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慣れるには時間も必要

 ノゲイラという閉ざされた土地に囚われていた者にとって、ディーアの存在はまさに天啓のようなものになったのだろう。

 ディーアを調合師達へ紹介して一か月、今まであまり進展が無かったポーションの開発が爆速で進んでいった。



 調合についてはほとんどノータッチなので良くわからないのだが、ディーア曰くノゲイラの調合方法は随分と古い物だったらしい。

 ディーアが調合方法や薬草の知識を教えたところ、彼等はすぐさま取り入れ、次々と新たなポーションや薬を完成させていた。

 あの人達が元々優秀なのもあるんだと思うけどねー。それでもディーアの存在は不可欠だったと思う。


 ウィル達が太鼓判を押すだけあるというか、ディーアの調合師の腕は確かな物のようだ。

 他の調合師の手伝いをしながら自分でも調合を行い、軽く話した麻酔も既に取り掛かってくれているという。

 普段私の護衛だけでなく領地開発の手伝いもしてくれているのに、一体いつ休んでいるのだろうか。

 聞いてもやりたいことをやっているだけだからとにっこり微笑まれるだけだった。そういうとこ主さんにそっくりだよ。



「それで、彼には慣れましたか?」



 クラヴィスさんと共に行った商人との対談を終え、そのまま執務室で休憩していたら、紅茶を淹れ直してくれたシドが不意に問う。

 頼んでいた植物──胡椒と似た特徴を持つ植物の種と実が手に入り浮かれていたので、数秒理解が追い付かなかったが、きっとディーアのことだろう。

 仲の良い友人が新しい職場環境に馴染めているか心配してるんだろうなぁ。

 微笑ましい気持ちになりつつ、どう答えた物かと紅茶を手に取り考える。



「んー……馴染んではいると思うよ。ただ、何だろ。不思議な感じ?」



 専属護衛といっても、四六時中傍に居るわけではない。

 今は研究室の方で起きた爆発を片付けるために駆り出され、傍に居ないディーアを思い浮かべるが、何といえば良いのやら。

 言葉に困りながらもどうにか出した感想にシドも目を瞬かせていた。


 慣れたか慣れてないか、二択で言えば慣れたと言えるだろう。

 不安要素だった意思疎通も問題無く行えているし、護衛と研究という二足の草鞋も今のところ問題無くこなしてくれている。

 元々ウィルが城に結界が施されてからは別の仕事で居ない事が多かったから、居たり居なかったりという距離感もウィルの時とさほど変わり無い。

 顔を隠しているせいか、城の人達も始めは近付き難かったようだが、一か月も経てばすっかり馴染んでいるようだし、そちらも問題は無いだろう。



 私の日々にディーアは溶け込み、馴染んでいるとは思う。

 しかし何というか、時折向けてくる視線が慣れないんだよなぁ。



 泣かれたり、命を捧げられたり、忠誠を誓われたりと、出会いが随分衝撃的な物だったからだろうか。

 一か月経っても一度たりとも素顔を見たことが無いからだろうか。

 時折向けられる、懐かしむような視線が不思議で仕方ない。


 私は異世界から来た人間で、ディーアは昔からクラヴィスさんに仕えている人間だ。

 顔を隠しているからわからないだけで昔会っていた、なんてことも在り得ないはず。

 まさかいまだに噂されてるクラヴィスさんの実子説を信じてたりしちゃうのかなぁ……まさかねぇ……。



「お気に召さないでしょうか」


「違う違う! いつも気遣ってくれてすぐ助けてくれるし、頼りにしてるって。

 ただまだちょっと慣れてないだけで、その内慣れるだろうから心配しなくてだいじょーぶ」


「……嫌でしたらすぐにおっしゃってくださいね。

 お嬢様も、わーかーほりっく、でしたか。

 最近働き過ぎだとルーエから聞いておりますから、負担になるような事は減らしませんと」


「シドに言われたくないー」



 あまり良くない反応をしてしまったせいで、シドが深刻な表情になってしまい、慌てて首を振って否定する。

 向けられる視線は不思議でも、細かい所に気付き、常に気を配ってくれ、困る前には既に対処されていたりするぐらいだ。

 正直ウィルの時より快適だもの。ダメ人間に成りかねないほど甲斐甲斐しく世話されちゃってるもの。むしろ負担は減ってるよ。


 決してウィルが何もしてくれなかったとかではなく、単にディーアが世話し過ぎなんだけどね。

 きっと専属護衛になってばかりで張り切っているだけだろうから、その内落ち着くと思うが、ルーエは何を言ってんだか。

 やけに心配そうなシドに子供らしく返しておくが、私で働き過ぎだったらこの主従はどうなるんだ。



 今も私が休憩している傍ら、書類仕事をしているクラヴィスさんへと視線を向ける。

 一緒に休憩しましょーって誘ったはずなのに、書類に目を通しながら何か作業してますねぇ。

 シドに至ってはルーエ達が届いた荷物を運んでいて居ないからって、クラヴィスさんの補佐をしながら私の世話してますしねぇ。

 大人だから良いとかそういうのじゃないんだぞ、とジト目をしてもシドには効かず、クラヴィスさんは何も言わなかった。相変わらず聞きゃしねぇ。


 かと言って休むよう我儘を言うわけにもいかない。なんせここまで仕事を増やしたのは私なわけだし。多分今やってるの、家庭魔道具用の魔法陣だもの。

 やっぱり魔法に明るい人とか増やしたいなぁ。クラヴィスさんにばかり頼り続けるのも限度がある。

 王都には魔導部隊という魔導士で構成された集団があるらしいし、そこから一人か二人引き抜けやしないだろうか、なんて思いつつ、王都という単語に仕事があったのを思い出す。



「そーだクラヴィスさん、次のパーティーは紫色でも良いですか?

