結ぶは祈り
どうやらあの出会いは公にできない物だったようだ。
あの後、血相を変えて戻って来たアンナにルーエが何やら話している間、ディーアから『贈り主については何も言わないでください』と頼まれた。
理由までは教えてもらえなかったけれど、どうせ貴族の立場って奴だろう。これでも公爵令嬢だもんね私。
クラヴィスさんと対立している派閥の人だったり、表立って会えない人だったり、思いつく理由なんて山ほどある。
ただ一つ、ディーアは知っていて私とあの人を引き合わせたのは確かだろう。
そうでなければ会ったことを隠さなければならないような、痛み止めを使わなければ動けないような人と、偶然街中で出会うわけがない。
ルーエの反応を踏まえる限り、彼女は何も知らされていなかったんだと思う。
それでいて警戒していなかったってことは、クラヴィスさんと敵対している人物では無いはず。
となれば、クラヴィスさんの指示があったと考えた方が妥当か。
馬車に揺られる間、フレンにリボンについて聞かれ「綺麗でしょー」と適当に躱しつつ屋敷に戻れば、丁度クラヴィスさんも戻ってきたところだったらしい。
先に屋敷の前で止まった馬車から人が降りたのが見えたかと思えば、こちらに向いた黒と視線がかち合う。
計ったようなタイミングだが、こちらとしても気になることはさっさと片付けておきたい。
馬車が止まったのを確認してからリボン片手に飛び降りれば、すぐさま待ち構えていたクラヴィスさんに抱き上げられた。
「おかえりトウカ」
「た、だいまです。パパもおかえりなさい」
近くに居るだろうとは思ってたけど、まさか真正面にいるとは思わないじゃん。びっくりしたぁ。
思わぬ拍子に浮いた体に声が詰まりかけたが、見える位置にリボンを持っていつも通り帰宅の挨拶をすると、僅かに目が細められる。
「街は楽しめたか?」
「お土産とか薬草とか、沢山買っちゃいました」
「構わん。持たせている分は好きに使いなさい」
視界に入っているだろうに触れないのは、周りに人がいるからだろうか。
普通の会話をしている間にも、クラヴィスさんは屋敷の方へと歩き出す。
はてさて、一体どんな企てがあったのやら。
悪い事ではないだろうが妙な緊張から指先でリボンを弄っていたら、屋敷の塀を超えた所で長い指がリボンへと触れる。
そして指からリボンへと淡い光が流れていき、花を咲かせる刺繍をなぞった後、ゆっくりと離れて行った。
「保護魔法をかけておいた。これで汚れや傷は付かないだろう」
「持っていて良いんですか?」
「……あぁ、君が持っていてやれ。その人物もそう望んで渡したのだから」
少し寂しそうに目を伏せるクラヴィスさんの腕の中、ただ静かに手のひらに収まるリボンへと視線を落とす。
持っていただけで誰かにもらったなど一言も言っていないのに、渡されたのを知っているということはそういう事だろう。
これ以上は何も教えてくれないのか、街で何を買って来たのかという他愛も無い会話へ流れが戻されるのに身を任せる。
それから私の髪を銀のリボンが飾ることが増えて一ヶ月。
明日はいよいよ、王位継承の儀が執り行われる日だ。
王位継承の儀は大きく分けて二つの構成に分かれていて、第一部は夜明けと共に始まり、次の夜明けを迎えるまであるらしい。
何でも最初の夜明けからは現国王の時代を、次の夜明けからは新たな国王の時代を表しているそうだ。
そのため王城ではこれから丸二日間かけて様々な儀式や宴が催され、貴族を始めとした参列する人達のほとんどが王城で過ごすことになる。
クラヴィスさんもその一人で、公爵ともなれば色々とお役目があるようだ。
ここ一週間近くほとんど屋敷に居なかった挙句、前日の今日も朝早くに出かけたらしい。
気付いたら居なくて、何か起きてもすぐ動けないから数日は屋敷から出ないようにと伝言だけが残されていた。
前から何もしなくて良いって言われてたけど、こうも忙しそうにしているのを見ると本当に何もしなくて良いのか不安になってくるよ。マジで観光しかしてないんだが。
新たな夜明けを迎えた後は休憩を挟み、朝の鐘が鳴ると同時に第二部の始まりであるパレードが行われる。
