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趣味だからしょうがない

 幾つかの屋敷を通り過ぎた頃、馬車がゆっくりと速度を落とし始める。

 いよいよノゲイラの領館に着くらしい。

 色んな意味でそわそわしていると、とある屋敷の前で馬車が止まり、胴体に腕が回る。

 そして気付いた時には慣れた手付きで抱き上げられ、クラヴィスさんの抱っこという定位置に収まっていた。



「一人で降りれますよ?」


「用心するに越したことはないだろう?」



 五歳児程の体ともなればある程度自分でできるようになるのだが、過保護なパパンは許してくれない。

 ホント、二年前のあの日以来過保護になってるよねぇ……理由が理由だから仕方ないんだけどさぁ。


 安全を確認するためか、シドが先に降りて周囲を見渡しこちらに向けて小さく頷く。

 主が過保護なら従者も過保護になるようで、似た者主従に守られながら私は馬車から降りた。




 領主の中には領地を誰かに任せ、一年のほとんどを王都で過ごしている人もいる。

 そのため屋敷の大きさや豪華さで地位を誇示する人も多くいるのだが、クラヴィスさんにとって領館は王都に居る間の仮住まいだ。

 公爵という地位を乏しめない程度の建物に、少しの間滞在するのに十分な設備があればそれで良いはず、なのだが。

 「大した屋敷ではない」と聞いていたのが嘘としか思えない屋敷が目の前に建っていた。



「普通に立派な屋敷じゃと思うんじゃがなぁ」


「……ソウダネー」



 馬車を降りてすぐ、魔法陣を展開させて何か調べ始めたクラヴィスさんに体を預け、アースさんと二人屋敷を見上げる。

 塀に囲まれた二階建ての屋敷は人が住んでいないため静かだが、今まで見て来た屋敷と遜色ないように思える。

 どこか大したことないの。普通に豪邸じゃんか。


 唯一挙げるとすれば屋敷前に広がる庭園の規模ぐらいだろうか。

 ここに来るまでに見た他の屋敷には大抵広大な庭園があったけれど、ノゲイラの領館は塀と屋敷の距離が近いからか、ちょっとした庭という感じだ。

 それでも元の世界で言えば十分広い庭なんだけどねぇ。ダメだ私の価値観まで狂ってきてる。狂ってるのはパパンだけで良いです。



「……要らぬ客は来ていないようだな」



 調べていたのは侵入者の形跡だったんだろう。視界の端で光が散り、魔法陣が消えていく。

 相変わらず魔法って便利だなーと光の残滓を見ていたら、ゆっくりと地面に降ろされた。


 久しぶりの地面に少し足がふらついたけれど、すぐに繋がった両手にしっかり支えられる。

 そうして数秒、落ち着いたところを見計らって手が離れて行く。



「私は行くが……一人にならないように。

 アースも、ここはノゲイラではない。屋敷内は構わんがなるべく大人しくしていてくれ」


「はぁーい」


「お主から見てワシはそんなお転婆に見えとるんか?」


「街の菓子店に行っては城へ請求書を送り付けているのは誰だ?」


「そんなことしてたの」


「だって店主が構わんと言っておったもん」



 このおじいちゃん、ディックのお菓子だけでは飽き足らず、街にまで集りに行っていたのか。

 あれだけ大量に食べているのに……やっぱり人外の胃も人外なんだなぁ。


 きっと城に請求書を送るのは、店主さんの気遣いと利益を天秤にかけた唯一の対処法だろう。

 そりゃ領主の使い魔が店に来たら無下にはできないって。かといって無償で対応してたら店潰れちゃうって。


 とはいえ、いちいち請求書を送ってもらうのも手間だろうし、お小遣い制度でも導入させた方が良いんじゃなかろうか。

 幸い分体なら魔力も抑えられるし言葉も通じる。お金の使い方さえ教えればどうにかなるだろう。

 東洋龍がお菓子屋さんで代金を支払うという若干シュールな光景が増えそうだが、店側に掛ける迷惑を考えたらその方が良さそうだ。

 時間がある時にお金の使い方を教えておこうと心のメモを記しておき、アースさんを抱え込んだ。見張りはお任せあれ。



「早く戻ってきてねー」



 居心地悪そうに動くアースさんを抑え込むため手を振ることはできないけど、幼女らしくにぱーと笑って見送る。

 公爵だろうが領主だろうが掃除からは逃れられないんでね。うちじゃ仕事に身分なんて関係無いんですよ。

 再度念押ししたおかげで私の気持ちが伝わったのか、困ったように眉を下げられ頭を撫でられた。



「わかっているから、良い子にしていてくれよ」


「いつも良い子でしょ」


「それもそうか」



 ちょっとした冗談のつもりだったのだけど、そう真に受けられると困ると言いますか。

 過保護だけでなく親馬鹿にもなっちゃったのかしら。護衛の兵士さん達が微笑ましい顔してますよぅ?