 やっと安定して着色できるようになったので、売り出すのに丁度良いと思うんですよね」



 毎年春の終わりになると王城では建国祭の祝宴が開かれる。

 パーティー自体は年がら年中どこかしらで行われているものの、建国祭の祝宴は特別な物で、貴族のほとんどが参加する大規模な物だ。

 一応義務ではないようだが、他のパーティーに滅多に出ない貴族等も参加することが多く、そういった人達と繋がりを持つ絶好の機会なんだそう。


 クラヴィスさんも建国祭の祝宴には参加するようにしていて、逆に言えばそれ以外のパーティーには滅多に出ない。

 色んなところからパーティーの招待状は届いているようだが、領地経営が忙しいからほとんど断っている。

 一度王都に行ったついでにって宰相家で行われたパーティーに参加してたらしいが、私が知ってる限り建国祭以外で参加してたのはそれぐらいじゃなかったかなぁ。



 それに、だ。最近ようやく教えてもらったのだが、公爵って王家の次に高い地位なんだって。

 ルーエはてっきりクラヴィスさんが説明していたと思っていたらしく、私が知らなかったことに驚いていた。

 聞いてないです。教えられたのは公爵になったってだけでした。何となく察してはいたけどさぁ。


 確かに知識として爵位で一番上なのは知っていたが、それは元の世界での決まりだ。

 きっとここでは違うんだって気にしないようにしていたのだが、ここでもガッチガチに高い位だと知ってしまい、私はガクブルである。

 だって左遷されたただの魔導士だって言ってたもん。そんな人がそんな位に就けるなんて思うかって話だよ。

 やっぱりクラヴィスさんって元々貴族だったりするんだろうなぁ。絶対ただの魔導士って嘘だよ。それこそどっかの公爵家の出とかだろ。



 その上最近はノゲイラも謎の発展を遂げているのもあって、他の貴族からすればクラヴィスさんとの繋がりは喉から手が出るほど欲しい物となっている。

 更にこの美人さである。否が応でも目立つので、パーティーに参加する時はノゲイラの新しい技術を用いて全身コーディネートし、宣伝してきてもらっている。


 着色とか製法とか色々と他より進歩してるからねぇ。和風のデザインを取り入れた物もあったりして、貴族の間でも良い意味で噂になっているらしい。

 クラヴィスさんがパーティーに参加する度注文が大幅に増えるんだぁ。ふへへ。



 そのため今回はより鮮やかに着色できるようになった紫を売り出すべく提案したのだが、書類から顔を上げたクラヴィスさんの顔を見て首を傾げる。

 あれ、いつもなら好きにしろって言ってくれるのに、何か駄目そう?



「悪いが、今回は黒にしてくれるか」


「いつも黒は良くないって言ってたのに? どうしてまた」


「今回はその方が良いだけだ。できれば黒を多く使って欲しい」



 今までワンポイントに入れるだけでも良い顔しなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。