王城の正門から新国王を乗せたパレード用の馬車が出発し、王都の大通りを一周して王城へ帰城。
そして夜に城内で盛大なパーティーが行われ、そこで一応は終わりだそう。
終わりと言っても儀式の終わりというだけで、その後も他国のお客様や貴族との対談やら会議やらが続くため、実際王城内が落ち着くのは二週間近く掛かるとのこと。
昼頃に荷物を取りに帰って来たシドが教えてくれたが、クラヴィスさんが帰って来れるのもそれぐらいになるらしい。
しかしこの後建国祭もするとなると、王城の人達はずっと働きっぱなしになるんじゃなかろうか。
行事が重なってしまって仕方ないとはいえ、過労で倒れる人が出ないと良いのだが。一人か二人は絶対出るね。間違いない。
ディーアに頼んで栄養剤でも作ってもらっておこっかなぁ。必要そうならクラヴィスさん経由で売りつけちゃおうぜ。
出立前にできたばかりのポーションでまだどこにも出回ってない物だし、良い宣伝になりそうだ。
王城はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図状態だろうが、参列者側はそこまで忙しくないんだろう。
うちの場合はクラヴィスさん達が忙しそうにしているだけで、私や使用人といった王城に行かない人は全員暇を持て余しているぐらいである。
当日やることなんて、強いて言うならパレードの際に屋敷の前を通るからお祝いの花びらを撒くぐらいだもの。
後は屋敷で身内だけのパーティーでもしよっかーという、なんともふわふわした予定しかないよ。
ディックがいつの間に学んだのか異国の料理やら何やら身に着けて来たそうなので、どんな料理が出てくるのやら。
ノゲイラと違って様々な材料が手に入りやすい分、色んな料理を作ってみたいとも言っていたので、パーティーというより大試食会になりそうだ。
それはそれで楽しそうで良いんだけど、お祝いとしては良いのかはちょっと疑問である。とりあえずケーキは有った方がいいかな。
歴史の一ページになるだろう大イベントといっても、花びらの準備を確認するぐらいで、いつもと大して変わらない夜。
寝る支度を整えふかふかのベッドへと入りながら、ふと思いついた疑問を口にする。
「そういえばさ、屋敷から出るなって言われてるけど花びら撒く時もなのかな?」
「一応表に出て撒くのが決まりですけど……お屋敷の結界ってどこまでが範囲なんでしょう? 玄関も入ってましたっけ?」
「敷地内は施してありますわ。ですが表に出るとなると……結界の外になりますね」
「微妙じゃなぁ……いっそのこと二階から撒けば良いのではないか? その方が派手じゃろ」
「二階だと陛下より上の位置になってしまうので、やるならまだ一階の方がよろしいかと」
「……中にいまーす」
パレードの際には皆で花を撒くというのは、初代国王の時代から続くお決まりらしい。
元の世界と似たような文化があると知ってちょっとやりたかったのだが、クラヴィスさんの頼みを無視してまでやりたいことではない。
どうせ子供の手では綺麗に撒けないだろうから、皆に任せて私は屋敷からのんびり眺めて居ようかしら。
小さな疑問は間延びした声で締めくくり、アースさんが頭の辺りで丸くなり、私がベッドの中へと潜り込んだところで三人が一礼と共に静かに下がっていく。
扉が閉まる前に魔道具の灯りが消され、先ほどまで明るかった部屋は月の柔らかな光だけに満ちていた。
結局今日も会えないまま一日が終わってしまうのだが、クラヴィスさんはちゃんと休めているんだろうか。
人によっては夜明けから丸一日、次の日もほぼ一日起きて最後は夜のパーティーに参加するという恐ろしいハードスケジュールなわけでしょ。
体調管理はバッチリするタイプのワーカーホリックだからなぁ……休んではいると願いたいが、随分無理をしてそうだ。
真っ先に栄養剤が必要なのはクラヴィスさんだったかもしれない。材料はあるから明日作ってもらおうか。
心配だなぁと思っていても幼い体は正直で、程なくやって来た睡魔に身を委ねる。
──そうして夢に落ちていく最中、名前を呼ばれて目を開けた。