 周りの反応が気になる私と違い、クラヴィスさんは全く気にならないらしい。

 頭を撫でた手が頬へと移り、子供特有の柔らかさ楽しむように撫でていく。

 その顔は確かな微笑みを浮かべていて、つられて私もへらりと笑った。

 もう慣れてきたけど爆弾の威力は相変わらずだなー。爆発の煽りを食らった兵士さんが固まってら。



「行ってくる」



 そう言ってクラヴィスさんは先ほどまで乗っていた馬車に再び乗り込む。

 どうやら王城に連れていくのはシドとスライトだけのようだ。

 いつの間にか御者がシドに代わっていて、他の護衛の人達が馬から降りている中、スライトだけが走り出した馬車を追って馬を走らせて行った。



「さーて私達は掃除だよー」


「掃除ですか? こんなに綺麗なお屋敷なのに?」



 主を見送りそれぞれ動き出した皆へ指示を出すと、近くにいた兵士が不思議そうに首を傾げる。

 そういえば馬車で話していただけで皆には言ってなかったか。

 荷物を運び入れようと扉を開けた使用人達が漏らした嫌そうな声に、こちらを二度見する兵士に肩をすくめて見せた。




 シドの言っていた通り、先に来ていた人が掃除をしてくれたのだろう。

 既に換気されていた屋敷の中は思っていたより片付いていたものの、窓枠や階段の隅など、細かい所に埃が溜まっていて、ルーエを筆頭とする使用人の皆の顔が引き攣らせていた。


 ゲーリグ城とかはいつ来客があっても困らないようにピカピカにしてたからねぇ。

 仮住まいとしては十分なぐらいに片付いているが、こうも埃が溜まっているのは我慢ならないらしい。

 私が何か言う前に一致団結していた使用人達を中心に、屋敷の掃除が進められて行く。



 もちろん私も参加していたけれど、小さな体でできる事なんて限られている。

 鬼気迫る勢いの使用人組に紛れて手伝っていたものの、段々手持ち無沙汰になってしまった私はアースさんとディーアを連れて庭の方へ出ていた。

 何かしようにもこれ以上は邪魔になっちゃうからなぁ。大人しくしておくのも仕事だ。



 ついでに庭を見て回ってみたが、こちらは屋敷内と違ってほとんど放置されていたようだ。

 片隅にあった用具入れには必要な道具一式揃えてあるし、多少手が入っているのはわかるけれど、植木は自然のままに伸びていて、花壇には青と白の小さな花が乱雑に咲いていた。

 どれもこじんまりとしているし、塀に隠れて外からは見えないようだが、屋敷の中からは良く見える場所だ。

 これは来客があったら困る奴ですね。手入れしないとなー。



「ねぇディーア。誰かに庭の手入れを頼むのってクラヴィスさん的にどう思うかなぁ?」


『あまり良い顔はされないと思います』


「だよねぇ」



 今回庭師は一人も連れてきていない。

 そのためまず思いつくのは王都で新たな庭師を雇うことだが、それだと外部の人間が手を加えることになる。

 あまり使っていないこの屋敷にも結界など施していたようだし、その方面は難しそうだ。



「ってなると私の出番かなー」


「ここでも土弄りか?」


「いつも通りってことよ」



 日々土を弄りに弄っていた甲斐あって、植物の知識はもちろん。世話にも慣れている。

 ゲーリグ城の庭園に比べれば規模も小さいし、植えられている物も放置されていても育つような丈夫な物ばかりだ。

 その道のプロに任せない分、見栄えは劣るだろうけれどこのまま放置するよりかはマシにはできる自信がある。


 正直ノゲイラでずっと世話をしてきたから、これから数ヶ月何もできないっていうのが耐えられそうにないだけだが。

 もう十日ぐらいまともに触ってないからさぁ……貴族の娘らしからぬ行動だとしてもすっかり趣味なんだもの。仕方ないじゃん。



 善は急げとばかりに二人にも手伝ってもらって庭の手入れをしていくこと暫く。

 雑草を抜いたり軽く剪定したりと、庭に少しずつまとまりを見えて来たところでディーアからストップが掛かった。

 空を見上げれば真上にあったはずの太陽は傾き、青色と茜色が混ざり始めていて、作業を始めてから随分時間が経っていたようだ。

 やり始めたら止まらないのはあるあるだと思う。止められなかったらもっとやってたろうなぁ。


 ディーアが道具を片付けてくれている間、ゴミを魔法で処理してくれているアースさんの隣で庭を眺める。

 最初よりかはマシになったとはおもうけれど、屋敷に対して少々殺風景なのが気になる。

 そもそも植えられていた植物の種類が少なすぎるのよね。庭全体で木が一種類に花は二種類だぞ。良いのかこれ。



 王都に滞在する数ヶ月の間、流石に誰一人来ないなんてことは無いだろう。

 木はまぁ良いとしても、花は何か植えなきゃいけないやつではなかろうか。

 言っては何だが、植えられていた花もどちらかというとそこらへんで良く生えてるやつだし。

 多分この子達いつの間にかこの庭に生えたやつだろ。気付いたら生えてたからそのままにしたパターンでは?


