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波乱は早速



「お嬢様! 一大事です!」


「びっ、くりしたぁ……!」



 突然扉が大きく音を立てて開かれ、意識が本に集中していた私の体が飛び跳ねる。

 何事かと思えばアンナか。そんな風に扉開けるなんて、いつもフレンに厳しいアンナはどこへいったのやら。

 よっぽど大きな問題でも起こったのかなと思ったが、先ほど王都から使者が来ていたのを思い出し素知らぬ顔を取り繕う。



「そんなに慌てて、どしたの?」


「さ、先ほどクラヴィス様から言伝を預かりまして……!

 今回の建国祭は王位継承の儀も執り行われるとのことです!」


「あらまぁ」



 噂になっていたとしても、それが事実だと知れば驚きもするだろう。

 あぁやっぱりその事かと思いつつ、初耳だと言わんばかりに驚いたフリをして見せておく。

 別にここの皆になら知っていたと気付かれても問題無さそうだが、機密情報だったわけだし、知らないフリをするのが安牌だ。

 ちらっと周りの反応を窺ってみればフレンは驚きのあまり淹れていた紅茶を溢していて、ルーエとディーアはどこか寂し気に目を伏せていた。



 悲しまれてるってことは、現国王の治世は彼等にとって良い物だったんだろうか。

 ノゲイラしか知らない私には良くわからないけれど、悪政ならそれこそノゲイラの前領主のように静かに受け入れられていたはず。

 後継者のグラキエース王子も悪い評判なんて全然聞かないし、王位が変わって国内が荒れることはなさそうだ。


 それでも国主が変わるとなれば、いくら準備していても多かれ少なかれ波風が立つだろう。

 できれば穏やかに過ぎ去って欲しいけれど、どうなることやら。



「私達は一か月後に出発する、との事でした……!」


「忙しくなりそうだねぇ」



 こういった大行事が揉め事なくすんなり終わることなんて早々無い。

 いつも通り留守はしっかり守るつもりだけど、あんまり面倒なことは起こらないでほしいわぁ。

 というか一か月後って、クラヴィスさんの服の手配は間に合うんだろうか。

 仕立屋にはもう連絡しているけれど、五着全部を一から作ってるとなるとギリギリじゃないか?


 前に仕立てた物で着ていない物が幾つかあるけど、黒がメインの物は少ないからなぁ。二着は作ってあるけどそれじゃ足りないよ。

 あそこも中々に仕事人だから根性で間に合わせてくれそうだが、早めに連絡しておかねば。

 早速一筆したためようとルーエに手紙の用意を頼んでいると、アンナが真っ青な顔で叫んだ。



「お嬢様も準備を始めませんと!

