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一番に言いたくて

 ゲーリグ城城門前広場、そこにずらりと十台の馬車と数名の騎兵が列を成して順に止まっていく。

 来客や集会など人が集まることを想定して作られている場所とはいえど、この数の馬車が並ぶことはそう無いようで、馬車が全て止まった今も、古参も新参も関係なく騒めきが収まらずにいる。

 だが、流石というべきか。先頭の馬車の扉が開き、待ち望んだ黒が姿を現した瞬間、水を打ったように静まり返った。


 さて、ここで私が取る行動は一つである。

 元々そうしようと決めていたのだけれど、見知った人達以外の大勢に見られるので足踏みしてしまうが、こうなってしまえばやるしかない。

 私達の仲睦まじさを見せつけるため、皆への説明責任から逃れるため、そうしたいという私自信の欲望のために駆けだし声を張り上げた。



「パパー!」


「トウカ」



 小さな足を精いっぱい動かし駆け寄る幼女。

 飛びつく勢いで伸ばされた手を取り、軽々と抱き上げ微笑んだその人を見て、悪い印象を抱く人はそういないだろう。

 本音交じりの仕上げに首筋に擦り寄り、最大限の力でぎゅーっと抱き着けば、同じように優しく、けれど強く抱きしめられた。



「おかえりなさい!」


「あぁ、ただいま」



 くぐもった声で伝えた思いに、この人はどんな表情を浮かべているだろう。

 耳に響いた声色から、きっと柔らかく微笑んでくれているんだろうなぁなんて思いながら、優しく叩かれた背中と緩められた腕に顔を上げる。



「良い子にしていたか?」


「してたよー! ねぇシド!」


「はい、とても。時折お転婆されましたが」



 音も気配も無いけれど、きっといるだろうと視線も向けずに投げた言葉の先にはやはり彼がいて、間もなく返された返事に私の肩がピクリと撥ねる。

 なんだと!? 滅茶苦茶良い子だったじゃん! 自分を餌にまでしてたのにその言い草はないんじゃなかろうか! 嘘偽りを言うんじゃないよ全くぅ!

 内心ぷんすかしてシドを見れば、にっこりとした嘘偽りの無い微笑みを向けられていた。あー嘘じゃないってことは合言葉か何かかな?



「それは、詳しく話を聞こうか。トウカ」


「うぇー?」



 小さく笑みを零し、抱き上げた私の顔を覗き込んできたクラヴィスさんにほ舌足らずな鳴き声と共に首を傾げれば、いつもの微笑ましい物を見守る空気が周囲に流れるのを感じる。

 咄嗟に悪戯を誤魔化す子供のフリをしたのが間に合ったみたいだね。セーフセーフ。

 アドリブにも限界があるんだから、そういうのは事前に私にも共有しといてくれませんかねぇ? 絶対後で抗議してやる。


 大人しく献身的な私に対してお転婆娘の称号を与えようとしてくる二人に対し、表に出さずむくれていると、宥めるように頭を撫でられ、体が揺れ動き視界が一転、馬車の列へと変わった。

 私達が親子らしいやりとりをしている間に全員降りていたのか、整然と並んでこちらを見ている老若男女に一瞬驚いたが、とりあえず領主の娘として顔だけキリっとしておいた。

 威厳なんて駆け寄っていた時点で無いんだけどネ! でも切り替えは大事!



「紹介しよう。彼等はアースを従えた褒美として陛下から与えられた者達だ。

 騎士七名、兵士二十二名、使用人十七名、文官十一名の合計五十七名が今後新たにゲーリグ城で働くこととなる。互いに顔を覚えておくように。

 トウカ、挨拶を」


「──クラヴィス・ユーティカの娘、トウカ・ユーティカです。よろしくねー」



 城門側に並ぶ皆にも聞こえるように告げられた内容と、馬車ごとに並んでいるらしい人達の顔を一通り見渡し頭に叩き込む。

 相変わらず幼女の記憶力は神懸かっているようで、ざっと覚えたところで笑顔で名乗れば、一礼と共に受け入れられた。

 僅かに見えた表情は微笑ましそうだったり苦笑いだったりと十人十色だったが、大半が好感触のようだし私の役目としては十分だろう。



 にしても騎士が七名とは、王様も太っ腹だなぁ。

 武装を纏い、どこか他の人達と違う空気を漂わせている人達へと視線を滑らせながら内心呟く。


 この世界には武官という、元の世界でいう軍人のような役職があり、武官の中にも様々な役職がある。

 国によって異なるらしいが、この国では兵士、魔導士、そして騎士の三つが主戦力として設けられている。

 その中で騎士とは、剣術や戦術だけでなく魔法にも優れた者のことで、騎士の称号を得るには試練を乗り越えなければならない名誉ある職だと聞いている。


 試練の内容はその時々によって変わるもののそのどれも過酷で、場合によっては死者も出るらしい。

 厳しい試練を求められる騎士の強さは相当なもので、分かりやすくいうと戦力として一騎当千、とまではいかずとも、兵士十人程度は軽く相手にできないといけないそうだ。



 そんな戦力を褒賞とはいえ七人も与えるとは。

 その上兵士三十人近く与えられてるし、元々いる兵士もいるわけだし。

 少し前まで横領人身販売といった犯罪だらけだったノゲイラへそんなに与えちゃって政治面で大丈夫なんだろうか。反発とか無い?


