣れ親しんだ感覚に身を任せ心の中でほっと息を吐いた。



「早速で悪いが、厄介なことになった」



 ようやく落ち着けると思ったのに、外れて欲しい予感ばかり的中するらしい。

 クラヴィスさんが空いている手を緩く振った瞬間、皆の空気が変わり自然と緊張感が走る。



「隣国のメイオーラ内で戦争の準備らしき動きが確認できた。

 この二ヶ月の天候の乱れでシェンゼの国力は確実に落ちている。

 奴らはまた我々と戦争を始めるつもりだろう」



 戦争、と嫌悪しか湧かない単語を口の中で転がす。

 もしかしたらと考えはしていたけれど、実際に付きつけられるとは思いもしなかった現実に、私の顔は強張っていることだろう。

 様々な方向から向けられる気遣わし気な視線を感じつつ、重苦しい空気の中で呟く。



「……避けられないんですか?」


「無理だろうな。トウカも知っているだろう。あの国はシェンゼ王国を目の敵にしている。

 自らの過ちで失った過去の領地を取り戻さんと幾度も戦争を行ってきた国だ。

 最早信仰となっているあの考えを正さない限り和平は難しいだろうよ」



 避けられるなら避けたい。それが私の本音。

 だが世界はそんな甘い願いを許してくれず、遠い相手に向けた嫌悪が見える答えを呑み込んだ。



 シェンゼ王国の土台であるシェンナード王国。

 彼の国が滅びた要因の一つは、古くから友好を結んでいたシェンナード王国を裏切り、帝国へと売りつけたメイオーラ王国である。


 メイオーラ王国は全体的に土地が痩せている代わりに、魔石や鉱石類の採掘が盛んで質も良く、それを元手に交易を行って成り立っていた。

 作物はほとんど育たず、輸入に頼るしかなかったメイオーラは、当時武力によって周辺諸国を脅かし、勢力を増していた帝国と取引をしたという。

 それが、帝国に全面協力する代わりに、大陸制覇を果たした暁には帝国の属国となりシェンナード王国の土地半分を得るという物だった。


 痩せた大地に苦しんでいたメイオーラ王国はそれを快諾。

 帝国兵をメイオーラ王国の使いや商人としてシェンナード王国に紛れ込ませたり、国境付近に帝国兵の拠点を作ったりと、一切協力を惜しまなかった。

 挙句の果てにはシェンナード王国の国王と王子の殺害にも関与し、裏切りを知らず助けを求めた王妃すら帝国へと献上したとされている。



 その後、シェンナード王国は完全に滅びるかと思われたが、シェンゼ王国初代国王と異界の英雄の活躍によって戦況は一転。

 初代国王が周辺諸国と組んだ連合軍が帝国軍を排し、帝国軍を率いていた帝王を討伐。

 指導者を失い統率を失った帝国兵はメイオーラ王国と逃げるも、メイオーラ王国東部で連合軍対帝国軍の最後の戦いが勃発。

 戦場となっただけでなく、帝国兵の略奪行為などもあり、メイオーラ王国は壊滅状態に陥るほどの傷を負って戦争は終わりを迎えた。



 帝国との繋がりや友好国を売った事実は周辺諸国にも知れ渡っていて、戦後処理では大いに揉めたとされている。

 このまま滅びるか、存続するか。

 他国との交易を頼りに成り立っていたのに、裏切り他国との繋がりが劣悪となった挙句、多大な被害が残る国。

 いくら鉱石や魔石が魅力的でも、帝国との長い戦争が終わったばかりで疲弊していた国々の中で、そんな大地を抱え込める国はなかった。


 そのため初代国王は新たにシェンゼ王国として国を立て直すためとして、メイオーラ王国に多額の賠償金や国土の一部等を要求。

 更に交易にはシェンゼ王国や周辺諸国が優位になるような制限を数十年に渡って設けた。



 メイオーラ王国はその後衰えていったが、ある時農業革命が起こり国内の生産力が向上。

 この千年で何度か滅びかけながらも生き残り、交易の改善も取り組み続け、今から百年ほど前にはシェンゼ王国に戦争を起こせるほどになったそうだ。


 そのしぶとさは感心するが、傍迷惑な敵意をこちらに向けないでもらいたい。

 何でもあちらは異界の英雄によって戦況が大きく変わったのが最大の敗因だと思っているそうで、シェンゼ王国は異界に世界を売っただの悪魔と契約しただの、彼等の歴史ではシェンゼ王国が悪者として扱われているそうだ。

