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偽りと嵐

 眠れたような眠れなかったような、何とも言えない気分で迎えた王位継承の儀当日。

 当日といっても儀式が行われるのは王城だけで、街で式典などは一切行われない。

 それでも国を挙げての祝い事に何もしないわけもなく、あちこちで宴会や大道芸によるパフォーマンスなどが行われているそうだ。


 私は見に行けないけれど、私以外が縛られる必要は無い。

 そのため皆には交代で休憩を取るよう指示を出し、行きたい人は楽しんでくるよう告げておいた。ちゃんと事前にクラヴィスさんからは許可をもらってますわよ。

 まぁ例の魔導士に人質として狙われる可能性も無きにしも非ずなので、必ずグループで行動するよう制限させてもらったが。

 なるべく兵士なり騎士なり、すぐに動ける人を一人はグループに入れてくれると嬉しいなぁ。


 一人で自由に見て回りたい人もいるだろうに、皆私のお願いを守ってくれているようだ。

 四、五人程度のグループを組み、街へと向かう彼等を見送っては屋敷でいつも通り過ごす。

 二年前のあの日から私が狙われてるのは皆知ってるからなぁ。反対したり嫌がったりせず、すぐに理解してくれて助かるわ。



 遊びに行けるとしても、時間が限られているのだから心行くまで楽しめば良いのに、皆して何かしらお土産を買ってきてくれたのには涙が出そうになった。

 今まで観光しに行った時にも沢山見て回っていたが、今日限定の商品などが沢山あったようだ。

 少しでも今日を楽しんでもらえればと、一グループ一つはそういった物を買ってきてくれたおかげで、今日のお昼は随分と多種多様な物となった。


 私の護衛も務めるために残ってくれていたルーエ達と分け合い、皆の気遣いに感謝して賑やかな空気を楽しむこと一日。

 いつも通りすやすやと眠って迎えた夜明けは、雲一つ無い空が広がっていたという。



 快晴の空の下、行われたパレードはそれはもう煌びやかな物だったようだ。

 白の軍服を身に纏った騎士達が守る中、金や銀を惜しむことなく使われ豪華に飾られた馬車が色取り取りの花びらが舞う中を進んでいく。

 私からは花びらと盛り上がってる皆の後ろ姿ぐらいしか見えなかったのだが。屋敷の中からだから仕方ない。


 ただ、パレードが通る大通りとはいえ周囲にあるのは貴族の屋敷ばかりで、表に出ているのはそれぞれの屋敷の使用人ばかりだ。

 そのため人は思っていたより少なく、僅かに花びらの中で手を振る金髪の男性の姿が見えたから、多分あれが新しい国王のグラキエース陛下だったんだろう。

 ほんの一瞬しか見えなかったけれどまさに物語の中の王子様といった柔らかな笑みを湛えていて、ある種の輝きを放っていた。

 クラヴィスさんとはまた違った系統の美人だったなぁ。例えるなら温かなお日様といった感じだった。パパンとは逆だね。




 儀式は滞りなく執り行われ、パレードも無事に終わって無事王位継承は成されたけれど、王都のお祭り騒ぎはまだ終わらない。

 これから少なくとも二、三日は飲めや歌えの大騒ぎだそうで、むしろここからが本番だという人も多いらしい。

 来週には建国祭が行われるので、そこで区切りが着くだろうとの事。

 王城は今頃大忙しだろうなぁ。この一週間近くで何回宴が行われたって話である。考えたくもないわ。


 ディーアに栄養剤の調合を頼んでおき、ディックの作った新作料理や皆が買って来た物などで身内だけの小さな宴を開いた翌日。

 王城での宴や会談などを一通り終えたクラヴィスさんがシドと共に屋敷へ戻って来た。



 見た目も仕草も完全に記憶のクラヴィスさんと同じなのだが、あの月夜の事を思えば帰って来たのはクラヴィスさんに変装した影の人のはず。

 皆疑う事などせずに主の帰還を受け入れていて、事前に言われてなければ私も彼等と同じようにしていただろう。


 うん、これなら言わないでもらった方が自然体で居られた気がする。

 どうにかいつも通りお迎えしたけど、アースさんに尻尾でちょっと突かれたってことは不自然だったようだ。

 でもさ、意識して意識しないって難しいんだよ。どうして話したのパパン。



 最早距離を取っていた方が良い気もするが、普段開発やら事業やら休憩やらで一緒にいる時間が長かったため、そんなことをすればすぐさま怪しまれる。

 今はクラヴィスさんと繋がりを持とうと貴族の人達が屋敷を訪ねて来ており、その対応で一緒にいる事はそれほど無いが、ノゲイラに帰ってからが問題である。

 改めて思い返すと抱っこも手を繋ぐのも当たり前だったもんなぁ……あれ? 私達ってとてつもなく仲良しな親子では……?