 そりゃ参加するのはクラヴィスさんだけだし、リクエストをもらえるならこちらとしても有り難いけれど、祝宴に真っ黒って大丈夫なんだろうか。

 日本ではお祝い事にはあまり適さない色だが、シェンゼ王国ならではの慣例でもあるのかしら。ま、本人の希望だし従いますよぅ。



「じゃあ黒を主体に紫を挿し色に使いましょ。それなら宣伝もできるでしょ」


「最低でも五着ほど用意しなければならないから、他の色も宣伝できるぞ」


「え!? 珍し! クラヴィスさんがそんなに出るんですか!?」



 パーティーで同じ服装を着回すと、貴族達の間では財力が低いと見なされてしまう。

 女性と違って男性は軍服など正装が決まっているのでそこまで煩くないそうだが、それでも近い期間で催されるパーティーに参加する場合は別で用意することが多い。

 だからって、五着も用意するの!? ほとんどパーティーに出ないクラヴィスさんが!? 期間中何度か開かれる建国祭の祝宴にも一回しか出ないクラヴィスさんが!?

 ノゲイラのためにもできるだけ参加して欲しいのに、パーティーだけは断りまくってるクラヴィスさんが!?


 いっその事冗談だと言ってくれた方が信じられるよ。マジですか。

 驚きを隠せないままシドを見れば、黙って頷かれた。マジなのか。



 これは珍しいこともあるもんだ。私としては単純に宣伝できる点数が増えるので嬉しいけれど、一体全体どういう風の吹き回しだろう。

 しげしげと見る私の視線に耐えかねたのか、ただ呆れただけなのか。クラヴィスさんが溜息一つ零して呟いた。



「行われるのは王位継承の儀だからな。催しも多くなる」


「あらま、あの噂本当だったの?」



 随分前からシェンゼ王国第一王子のグラキエース王子が国務に携わるようになっていて、去年の秋には他国の王女を迎え入れて王子との結婚式が執り行われた。

 確か王子の年齢が二十八で、王女が十八になったばかりだったかな。

 十歳差があるものの二人は幼い頃から婚約をしていたそうで、その仲の良さは遠く離れたノゲイラでも語られているほどだ。


 王は政務を引継ぎはじめ、王子は婚姻して地位を固めている。

 そういった流れからそう遠くない内に王位継承が行われるのではないか、と噂されていたのだ。

 大事すぎてあまり話すのは良くない内容だから、あくまでも噂を聞いただけだったが、こうしてはっきりと告げられたということは事実なのだろう。

 時期的に建国祭と同時にやるのかなぁ。そりゃ式典とかいっぱいありそうだわ。



「正式な報せは来週になるはずだ。まだ誰にも言わないように」


「はーい」



 まだ発表されていないとしても、公爵ともあれば先に知らされているわけか。

 当たり前のように機密事項を教えられ、いつものようにお行儀よくお返事しておいた。

 ムスメが普通じゃなくて良かったねパパン。普通五歳児って何を聞いて何を言うかわかったもんじゃないのよ。

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