 そのため異界の英雄の血を受け継ぐシェンゼ王国は滅びるべきだという考えが根強く残っているという。

 国によって歴史の語り方が違うのは理解できるけれど、そこまでして自国の罪を認めたくないとは。認めないにしろ穏便にできないのか。



 勿論メイオーラ王国の人全員がそうであるわけではなく、穏健派もいてなるべく戦争を起こさないよう働きかけているそうだが、余程狂気染みているのだろう。

 クラヴィスさんの言う通り、最早信仰となっているシェンゼ王国への敵意はそう簡単に治まってくれず、ずっと燃え続けている。


 お互いに利益なんて無く、失う物の方が多い争いなんて馬鹿げている。

 しかし避けようにも相手がやる気ならこちらも応戦するしかない。

 そうしなければ奪われて、荒らされて、全てを失った果てには嘆きしか残らないのだから。



 やっぱりどうにかして避けられないのかなぁと、抱き続けてしまう叶わぬ願望に胸が締め付けられる。

 誰もが感じているだろう不快感に暗い気分になっていると、アースさんが静かに動き、頭を撫でていた手が肩に置かれた。



「それから、まだ憶測の範囲を超えない事だが……」



 まだ嫌なお話は続くのか。もうお腹いっぱいなんだけどなぁと手の持ち主を見上げると、どこか迷った様子の視線とかち合った。

 何を迷っているのかわからないが、クラヴィスさんが迷うなんて珍しい。

 そんなに嫌な事なのかととりあえず身構えていれば、私の小さな肩を包む手に力が入る。



「あちらでは今、異常な数の行方不明者が出ている」


「行方不明、ですか? 民が戦争が起こる前に逃げ出すのは間々あることですが……」



 ピンと来ていないのは私だけではなく、カイルが不思議そうに呟く。

 生まれ育った土地であろうと、先祖代々受け継いだ土地だろうと、生きるために逃げるのも大切な選択だ。

 だから戦争に関わらず民が逃げ出して行方不明になるのはそこまで珍しくない事なのだけれど、異常な数とは一体何が起きているのだろうか。

 首を傾げる私を見て、クラヴィスさんは酷く言い辛そうに口を開いた。



「……密告があった。『人が魔物にされた』という内容だ」



 人と魔物。全く違う二つの存在が繋げられ、いまだ首を傾げているのは私とフレンだけのようだ。

 他の皆は驚いていたり息を呑んでいたりと、それぞれ反応を見せていて、この世界で二つは繋がるのだと漠然と理解した。



「人が魔物にって、そんなことできるんですか……?」


「例は少ないが、古くから魔堕ちという病が存在する。

 魔力の暴走と共に肉体が変化し、魔物へと成り果てる原因不明の病だ。

 密告の内容から察するに、何らかの方法で魔堕ちを人為的に引き起こしていると思われる」


「……魔堕ちを人為的に起こすなど、いくら何でも信じがたい。事実なのか?」


「詳細は調査中だ。しかし……最悪の事態は想定しておかねばならん」



 人が魔物に成り果てるなんて、そんなこと本当にあるんだろうか。

 スライトとクラヴィスさんの会話を聞きながら、説明されても呑み込み切れない事実を反芻する。

 聞いている限り滅多にかからない病のようだけど、クラヴィスさん達は大丈夫なのだろうか。

 予防法や治療法があるのかとぐるぐる頭が巡る中、ふと膝の上に移動していたアースさんを見て、思考が固まった。



「……気分の悪い話じゃな」



 忌々し気にそう呟いたアースさんの表情は、机に隠れて皆には見えないだろう。

 歪んだ口元から鋭い牙が見えていて、怒りを宿す瞳はまさに獰猛な獣のそれで。

 のんびりなおじいちゃんなんてイメージが掻き消えてしまう表情に恐怖を覚え、思わず鱗で覆われた背中に触れれば、瞬きの間に怒りが消え失せる。