 ──まぁ、事前に王様と内通なんだか計画なんだか取り決めて、領主に成り代わったクラヴィスさんが自ら連れて来たのだから、なんとなく察してはいるんだけれども。



「カイルとスライトは私と共に来い。後は頼む」


「はい」



 短い言葉と共に列の中から二人の男性がこちらへと歩み出し、背後に控えていたシドがいつの間にか手にしていた資料か何かを手に頭を下げる。

 そのまま一歩下がったシドは振り返り、城門前に並ぶ人達へと向けて口を開いた。



「各上長はこちらへ。新たな人員の配置、部屋割り等を配ります」



 元々人手不足に悩んでいたとはいえ、突然大量に人員補充がされるとなると驚きもするだろう。

 再度騒めき始めた列の中、使用人や文官、武官といったゲーリグ城を守り支える様々な役職のトップが次々とシドの方へと向かっていく。

 緊張しているのか別の理由か、強張った表情の彼等と入れ替わるように城へと歩き出したクラヴィスさんに連れられ、私は主を待つ城へと戻って行った。




 ほとんど人気の無いゲーリグ城は一斉摘発の時以来か。

 警備に当たっている兵士以外、全くと言っていい程人気が無い城を進むクラヴィスさんの腕の中、こちらを見て嬉しそうに笑顔を見せる兵士のお兄さんに親子そろって軽く手を振る。

 きっとまだ城門で起きている騒ぎを知らず、ただただ待ち望んでいた領主の帰城に喜んでいるんだろう。



「──彼等のほとんどは以前からの部下だ。

 三台目と七台目、それから四台目に乗っていた金髪の使用人以外は信用して良い」


「ん、あぁ。わかりました」



 知らぬが仏とはこういうことか? でも後で聞かされるんだから寝耳に水の方が合ってる?

 なんてちょっぴり現実に付いて行けてない頭で現実から逃避していたら、意識を向けるよう背中を叩かれ続いた言葉をどうにか呑み込む。


 三台目というと兵士っぽい男性二人と使用人らしい女性二人、七台目は使用人らしき男性が四人、で四台目は使用人らしき女性が四人で、金髪となるとあの一番背の低い人か。

 私服だったり使用人の服だったりと、見た目だけでは誰がどの職業なのかはっきりとわかっているわけではないが、顔や背格好は覚えている。

 流石幼女の記憶力。あの僅かな時間で覚えれるなんて、今後も是非このままでいてほしい。じゃなくて。



「敵?」


「いや、身辺調査等は全て済ませてある。

 もうしばらく様子見しておきたいだけだ」



 周りに人が居ないとはいえ、あまり公で言うべきではない言葉に小声で問う。

 どうやら以前からの部下では無い、本当に無関係の人達のようだ。

 自ら志願したのか誰かに命じられたのか知らないが、わざわざ中心都市である王都から辺境で人手不足なノゲイラまで来るとは、さては相当な物好きだな?

 それは様子見もしたくなるなと一人納得していると、後ろを付いてきていた二人のうち、柔らかな金髪のお兄さんが垂れ目な碧の瞳をもっと下げて、引き攣った口元を開いた。



「あの、主? 流石にそんな幼い子供に大人でも難しいことを求めるのは良くないかと」


「トウカなら問題ない。だろう?」


「うん! 私、記憶力良いんだよー!」



 年齢はクラヴィスさんとそう変わらないだろうか。

 窘めるような言葉に対してクラヴィスさんは微かに口角を上げて綺麗に流していく。

 言われてみれば確かに、数分にも満たない時間であの人数を覚えるって、幼児に求めるレベルの要求じゃないなぁ。

 流された忠言に固まってしまったお兄さんへ、渇いた笑いが出そうになるのを押さえてにぱーっと自信満々な幼女の笑みを見せれば、お兄さんは頭を抱えてしまった。あらら。



「まさか主が親馬鹿になってるなんて思ってもみなかった……!!」


「……流石主が選んだ子供というべきか……まぁ、子供の記憶力は侮れないし、なぁ?」


「事前に何の説明もせず? 訓練もしていないだろうに……まさかしているんですか?」


「いや、それは無い……ですよね?」


「さぁ、どうだろうな」



 金髪のお兄さんが呻く横で、帯剣している騎士らしき銀髪のお兄さんが呆れを滲ませた渇いた呟きを漏らす。

 実際には覚えているんだけど、傍から見れば自分の子供ならできると思い込んでる親馬鹿になってしまうのかしら。

 子供って何をどう覚えてるかわからないからそれで押し通そうと思ってたけど、この反応を見ていると覚えてないフリをしておいた方が良かったかなぁ。


 余程長い付き合いなのか、気安い空気で躱されている彼等に今更誤魔化すか悩んでいると、不意に大きな手が頭を撫でる。

 思考を晴らすような温かく優しい手に顔を上げれば、薄く微笑むクラヴィスさんと目が合った。



「シドと同じだ。取り繕わないで良い」


「ん、了解です」



 彼等に聞こえるかどうかの声で呟かれた言葉に小さく頷く。

 シドと同じ、というと子供らしくしなくても良い、ということだろう。


 元々は自分の身を守るための子供のフリだったからなぁ。

 彼等はそれこそシドと同じでクラヴィスさんと深い仲のようだし、中身が子供じゃないってバレたところで痛手にはならないんだろう。

 それならそれで先に言って欲しかった。全力で子供のフリをした直後に言わないで欲しかった。絶対ワザとでしょ。そういうとこあるよねこの人。


 きっと彼等もいつ気付くか試されているんだろうなぁ。全部掌の上ってか。

 気持ちばかりの抗議として背中に回した手に力を込め、きゅうと服を抓ってみたけれど、パパンの表情は変わらなかった。ちぇっ。

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