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ないしょの月夜

 耳に届く声と共に、額に微かな冷たさを感じて引き上げられるように意識が浮上する。

 開いたばかりでぼやける視界に瞬きを繰り返せば、青白い月明かりに照らされた艶やかな黒が視界に入った。



「トウカ、起きてくれ」


「……ク、ラヴィスさん……? おかえりぃ……?」



 誰かと思えばクラヴィスさんで、重い瞼を擦りながらどうにか目を開く。

 しかし眠気はそう簡単に取れない物で、隠すこともできない大きな欠伸が漏れ出る。



「……すぐに戻らなければならん。少しだけ起きてくれるか」



 温もりに誘われるままベッドに沈んでしまいたいのだが、それは許してもらえないらしい。

 背中に手が回されて抱き起された体が支えられ、枕をクッションに無理やり座らされた。気持ち良く寝ていた娘になんてひどい事を。



「うぅ……どしたの……」


「すまないな……今しか話せる時が無いんだ」



 うにゃうにゃとしか動かせない口はちゃんと言葉になっているだろうか。

 それすらもわからないほどの眠気に苛まれながらクラヴィスさんを見上げれば、困ったような顔をしてこちらを見ていた。

 正確な時間はわからないが、結構寝ていた気がするから多分深夜なんだと思う。この場合困って良いのはクラヴィスさんじゃなくて私では?


 寝ぼけてまともではないが、多少は冴えて来ているんだろう。

 少しずつはっきりしてきた頭がクラヴィスさんへの抗議を考え始めたが、爆弾が落とされてそれどころではなくなった。



「これから暫く王城に居なければならない。

 全てが片付くまで影の者が私の姿に偽り、私はノゲイラに居るように儀装する。

 そのためにトウカ達は式典が終わり次第、その者と共に帰還してくれ」


「……はい?」



 今までの眠気はどこへやら。一気に目が覚め、言われた事を脳内で繰り返す。

 しばらく王城にいる? 姿を偽るって、変装するってこと? その人と一緒にノゲイラに帰れ? はい?


 突然過ぎて何がなにやらわからないのだが、とりあえず何か問題が起きたのは理解できた。

 理解はできたのだが、どうしてまたそんな事をする羽目になっているのか。

 言われたことをしっかり理解しようとぐるぐると思考を巡らせながら、困惑をそのままに首を傾げた。



「えぇと? 王城で何があったんですか?」


「色々と、な。私が行かねばならんが私が行くと問題になる」


「ややこしいって事しかわかんないよ」



 どうして行かなきゃならない人が行ったら問題になるんですかね? 寝起きになぞなぞは止めてください。

 十中八九、権力関係のあれそれなのだろうけれど、まだ覚醒しきっていない頭ではろくに考えられない。

 正直眠すぎて詳細はどうでも良くなってきた。起きたとはいえ眠いものは眠いんだよ。



「……マジで何なんです……いつも通りにしていれば良いの?」


「簡単に言ってしまえばそうなる。

 この件を知っているのはごく限られた者だけだ。決して他言しないように」



 最後は語気を強めてはっきりと告げるクラヴィスさんにゆるゆると頷く。

 意図はわからないままだが、要するにアリバイ作りに協力して欲しいってことだろう。

 できる限りはお手伝いしますよぅ。いつも通りしてれば良いんでしょ。おーけーおーけー。


 眠気でいつもの倍は適当になっていそうだが、こんな夜更けに突撃してきたクラヴィスさんが悪い。

 時間が無いみたいなこと言ってたし、この時間に来たのも事情があるんだろうけど、もう少し配慮して欲しかったよ。



「アースに連絡役を担ってもらい政務も行うつもりだ。

 変装した上で幻影も使うため早々見破られる事は無いだろうが……異変を感じる者が出て来ないとは限らん。何かあれば補助してやってくれ」


「善処しまぁす」



 補助と言われても何かできる気はあまりしないが、頼まれたのなら多少は頑張ってみよう。

 そんな気持ちを込めた間延びした返事にクラヴィスさんは苦笑いを浮かべていた。

 だって開発面はどうにかするけど政務面は無理よ。そっちはシドに頼んでください。


 ちらりとアースさんの方を見れば、契約を通じて既に知っていたのか、眠そうに欠伸をしているだけで特に驚いた様子もない。

 アースさんは確定として、多分シドも知っていると思うけど……後は誰が知っているのかな。


 フォローするにも誰が知っているのか把握しておいた方が楽だと思ったのだが、時間が来てしまったらしい。

 いつも以上に優しく、丁寧に頭を撫でられ、頬に降りた手へと擦り寄る。

 これからしばらく会えないとなると不安も感じるが、一番心配なのはクラヴィスさんだろう。

 冷ややかな印象を与える見た目に反して過保護なパパンを安心させるべく、いつものようにふにゃりと笑った。



「行ってらっしゃい」


「……あぁ、行ってくる」



 子供の眠たげな笑顔で気が抜けたらしく、僅かに強張っていた顔が緩み、微笑みと共に手が離れて行く。

 そして瞬きした次の瞬間、クラヴィスさんの姿は月明かりに溶けるように消えていった。



「……早く片付くと良いねぇ」


「そうじゃなぁ」



 また二人になった部屋でぽつりと呟く。

 夢か現か迷うほど曖昧な時間だったけれど、頬にはまだあの人が触れた感触が残っている。

 だからこれは現実で、次にクラヴィスさんと会えるのはいつになるのか。


 ちょっぴり溢れた寂しさを呑み込んで、アースさんに促されるままベッドへと再び沈む。

 誰が知っているのかは明日にでもアースさんに確認すればいいだろうか。

 ぼんやりとこれからについて考えていたら、いつの間にか私の意識は再び夢へと落ちていた。

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