「すまん」


「……ううん」



 ふわりと体を浮かせ、私の右頬に頭を擦り寄せたアースさんが小さな声で謝る。

 確かに怖かったけれど、アースさんが怒りを抱くのも当然だろうから謝らなくて良かったのにと思いつつ、静かに謝罪を受け取り私からも頬を寄せる。

 硬い鱗の感覚と低い体温に混乱していた頭が少し落ち着いたところで、大人達の会話へと意識を戻した。



 シェンゼ王国がどう動くか、メイオーラ王国がどう動くか、ノゲイラはどうすべきか。

 クラヴィスさんとスライトを中心に進められる会議を聞きながら、使えそうな知識が無いか記憶を掘り返す。


 意識が逸れていた間に多少聞き洩らしてしまったかもしれないが、そもそも私にできる事は限られている。

 必要に応じて必要な知識をもたらし、クラヴィスさんの助けとなる事。それだけだ。

 あまり気は乗らないけれど銃でも作った方が良いのだろうかと、以前見た設計図を思い出していたら、ある程度まとまったようだ。

 止まった会話に顔を上げれば、申し訳なさそうに少し眉を下げるクラヴィスさんと視線が合った。



「なるべく回避できるよう働きかけてみるが……期待はするな」



 もしや私が嫌がっているのを見て、避ける道を探してくれるつもりだろうか。

 避けられないと言っていたのに、叶うはずも無い願いを繋いでくれるなんて、相変わらず優しい人だなぁ。


 頭をぽんぽんと優しく撫でる手に自分の手を重ねる。

 宣言された通り、きっと期待しない方が良いんだろうけれど、叶って欲しいと願いを込めて大きな手を握りしめた。



「私にできること、あります?」


「……治療薬等の準備を進めてくれるか。必要になってからでは遅い」



 叶わない願いを抱くのもいいけれど、やることはしっかりやらなければ。

 どうせなら明るくしていこうと、私は子供らしく笑って頷いた。



「じゃあポーション沢山作らないとね! ディーアも良い?」



 分かりやすく張り切る私の意を汲んでくれたのか、ディーアが微笑みを浮かべて頷く。

 こうなったらしばらく研究はお預けにして、回復系のポーションを中心に調合してもらうとしよう。

 戦争のことは内密にしなきゃいけないし、あの件の処罰がまだ定まっていなかったから、三馬鹿には回復薬の調合を罰として与えておけば良いだろう。



「開戦までどれぐらい猶予ありますかね。何なら早く収穫できる作物でも育てておきますけど」


「向こう次第だが、さほど無いだろうな」


「となると間に合うのは薬草ぐらいですかねぇ……わかりました。薬は任せてください」



 調合と一言に言っても調合師の腕や種類、材料の状態によって調合時間は大きく変わる。

 研究所にある在庫や栽培中の薬草から作れるポーションはどれだけあるか。どれだけ作れるか。

 できる限り効率的に素材を使えるよう脳内で計算しながら、善は急げとアースさんを抱えてクラヴィスさんの膝を飛び降りる。

 そのまま執務室の扉へ向けて足を踏み出したけれど、名前を呼ばれて振り返った。



「無理はするなよ」


「……それは皆ですよぅ」



 一番無理をしそうな人が何を言うのやら。

 それに調合するのは私じゃなくてディーア達で、私ができるのはせいぜい素材の準備とちょっとした手伝いぐらいだ。

 そういうことは比較的負担の少ない私ではなく、皆に向けて言って欲しいと苦笑いで返したけれど、クラヴィスさんは構う事無く私の頭を撫でていた。もしやパパン、疲れてます? 大丈夫か?

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