 アースさん曰くこの土地と相性が良いみたいだし、伸び伸びと育ってるのを刈り取る気は無いけれど、この花達だけで庭を飾るには屋敷が豪華すぎる。

 青と白って色合いは可愛らしくて好きなんだが、屋敷に合うかと言われれば首を傾げるしかないんだよ。もうちょっと華やかさが欲しい。



「メロリアでも植えるのが一番手っ取り早そうだけど、あの花は手入れがなぁ……数ヶ月しかいないんだもんなぁ……」


「水やり程度の魔法なら施せるかのぉ」


「それなら、ジュリアってここでも育つ? それかエジュンとか」


「残念なことに、こやつらと相性が良くなさそうじゃ」


「ダメかぁ」



 華やかであまり手入れしなくても良い花を挙げてみるが、先住花との相性が悪いらしい。

 ちょっと癖のあるジュリアはまだしも、どこでも育つエジュンと相性が悪いなんて。さては君達相当我が強いな?


 アースさんに土壌を変えてもらおうかとも思ったが、ここは強大な魔流が流れているノゲイラではない。

 本体から離れている分、そんなに力も出せないって言ってたし、こんなことで力を使わせるわけにはいかないだろう。

 つんつんと指先で青い花びらを突くが、当然何も変わることは無くただ揺れるだけだった。どうしたもんかなぁ。



 疲れもあって思わず黄昏ていると、換気のために開かれていた窓から何やら騒がしい声が聞こえて来た。

 何かあったのかとディーアに抱えてもらって窓から中を覗けば、使用人達が使う部屋だったようで、フレンと他の使用人の女性達が何やらこそこそと集まっていた。



「何かあった?」


「お、お嬢様!? いえ、あの、なんでもなくてですね!?」


「何でもありそうな反応ありがと。言えない事なら良いよー」


「いえ! 是非とも聞いてください! 皆ったらこんなに頼んでて!」



 見たところ荷解きの最中だったようだが、使用人の誰かが何かやらかしちゃったらしい。

 珍しくしっかり者モードなフレンがこちらに持ってきた羊皮紙を覗き込むと、そこにはびっしりと文字が並んであった。



「えーと……ゲンジュの絵筆、アルシェのアクセサリー小さいの何でも、カーバル地方のガラス細工……?」


『恐らく、城の者達への土産ですね』


「あーなるほど? 全部頼まれたのね」


『異国の物もあります。王都でも全て揃えるのは難しいと思います』


「お金も渡されてて……断り難くて……」



 見たところ、肩を落としているのはノゲイラ出身の人達ばかりのようだ。

 王都からノゲイラに来たフレンと違い、彼女達は今までずっとノゲイラで過ごしていたのだから、王都でどれが手に入ってどれが手に入らないかなんてわかるはずも無いだろう。

 きっと頼んだ側もわからずに書き込んだに違いない。地方の人達が王都に行く機会なんて滅多に無いらしいからねぇ。


 改めて軽く目を通して見れば、確かにシェンゼ王国ではない土地の名前も多数書き込まれていた。

 んー……せっかく希望を出してくれたんだし、なるべく揃えてあげたいけど、これは難しいかなぁ。

 しかし頼まれただけでそれほど騒ぐようなことだろうか。確かにちょっと多いけど。



「別に怒るようなことじゃないし、そんな落ち込まないで良いよ。フレンも落ち着いてー」


「いいえお嬢様、事は重大なのです……!」


「たかが土産じゃろ? そんなに重大かのぉ?」


「だって私、出発前にお土産のメモ見つかってルーエさんにこっぴどく叱られたんですから!」



 あぁなんだ、やらかしていたのはフレンか。

 力強く告げたその発言に微妙な空気が漂い始めたのに気付いていないらしい。

 その時の事を思い出して、若干顔が青ざめたフレンが両手を握りしめる。



「私達は仕事で行く。遊びではないのだからと、それはもう延々と……!

 これがルーエさん達に知られたらどうなるか……! これ以上被害者を出すわけにはいきません!」


「私が、何かしら?」



 後ろから聞こえた冷たい声色と共に体感温度が少し下がった気がする。

 フレン達が固まっている中、後ろを振り返れば、そこにはにっこりと笑みを浮かべたルーエが居た。こっわ。



「お嬢様、主が戻られましたのでお伝えに参りました」


「ソッカーワカッター」



 庭に立つ彼女は何事も無かったかのように主の帰還を伝えるけれど、その表情はいつになく冷ややかだ。

 これは、クラヴィスさんのとこに行ってろってことかしら。

 フレン達から縋り付くような視線が向けられているが、悲しいかな、お怒りルーエに勝てるほど私は強くないんだぁ。

 空気もしっかり読める有能な護衛が私を抱えたまま静かに移動を始めるので、せめてものフォローをするべく身を乗り出した。



「私もお土産いっぱい買うつもりだったから、ほどほどに、ね?」


「……内容によります」



 あーこれは微妙ですわー。ちょっぴり微笑みが揺らいだけどそれだけですわー。

 ルーエの横を過ぎたところで部屋の方に向けて両手を合わせる。頼りないお嬢様でごめんよ、後はどうにか生き延びてくれ。

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