 果たして偽物相手にあの距離で接していられるのだろうか。

 既に隠し通せるか不安になってきているけれど、やらねばならない事に変わりはない。


 いざとなればアースさんとディーアに助けてもらおう。ルーエ辺りに見抜かれそうで怖いんだ。

 アースさん曰く、今回の件を知っているのはシドとディーア、カイルの他に表に出ない影の数名だけで、十人にも満たないという。

 事情を知らない人からすれば誤差の範囲内だったのか、アースさん以外には誰にも突かれなかったけれど、これは難しい仕事になりそうだわぁ……。



 時々アースさんに突かれたりディーアにそっとフォローされたりと、ちょこちょことやらかしている間にも時間は過ぎ、建国祭の式典も終えた頃。

 各地から訪れていた領主達が自分の領地へと帰り始める中、私は偽物のクラヴィスさんと手を繋いで王都の街を歩いていた。



「何か気になる物があればすぐに言ってくれ」


「はぁい」



 クラヴィスさんの声でクラヴィスさんでは無い誰かに気遣われ、ふにゃりと笑って見せておく。

 シド曰く、今回のお出かけは帰還の準備もあるが、主な目的はクラヴィスさんがここに居るというアピールのためだそうで、お互い髪も顔も隠していない。

 おかげで先ほどから視線が痛いぐらいである。幻影で髪色を変える理由がよーくわかったよ。


 正直視線が集まり過ぎて帰りたいんだが、これもお仕事の一環である。

 ルーエ達には屋敷で準備の続きをやってもらっていて、付き添いはシドとディーアとアースさんという事情を知っている組み合わせなので多少は気が楽なんだけどね。

 周囲の視線もだが、偽物とわかっていてなるべく自然を装おうのは案外疲れる物だ。



 仕草は模倣できても細やかな力加減は難しいのだろうか。

 離さないようそれなりの強さを保ちながらも優しく繋がれる手に違和感を感じるけれど、気にしないようにして隣の人に付いて行く。

 クラヴィスさんってもっとしっかり握るんだよねぇ。こういうのって指摘した方が良いのかしら。

 ここですべきか屋敷ですべきか、それとも誰か伝いに伝えておいてもらうか悩んでいると、食糧などの手配をしていたシドが走って戻って来た。



「クラヴィス様」



 そう呼ぶ声は周りに聞こえないよう控えめで、手を引かれるまま店から少し距離を取る。

 何か良くない事でもあったのかなぁと思いつつシドを見上げれば、珍しく困った様子を露わにしていた。



「今し方、商人から聞いたのですが、先日西の方で豪雨が起きたとの事です。

 我々の行程に支障が出る事はないと思いますが、念のため食糧を多めに手配しておいた方が良いかと」


「豪雨か……わかった、手配は任せる」



 この時期に豪雨とは珍しい。しかも西とは。

 シェンゼ王国の西側は王国の中では雨が少ない地域だと聞いている。

 もう二、三ヶ月先なら雨期が来るからわからなくも無いのだが、この時期に豪雨と呼ばれるほどの雨が降るとは本当に珍しい事だ。



「西ってどの辺りかわかる?」


「コペッドの辺りだそうですが、商人も人から伝え聞いた話で詳細は不明です」


「コペッドって……うわ最悪じゃん。丁度アムイの収穫前だよ」


「本当ですか?」



 栽培や品種改良に取り掛かる際、まずはその植物について調べる所から始まる。

 特にアムイはこの世界における主食のため、クラヴィスさん協力の元、国内も国外も関係なく調べられるだけ調べていた。


 だからこそわかることだが、アムイは天候や気候の関係で地域によって収穫時期が大きく異なってくる。

 ノゲイラなら先週ぐらいに収穫だが、コペッドの辺りだと来月辺りで収穫されていたはず。

 うちと違って品種改良もほとんど行われていないだろうから、恐らく育てられていたのは干害に強い反面水害に弱いあの品種だろう。それで豪雨とか、最悪だわ。



「……厳しいね。全部ダメになっててもおかしくないよ」


『飢饉が起こる可能性も?』


「……備蓄の量にもよるけど……ありえるね」



 その場にいた全員が抱いたであろう懸念をディーアが文字で問う。

 思わず顔を顰めてしまったが、まだ祝福の空気が残る街中でそういった事を話すのは憚られる。

 そのため声を抑えて自分の考えを答えれば、周囲の活気溢れた空気とは異なる重さが圧し掛かった。



「情報を精査しておきます」


「うちの備蓄は十分あるし、支援できる量は確保しておくわ」



 ノゲイラで起きていたならすぐさま動く事ができるけど、別の領地の事へそう簡単に動けはしない。

 それでもできる事はしておかねばと、肩にいるアースさんを見て告げれば小さく頷かれた。


 これでクラヴィスさんにも伝わっているだろう。

 確か西にはクラヴィスさんと友人関係の人がいると聞いているし、その人伝いに支援を送ることもできるはず。

 とはいえ、そんなことをすれば他の領地からのやっかみが来そうだから最終手段だろうけど。これだから権力争いは嫌いなんだ。


 国王が事態を把握して支援なり何なり命令を出したらそういった面倒は無さそうだが、どうなる事やら。

 賑やかな街の中、漂い始めた嫌な気配に溜息が出た。

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