 庭園の手入れは庭師の方に手配すれば良いとして、ドレスは今から手配して間に合うかどうか……急がないと……!」



 普段はルーエと共に慌ただしいフレンを宥めているアンナだが、いつになく慌てた様子に首を傾げる。

 庭園とドレスの手配って、何を言っているんだろうか。まるで私まで王都へ行くような……嫌な予感がする。



「まさか私も行くの?」


「は、はい! 今回はお嬢様も王都へ向かうそうです!」


「えぇ!?」



 アンナのしっかりとした返答を聞いたフレンがありえないとばかりに声を上げる。

 それもそのはず。私はゲーリグ城を出られない。それは他でもないクラヴィスさんが決めたことだ。



 二年前、私が攫われて以来、結界を施したり警備を強固にしてきた守りは、今も完全ではないらしい。

 城の中こそ許されているが、城の外に行くのなら必ずクラヴィスさんかアースさんの傍に居る事を義務付けられ、ノゲイラの外に至っては出る事すら許されていない。

 実際にこの目で見たいことが山ほどあるのに、件の魔導士のせいで深窓の令嬢状態なわけである。本人滅茶苦茶元気なのにね。最近の趣味は土弄りだぜ。


 今アースさんが傍に居ないのもそのためで、時々各地へ赴きノゲイラ全域の結界を整えてくれている。

 二人の努力の甲斐あって、近い内に城を出歩くのは許されそうだが、ノゲイラの外なんてもっての外なはず。



 それなのに連れていくってことは、王位継承の儀ともなれば貴族は全員参加とかなのかしらねぇ。

 漏れそうになる溜息を呑み込み、便箋を持ってきてくれたルーエを見上げた。



「先にクラヴィスさんに詳しく聞きに行こっか。

 式に出るとしても何を用意したら良いかわからないし、どれぐらい王都に居るのかも確かめないと」


「お嬢様……落ち着いてますねぇ……」


「クラヴィスさんが急なのはよくあることだもの。フレンも慣れた方が良いよ」


「慣れたくないです」



 それは無理な願いだと、きっとこの部屋に居る全員が思ったに違いない。

 今まで突発的な視察を何度やったことか。色々見せるためだろうけど、大抵私も連れていかれるんだ。慣れなきゃやってられないって。

 せっかく用意してもらったけれど手紙は後回しにして、私達は急いでクラヴィスさんの部屋へと向かった。




 そっちが急に来るのなら、こちらも急に来てやろう。

 部屋の主へ来訪を伝えようとするルーエを止め、勢い良く扉を押し開く。

 そこそこ良い音を立てて扉が開いたというのに、クラヴィスさんは驚くことも無く私達を迎え入れた。

 どうせ気配とかで分かってたんだろうなぁ。悪戯のしがいが無いネ。



「で、どういうことですか?」


「どういうことも何も、そういうことだ」



 早速引継ぎの打ち合わせでもしていたらしい。

 カイルが傍に居るけれど構わず問い質せば、書類に走らせていた万年筆を置いてはっきりと答えられる。

 傍から聞いていれば問いにも答えにもなっているか怪しいけれど、お互い察しているなら問題は無い。

 無いのだが、言葉が足りないにもほどがある。それじゃ王都に行くのが確定って事しかわからんて。



「私はノゲイラから出ちゃ駄目だって言ってたじゃないですか。

 式典とか参加しなきゃいけないの?」


「いや、継承の儀も建国祭も参加する必要はない。

 向こうでは観光なり何なり、君は好きに過ごしていたらそれで良い。

 王都ならノゲイラでは手に入らない物も手に入るだろうからな。じっくり見て回ると良い。

 ただ、数ヶ月は向こうに滞在する事になるだろうから、心積もりだけはしておくように」


「数ヶ月!? そんなに掛かるの!?」


「……色々と役目があってな。短ければ二ヶ月、長ければ四ヶ月は掛かるだろう。

 それだけ離れるとなると、傍に居てくれた方が私も安心できる」



 建国祭だと早ければ二週間で帰って来ていたのに、何倍にもなりかねない期間を提示され言葉が詰まる。

 あの魔導士の行方は今も追っている最中で、いつ狙ってくるのかも、今も狙われているのかもわからない。

 決してアースさんやディーア達を信頼していないわけでは無い。日々訓練してくれているゲーリグ城の守りを信用していないわけではない。

 だけどやっぱり安心できるのはクラヴィスさんの傍に変わりはなくて、それなら仕方ない……かぁ……。



「春どころか夏も終わりかねないじゃん……もっと早く言って欲しかったです」


「すまないな。先ほど決まったんだ」



 もしかして連れていくかどうかギリギリまで悩んでいたのだろうか。

 そんな苦笑いで謝られてしまうと、文句も言い辛くなるというもの。


 これは大急ぎで準備を進めるしかなさそうだ。

 式典に出なくていいなら私の用意はすぐ済みそうだが、問題は領地の方だよ。

 次に試す種とか用意してたけど、全部計画見直しじゃん……くっ、いよいよ胡椒に取り掛かろうと思ってたのに……!



「アースさんが帰ってきたらすぐ来るよう伝えといてください!」


「わかっている」


「カイルも! 引き継ぎまとめたらまた来るからね!」


「お待ちしております」



 これも全部傍迷惑な魔導士のせいだと心の中で悪態を吐きつつ、大急ぎで執務室を後にする。

 えーっと、とりあえず開発状況とか予算とか諸々把握して、私が請け負ってるのでカイル達に引き継いでもらって大丈夫なのって幾つあったっけ……あ、厨房にも行っておかなきゃ。

 普段から庭師さん達に庭園の手伝いしてもらってて良かったぁ。あそこの引継ぎが一番ややこしいんだもの。

 ディーアも連れていくんだから研究所の方も行かないと。薬草の管理とか、やだもうやることいっぱいだな!?


 果たして一ヶ月で間に合うだろうか。

 ちょっぴり泣きそうになりながら、怒られない程度の小走りで廊下を駆けた。

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― 新着の感想 ―
あれ?5歳になったら「クラヴィスさん」呼び?「お父様」でなく??何があったのかしら?(・・?
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